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《吸血鬼》と取り引き
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ヴァル・リトグはまた腕の一振りで“闇魔法”の結界を張った。“遮音”と“不可視”が効いているようだ。グラトを封じ込めるためだけでなく、身内にも聞かれたくない事があるようだ。
吸血鬼の魔法は護符の様な代償を必要としない。永遠とも言えるその寿命を捧げて行使しているのだ。
「さてグラト。お前は我が愚弟が、大事な我妻を拐うため里に戻ろうとしていたと言ったな。」
「はい。」
「我妻の名まで知っている。この先に我らの里があることも。」
「はい。」
「確かに我が愚弟の記憶を持っているのやも知れない。では1つ尋ねよう。ヴィーの成人の儀の折、オーク共が我が里を襲撃してきたが、率いていたオークキングをどのようにヴィーが仕留めたか、答えられるかな?」
「剣で心臓を貫いた。と周りには言っていますが、先に飛んできた矢が右目に刺さり、倒れてきたところに構えていた剣が刺さった、が事実です。」
「…グラト、君の言うことを信じるしかないようだ。」
「あの矢を放ったのは貴方なんですね?」
「何故そう思うのかね」
「わかりません。弟君がそう思っていたからです。」
「そうか。ヴィーは気付いていたのか。」
「貴方に対する憧憬から嫉妬心、反発心、敵愾心が芽生え、この件で敗北感が加わり、大きく叛逆へと傾いた様です。」
「そうであったか…愚弟を生み育てたのは賢兄であろうとした我であったのだな。」
ヴァル・リトグはスラリと腰の細身の剣を抜いた。
「弟の全ての記憶と感情を理解している人間を、生かしてこのままにしてはおけぬ。人に知られてはならぬ我ら吸血鬼の特性や、族長たる我個人の弱味についてまで知っているのであろう?」
「はい。ですので」(おい、コクヨウ!出番だぞ。)
グラトの前にコクヨウがトトトッと現れる。
(…まぢか…グラト、これ本当に上手くいくのか?)
「な、なんと…」
ヴァル・リトグの手が震えだし、剣が落ちた。フラフラとコクヨウに歩み寄る。
「ヴァル・リトグ様、その者はコクヨウと申しまして」
「うん、うん、」
「俺と同じく弟君の記憶を引き継ぐ者です。」
「そうか。あい判った。よーちよち、こっちへおいで。」
うわの空で返事をしたヴァル・リトグは膝をついて手を広げ、コクヨウに自分の側に来るようにしきりに手招きしている。コクヨウは背中の毛を逆立てて警戒している。
(おいグラト。なんか、違う意味で怖いぞ。)
(ああ。俺もまさかここまで劇的に“猫好き”とは思わなかった。)
コクヨウが警戒しながらも近寄って来るのを辛抱強く待っている吸血鬼族長。コクヨウは根負けし、近寄って差し出された手の臭いを嗅ぐ。ヴァル・リトグは驚かさないように、逃げないようにそっと両手で抱き上げる。
「はあぁぁ、良い子でちゅねぇ。来たのぉ。おお可愛い可愛い。」
さっきまでの張り詰めた空気はどこへ行ったのか、そこには黒い大型猫族の仔と、ただの猫好きの紳士がいた。
「えっと、ヴァル・リトグ様、聞いてます?」
「ああ、聞いてるとも。これを我に献上すると言うのだな。良きに計らえ。よちよちー。」
「いいえ。違います。」
「なんと!グラトとやら、まだ我に何か用があると申すか?」
先程の殺気が戻ってくる。
「にゃあ。」(俺は猫じゃ無いのにこんな鳴き方は心外だ!)
