1 / 3
【上】また、会えた。
しおりを挟む
中学三年生になった彼女は、塾に通わされることになった。
「面倒くさいなあ」と思いながら扉を開ける。
予想通り、ざわざわとしている教室。そんな中、一人で席に座り、本を読んでいる男子生徒を見つけた。
彼女はその男子生徒の元へ行き、話しかけた。
「ねぇねぇ、隣、良い?」
男子生徒は困惑しながらも頷く。
その様子を見て、彼女は隣の席にすとんと座る。
ちらっ、と男子生徒の読んでいる本に目を向ける。見たことのあるタイトルだった。
「あっ、『ばかもの』!」
男子生徒はビクッと体を跳ねらせたあと、隣で宝物でも発見したかのような笑顔を見せる彼女に返した。
「えと、この小説のこと……だよね。知ってるの?」
「この小説のこと」? そりゃそうだろ、と脳内で反省している男子生徒のことなど気にせず、彼女は嬉しそうに返した。
「うん! 良いよね、それ。先生のワードセンスめっちゃ神がかってるし、〝失う〟ってことの残酷さとか、いろいろ考えさせられるマジ神作品。まぁ、読み返そうかは迷うけどね……笑」
「あぁ……先生の作品、結構過激……だもんね。」
「そうそうー笑 まぁそこも良いんだけど! てか、その作品──あ、まだ読み切ってない……?」
「あ、大丈夫。これ、読破済みだから。」
「あ~良かった~! てか読み返してんの!? うわマジ尊敬~。え、ていうか、それなら語り合お!」
やや強引に、彼女は男子生徒と〝語り合い〟をした。
お互い話しているうちにどんどん会話が弾み、時間のことなど忘れてしまいそうになるくらい盛り上がった。
なんとなく、上手くやっていけそうな気がした。
「君……新しく入った生徒だよね?」
「あ、そうそう! そうなの。 名前はシフェル。ボクっ娘の中学三年生だよ。君は?」
「でぃ……ディラ。同じ。あ、えっと、同じ中三。」
「タメなんだ! 良かった。これから宜しくね!」
「うん……宜しく。」
その時、初めてディラが笑顔を見せた。
一年は一瞬で経つ。
二人はずっと仲良しだった。
それでも塾の時間でしか会うことはなかったが、ずっと仲良しだった。
目指す高校が一緒だと判明し、絶対に二人で入学しようと意気込んだ。
二人で初詣にも行った。
「何お願いした?」「秘密ー」なんて、なんでもない会話もした。
そして二人は見事、受験に合格した。
塾の最終日は日帰り旅行が開催された。
シフェルは新しく買った、星の模様が入った白色のワンピースを着て行った。ディラが、「めっちゃ似合ってる」と褒めた。
高校生になって、さらに二人の仲は深まった。
お互いスマホを持っているから、会う回数も増えた。
ディラは正直、塾で会ったあの日、彼女が自分の読んでいた本に触れたことに驚いた。意外だった。彼女は自分とは違うタイプだと思っていた。……いや、同じタイプでも無い。明らかに彼女と自分は別の人種だ。
自己紹介する時に、「ボクっ娘の~」なんて言えることが自分にとって有り得なかった。
彼女は自分と違って、すぐに塾で友達をたくさん作った。高校に入っても、クラス内はもちろん、クラス外も学年も関係なく色んな人と関わっていた。
いわゆる陽キャだ。
正直、羨ましいとも思った。
でも、彼女は自分と優先して関わってくれた。
〝共通の好きな小説作家がいる〟それだけで友達を作るきっかけになることに、彼は彼女と出会ってやっと気付いたのだった。
シフェルは、正直、あの塾で友達を作ることくらいわけないと思っていた。彼女は友達が居ないという状況を経験をしたことがなかった。
彼に話しかけたのは、なんとなく目を引かれたからでしかなかった。
その直感が当たりだった。
好きな小説作家が一緒で意気投合。それから仲がどんどん深まって友達になった。
初めて友達を〝作った〟という感じがした。
彼女はだんだんと、彼がいわゆる〝陰キャ〟とか〝オタクくん〟と言われる存在であることに気付いていた。
実際、彼の喋り方や態度は、自分と関わる時と他の人と関わる時でだいぶ違っている。それに、自分と関わっている時の彼には、どことなく慣れを感じる。
