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『アガラ・ゴロシャ』瓦解と後日談
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「こっちへ来るな!ノルドを連れてこい!」
グーリが根っこごと引き抜いたアルネ草を水源に翳しながら喚いている。アルネ草は強い毒草で、グーリが持っている量で水源全体が汚染できる。ラゼル村の大半はこの水源の水を使っている。
「馬鹿なことはよせ!」
ラゼル村に残っていた冒険者の殆どがここにいる。
「うっせぇ!テメエ等寄ってたかって人を悪者呼ばわりしやがって!この草を池に投げ入れるぞ!」
「グーリ、やめろ。」
「!?レイノじゃねぇか。まだ生きてやがったのか」
「まあな。お前、ミッション失敗の虚偽報告したのか?」
「ああん?俺がミッション失敗するわけねぇだろう」
「荷物持ちが荷物盗んだから失敗したんだっけ?」
「他にミッションを失敗する理由がねぇ!」
(自分が矛盾したことを言ってるのにも気づいてないのか?)
「…黒い塊が飛んできて、モシャがやられ、俺は腕をもがれた。お前が荷物持ちから回復薬を貰って俺にかけてくれた。そうだったよな?」
周囲の冒険者達がどよめき出す。盗っ人が回服薬をくれるはずないよな、とか言ってる。
「さあ、知らねえな」
「グーリ、もうやめてくれ。」
「ん?お前、その腕どうした」
「あの小僧たちがくっつけてくれたんだ。」
「ふん。ちゃんと動くのか?」
「ああ。元通り動くぜ。だからこんな村、罰金でもなんでもさっさと払って、次の村に行こうぜ。」
「ふざけるな。一度切られた手が元通り動くわけ無いだろう!てめぇとはこれっきりだ!」
「グーリ…」
「俺が何悪い事したってんだ?罰金なんか払うもんか!お前らのギルマスを連れてこい!俺に土下座して謝れ!」
「グーリ、騒ぎが大きくなれば俺達の立場が悪くなるだけだぜ。」
「うるせぇ!俺は何も間違っちゃいねぇ!悪いのはあんなふざけたミッションを押し付けたギルドと足を引っ張った荷物持ちの盗っ人共だ!さっさと出てきて土下座しねえとこの草放り込むぞ!」
「お待たせしたかな?」
「「ギルマス!」」
「やっと来たか、ノルド!土下座して俺に謝れ!」
「私が謝らなければならない理由は何だ?」
「あんなふざけたミッションを俺達に押し付けたこと、荷物持ちの盗っ人共を飼ってたことだ!」
「グーリ殿、敵に囲まれたときに荷物を盗まれたんだっけ?それでミッションを失敗したと。」
「そうだ!」
「私が聞いた話だと、いきなり現れた黒い魔獣にあっという間にやられたそうじゃないか。」
「違う!そんな話誰から聞いた!レイノ、お前か!」
「グーリ…」
「しかもグラトの回復薬を使ってレイノ殿の傷を直したんだろう?」
「回復薬が誰のかなんてどうでもいい!あんなAランクでも無理なミッションを押し付けた責任を取れ!」
「グラト、来たまえ。」
草を沢山入れた背負い籠を背負ったグラトが現れた。
「てめえは!?“黒い魔獣”と一緒にお宝部屋に閉じ込めたはず!」
「グーリ!?」
「うちのギルド員は優秀でね。Eランクなのに“黒い魔獣”を倒しちゃったみたいなんだよ。」
「そんなバカな!」
「これで“黒い魔獣討伐”ミッションをあなた方に振ったことは無茶ではなかったこと、うちのギルド員が盗人ではないことが解って貰えたかな?」
