車輪の神 ジョン・ドゥ 〜愛とロマンは地球Bを救う?〜

Peppe

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第一章 乱乱乱世

商いの集落

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地球B 2日目
AM 11時30分

 神様なりきり事件も一段落し、オレはパンチョさんに連れられ、集落を案内してもらう事になった。

 ここは『商いの集落』と呼ばれ、『東部』の『西端』に位置する場所らしい。
囲みの中には、商店や屋台がズラリと並んでいて、集落というよりも市場に近い様子だ。
人の賑わいは昨日のイカれ集落と変わらないように見えるが、武装してる人は明らかに少ない。
囲みの高さも半分ぐらいで、イカれ集落のような物騒な雰囲気は感じない。

 パンチョさんによると、ほとんどの集落が『武力』によって統治者を決める中、商業に力を入れる商いの集落は、集落一番の『経済力』と『情報力』を持つパンチョさんが、統領として管理しているそうだ。
管理と言っても、各商店の意見のまとめ役を担っているだけで、ドリルのような独裁者的な振る舞いはしていないようだ。

 話を聞くにつれ、この星の中では文化的で開明的な集落だとわかり、オレはこの場所が好きになってきた。

「パンチョさん、ここは凄いトコだけど、他の武力自慢の集落に襲われたりしないんですか?」
「そうですね、いわゆる『暗黙の了解』で、どの集落もここを襲ってくる事はありません。」
「ほぉ、暗黙の了解……なぜ?」
「ここは周辺の集落の食糧や武器などの物資の流通を担っているので、ここが落とされると、多くの集落の生活もマヒしてしまうんですよ。ですので、どこかの集落がここを襲おうとすると、『うちと取引のある集落も敵に回す』という事になってしまうんです。」

 口調は大人しげだけど、そこはかとなく『ドヤ』の波動を感じるな……
まぁ、それだけ平穏な集落が自慢って事だな。

「上手いこと平和に統治してるんですね。」
「ははは、私の力ではありませんがね……しかし、あきらさんは聡明な方だ。話を聞いただけで、ここの魅力を理解してくださるとは……この世界では武を重んじる方が多いので、この集落を好意的に見てくれる方は中々いませんよ。」
「いや、聡明なんてとんでもない。オレのいた世界に政治の形が似ているんで……逆に、この世界の荒々しい部分に戸惑ってますよ。」
「そうですね、私も物騒な世の中には辟易しています。……この『大陸』の東部では、長らく集落同士の小競り合いが起き続けています。それに、西部がいつ争いを仕掛けてくるかもわかりません……困ったものです。……」

 ……ちーっとも安全じゃないじゃんか艦長よぉ……ゴリゴリの群雄割拠じゃないか……
要は、この大陸は統一される前で、『国家元首』がいないどころか『国』ですらないんだろ?
覇を競ってる真っ最中のスーパー乱世タイムな訳だ……

「……そりゃあ、落ち着きませんねぇ……あれ? そういえば、東部の集落同士がバラバラで、いざって時に西部と戦えるんですか?」
「まぁ、西部に大陸の全てを独り占めされる訳にはいきませんのでね、西部と争う時がくれば、連合を組んで対応しなければなりませんね。」
「はぁ……なら、ハナっからみんなで仲良くしてればよくないですか?」
「私もそう思うのですが……はぁーーー、大陸の平和など、叶わぬ夢なのですかね……」

 そう言って、パンチョさんはウンザリしたように肩を落とした。
この人はきっとオレと同じで、この世界の野蛮な文化や常識が嫌いで仕方ないんだろう。

「……まぁ、物騒な話はこれぐらいにして、あきらさん、昼食にしませんか? この近くに行きつけの食堂がありましてね、是非ご馳走させてください。」
「そりゃいいですね! 確かにお腹減ってきました。……せっかくなんでお言葉に甘えちゃいます。」

 パンチョさんに連れて行ってもらった食堂は、小さいながらに清潔な店内で、小降りな木目の椅子やテーブルが置かれた、『異世界メシ屋』といった雰囲気の可愛らしい内装だ。
どんなサービスが受けられるのか期待して席に着くと、漆器っぽい和風なコップに入った、ぬる~いオレンジジュースが食前の飲み物として出てきた。
どうにもチグハグな世界観なのは、この集落も一緒なようだ。

「すみませんあきらさん、食事の相手が私のような中年で。」
「とんでもない、おじさん二人で楽しく食べましょうよ!……あれ? そういやテッサはどこに?」
「テッサさんは集落の外にいますよ。私が外に出る時に護衛してもらう事が多いのですが、集落に戻った後は、彼女はほとんど外で過ごしていますね。」
「へー、友達か何かかと思ってましたけど、護衛なんですね。凄いですね女の人なのに。」
「あの人は少し特別なんですよ。」
「特別……。」

