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第一章 乱乱乱世
朋友
しおりを挟む地球B 2日目
PM 3時00分
愉快な気持ちで風呂から上がって、酸欠気味のメイドさんに応接室へ案内されると、パンチョさんがソファに座って待っていた。
テーブルを挟んだ向かいのソファに腰をかけると飲み物の希望を聞かれたが、もてなしの恩返しとして、逆にオレがコーヒーを淹れてあげた。
初めて飲むブラックの味にパンチョさんが驚いていたので、鼻にススのついたメイドさんに牛乳と砂糖をもらって、カフェオレに作りなおしてあげたら、美味しそうにぐびくび飲んでくれた。
彼の肥満体型の原因はきっと、イタリアンと甘い物なのだろう。
その後も談笑を交えながら、この世界についての知識を教わっていると、突然パンチョさんは神妙な顔になり、しばらく考え込んだ後、何かを決意したかのように口を開いた。
「……あきらさんは今後、この世界でどんな生活をしていくおつもりですか?」
「んー、特には決めてないですけど……色々見ながら旅が出来たらと思っています。」
「旅ですか……でしたら私にその手助けをさせていただきたい。……是非この屋敷を拠点として使ってください。当然、必要に応じて金銭的な援助もします!」
破格の好条件を、鼻息荒く畳み掛けてきた。
覚悟を決めたかのようなパンチョさんの表情を見るに、冗談や社交辞令ではなく本気で言っているのだろう。
「……いやいやいや! 流石にそれは申し訳ないですよ。」
「いえ、サシャを救ってもらった恩を考えれば、これぐらいは当然の事です。」
「それは……別に恩を着せたかった訳じゃないですし……」
「やはり、あなたは優しい方だ……ですが、甘いとも言えますね。この世界ではその甘さが命取りになるのです。」
……おーう、主人公がよく言われるヤツじゃないか!
結構厳しい口調で言われちゃってるけど、ちょっぴり嬉しいぞ……
「先程から話を聞いていると、あきらさんはあまりにこの世界について知らな過ぎます。……争いや獣だけではなく、その甘さにつけこむ輩も、恐ろしいものなのですよ。」
「……まぁ、そう言われるとそうなんでしょうけども……」
「ですので! 私にあなたの身の回りのお世話をさせていただきたいのです。……娘の恩人をむざむざ危険に晒すようなマネはできません。このままあきらさんを見送ったら、天国の妻にも、何をやっているのかと叱られてしまいます。」
「ぐぅぅ……奥さんを出すのはズルいじゃないですかぁ……」
……申し出自体は非っ常ーにありがたいけど、そこまでしてもらう訳にもなー……
パンチョさんは本当にいい人みたいだし、対等な関係でいたいんだけど納得してくれなそうだし……
ぬぅぅうう……奥義の出番かぁ……
「……わかりました。そこまで言うなら援助してもらいましょう! 正直、オレも助かります。」
「それはよかった、では……」
「ただし! パンチョさん、オレの持ってる知識に価値をつけて、買い取ってくれませんか?」
「……『知識に価値』……ですか?」
「そうです。そもそも、オレがサシャちゃんを助けたのは純粋な善意です。それに対して金銭的な物を受け取っては、オレの格好がつきません。」
「か……格好がつかない?」
そんな鳩が豆グレネード食らったような顔しなさんなって。
本番はこっからだよ……
「ですから、オレがパンチョさんに、ダービーやショルダーについての知識を教えます。きっと馬車なんかに流用できる技術が沢山あるはずです。……その情報の対価に援助をお願いします。」
我ながらグッドゥアイディーアですな。
知識を広めるのも艦長に頼まれてた事の一つだし、相手がパンチョさんなら問題ないでしょー。
「い……いや、それではあまりに私の得が大きい。……私はあなたから受けた恩を返したいのです。」
「それについては、オレが困っている時や、どうしても助けて欲しい時に、相談できる相手になってくれるだけで充分です。『友達』ってそういうものでしょう?」
「友達……あ、あきらさん……そんな……」
パンチョさんは言葉に詰まり、自分の足元を見ながら肩を震わせている。
無理もない、オレの『ロマンの一撃』に感極まってしまったのだろう。
……泣いたっていいんだよパンチョさん、おじさんにだって涙したい時ぐらいあらーな……
「あきらさん……ふ……ぷふぅっ! あぁダメだ! あはははは……はぁーはっはっはっは! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……どぅえっ!」
……おやぁ? 爆笑の方でしたか……
涙流れる程笑ってらっしゃるじゃないのさ……
「ひぃーーーー! いっひぃーひひひ……」
……抱腹絶倒だねぇ…………長くない? え、呼吸大丈夫?