でも、別に関係ない他人からの評価とかボクらにとってはどうでも良くね?というのが彼女のマインドだった。
しかし、それは誰にでも通用する訳じゃないと、彼女は彼と出会ってやっと気付いたのだった。
彼女は内心、彼が高校生になって、どんな人とどんな風に関わっていくのか心配だった。
でも意外と、彼は彼なりの友人関係を築いているようだった。杞憂だったな、と安心した。
でも、彼は優先して自分と関わってくれた。
彼との関係は、きっと簡単に壊れない、と心から信じることができた。
「彼と、ずっと一緒に居たい」。
「彼女と、ずっと一緒に居たい」。
当然のように、二人は永遠の親友とも呼べる仲になった。
シフェルは思った。「いつか絶対、伝えたい」。
*
──目が覚めると、見慣れた道路に横たわっていた。
「え、なんで?」
取り敢えず起き上がり、歩道まで走る。シフェルは自分の置かれている状況を理解できなかった。周りに人は見当たらない。ずっと気付かれず放置されていたのだろうか。だとしても、自分が倒れていた理由がわからない。
まだ戸惑いはあったが、ここは知っている場所。彼女は、人の多い所まで歩くことにした。
数分歩くと、正面から中年男性が歩いて来た。
とにかく状況を整理したかった彼女は、その男性に話しかける。
「あの、すみません……。」
……彼女の問いかけは無視された。
なんだか嫌な予感がした。
いや、きっと、聞こえなかっただけだ。彼女はそう信じてさらに足を進めた。
途中、二人の女性が会話しながらシフェルを追い越した。
「今日、風強いね~。」
その一言が突っかかった。不思議だった。自分は風なんて感じなかったからだ。
もう一人の女性が「ねー」と相槌しているのも不思議で仕方がなかった。
でも確かに、その女性たちの髪が、なびいているのが見えた。自分の髪は、動く気配が全くしない。
彼女は、やっぱり嫌な予感が当たっている気がした。
一応、と思い、近くのブロック塀に手を当ててみる。
ぐらっ、と前に倒れそうになった。
当たらない。当てられない。触れられない。
自分の手が、ブロック塀をすり抜ける、感じたことの無い奇妙な感覚がどうも気持ち悪い。
でも、これで、やっと確信に変わった。
自分は死んでいる。
……意外とすんなり受け入れられるものなんだな、と彼女は思った。
なぜ気が付かなかったのだろう、足と地面が触れている感覚もないことに、今になって気が付く。
(ボク、幽霊になったんだ……。)
この世界での〝幽霊〟は、成仏できず現世に残されてしまった亡者のことを指す。生きている人を呪う能力を持っているだとか真偽のわからない噂も多く存在する。
それでも全学校で教わることが一つある。
〝呪いというのは神様でも制御できるとは限らない強い力である。だから、自分たちは呪われるような言動をしてはいけない。〟
彼女は、その話を聞く度、絶対に自分は誰かを呪ったりなんかしない、と思っていた。
実際幽霊になっても、その心は変わらなかった。
それはそうと、なぜ、自分は成仏できていないのだろうか。
そもそも、どうやって死んだのか、なぜ成仏できていないのか……わからないことが多すぎる。考えたところで無駄だろうと彼女は悟った。
とにかく情報を集めないといけない。
その時、ふとシフェルの頭に、一人の親友の顔が浮かんだ。
「ディラ! ディラなら、何か知ってるかも!」
今、自分の姿はきっと誰にも見えていない。きっと声も届かない。そんな状況で、どうやってコミュニケーションをとるのかはわからないが、とにかく「会ってみたい」と思った。
彼女は驚くほど純粋に、好奇心のままに動こうとした。
ディラという存在が、彼女を突き動かしていた。
「あ、そうだ! 死んだってことは、浮くのかな?」
そんなことさえ、簡単に考えてしまうくらいには彼女は幽霊であることをすっかり受け入れていた。
むしろ幽霊がどんなものなのかに興味が湧いてきていた。
地から足を離して体を物理的に上にあげると、確かに浮いた。しかし、なかなかコツがいるらしい。始めたてのゲームのキャラクターのようにフラフラする。安定感がない。