「ぐぬぬ…」
ノルドはグーリにちょっと近づき、耳打ちをするようにこう言った。
「この村では他人を無理矢理囮にして自分が生き残るというのは認められないことでな。流れのパーティーということで大目に見たとしても、罰金・村外追放だ。解るかい?」
「畜生め!」
グーリはアルネ草を池に放り込み、背中の両手剣を抜いて振り回す。レイノが失ったはずの手に持った剣で受け止めた。
「レイノ、てめぇ!」
「グーリ、あの小僧は自ら囮になったんじゃなかったのか?」
「あんなガキに崇高な自己犠牲の精神なんかあるわけねぇだろう?俺が“贖罪の山羊”に選んでやったのさ!」
グーリは両手剣を何度もレイノに叩きつける。レイノは間合いを取ったり、受け流したりしている。
「アルネ草を池に投げ込んだら村人全員が犠牲になるって分かっててやったんだな?」
「だからどうしたっ!」
グーリが渾身の力で振り下ろした剣がレイノの剣を真っ二つに叩き折った。レイノは折れた剣を持ったまま下がって距離を取る。
「こんな辺鄙な村、無くなったところで誰も困らねぇさ。ここにいる全員の口を封じて終わりにしてやる!」
キンッという高い金属音の後、グーリの両手剣が離れたところの木に刺さる。
「なっ!?」
「村人全員に対する傷害未遂の現行犯だな。捕縛しろ。」
ノルドは剣を納めながら周りの人間に指示を出す。痺れた両手を信じられないといった顔で見ているグーリの周りに冒険者達が殺到する。
「お前らなんぞに捕まるものか!捕まるくらいなら…」
グーリは池に飛び込み水を飲む。一瞬で効き目が現れるはずの毒が効いてこない。周りを見渡すとさっきアルネ草を投げ込んだ場所にグラトがいて、アルネ草を回収し、背負っていた籠の中の草を撒いていた。
「な、なぜ俺は生きてるんだ?」
「凄いな、グラト。水は汚染されてないみたいだよ。あの人が証明してくれた。」
呆然と立ち尽くすグーリは捕縛・連行される。
「アルネ草の毒を吸収するギョルダーノ草…そんな植物が存在するなんてどこで知った?」
「あー、ウチの婆ちゃんが薬草好きだったもので。」
翌日、ギルドにて
「「おはようございます!」」
「あ、ホウルさん、グラトさん。おはようございます。今日はどのようなご用でしょうか?」
「昨日、ギルマスから試験を受けるように言われて来ました。」
「そうですか。少々お待ち下さい。」
ギルドの受付さんが奥へ消えていった。しばらくして戻ってくると
「ギルドの裏庭へお回りください。すぐ試験管が参ります。」
「はい。分かりました。」
ホウルとグラトは裏庭へ移動した。遠くに村囲いの柵がみえるだけの何もない場所だ。
「待たせたな。君がホウルかね?」
割と年配の黒いローブを纏ったおじさんがやってきた。
「はい。」
「私は魔法の試験管のトウマだ。ギルマスから君の『回復魔法』と『光魔法』について、適正及び潜在能力の確認を行うように言われている。よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
トウマと名乗った魔法使いは懐から6個の小さな瓶と護符を取り出し並べた。それぞれ白、赤、緑、茶、青、黒の何かが入っている。
「ではまず、この植物に回復魔法を使ってくれ。」
更にもう一つ懐から萎れた鉢植えの植物を取り出した。
(あの懐にはどのくらいの物が入っているんだろう?)
