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アース編
20話 セシル、イジメについて語る
しおりを挟む「では説明するが、その前にイジメについて話したいと思う。」
「イジメですか?サヤカからグールを引き剥がすのに、何の関係が?」
「引き剥がす方法を理解するためには、イジメの仕組みを説明する必要があるのでな。田中よ。以前イジメとは何かと話したことがあったな。」
「ノアくんが調べてた文部科学省の定義ですか?」
"「いじめ」とは「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。
なお、起こった場所は学校の内外を問わない。"
「この定義に当てはめるとな。ほとんどの出来事が、イジメになるのじゃよ。集団で生活していれば、精神的な苦痛を伴う出来事なんか、山程あるじゃろう?
ここまではイジメではない。ここからはイジメだ、なんていう線引きは、誰にも分からぬ。同じ出来事でも、人によって感じ方が違うからのぅ。しかし、この文部科学省の定義は、その線引きを学校の先生にさせようというものなのじゃ。」
「えっ、それって不可能ですよね?」
「教育のプロである教師になら、出来るということじゃろう。」
「一人一人を良く見て、この子にはこの出来事が辛いんだな、とか。この子はこういうことで傷付くんだ、とかを先生が把握してるってことですか?いやいや、先生って万能じゃないですよね。無理がありますよ。」
「そうじゃ。だからこの国では、子供がイジメで自殺するのじゃ。そして、それはイジメを見逃した先生の所為だと言われる。だから、学校は必死でイジメは無かったと言う。それがこの国の現状じゃ。」
「じゃあ、イジメは無くならないってことですか?」
「何度も言うが、集団で生活していれば、精神的に苦痛を感じることは、必ずある。文部科学省の定義の"いじめ"は、集団で生活している以上、必ず起こることじゃ。では、どうして精神的苦痛を感じるのか。それは価値観が違うからなのじゃ。」
「価値観?」
「月子には少し難しかったかのぅ。価値観とは、簡単に言うと、良い事、悪い事の基準となる考えのことじゃ。月子は何か学校で嫌なことはなかったか?」
「私、学校好きだからすごく嫌な事はないよ!でも…。ちょっとだけイヤな事ならある。大きな声で話すようにって、みんなが色々してくること、だよ。」
「そうじゃな。新しい先生は、大きな声で話すことが良い事だと信じておる。そして、クラスのみんなも。だから、月子に大きな声で話をしてほしかったのじゃよ。間違った方法がエスカレートしてしまったがな。」
「私も本当は大きな声でお話したかったよ。でも…。」
「先生は月子ちゃんの事情を知らなかったの?」
「タクミさん。私がお母さんに頼んだんです。事件のことを思い出すと、余計に月子が悲しむから、引越し先のここでは誰にも言わないでって。」
「陽子ちゃん…。」
「学校の先生が、月子の事情を把握していたかは、我にもわからない。ただ、あの新任の教師は、"大きな声で挨拶できる子はこれからの人生で得をする。だから、出来るようになりましょう"とでも考えているのだろう。」
「確かに、明るく元気な態度で不快になる人は少ないですからね。得をすることの方が多いです。僕は、前の会社ではそれが出来なかった。会社で明るく振舞っていれば、もう少し居心地が良かったのかもしれません。」
「私も大きな声で話せるようになりたかったから、みんなが色々してくるのは仕方ないかなって思ってたの。でも、ランドセル踏まれたりとかは、イヤだった…。」
「月子も大きな声を出せた方がいいと思っている。だから、クラスの子達の行為をある程度、許していた。しかし、もし、大きな声なんて出さなくてもいいじゃない!と思っている子がいたとする。この子が同じことをされたら、この子はどう思う?」
「私は何も悪い事していないのに、なんでこんな事されなくちゃいけないの!ですね。」
「そうじゃ。陽子、お主が学校で受けていた嫌がらせは、こちらのケースじゃな。面倒な係を押し付けておいて、文句ばかり言う、とか。見て見ぬ振りで助けない、とかな。」