それでも浮いている方が楽だと感じた彼女は、そのままディラの元へ向かった。
取り敢えず家に着いた。ちょっと気が引けるが、わからないものは仕方がない。勝手に家に入り、彼の部屋を探す。
制服姿の彼を見つけた。今日は平日の午後……ということだろう。
一人の生徒が亡くなって休校にならないはずがない。自分が死んでから結構な時間が経ったのだろうかと思った。
ディラに姿を見せたいが方法がわからない。彼女は取り敢えず「見えろー!」と願ってみた。
彼がシフェルを見た。
凝視。彼の全身がぴたりと止まった。
(見えてる……のかな? あれで良かったんだ……。)
彼女はそのまま「聞こえるようになれー!」と願ってみる。
「えーっと……聞こえるー?」
そう呼びかけると、ディラの目が困惑した。
「…………え。」
何か言いたそうに、もしくは現実だと確認するように、彼は一言だけ発した。
「あー……聞こえてるってことで良いんだよね? 見ての通りボク、シフェルなんだけど……えっと幽霊になったっぽくて……ディラには理解し難いと思うんだけど、実際こうなっててー……。」
グダグダしながらも彼女は必死に説明する。
その説明の下手な感じ、手振り、顔の移り変わり、髪型も顔も一人称も何もかも全部が、ディラの知っているシフェルと重なる。
本当に、本当にあのシフェルなんだ、と理解すると途端に全身の力が抜けた。
「……なんだ、まじでシフェルじゃん。」
からかうような、呆れたような笑顔に、ほんのり嬉しさが混じっているように見えた。
「お! やっと信じてくれた?」
「いや全然。でもお前は絶対シフェル。信じれねぇけどお前は俺の知ってるシフェルそのまんま。まぁ俺だって幽霊の存在自体は知ってるしな、もう吹っ切れるしかねぇわ。」
シフェルは彼が自分の存在を受け入れてくれたことに安心した。
「あ、ちなみに声と姿はディラしか感じてないと思うよ。」
「なるほど。」
「それはそうとさあ、なんでボク成仏してないんだろ?」
「……シフェルは成仏したいと思ってんの?」
「まぁ。このまま幽霊なのも怖いし。あと多分成仏は必要でしょ。知らないけど。」
「そうだな……やり残したことがある……とか?」
「んあーやり残したことかあ……確かに有り得る。けど全く思い浮かばん。」
「じゃぁ色んなとこ巡って探す?」
「ナイスアイデア! じゃぁ~成仏するまでディラの家で過ごしてて良い?」
「良いよ。親には見られんなよ。」
「大丈夫、大丈夫!」
こうしてディラにも理解してもらい、二人は一緒に過ごすことになった。
色んな場所を巡り、〝やり残し〟を見つけるのが、彼女らの目標だ。
彼女は、死んだ後も一番の親友と一緒に居られることが嬉しかった。
まずは〝幽霊〟を知るところから始めようという話になった。
「まず……壁とかすり抜けれんの?」
「うん!」
そう言って彼女は壁から上半身だけを見せた。「ほら、こんな感じー」と笑う。
「んんっ……笑 なんかゲームのバグみてぇ笑」
「ふはっ笑 確かに笑 てかさ、これ普通にスゴいよね! もうドアいらないじゃん!」
そんなことを言われるとは思っていなかったディラは思わず吹き出した。
それを見て、シフェルは「え!? え!? なんか変なこと言った!?」と困惑する。ディラは笑うのを抑えながら「ふふっ……なんでもないよ……」と返す。
彼は彼女の様子を見て、いつも通りだな、と懐かしさと安心感を覚える。
「じゃぁ次はー……シフェルの格好って、変わんないの?」
「あー……どうだろ?」
彼女の今の服は、よく着ていた服だった。着替えようにも全身すり抜けるのでできない。
「ボクって、死んだ時もこの服だった?」
「そうだったと思うよ。」
「じゃぁ、やっぱり幽霊って死んだ時の服で現れるのかな。」
「多分そうなんじゃね? ……でもさ、イメージ、とか関係してないのかな。」
「イメージ?」
「シフェルその服よく着てたじゃん。だから、その服を着てる自分の姿はイメージしやすいでしょ?」
「ふむ……。確かに、この服の記憶がほとんど。」