 やっぱりエルフだから魔法でも使えるのか? 
いいねぇ、一回見てみたいよ。

「……さて、食事を注文しましょうか。……あきらさんは何にしますか?」
「それが……実はオレ、文字も読めなければ、こっちの食べ物も初めてで、何頼んでいいかわからないんですよね……」
「なんと、そうでしたか! それじゃあここのオススメにしましょうか? 大陸の名物でしてねぇ、おいしいですよ。」
「名物ですか? いいですね、それでお願いします。」

 ……いやー、初の異星メシだ! どんなんが出て来んだろう?
大陸の名物とか言うぐらいだからなぁ……伝統的ななんかかな? ゲテモノは勘弁だよ。
…………おや、ニンニクの良い香りがするな、野生動物のステーキとかか? 香草焼きとかだと、雰囲気出てロマンチックだよな。

 未知の料理への期待に胸を膨らませながら待っていると、しばらくして、お盆を持った店員がオレ達のテーブル目指して歩いて来た。

「お! 出来たみたいですよパンチョさん。どんな料理なんっ…………なるほどぉ……」

 テーブルの上に並べられた皿には、見た目も匂いも既視感たっぷりの、馴染み深い料理が盛り付けられていた。

「おぉ、届きましたね。うーん、いつ見ても美味そうだ……ふふふ、どうですあきらさん? これがこの大陸の名物、『パスタペペロンチィーノ』と『ピッッツァマルゲリィータ』です。」

 パンチョさん、両手広げちゃってまぁ……
なにざんまいよ?……満面のドヤ顔じゃないの……
何回も食った事あるって言える雰囲気じゃないぞ……

「……うわぁ、すごーい、こんなのはじめてー、美味しそーう。……これって大陸の伝統料理なんですか?」
「いえいえ、この料理は30年ほど前に『流浪の料理人デルピエロ』がこの地に広めたものです。あまりに革新的な味に、子供の頃の私は一口食べて大好物になりましてね。」
「ほう、デルピエロ……なるほどなるほど。」

 地球の料理を広めたオレの『前任者』ってことか?
地球Bに来る候補は日本人オンリーとは言ってなかったもんな……

「初めて食べる方は戸惑うんですがね、食べ方にコツがいるんですよ。見ててくださいね……こうやってフォークで持てるだけ持ち上げまして、一口で一気に……」

  ーー ズバババババズバァーッ! ーー

 違う、パンチョさん、絶対に違うぞ……
お髭がテッカテカじゃないか……デルピエロが見たらブチキレちゃうよ……

「むぅーん、やふぁりここのプァスタが一番美味い。……そしてピッッツァはこの三角の頂点から、耳の部分までくるっと巻いて、一口でこうやって……ふぉおぶぁって食べまふ。」

 早食い競争じゃないんだから、チーズの伸びを楽しみなさいよ……ほっぺパンパンじゃないの……
あとピッッツァって何? 
力入り過ぎて、言う度にツバ飛んでるよ。

「さぁさぁ、冷めない内に召し上がってください。」
「……わ、わーい、いったっだっきまーす。」

 やってやるぞ、郷に入っては郷に従えだ、パンチョさんみたいな食い方を……
ダメだ、オレには出来ない! お手々とお口が言うことを聞いてくれない。

 結局、ピザもパスタも普段通りに食べた。
パンチョさんは特に何もツッコんでこなかったが、パスタを巻いたフォークはガン見され、ピザのチーズを伸ばして食べた時には、「ウェェ……バッチぃ食い方ぁ……」とでも言いたげに、眉間をプルプルさせていた。

 解せない気持ちでいっぱいだったが、オレは絶対に間違っていない。
リアクションを知らんぷりして、優雅に美味しく平らげた。

「ふぅー、ご馳走様でした。」
「味はいかがでしたか?」
「いやー、久々に食べましたけど、ここのは美味しいですねー!」
「久々……以前にも食べた事があるのですか?」
「……久々に珍しい料理を食べれたって事ですよ。まだこの世界の言葉に慣れてなくて、あはははは……げふんっ!……とにかく、とっても美味しかったです。」
「そうでしたか、気に入ってもらえたようで嬉しいです。」