「陽子ちゃんは、みんながやりたくない係を押し付けられた。なのに、自分たちの意見だけを言って、みんな協力しない。陽子ちゃんからしたら、まさに、"私は何も悪い事していないのに、なんでこんな事されなくちゃいけないの!"だね。」
「みんなが引き受けない面倒な係を引き受けたあげたのに、何で協力しないのよ!ってなるじゃろうな。」
「私は、そこまでは思いませんでしたけど、理不尽だな、とは思いました。」
「理不尽?」
「月子には難しいかの?理不尽とは、"物事の筋道が通らないこと"じゃよ。」
「学祭の係だったんですけど、学祭っていうのは、全員が参加する行事ですよね。だから全員が協力するのが当然だと私は思うの。だから、係一人だけが頑張るのっておかしいよね。だから、クラスのみんなにも協力してほしいと思ったの。だから、なんで協力してくれないのって。」
「陽子の中の価値観では、皆の学祭なのじゃから、皆が協力するべき、と考えておるということじゃな。では、陽子よ。相手の気持ちを考えたことはあるか?」
「相手の気持ち?」
「そうじゃ。協力しないクラスの皆は、どうして協力しないのかを。」
「そんなの意地悪してるからに決まってるじゃないですか!」
「田中は口を挟むでない。今は陽子に聞いておるのだ。」
「私も意地悪されているんだと。でも意地悪じゃないってこと?」
「例えば、じゃが。
陽子が係を任されたのは、陽子にその能力があるからじゃ。陽子はその年齢にしては、落ち着いておるしの。皆が好き勝手に意見を言うのは、陽子ならその意見をまとめて、うまく処理してくれると信頼してくれているから。真実はそうだったら、陽子はどう思う?」
「だったら、少しはやる気にもなりますけど。でも、それなら誰かに"信頼してるから頑張ってね"、とか言って欲しいです。」
「そうじゃな。まぁ、今のはこういう可能性もあった、くらいに受け止めてほしい。全てを意地悪だと決め付けたら、そこから思考は動かなくなるからのぅ。もし、皆は係である陽子が上手く意見をまとめてくれるのが当然だと思っているとしたら?陽子は、みんなの学祭なのじゃから、みんなが協力するのが当然だと思っている。こうして、お互いに不満が溜まるのじゃ。」
「クラスの子達は、係の陽子ちゃんが意見を上手くまとめてくれないから、イライラする。陽子ちゃんは、クラスのみんなが協力してくれないから、イライラする。そういうことですか?」
「人と人の争いの原因は、ほとんどが価値観の相違じゃよ。
今の日本は、国際化、グローバル化で様々な価値観が入り込んできておる。それに伴い、個々の価値観も様々じゃ。そのような状態では、価値観の相違で、不快になることも多くなるだろう。
しかし、相手の価値観がわかっていれば、こちらの対応も変わる。では今回のケースは?首謀者サヤカ達の気持ちはわかるか?」
「えっと、だから意地悪かな?って。北条さん達は、私に居なくなってほしいって思ってるから。」
「たぶん、じゃが。あの者達は、悪いことをしている意識は無いと思うぞ。サヤカは別だがな。サヤカは本当に陽子に居なくなってほしいと思っているから、全力で意地悪するだろう。しかし、その周りにいる者達は、そこまでは思っていない。ただサヤカの気持ちに乗っかっているだけじゃ。恐ろしいことにのぅ。そういう者達には、イジメているという自覚が無い場合が多いのじゃよ。こんなことくらいで、イジメって言うなよ、と思っておる。」
「自覚がないって!どういうことですか?」
「田中よ。お主が前の会社で困っている時に助けてくれる者はいたか?」
「いや…、それは。居ませんでしたけど…。それは僕が社会人だからで。自分の問題は、自分で処理しないと。」
「陽子のクラスの見て見ぬ振りの子供達も、同じような心理じゃよ。これは陽子とサヤカの問題。余計なことを言って、巻き込まれたくない。そして、サヤカの周りにいる子達も同じじゃ。自分達はサヤカの意見に同調しただけで、陽子をイジメた訳ではないと答えるじゃろう。これは、陽子とサヤカの問題。困っているなら、困っている陽子自身が自分で解決するべき問題じゃとな。そういう価値観、考え方の者達にイジメは止めてと言っても、効果はないじゃろう。イジメているという自覚がないのだからな。」