一瞬で殺気が消えた。コクヨウを目の高さに持ち上げ顔を覗き込む。
「はいはい。可愛いのう、コクヨウと申すのか。お腹が空いているのかのう?」
「…ヴァル・リトグ様は、LOOTERと言うモノをご存知でしょうか?」
「るぅたぁ?“LOOTER”か…。あれは我らと似て非なるもの。それが何…まさかそれがお前達だと言うのか!?」
「はい。」
「…我らは人間等の生き血を摂取することで魔力や無限の寿命を手に入れている。LOOTERは相手の肉を喰らうことで相手の能力を奪うことが出来るとか。能力だけでなく記憶そのものを吸収するとは知らなかった。長い年月生きているがLOOTERと実際こうしてまみえることは初めてだ。」
ヴァル・リトグ様はまじまじとコクヨウを見た。俺はどうでもいいらしい。
「それで?コクヨウを我に託して、我が吸血鬼族のためにこの世から消えてくれるというのだな。せめて痛みを感じぬよう楽にしてやる、グラトよ。」
ヴァル・リトグはコクヨウを小脇に抱え、落ちていた剣を拾って無造作に構える。
「それも違います。」
俺は数歩飛び下がって間合いを取る。俺の首があった辺りを風切り音が通り過ぎる。
「まだ何かこの世に未練があるのか?」
「申し訳ありませんが、少々やり残したことがございまして。」
「我にお前を生かしておく理由は無いぞ。」
「ヴァル・リトグ様。取引しませんか?」
「お前の命に値するモノを差し出せるようには見えんが?コクヨウちゃんはやらんぞ。」
「…“斜光のペンダント”のことです。」
「…ふむ、申してみよ。」
「弟君はラムール山脈のとあるダンジョンに隠れ里を作り、ヴァル・リトグ様方の襲撃に備えて“斜光のペンダント”に罠を仕掛けました。これは人間にならさほど効果は有りませんが吸血鬼には致命的な影響があります。これを俺が取って来ましょう。」
「わざわざお前などに頼らなくとも、下僕を作って取りに行かせれば良いだけのことだ。」
「それではヴァル・リトグ様の主義に反するのではないですか?人間との諍いは望まれていないはず。」
「チッ、お見通しか…それで?お前がペンダントを取って戻ってくるという保証は?」
「コクヨウをお預けします。この者は俺と一緒にLOOTERとなった者。言わば兄弟です。見捨てることは出来ません。」
「なるほど。確かに一族の宝が我らの元に戻ってくることは悲願ではある。このような可愛い兄弟を人質に出すとは身を斬られるより辛いことではあるな。」
「それにそもそも俺は吸血鬼族の秘密を他人に明かしたりはしません。それを信じて頂くためにこの申し出をしたのです。」
「あい判った。だが全ては“斜光のペンダント”を持ってきてからのこと。それと一つ条件がある。我が一族の誇る戦士、スクートロを共に連れて行くこと。」
「先程の?」
「そうだ。腕は立つぞ。」
「そして俺の見張りにもなると。」
「ふふ、そういうことだ。お前には逃亡も失敗も許さない。我らの秘密を知っている者を野に放つことなど許され無いからな。」
「承知しました。」
「それではスクートロを紹介しよう。」
ヴァル・リトグは剣を腰の鞘に戻し、腕を振って結界を解いた。
結界のすぐ外にいたスクートロが慌てて跪く。
「どうした?先程の場所にいるよう申したはずだが。」
「もっ、申し訳ございませぬ。何も見えず、気配も感じられず、族長の身に何かあったらと案じておりました。」
「我の身に何か起こると?我がこの者に遅れを取ると言うことか?」
「いえ、決してそのような…」
「こちらはな、グラトと言って、我が一族の宝“斜光のペンダント”の在り処へ取りに行ってくれるそうだ。」
「はぁ…」
「スクートロよ。一緒に行って参れ。」
「はあ!?族長、一体何が…」
「はー、これも聞けないというのだな?我の言うことは何一つ聞いて貰えんのだな。」
「もっ、申し訳ありませぬ…」
(ただの言い掛かりじゃん。族長がこの人じゃ周りが大変だな。)