「それではいきます。『回復』!」
ぱあぁっとホウルと鉢植えが一瞬光った。6色の瓶のうち青の瓶の中身が無くなり、その前に置かれた護符が消失した。トウマさんはそれらをチェックし、鉢植えをいろいろな角度から見ている。僕達には何か効果があったのかよく分からなかった。
「ふむ。『回復』は細部まで行き渡っているな。術者の性格がよく出ている。“水属性”か。では次はこの瓶に光魔法を使ってみてくれ。」
今度は懐から中に何やらドロドロした黒い物が入った瓶を取り出した。
「うぉっほん、いきます。『光の精霊よ、我に力を』!」
今度は何も起きなかった。
[そりゃ、僕は光属性持ってないからな。]
[すまない、ホウル。]
「うむ。どうもホウルには光属性は無いようだ。とすると、水属性でレイノ殿の腕を回復、というより再生、させたということになるが…」
「…?」
「回復を得意とするのは“光属性”だが、決して他の属性で回復が出来ん訳ではない。ただ、同じ魔力量でも回復の度合いが違うのだよ。逆に言えば、光属性で魔力1でできることは、水属性では魔力3を必要とし、火属性では7必要とする、といったようにだ。」
「なるほど。」
「ここに並べた瓶の中には、それぞれの精霊が入っていたんだ。ホウルが普段通り回復魔法を使ったとき、使用した属性の精霊が契約に基づいて瓶の中から召喚され、その属性の護符を消化して回復を行った。つまり、ホウルは水属性を使ったんだ。」
「はい。僕は水属性だろうとよく言われていました。」
「そして光属性は使われなかったし、意識しても光の精霊は反応しなかった。以上からホウルには光属性はないのであろう。するとレイノ殿を再生させるのには水属性を使ったことになる。」
「そうですね…」
「そこで問題なのだよ。水属性で腕をここまで再生させるには魔力量がどのくらい必要とするのかということだ。」
「…」
「私の知る限り、あそこまで腕を再生させるには光属性の魔力で100は必要だ。ということは」
「水属性なら300?」
「そうだ。一般の魔法使いで瞬間的に一度に出せる魔力は150程度まで。賢者といわれる者でも250くらいが限界だ。水属性で魔力250の回復では腕をくっつけることはできても、元通りの動きができるまでには戻らない。つまり…」
「“火事場の馬鹿力”で凄い魔力が出せたとか?」
「はは、まさか。そんな安易な。」
「“洞窟という特殊な状況における精霊の過剰反応”?」
「!?キミ、今のはただの思いつきかな?」
「はい、そうですが…」
「…いや、すまんね。昔読んだ魔導学術書の中にそういうことを調べた物があったんだ。」
「昔の人にも変わったこと考える人がいたんですね。」
「ホントホント。」
「それによれば、確かに“特殊な状況下”では精霊の過剰反応が見られるようだが、闇が濃ければ光属性ではなく、真逆の闇属性が強くなるのだよ。」
「逆属性の暴発の可能性は?」
「無いな。そもそも精霊が召喚に応じないだろう。余程光の精霊に強い加護を貰っていなければ無理な話だ。」
「ふーん…」
「以上より導き出されるのは、ホウルにはレイノ殿の腕を再生させるのは不可能だということ。しかし現実に再生しているということは、そこにいた何か別のモノの力が働いたということを示している。」
(ドキッ!)