「パンチョさーん?」
「……はぁはぁ、うほんっ! 失礼、ふぅー……『カッコイイ』なんて事の為に、大きな利益を捨てようなんて余りにも……なんと言いましょう……テッサさんの言う通り、あなたはバカなのかもしれませんね。……ふふっ、そういう無欲な所が心配だと言っているんです……」
……いっきなり失礼じゃないか! そこまでバカに見えるのか?……
まったく、パンチョさん程の知識人でもロマンを理解できんのだからこの星は恐ろしい。
「テッサにも言いましたけどね、オレのはバカじゃなくて、ロマンチストって言うんですってば。」
「ロマンチストですか……ふふふ、妙な言葉もあるものです。……いやー、長年商人をしておりますが、こんな奇妙な交渉は初めてです。お互いが得をしたがらないなんて……どうしたものか……」
そう言って、顎に手を当て何やら考え込む。
真剣な風だが、口角は未だにニヨニヨと動いている。
「……あきらさんにとっては、目先の利益よりも格好つける方が大事なのですよね?」
「そうですね、最優先事項です!」
「さ、最ゆうせ……んぷふぅっ!…………いやぁ、叶いませんね。……わかりました、あきらさんの言う条件でいきましょう。情報に見合った協力は最大限させてもらいますので、それは拒まないと約束していただきたいですね。……友として。」
「ふふ、そうですね……友として!」
お互いに、自分の吐いたクサいセリフにニヤけながら、ガッチリと男の握手を交わした。
その後も話し込んでいると、大人同士のよそよそしさは次第に抜け、夕飯を食べる頃にはもう、大の仲良しになっていた。
『洋館の豪華な晩餐』は『おじさん二人の宴会』と化し、ロマンのなんたるかを説いてはバカにされ、ヒゲについたミートソースを見つけてはコケにし、大盛り上がりで食事を楽しんだ。
やはりいくつになっても、新たに信頼できる友達が出来るというのは、嬉しいものだ。
地球B 3日目
AM 8時00分
宴会の後に案内された客間のベッドで寝ていたら、メイドさんの上品かつ優しい声で起こされた。
史上最高に心地よい起こされ方だったので、寝起きの不快感はゼロだ。
朝食を用意してくれたそうなので、ボリボリと腹をかきながら、ちんたらダイニングまで降りて行くと、食卓には二日酔い丸出しのパンチョさんが座っていた。
オレは飲めないので辛さがよくわからないが、青白~い顔色を見る限り、事態は相当深刻なようだ。
「おはよう、パンチョさん。……顔すごい事になってるけど大丈夫?」
「……すびません、今はあばり会話ができなそゔですぅゔっ……ゔぅうぅぅっ……」
うめき声と共に、パンチョさんはダイニングから姿を消した。
後を追って介抱しようかと思ったが、メイドさんに止められた。
彼女曰く、よくある事だから特に心配する必要はないそうなので、ほったらかして優雅にブレックファーストをいただいた。
食後にメイドさんの分もコーヒーを淹れ、二人で仲良く談笑して待ってみたが、一向にパンチョさんは戻ってこない。
普段の流れだと、昼前ぐらいまでは復活しないんだそうだ。
時間潰しのタバコを吸いに庭に出ると、いつにも増して天気がよくて、気温もとても心地よい。
どうせ昼まで待つのならばと、ダービーとショルダーをピッカピカに磨いてやる事にした。
指パッチンで召喚した洗車セットで、ダービー達を新車の如く輝かせ、洋館背景のグラビア撮影を楽しんでいると、少しだけ顔色がよくなったパンチョさんが庭に現れた。
もう具合は大丈夫だそうなので、昨日約束した通り、ダービー達の解説をしてあげる事にした。
パンチョさんの『商会』の倉庫に移動して、ダービー達を召喚し、解体したり組み立てたりしながら装備についての説明をした。