「あのー、ヴァル・リトグ様…俺はそろそろ…」
「しかしヴァル・リトグ様。私は“族長の護衛”ですので…」
「もう我が里は目と鼻の先。そなたに心配してもらわねばならない弱っちい我でも無事に辿り着けると思うが?」
「族長、もう勘弁してください…」
「そうか行ってくれるか。頼んだぞ、スクートロよ。」
「…畏まりました。おい、行くぞグラト。」
「おっ、おう。」
スクートロはクルッと族長に背を向け、ダンジョンの入口に向かって走り出した。グラトも後を追って走り出す。
(おい、グラト。早く戻ってこいよ。このおっさんからは変態の臭いがするぞ。)
(ああ。10日位で戻ってくる。我慢できなかったら逃げ出せ。)
(わかった。)
コクヨウの思考が幼い子供の声で聞こえる。弟を残していくような心残りを感じながらグラトは前を行くスクートロを追った。
吸血鬼の魔法は護符の様な代償を必要としない。永遠とも言えるその寿命を捧げて行使しているのだ。
「さてグラト。お前は我が愚弟が、大事な我妻を拐うため里に戻ろうとしていたと言ったな。」
「はい。」
「我妻の名まで知っている。この先に我らの里があることも。」
「はい。」
「確かに我が愚弟の記憶を持っているのやも知れない。では1つ尋ねよう。ヴィーの成人の儀の折、オーク共が我が里を襲撃してきたが、率いていたオークキングをどのようにヴィーが仕留めたか、答えられるかな?」
「剣で心臓を貫いた。と周りには言っていますが、先に飛んできた矢が右目に刺さり、倒れてきたところに構えていた剣が刺さった、が事実です。」
「…グラト、君の言うことを信じるしかないようだ。」
「あの矢を放ったのは貴方なんですね?」
「何故そう思うのかね」
「わかりません。弟君がそう思っていたからです。」
「そうか。ヴィーは気付いていたのか。」
「貴方に対する憧憬から嫉妬心、反発心、敵愾心が芽生え、この件で敗北感が加わり、大きく叛逆へと傾いた様です。」
「そうであったか…愚弟を生み育てたのは賢兄であろうとした我であったのだな。」
ヴァル・リトグはスラリと腰の細身の剣を抜いた。
「弟の全ての記憶と感情を理解している人間を、生かしてこのままにしてはおけぬ。人に知られてはならぬ我ら吸血鬼の特性や、族長たる我個人の弱味についてまで知っているのであろう?」
「はい。ですので」(おい、コクヨウ!出番だぞ。)
グラトの前にコクヨウがトトトッと現れる。
(…まぢか…グラト、これ本当に上手くいくのか?)
「な、なんと…」
ヴァル・リトグの手が震えだし、剣が落ちた。フラフラとコクヨウに歩み寄る。
「ヴァル・リトグ様、その者はコクヨウと申しまして」
「うん、うん、」
「俺と同じく弟君の記憶を引き継ぐ者です。」
「そうか。あい判った。よーちよち、こっちへおいで。」
うわの空で返事をしたヴァル・リトグは膝をついて手を広げ、コクヨウに自分の側に来るようにしきりに手招きしている。コクヨウは背中の毛を逆立てて警戒している。
(おいグラト。なんか、違う意味で怖いぞ。)
(ああ。俺もまさかここまで劇的に“猫好き”とは思わなかった。)
コクヨウが警戒しながらも近寄って来るのを辛抱強く待っている吸血鬼族長。コクヨウは根負けし、近寄って差し出された手の臭いを嗅ぐ。ヴァル・リトグは驚かさないように、逃げないようにそっと両手で抱き上げる。
「はあぁぁ、良い子でちゅねぇ。来たのぉ。おお可愛い可愛い。」
さっきまでの張り詰めた空気はどこへ行ったのか、そこには黒い大型猫族の仔と、ただの猫好きの紳士がいた。
「えっと、ヴァル・リトグ様、聞いてます?」
「ああ、聞いてるとも。これを我に献上すると言うのだな。良きに計らえ。よちよちー。」
「いいえ。違います。」
「なんと!グラトとやら、まだ我に何か用があると申すか?」
先程の殺気が戻ってくる。
「にゃあ。」(俺は猫じゃ無いのにこんな鳴き方は心外だ!)
