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第11章 【突貫工事】

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 朝起きて他の作業員たちと共に朝食を食べ、午後の交代まで体を休めた。昨日は慌ただしくアチコチを駆け回ったせいか、かなり疲れていて風呂から上がった後はすぐに眠ることが出来た。
 一晩ぐっすりと眠ったのでかなり疲労は回復したが、かと言って午後の交代まで何かをしようと言う気は起きなかった。
 他の作業員たちも同様で、別段何をするでもなく大広間で横になって寝転んだり、新聞を読むなどして過ごしている。
 そうこうしているうちに昼食の時間となった。皆黙々と出された食事を食べている。俺とみちるも特に会話などをせず、黙々と昼食を食べた。周りの状況からして、とても楽し気なおしゃべりをしながら食事をするという雰囲気ではなかったからだ。

 昼食を食べ終えて、いよいよ現場に向かう。30数人の作業員一同が乗り込んだ宿の送迎バスに揺られながら現場まで向かった。
 現場に着くと俺達と入れ替えに朝の当番の連中がゾロゾロとバスに乗り込んで行った。皆一様に疲労困憊ひろうこんぱいといった表情をしている。

 3交代の作業のおかげか、現場には分厚い鉄板が敷かれ、重機が自重で地面にめり込まないように養生がされていた。
 何より一番驚いたのは巨大な100トン吊りのクローラークレーンが一夜にして現場に現れた事だった。隣に置いてある30t吊りのラフテレーンクレーンに比べると、如何にこのクローラークレーンが大きいかが分かる。
 乾の話によれば、巨大すぎてそのままでは運べないので、いくつかに分解して運び、現場で組み立てて1台のクローラークレーンにするのだという。
 現場の端では川に沈めて水を堰き止める巨大な土嚢どのうの製作も着々と進んでいて、既に10数個が作られていた。

 皆が慌ただしく作業している中、俺達2人は友梨絵さんを呼びに行くことにし、愛車のレガシィツーリングワゴンに乗り込み現場を離れた。

 もう何度、ここに来ただろうか? 俺達は阿武隈ライン船下りの乗り場近くの川岸に友梨絵さんを迎えに行った。
 潰れたラーメン屋の前に車を停め、川岸に降りて行くとそこにはいつもと変わらず、何をするでもなくただ黙って川面を見つめている友梨絵さんの姿があった。

「友梨絵さん! 美咲ちゃんの居場所が分かりましたよ!」

 俺の呼びかけに、友梨絵さんは驚きを露わにした表情で振り向いた。

「見つかったんですか! 美咲が……、美咲が見つかったんですか?」

「あ、あの、見つかったとは少し違いまして……、居場所は分かったんですが……」

 友梨絵さんの表情が曇っていく。

「居場所が分かったって、どういうことです? 見つかったんじゃ……、ないんですか……?」

「その……、先日ここにお連れした後長さんの霊能力で、美咲ちゃんの居場所が分かったんですが、……それが川の中にある大きな岩の下敷きになっているみたいでして――」

 そこまで言いかけたところで、友梨絵さんは両手で顔を覆い、声を上げて泣きながらうずくまってしまった。
 隣のみちるが無言でひじ打ちを喰らわせてきた。どうやらもうちょっと言い方に気を遣えと言いたいらしい。みちるがキツイ目つきでそう語っているようだった。

 俺は俺で何と言おうか迷った挙句の物言いだったのだが……、まさか友梨絵さんが泣き出してしまうとは……、これは参った。

「あの、友梨絵さん。今、ヤクザ屋さんが総出で24時間3交代で岩を退かせて美咲ちゃんを救出するための工事をしています。ですから、どうか……、泣かないでください。私たちと一緒に現場に行きましょう」

 みちるがそう言ってうずくまったまま泣き続けている友梨絵さんに優しく寄り添い、背中をさすった。
 ようやく顔を上げた友梨絵さんをなだめすかすように、みちるが彼女に寄り添いながら、俺達3人は車に乗り込んだ。
 こうしてチンピラと死神と幽霊を乗せたレガシィツーリングワゴンは一路美咲ちゃん救出の為の工事現場へと向かった。