「たっ、例えば?」
「私の考えでは…“黒い魔獣”だ。」
「!!」
「魔獣なのに魔法を操れる知能を持ち併せていたなんて、一体どんな生き物だったのだろう…興味は尽きないな。」
「“黒い魔獣”が何故レイノさんの腕を、うっぷ」
[このまま“黒い魔獣”説に乗っかっとこうぜ。]
ホウルに口を塞がれ、トウマさんの注意を惹かずに済んだ。
ホウルの話からいい具合に脱線したのでお暇乞いをして、その場をそそくさと逃げ出した。きっとギルマスには『黒い魔獣何故かレイノさんの腕くっつけちゃった事件』として報告されるだろう。
帰り道、二人は夕焼けに向かって歩いていた。
「グラト、僕は冒険者を辞めるよ。」
「えっ!?なんで?」
「今回のことで解ったんだ。僕には向いてないって。」
ホウルは真っ直ぐ夕日を見ながらスッキリした顔で言った。
「そんなこと…。一緒にDランクに昇格するんだって頑張ったじゃないか。」
「“黒い魔獣”に襲われたとき、僕は怖くて動けなかったんだ。」
「俺だって怖かったよ。」
「腕を折られて凄く痛くて…」
そう言って左腕を押さえている。
「ホウル、その腕ちょっと見せて」
「いいんだ、これは」
「でも…」
「普通、骨は折れたらここまでしか回復しないのが当たり前なんだ。お前のその力を使ったらまた面倒なことになる。」
「…。」
「もう怖いのも痛いのも懲り懲りだ。僕には教会でみんなの無事を祈っている方が性に合ってるんだ。でもグラト、お前は違う。あの“黒い魔獣”を倒せる程勇敢で知恵が働く。そして奴が持っていた莫大な知識をも手に入れた。これからはその知識をみんなの為に役立てて欲しい。」
「俺はたまたま一緒に閉じ込められて仕方なく戦っただけだよ…」
「でも閉じ込められたのが僕だったら、きっと生きて帰っては来れなかったし、貴重な知識も失われていただろう。これは運命だったんだ。」
「ホウル…」
「何だよ、元気出せって。僕は神官だ。冒険に出る以外にも沢山出来ることがある。そっちにシフトするだけさ。」
そう言ってホウルはグラトの背中をバシバシ叩いた。夕日に向かって歩いていく二人の影が小さくなっていった。
この後、ホウルは『ファリスの希望』の神官ファブの口利きで孤児院を併設している教会の神官になった。
グラトはDランクに昇格しソロ冒険者として、時々『ファリスの希望』の手伝いをしながら暮らしている。
グリスト王国 王都。
深夜、王城に近い屋敷の中で男女の会話が聞こえる。
「我が主、私は一族の長として責務を果たさねばなりません。」
「お前が態々出向かねばならない事態なのですね?」
「はい。長年行方をくらませていた我が愚弟の気配が現れました。兄として、族長として、放置しておくことはできません。しばらくの間、お側を離れる許可を。」
「良いわ。再会を愉しんでらっしゃい。」
「ありがとうございます。」
男の姿がすうっと消え、黒い大きなコウモリが飛び立った。
グーリが根っこごと引き抜いたアルネ草を水源に翳しながら喚いている。アルネ草は強い毒草で、グーリが持っている量で水源全体が汚染できる。ラゼル村の大半はこの水源の水を使っている。
「馬鹿なことはよせ!」
ラゼル村に残っていた冒険者の殆どがここにいる。
「うっせぇ!テメエ等寄ってたかって人を悪者呼ばわりしやがって!この草を池に投げ入れるぞ!」
「グーリ、やめろ。」
「!?レイノじゃねぇか。まだ生きてやがったのか」
「まあな。お前、ミッション失敗の虚偽報告したのか?」
「ああん?俺がミッション失敗するわけねぇだろう」
「荷物持ちが荷物盗んだから失敗したんだっけ?」
「他にミッションを失敗する理由がねぇ!」
(自分が矛盾したことを言ってるのにも気づいてないのか?)