一瞬で殺気が消えた。コクヨウを目の高さに持ち上げ顔を覗き込む。
「はいはい。可愛いのう、コクヨウと申すのか。お腹が空いているのかのう?」
「…ヴァル・リトグ様は、LOOTERと言うモノをご存知でしょうか?」
「るぅたぁ?“LOOTER”か…。あれは我らと似て非なるもの。それが何…まさかそれがお前達だと言うのか!?」
「はい。」
「…我らは人間等の生き血を摂取することで魔力や無限の寿命を手に入れている。LOOTERは相手の肉を喰らうことで相手の能力を奪うことが出来るとか。能力だけでなく記憶そのものを吸収するとは知らなかった。長い年月生きているがLOOTERと実際こうしてまみえることは初めてだ。」
ヴァル・リトグ様はまじまじとコクヨウを見た。俺はどうでもいいらしい。
「それで?コクヨウを我に託して、我が吸血鬼族のためにこの世から消えてくれるというのだな。せめて痛みを感じぬよう楽にしてやる、グラトよ。」
ヴァル・リトグはコクヨウを小脇に抱え、落ちていた剣を拾って無造作に構える。
「それも違います。」
俺は数歩飛び下がって間合いを取る。俺の首があった辺りを風切り音が通り過ぎる。
「まだ何かこの世に未練があるのか?」
「申し訳ありませんが、少々やり残したことがございまして。」
「我にお前を生かしておく理由は無いぞ。」
「ヴァル・リトグ様。取引しませんか?」
「お前の命に値するモノを差し出せるようには見えんが?コクヨウちゃんはやらんぞ。」
「…“斜光のペンダント”のことです。」
「…ふむ、申してみよ。」
「弟君はラムール山脈のとあるダンジョンに隠れ里を作り、ヴァル・リトグ様方の襲撃に備えて“斜光のペンダント”に罠を仕掛けました。これは人間にならさほど効果は有りませんが吸血鬼には致命的な影響があります。これを俺が取って来ましょう。」
「わざわざお前などに頼らなくとも、下僕を作って取りに行かせれば良いだけのことだ。」
「それではヴァル・リトグ様の主義に反するのではないですか?人間との諍いは望まれていないはず。」
「チッ、お見通しか…それで?お前がペンダントを取って戻ってくるという保証は?」
「コクヨウをお預けします。この者は俺と一緒にLOOTERとなった者。言わば兄弟です。見捨てることは出来ません。」
「なるほど。確かに一族の宝が我らの元に戻ってくることは悲願ではある。このような可愛い兄弟を人質に出すとは身を斬られるより辛いことではあるな。」
「それにそもそも俺は吸血鬼族の秘密を他人に明かしたりはしません。それを信じて頂くためにこの申し出をしたのです。」
「あい判った。だが全ては“斜光のペンダント”を持ってきてからのこと。それと一つ条件がある。我が一族の誇る戦士、スクートロを共に連れて行くこと。」
「先程の?」
「そうだ。腕は立つぞ。」
「そして俺の見張りにもなると。」
「ふふ、そういうことだ。お前には逃亡も失敗も許さない。我らの秘密を知っている者を野に放つことなど許され無いからな。」
「承知しました。」
「それではスクートロを紹介しよう。」
ヴァル・リトグは剣を腰の鞘に戻し、腕を振って結界を解いた。
結界のすぐ外にいたスクートロが慌てて跪く。
「どうした?先程の場所にいるよう申したはずだが。」
「もっ、申し訳ございませぬ。何も見えず、気配も感じられず、族長の身に何かあったらと案じておりました。」
「我の身に何か起こると?我がこの者に遅れを取ると言うことか?」
「いえ、決してそのような…」
「こちらはな、グラトと言って、我が一族の宝“斜光のペンダント”の在り処へ取りに行ってくれるそうだ。」
「はぁ…」
「スクートロよ。一緒に行って参れ。」
「はあ!?族長、一体何が…」
「はー、これも聞けないというのだな?我の言うことは何一つ聞いて貰えんのだな。」
「もっ、申し訳ありませぬ…」
(ただの言い掛かりじゃん。族長がこの人じゃ周りが大変だな。)
「あのー、ヴァル・リトグ様…俺はそろそろ…」
「しかしヴァル・リトグ様。私は“族長の護衛”ですので…」
「もう我が里は目と鼻の先。そなたに心配してもらわねばならない弱っちい我でも無事に辿り着けると思うが?」
「族長、もう勘弁してください…」
「そうか行ってくれるか。頼んだぞ、スクートロよ。」
「…畏まりました。おい、行くぞグラト。」
「おっ、おう。」
スクートロはクルッと族長に背を向け、ダンジョンの入口に向かって走り出した。グラトも後を追って走り出す。
(おい、グラト。早く戻ってこいよ。このおっさんからは変態の臭いがするぞ。)
(ああ。10日位で戻ってくる。我慢できなかったら逃げ出せ。)
(わかった。)
コクヨウの思考が幼い子供の声で聞こえる。弟を残していくような心残りを感じながらグラトは前を行くスクートロを追った。
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