 現場に到着し組員たちの国産高級車が停められている駐車場所に車を停めると、すぐに友梨絵さんが車から走り出した。作業員の誰一人として彼女を気に掛ける者は居ない。友梨絵さんは幽霊なのだから霊感がある者しか見ることが出来ないとはいえ、現場の作業員の中にそれを持つ者は居ないようだ。

 友梨絵さんは川の中にある大きな岩の近くまで行くと、そこで立ち尽くしたまま両手を胸の前で組んで、ただジーっと岩を見つめていた。
 無理も無いのかもしれない。自分の愛娘が巨大な岩の下敷きになっているにも関わらず、幽霊となってしまった自分は何もしてあげることが出来ないのだ。
 そんな彼女に何か一言、言葉でもかけてやれないかと一歩踏み出した俺の手を、みちるがガッチリと掴んだ。
 振り向くとみちるは黙ってかぶりを振った。そっとしておいてやれ、恐らくそう言いたいのだろう。俺はコクリと頷いて見せ、友梨絵さんをそっとしておくことにした。

 俺とみちるの2人は雑用係として、あくせくと現場で走り回った。何か役に立ちたい! 2人ともそう思ってはみたものの、俺はそもそも普通免許しかもっていないし、みちるに至ってはそれすら持っていない上に非力な女の子なのだ、ホイールローダーやクレーン車の操縦ができるワケでもなければ土木工事のイロハも知らない。

 乾から「邪魔にならないように雑用係でもやってろ」と言われてカチンときたが悔しくても言い返すことが出来なかった。
 プレハブ小屋の掃除から配達された弁当の配膳、作業員たちへの飲み物やタバコなどの買い出し……。でもそれらの雑用が嫌だとは思わなかった。他の作業員は皆一生懸命に自分の持ち場で作業をしているのだ、俺達だけボケっと静観しているわけにもいかない。
 それに昼夜を問わず、ジッと一か所で作業を見守っている友梨絵さんの気持ちを思えばこれくらいの雑用など、どうって事は無い。

 雑用もひと段落付き、額の汗を手ぬぐいで拭ってペットボトルのお茶を飲む。みちるも同様にお茶を飲んで一息ついていた。

「……なんかゴメンな。みちるまでこんなことに付き合わせて」

「どうしたんですか、急に? 確かに私は死神で、小野寺さんは私のクライアントですけど、最後の1週間は死神がクライアントに寄り添うってのが決まりですから、それにそんなに嫌じゃないですよ。」

「ありがとうな」

 そう言った俺にみちるは満面の笑みを向けてきた。

「お礼なんて……、そんな……。 あ! そうだ、閻魔庁の地下の食堂の話しましたよね。お礼として小野寺さんが親子丼奢ってください!」

「ハハハ、親子丼でも焼肉定食でもなんでも奢ってやるよ」

「ウフフフ」

 3日という時間があっという間に過ぎ、そして4日目 7月28日火曜日がやって来た。

 僅か3日とは言え、30数人が3交代で24時間現場を回したせいもあって、ついにあの巨大な岩をクレーンで吊り上げるところまで来たのだ。プロの土木業者の底力と言うものをこれでもか! と見せつけられ、俺は胸がいっぱいだった。いや、こんなことで胸がいっぱいになってどうする。それは美咲ちゃんの遺体が無事に岩の下から見つかってからにしておけ。

 別に後長の霊能力を疑っているわけではない。――疑っているわけではないのだが、本当にあの巨大な岩の下に美咲ちゃんの遺体があるのか……、どこか半信半疑な自分が常に頭の中にいるのは否定のしようがない事実だ。
 朝の当番の連中が岩にワイヤーを括りつけて後は吊り上げるだけの状態にまでしてくれた。いよいよ……いよいよ、俺達が岩を吊り上げる。

 100t吊りのクローラークレーンが真黒いディーゼルの排煙を噴き出し、エンジンが咆哮ほうこうを上げる。
 岩に括りつけられた太いワイヤーがピンと張り、まるで岩が意思を持ってそこから動くことを必死に抵抗しているかのように見えた。
 やがてクローラークレーンのけん引力に根負けした巨大な岩が川底のぬかるんだ泥から浮かび上がる。それと同時に「オーッ!!」という作業員一同の歓声が響き渡った。
 吊り上げられた巨岩は川岸に降ろされると、まるで不貞寝ふてねでもしているかのようにその巨大な図体を横たえた。