「…黒い塊が飛んできて、モシャがやられ、俺は腕をもがれた。お前が荷物持ちから回復薬を貰って俺にかけてくれた。そうだったよな?」
周囲の冒険者達がどよめき出す。盗っ人が回服薬をくれるはずないよな、とか言ってる。
「さあ、知らねえな」
「グーリ、もうやめてくれ。」
「ん?お前、その腕どうした」
「あの小僧たちがくっつけてくれたんだ。」
「ふん。ちゃんと動くのか?」
「ああ。元通り動くぜ。だからこんな村、罰金でもなんでもさっさと払って、次の村に行こうぜ。」
「ふざけるな。一度切られた手が元通り動くわけ無いだろう!てめぇとはこれっきりだ!」
「グーリ…」
「俺が何悪い事したってんだ?罰金なんか払うもんか!お前らのギルマスを連れてこい!俺に土下座して謝れ!」
「グーリ、騒ぎが大きくなれば俺達の立場が悪くなるだけだぜ。」
「うるせぇ!俺は何も間違っちゃいねぇ!悪いのはあんなふざけたミッションを押し付けたギルドと足を引っ張った荷物持ちの盗っ人共だ!さっさと出てきて土下座しねえとこの草放り込むぞ!」
「お待たせしたかな?」
「「ギルマス!」」
「やっと来たか、ノルド!土下座して俺に謝れ!」
「私が謝らなければならない理由は何だ?」
「あんなふざけたミッションを俺達に押し付けたこと、荷物持ちの盗っ人共を飼ってたことだ!」
「グーリ殿、敵に囲まれたときに荷物を盗まれたんだっけ?それでミッションを失敗したと。」
「そうだ!」
「私が聞いた話だと、いきなり現れた黒い魔獣にあっという間にやられたそうじゃないか。」
「違う!そんな話誰から聞いた!レイノ、お前か!」
「グーリ…」
「しかもグラトの回復薬を使ってレイノ殿の傷を直したんだろう?」
「回復薬が誰のかなんてどうでもいい!あんなAランクでも無理なミッションを押し付けた責任を取れ!」
「グラト、来たまえ。」
草を沢山入れた背負い籠を背負ったグラトが現れた。
「てめえは!?“黒い魔獣”と一緒にお宝部屋に閉じ込めたはず!」
「グーリ!?」
「うちのギルド員は優秀でね。Eランクなのに“黒い魔獣”を倒しちゃったみたいなんだよ。」
「そんなバカな!」
「これで“黒い魔獣討伐”ミッションをあなた方に振ったことは無茶ではなかったこと、うちのギルド員が盗人ではないことが解って貰えたかな?」
「ぐぬぬ…」
ノルドはグーリにちょっと近づき、耳打ちをするようにこう言った。
「この村では他人を無理矢理囮にして自分が生き残るというのは認められないことでな。流れのパーティーということで大目に見たとしても、罰金・村外追放だ。解るかい?」
「畜生め!」
グーリはアルネ草を池に放り込み、背中の両手剣を抜いて振り回す。レイノが失ったはずの手に持った剣で受け止めた。
「レイノ、てめぇ!」
「グーリ、あの小僧は自ら囮になったんじゃなかったのか?」
「あんなガキに崇高な自己犠牲の精神なんかあるわけねぇだろう?俺が“贖罪の山羊”に選んでやったのさ!」
グーリは両手剣を何度もレイノに叩きつける。レイノは間合いを取ったり、受け流したりしている。
「アルネ草を池に投げ込んだら村人全員が犠牲になるって分かっててやったんだな?」
「だからどうしたっ!」
グーリが渾身の力で振り下ろした剣がレイノの剣を真っ二つに叩き折った。レイノは折れた剣を持ったまま下がって距離を取る。
「こんな辺鄙な村、無くなったところで誰も困らねぇさ。ここにいる全員の口を封じて終わりにしてやる!」
キンッという高い金属音の後、グーリの両手剣が離れたところの木に刺さる。
「なっ!?」
「村人全員に対する傷害未遂の現行犯だな。捕縛しろ。」
ノルドは剣を納めながら周りの人間に指示を出す。痺れた両手を信じられないといった顔で見ているグーリの周りに冒険者達が殺到する。
「お前らなんぞに捕まるものか!捕まるくらいなら…」
グーリは池に飛び込み水を飲む。一瞬で効き目が現れるはずの毒が効いてこない。周りを見渡すとさっきアルネ草を投げ込んだ場所にグラトがいて、アルネ草を回収し、背負っていた籠の中の草を撒いていた。
「な、なぜ俺は生きてるんだ?」
「凄いな、グラト。水は汚染されてないみたいだよ。あの人が証明してくれた。」
呆然と立ち尽くすグーリは捕縛・連行される。
「アルネ草の毒を吸収するギョルダーノ草…そんな植物が存在するなんてどこで知った?」
「あー、ウチの婆ちゃんが薬草好きだったもので。」
翌日、ギルドにて
「「おはようございます!」」