 流石にデルピエロなだけあって、抜群に美味かったよ……
でも、異星の一発目に食う物じゃあない。
骨つき肉とか、なんか具沢山なシチューとか食いたかったよ……

 少しだけガッカリしながら食堂を出て、特にやる事もないのでどうしようかと思っていたら、パンチョさんが「夕食まで是非くつろいでほしい。」と、自宅に招いてくれた。

 案内された屋敷は、小振りな洋館といったような作りの3階建てで、充分立派な建物だが、集落一の経済力の持ち主にしては控えめな家だった。
ふむふむ頷きながら、お宅探訪気分で玄関や廊下を見ていると、パンチョさんが頭をポリポリしながら、照れ臭そうに口を開いた。

「いやー、手狭な家で……お恥ずかしい。」
「いえいえ、家族だけで住むなら、全然大きいし快適そうじゃないですか。」
「ははは……あまりに豪華な屋敷というのはどうも趣味じゃなくてですね。……妻も早くに亡くしたもので、メイドと娘との三人暮らしなら、これで事足りるんですよ。」

 ……この大きさの家に三人暮らしなら、充分贅沢なんじゃないのか?
統領ってなると、もっと大豪邸に住むのが当たり前なのかもな……
……そういやケツアゴも一人だけバカみたいに豪華な鎧着てたな……実際バカだったけど……

「統領が倹約家ってことは、集落にとってもいい事ですよ。」
「そうですかね……そう言ってもらえると嬉しいですね。……まぁ、小さくとも内装や風呂には力を入れているので、安心してくつろいでくださいね。」
「風呂!? 風呂があるんですか?」

 よっしゃ僥倖ぅうぅぅうう!!

「ええ、ありますよ。風呂がお好きなのですか?」
「まぁ、人並みに。」
「それは素晴らしい! 我が家の自慢の風呂なのですが、この世界には風呂好きな男というのがあまりいなくて、招待しても誰も喜んでくれないのですよ。」

 倹約家のキレイ好きか、素晴らしい。
……こんな乱世に生まれながら、よくぞ素敵なおじさんに育ってくれたもんだ。

「どうです? 早速入っていかれませんか?」
「うぉお、是非お願いしたいです。実は昨日から風呂に入れてなくて……」
「それはさぞお辛いでしょう……今メイドに用意させますね。」
「ありがとうございます! あ、庭にショルダー出していいですか? 色々荷物を積んであって。」
「どうぞどうぞ。」

 外に出てショルダーを呼び出し、着替えと石鹸とシャンプーを取り出した。
ついでに庭を眺めながら一服していると、風呂の用意が出来たと声をかけられた。

 脱衣場まで案内され、花唄混じりで服を脱ぎ、ウッキウキで浴室の扉を開けると、異質な光景が現れた。
猫足のバスタブか、ライオンの口からお湯が出るタイプの浴槽があるべき場所に、ジャパニーズレトロスタイル『五右衛門風呂』が鎮座しているではないか。
脇には木製の『THE桶』まで置いてある。

 なんだか腑に落ちないまま頭と体を洗い、浴槽から桶で汲んだお湯で泡を流して、足の裏や尻の火傷に怯えながら浴槽に浸かると、絶妙にぬるい。

 ……んー惜しい、気持ちいいっちゃ気持ちいいけど、『ぬぁー感』が足りないよ。
……ていうか、なんなんだかなー? みんなしっちゃかめっちゃかに文化持ち込み過ぎじゃないか?
異星で本格イタリアン食って、洋館の五右衛門風呂入るとは思わんかったわー。
なんつーの? 情緒がないじゃないの。
統一感ってものを意識してくれよなー……

「お湯加減はいかがでしょうかー?」

 浴室の小窓の外から、女性の声でベタなセリフが聞こえてきた。
和服のおさげ髪さんでもいるのかと期待して覗いてみると、きちんとしたメイド服を着たブロンド美人が、竈門を竹筒でフーフーしていた。
ヤンキースタイルでかがんでいるのは、メイド服が地面に汚されるのが嫌だからなのだろう。
実にカオスな光景だ。

「……あー、じゃあすみません、もう少し熱くできますか?」
「かしこまりました。すぐに湯を温めますので、浴槽の温度にお気をつけください。」

 そう言うと、竈門に薪を足して、より深く気合いの入ったヤンキー座りでフーフーしはじめた。
炎に照らされた顔面は汗だくで、強く息を吹き込む度にホッペはパンパンに膨らみ、顔や首に筋を作りながら小刻みに震えている。

 和洋折衷のスーパーシュールさに目を奪われ、全裸のオレはしばらく小窓の前で立ち尽くし、心の中でメイドへの応援歌を歌い続けた。


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