電装やエンジンについては、説明しても再現は出来ないだろうから、サスペンションの仕組みや、ボルトとナットの役割、タイヤに使われているゴムの原料についてなど、頑張ればこの星でもマネ出来そうな情報を出来るだけ事細かに教えてあげた。
と言っても、『こういう用途の物ですよ』という事は教えられるが、『こんな金属の割合で、こういう工程で作るんですよ』という事はオレにもわからないので、なんとも中途半端な解説に終わった。
それでも、パンチョさんにとっては衝撃的な情報ばかりだったようだ。
朝は濁り切っていた眼球をギラギラに輝かせ、「なんと!?」と「これは素晴らしい!」をローテーションで連呼しながら、オレの話を吸収していった。
地球B 9日目
AM 9時00分
色々な事を教えたり教わったり、体調が回復したサシャちゃんと一緒に、ダービー達と遊んだりしながら過ごしていたら、あっという間に一週間も経っていた。
未だに当たり前のように使っているが、『一週間』や『一ヵ月』という言葉がこの星にはない、という事も教わった。
『完全に日が沈むと1日が終わり』、『雪が溶けて春の植物が芽吹けば新しい一年の始まり』といったような、原始的な時間の概念の中で生活してるんだそうだ。
そんなにアバウトでは不便極まりないのではないかと思ったが、何日かパンチョさんの家で寝起きしてみると、時間の共通認識がなかろうが、これといって困るような事はなかった。
むしろ、『そろそろ眠いし寝る』とか『お腹も空いてきた事だし食べる』という風な、ゆったりとマイペースな生活リズムが、適当で大雑把なオレの性格に合っていたのか、非常に心地よく日々を過ごす事が出来た。
パンチョさんからは、「サシャも喜ぶし、このまま屋敷でのんびり過ごしてくれてもいいんですよ。」と言われ、少しだけ後ろ髪を引かれたが、オレが教えてあげられるネタも尽きてきた。
無償で居候し続けるのも心苦しいので、「そろそろどこかへ行こうと思う。」とパンチョさんに伝えると、名残り惜しそうな顔で、「旅に出るなら、私の願いを聞いてほしい。」と、真剣な顔で語りかけてきた。
「あきらさん、あなたの旅にテッサさんも同行させてくれませんか?」
……あのガンつけエルフを?……
えー……あの子、おっかねぇんだよな……
「あの子って、確かパンチョさんの護衛でしょ? オレが連れてっても大丈夫なの?」
「いえいえ、私の専属護衛という訳ではありません。……彼女は『あるもの』を探していまして、私の元に集まる情報と引き換えに、護衛を買って出てくれているのです。……今となっては私といるよりも、ダービーやショルダーで旅をするあきらさんと一緒の方が、彼女の行動範囲も広がると思いましてね。」
『探し物』を求める流浪の用心棒ってことかぁ……
ふむ……嫌いじゃないよ、急に好感度上がってきたねぇ……
「うーん……旅の目的もないから、探し物に付き合うってのもいいけども……でも、そもそも気ままな一人旅のつもりだったしなぁ……」
「これは彼女の為だけに言っているのではありません。……むしろ、あきらさんの護衛を彼女に任せたい、というのが私の本心です。」
「ふむ……護衛ねぇ、あの子ってそんなに強いんだ?」
「それはもう! 彼女は東部の『武の象徴』のような存在です。彼女の二つ名を聞けば、東部の人間は誰もが憧れか恐れを抱きます。」
「武の象徴で二つ名持ちとな!?」
ロマンがてんこ盛りだ、ハイパーカッコイイじゃねぇか!……
いや、待てよ……あんな感じの見た目だ、どうせ『ホニャララの舞姫』だの、『クイーンオブゴニョゴニョ』だのってテンプレなお花畑ネームなんだろ?