「あ、ホウルさん、グラトさん。おはようございます。今日はどのようなご用でしょうか?」
「昨日、ギルマスから試験を受けるように言われて来ました。」
「そうですか。少々お待ち下さい。」
ギルドの受付さんが奥へ消えていった。しばらくして戻ってくると
「ギルドの裏庭へお回りください。すぐ試験管が参ります。」
「はい。分かりました。」
ホウルとグラトは裏庭へ移動した。遠くに村囲いの柵がみえるだけの何もない場所だ。
「待たせたな。君がホウルかね?」
割と年配の黒いローブを纏ったおじさんがやってきた。
「はい。」
「私は魔法の試験管のトウマだ。ギルマスから君の『回復魔法』と『光魔法』について、適正及び潜在能力の確認を行うように言われている。よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
トウマと名乗った魔法使いは懐から6個の小さな瓶と護符を取り出し並べた。それぞれ白、赤、緑、茶、青、黒の何かが入っている。
「ではまず、この植物に回復魔法を使ってくれ。」
更にもう一つ懐から萎れた鉢植えの植物を取り出した。
(あの懐にはどのくらいの物が入っているんだろう?)
「それではいきます。『回復』!」
ぱあぁっとホウルと鉢植えが一瞬光った。6色の瓶のうち青の瓶の中身が無くなり、その前に置かれた護符が消失した。トウマさんはそれらをチェックし、鉢植えをいろいろな角度から見ている。僕達には何か効果があったのかよく分からなかった。
「ふむ。『回復』は細部まで行き渡っているな。術者の性格がよく出ている。“水属性”か。では次はこの瓶に光魔法を使ってみてくれ。」
今度は懐から中に何やらドロドロした黒い物が入った瓶を取り出した。
「うぉっほん、いきます。『光の精霊よ、我に力を』!」
今度は何も起きなかった。
[そりゃ、僕は光属性持ってないからな。]
[すまない、ホウル。]
「うむ。どうもホウルには光属性は無いようだ。とすると、水属性でレイノ殿の腕を回復、というより再生、させたということになるが…」
「…?」
「回復を得意とするのは“光属性”だが、決して他の属性で回復が出来ん訳ではない。ただ、同じ魔力量でも回復の度合いが違うのだよ。逆に言えば、光属性で魔力1でできることは、水属性では魔力3を必要とし、火属性では7必要とする、といったようにだ。」
「なるほど。」
「ここに並べた瓶の中には、それぞれの精霊が入っていたんだ。ホウルが普段通り回復魔法を使ったとき、使用した属性の精霊が契約に基づいて瓶の中から召喚され、その属性の護符を消化して回復を行った。つまり、ホウルは水属性を使ったんだ。」
「はい。僕は水属性だろうとよく言われていました。」
「そして光属性は使われなかったし、意識しても光の精霊は反応しなかった。以上からホウルには光属性はないのであろう。するとレイノ殿を再生させるのには水属性を使ったことになる。」
「そうですね…」
「そこで問題なのだよ。水属性で腕をここまで再生させるには魔力量がどのくらい必要とするのかということだ。」
「…」
「私の知る限り、あそこまで腕を再生させるには光属性の魔力で100は必要だ。ということは」
「水属性なら300?」
「そうだ。一般の魔法使いで瞬間的に一度に出せる魔力は150程度まで。賢者といわれる者でも250くらいが限界だ。水属性で魔力250の回復では腕をくっつけることはできても、元通りの動きができるまでには戻らない。つまり…」
「“火事場の馬鹿力”で凄い魔力が出せたとか?」
「はは、まさか。そんな安易な。」
「“洞窟という特殊な状況における精霊の過剰反応”?」
「!?キミ、今のはただの思いつきかな?」
「はい、そうですが…」
「…いや、すまんね。昔読んだ魔導学術書の中にそういうことを調べた物があったんだ。」
「昔の人にも変わったこと考える人がいたんですね。」
「ホントホント。」
「それによれば、確かに“特殊な状況下”では精霊の過剰反応が見られるようだが、闇が濃ければ光属性ではなく、真逆の闇属性が強くなるのだよ。」
「逆属性の暴発の可能性は?」
「無いな。そもそも精霊が召喚に応じないだろう。余程光の精霊に強い加護を貰っていなければ無理な話だ。」
「ふーん…」
「以上より導き出されるのは、ホウルにはレイノ殿の腕を再生させるのは不可能だということ。しかし現実に再生しているということは、そこにいた何か別のモノの力が働いたということを示している。」
(ドキッ!)