「よし、5名! お前らの中から5名、スコップを持って川底の泥を掘れ!」

 乾が拡声器を使って作業員たちにそう呼びかけた。気が付くと俺は真っ先に乾に志願をしていた。

「乾さん! 俺に! 俺に泥を掘らせてください!」

 隣に居たみちるも手を挙げている。

「私にもやらせてください!」

「よし、あと3名だ!」

 現場にいた作業員の皆が手を挙げていた。
 少し離れた所に立って事態を注視していた友梨絵さんは皆に深々と頭を下げている。

 漁師が身に付けているような胸まであるゴム長を付けた5名が、すっかり水を抜かれた川底に降り、スコップで懸命に泥を掘った。
 ぬかるんだ足元の不安定さ、そして水を含んだ泥の重さもあってか、なかなか思うようには掘り進まなかった。 それでも5名のうち誰一人として不平不満を言うものはおらず、みな泥だらけになりながら必死に泥を掘り進めた。

 泥を掘り進めて10分も経たぬうちに、スコップの先にわずかだが柔らかい感触を感じた。俺はスコップを脇に放り出し、その場にひざまずいて両手で泥を掻き分けた。

「ちょっと! 小野寺さん! 一体どうしたんです?」

「ここに居る! ここに居るんだ!」

 みちるの呼びかけに、一瞥いちべつもせずにそう答えた。
 みちるをはじめとした他の作業員も駆け寄ってきて、黙って俺の手元に注目しているようだった。
 川岸の作業員たちがざわめいているのが聞こえてきたが、今はそんな事などどうでもいい。

 泥の中から何やら毛むくじゃらの物体が顔を覗かせた。俺はすぐにそれが美咲ちゃんが肌身離さず大事に持っていたマイメロディのぬいぐるみだと分かった。それを見たみちるや他の作業員が一斉に跪いて手で泥を掻き分けた。

 すっかり白骨化した小さい遺体が姿を現すのにそう時間はかからなかった。
 泥に染まってしまった幼稚園の制服の胸にはチューリップの形をした名札が付けられていて、そこには『ながしろ みさき』と美咲ちゃんの名が記されていた。

 俺達5人は慎重に遺体を掘りだすと、乾たちが持ってきた担架に乗せ、手を合わせた。
 いつの間にか川底に降りてきていた友梨絵さんが涙を流しながら俺達に頭を下げた。

 遺体が見つかってからの現場は一気に騒々しくなった。

 警察の車両をはじめ、噂を聞きつけた近隣のやじ馬、それに取材に訪れたマスコミなど……。
 捜索隊がどれだけ探しても見つからなかった美咲ちゃんの遺体が見つかっただけではなく、それが急遽始まった24時間体制の工事現場からだというのだから無理もない。

 それにしても良かった。美咲ちゃんの遺体が無事に見つかって本当に良かった。
 俺達は一旦旅館に引き上げて、風呂で泥だらけの身体を洗った。
 心地よい疲れの中風呂から上がって大広間でくつろいでいると不意にスマホが電話の着信を伝えた。画面を見ると平沢からの着信だった。

「もしもし小野寺です」

「おう、よくやったな。無事に遺体が見つかったそうじゃねぇか」

「はい、ありがとうございます。これも平沢組長と後長さんのおかげです」

「なに、いいってことよ。流石に死神に頼まれちゃいくらヤクザでも断れねぇからな。
 ……それはそうと、喜びに浸ってる最中で悪いんだが……、小野寺、お前今すぐ逃げろ!」

「なんですか、藪から棒に」

「お前の本来の仕事――、振り込め詐欺の件でサツの連中がお前のシッポを掴んだみたいだ。今回の遺体発見の件と絡むと話がややこしくなる。すぐに死神のお嬢ちゃんと逃げるんだ。いいな」

「わ、分かりました。すぐにここから離れます。落ち着いたらまた連絡をしますんで。それじゃ切りますね」

 そう言って電話を切った俺を、みちるが不思議そうな表情で見つめている。

「どうしたんです小野寺さん、顔色が悪いですよ?」

「話は後だ。とにかくすぐにここから離れるぞ」

 みちるはただ事ではない雰囲気を察してか、直ぐに荷物をまとめた。
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