「この国の者達は、大人に近づくにつれて、物事は、本人が一人で処理するのが当然という考えとなっていく。今まで誰かに相談していたことも、誰にも話さず、自分で処理しようとするようになるのじゃ。しかし、自分の処理能力以上のことが起こると、処理しきれずパンクしてしまう。
中学生くらいじゃと、まだ処理能力が少ないからのぅ。大人が思っているより少ない出来事でパンクして、自殺という逃避を選んでしまうのじゃ。大人達は口に出しては言わないが、こう思っている。これくらいのことで、自殺してしまうなんて、とな。」
「僕の場合も、処理能力をこえてしまったから、グールに取り憑かれてしまったということですか?」
「そうじゃ。処理能力は人それぞれだ。同じような負荷を受けても大丈夫な者もいれば、そうでない者もいる。人には、受け止めきれる容量がそれぞれ決まっておるのじゃよ。」
「僕は、許容量が人より少なかったのですね。グールに取り憑かれてしまうくらいだから。」
「いや、それは違うぞ。人は、心の中に貯まったものを吐きだすことで、軽くできるのだよ。例えば、大人だと、お酒を飲んで愚痴る、とか。自分の好きな趣味に没頭する、とか。誰かに話してスッキリする、とかな。これらを実行しても、何も問題は解決しないが、心に貯まったものが少し軽くなるのじゃ。そうやって、容量を越えないように、皆、上手くやっておる。
田中の場合は、負荷が大き過ぎて、貯まったものを吐きだすより早く、またすぐに貯まる、という状態になっていたと思うぞ。
子供の場合もこれじゃ。吐きだすより早く、貯まってしまう。そして、耐えきれずに自殺という選択をする。子供は大人より、負荷の吐きだし方が下手じゃからのぅ。」
「私は、みんなから意地悪されるのは、なんでだろう?やめてほしいなって、思ってた。意地悪されることで、精神的な苦痛を感じてたから、それをイジメっていうなら、私はイジメられてると思う。
でも私は、家事もしなくちゃいけないし、月子も守らなくちゃいけないし。北条さん達の意地悪につきあうつもりはなかった。」
「陽子は、逆にそれが良かったのじゃ。やらなくてはいけないことがいっぱいあったことで、家ではサヤカ達の意地悪のことなど考えてる暇もなかったのでは?」
「はい。それに月子と話してる時は、そんなこと忘れてたし。」
「人はな。自分の話を聞いてくれる存在や一緒にいて安心できる存在がいるだけで、心が軽くなるのじゃよ。陽子には月子が、月子には陽子がいた。だから2人は大丈夫だったのじゃ。でも、陽子の許容量は常にいっぱいじゃった。学校に行く度に増えるのじゃからな。」
「陽子ちゃんは、もうギリギリの状態だった。そこに、お父さんの事件のことをサヤカ達が話していた、と聞いてしまった。だから、ついに溢れてしまって、今日のようなことになった、ということですか?」
「双子達の話を聞く限り、学校でのサヤカ達の意地悪は度を越していた。陽子の許容量はその年齢にしては大きい方じゃぞ。よく耐えていたな。」
「あっ。陽子ちゃん、泣かないで。」
「わっ私、ずっと誰かにそう言って欲しかったんです。頑張ってるねって。
でも。
私は、もう大丈夫。私にはこの子達がいるから。周りにいる精霊達が、常に私を励ましてくれてる。陽子は一人じゃないよって。」
「そうだよ。お姉ちゃんには私もいるしね!」
「ありがとう。月子。」
「シルフには常に精霊の声が聞こえておる。精霊達はシルフが大好きじゃからのぅ。
ちょうど紋章システムを構想しておる時に、モイラと出会ってのぅ。モイラを見て、我は閃いた。これを紋章システムに組み込もうと。」
「どういうことです?」
「田中の疑問の答えじゃよ。
"エレメンテではもう、グールに憑かれる者はほとんど居ない"のは、"精霊がサポートしてくれているから"、なのじゃ。」
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