「たっ、例えば?」
「私の考えでは…“黒い魔獣”だ。」
「!!」
「魔獣なのに魔法を操れる知能を持ち併せていたなんて、一体どんな生き物だったのだろう…興味は尽きないな。」
「“黒い魔獣”が何故レイノさんの腕を、うっぷ」
[このまま“黒い魔獣”説に乗っかっとこうぜ。]
ホウルに口を塞がれ、トウマさんの注意を惹かずに済んだ。
ホウルの話からいい具合に脱線したのでお暇乞いをして、その場をそそくさと逃げ出した。きっとギルマスには『黒い魔獣何故かレイノさんの腕くっつけちゃった事件』として報告されるだろう。
帰り道、二人は夕焼けに向かって歩いていた。
「グラト、僕は冒険者を辞めるよ。」
「えっ!?なんで?」
「今回のことで解ったんだ。僕には向いてないって。」
ホウルは真っ直ぐ夕日を見ながらスッキリした顔で言った。
「そんなこと…。一緒にDランクに昇格するんだって頑張ったじゃないか。」
「“黒い魔獣”に襲われたとき、僕は怖くて動けなかったんだ。」
「俺だって怖かったよ。」
「腕を折られて凄く痛くて…」
そう言って左腕を押さえている。
「ホウル、その腕ちょっと見せて」
「いいんだ、これは」
「でも…」
「普通、骨は折れたらここまでしか回復しないのが当たり前なんだ。お前のその力を使ったらまた面倒なことになる。」
「…。」
「もう怖いのも痛いのも懲り懲りだ。僕には教会でみんなの無事を祈っている方が性に合ってるんだ。でもグラト、お前は違う。あの“黒い魔獣”を倒せる程勇敢で知恵が働く。そして奴が持っていた莫大な知識をも手に入れた。これからはその知識をみんなの為に役立てて欲しい。」
「俺はたまたま一緒に閉じ込められて仕方なく戦っただけだよ…」
「でも閉じ込められたのが僕だったら、きっと生きて帰っては来れなかったし、貴重な知識も失われていただろう。これは運命だったんだ。」
「ホウル…」
「何だよ、元気出せって。僕は神官だ。冒険に出る以外にも沢山出来ることがある。そっちにシフトするだけさ。」
そう言ってホウルはグラトの背中をバシバシ叩いた。夕日に向かって歩いていく二人の影が小さくなっていった。
この後、ホウルは『ファリスの希望』の神官ファブの口利きで孤児院を併設している教会の神官になった。
グラトはDランクに昇格しソロ冒険者として、時々『ファリスの希望』の手伝いをしながら暮らしている。
グリスト王国 王都。
深夜、王城に近い屋敷の中で男女の会話が聞こえる。
「我が主、私は一族の長として責務を果たさねばなりません。」
「お前が態々出向かねばならない事態なのですね?」
「はい。長年行方をくらませていた我が愚弟の気配が現れました。兄として、族長として、放置しておくことはできません。しばらくの間、お側を離れる許可を。」
「良いわ。再会を愉しんでらっしゃい。」
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