違うんだよなぁー、オレの憧れる二つ名ってのは、シンプルで武骨なロマン溢れるものなんだよ。
『死なず』とか『血みどろ』とか『超人』とか、まぁ長めので『南海の黒豹』とかだわな。
そういうシンプルかつ陰惨な二つ名持ちのシブーい中高年が、伝説レベルにメチャクチャ強いってのが……
「あきらさん?」
「ん? あぁごめん、考え事してたよ。……二つ名ってどんなの?」
「少し物騒なのですが……『うわばみ』と呼ばれています。」
「うわばみ!? うぅわぁ、カァッコイイィ……」
「……はぁ、そうなのですか?」
……そんなバカを見るような目で見んでくれ友よ……
「……ま、まぁ、ともかく! 彼女を連れているだけで、危険な輩と遭遇する確率と、危険から生還する確率が大きく変わります。ですので、ぜひともあきらさんの護衛として、旅に同行させて欲しいのです。」
……どうしよ? 一人旅が楽しみだったけど、そこまで真剣に言うんならよっぽど頼もしいんだろうし……
……うん、二つ名持ちのバディとの二人旅もロマンっちゃロマンだよな。
「わかった、テッサに護衛をお願いするよ。」
「本当ですか!? おぉ! それはよかった!」
「ふふふ、えらい喜ぶね。そんなに心配だったの?」
「えぇ、勿論ですとも。あなたには返さなきゃいけない恩が多すぎて、末永く生きてもらわねば困るのです。」
「まーたそれ言う! 困った時はお互い様だって。」
「お互い様……そうでしたね、ふふふ……あ、あと一つお願いしたい事がありまして……」
お、オレのことチョロいと思ってんな?
「ほう、なんだね?」
「あきらさんに、私の商会の新たな名前を考えていただきたいのです。」
「おっと予想外、そんな大役任されちゃっていいの? というか、なんで改名したいの?」
「実はこの先、私の商会は今まで以上に大きくなる予定でして……」
「お! 自慢!? こーの商売上手ぅ!」
「はっはっはっ……何を言ってるのですか? あなたの知識のおかげですよ。少なくとも馬車の工房では、大陸一の技術を手に入れたようなものですから。」
……大陸王者ねぇ、そこまで有用だったか!
「なんとまぁ……お役に立てて何よりですな!」
「ふふふ……それで、将来的に大陸一の商会になるのに『パンチョの商会』のままでは、なんと言いますか……『カッコよくない』と思いましてね。」
そう言うと、なんだか恥ずかしそうに、頬をかきながら笑っている。
別に照れる事はない、男の子なら誰だって『カッコイイ』の魅力には勝てんのだ。
「いいねぇ、パンチョさんもロマンに染まってきたじゃないの。……よしよしわかった、いっちょパキっとしたのを考えてみるよ。」
えー、パンチョ、商会、うーん……ロマン……車輪……
「『轍商会』なんてどう? 馬車扱う訳だし……ほら、オレらが会ったのも轍の上だったじゃん。」
「轍……いいですねぇ。車輪の神に導かれた私が、その教えを歴史に刻んでいく、と……ピッタリじゃないですか! 流石は……えーと、ロマンチストですね!」
「まぁね!……ふふふ、わかってきたじゃないの!」
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―――――――――
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