「だとしたら、他の服の自分もイメージできるようになれば、擬似的に着替えれる……かも。」
「なるほど。まぁ、物は試しって言うしね!」
彼女は中学の時の制服を着た自分を思い浮かべた。今、一番イメージしやすそうだったからだ。
ボタンの位置だとか、ポケットの形だとか、結構細かい所まで覚えている。
何分間かイメージし続けていると、「おー、制服じゃん。中学の?」というディラの声が聞こえた。
自分でも見てみると、ちゃんと制服を着ている。
「はっ!? 何これ、えぐっ!」
キラキラした笑顔を見せながら興奮した声を出す。
「楽しそうだな。」
その通りだった。
幽霊だからこそなせる、一つ一つの挙動に、いちいち大はしゃぎする。
彼女は、自分でも理解しているほど、幽霊生活をエンジョイしていた。
「ま、とにかく良かったじゃん。」
「うん! うわ~出かけたくなってきた!」
「ふふっ。じゃ、色んなとこ巡るついでに好きなだけ着替えなよ。」
「絶っ対そうする!」
こうして再会を果たした彼女らは〝やり残し〟を探す生活を始めるのだった。
「いっぱい遊ぶぞーっ!」
続
「面倒くさいなあ」と思いながら扉を開ける。
予想通り、ざわざわとしている教室。そんな中、一人で席に座り、本を読んでいる男子生徒を見つけた。
彼女はその男子生徒の元へ行き、話しかけた。
「ねぇねぇ、隣、良い?」
男子生徒は困惑しながらも頷く。
その様子を見て、彼女は隣の席にすとんと座る。
ちらっ、と男子生徒の読んでいる本に目を向ける。見たことのあるタイトルだった。
「あっ、『ばかもの』!」
男子生徒はビクッと体を跳ねらせたあと、隣で宝物でも発見したかのような笑顔を見せる彼女に返した。
「えと、この小説のこと……だよね。知ってるの?」
「この小説のこと」? そりゃそうだろ、と脳内で反省している男子生徒のことなど気にせず、彼女は嬉しそうに返した。
「うん! 良いよね、それ。先生のワードセンスめっちゃ神がかってるし、〝失う〟ってことの残酷さとか、いろいろ考えさせられるマジ神作品。まぁ、読み返そうかは迷うけどね……笑」
「あぁ……先生の作品、結構過激……だもんね。」
「そうそうー笑 まぁそこも良いんだけど! てか、その作品──あ、まだ読み切ってない……?」
「あ、大丈夫。これ、読破済みだから。」
「あ~良かった~! てか読み返してんの!? うわマジ尊敬~。え、ていうか、それなら語り合お!」
やや強引に、彼女は男子生徒と〝語り合い〟をした。
お互い話しているうちにどんどん会話が弾み、時間のことなど忘れてしまいそうになるくらい盛り上がった。
なんとなく、上手くやっていけそうな気がした。
「君……新しく入った生徒だよね?」
「あ、そうそう! そうなの。 名前はシフェル。ボクっ娘の中学三年生だよ。君は?」
「でぃ……ディラ。同じ。あ、えっと、同じ中三。」
「タメなんだ! 良かった。これから宜しくね!」
「うん……宜しく。」
その時、初めてディラが笑顔を見せた。
一年は一瞬で経つ。
二人はずっと仲良しだった。
それでも塾の時間でしか会うことはなかったが、ずっと仲良しだった。
目指す高校が一緒だと判明し、絶対に二人で入学しようと意気込んだ。
二人で初詣にも行った。
「何お願いした?」「秘密ー」なんて、なんでもない会話もした。
そして二人は見事、受験に合格した。
塾の最終日は日帰り旅行が開催された。
シフェルは新しく買った、星の模様が入った白色のワンピースを着て行った。ディラが、「めっちゃ似合ってる」と褒めた。
高校生になって、さらに二人の仲は深まった。
お互いスマホを持っているから、会う回数も増えた。
ディラは正直、塾で会ったあの日、彼女が自分の読んでいた本に触れたことに驚いた。意外だった。彼女は自分とは違うタイプだと思っていた。……いや、同じタイプでも無い。明らかに彼女と自分は別の人種だ。
自己紹介する時に、「ボクっ娘の~」なんて言えることが自分にとって有り得なかった。
彼女は自分と違って、すぐに塾で友達をたくさん作った。高校に入っても、クラス内はもちろん、クラス外も学年も関係なく色んな人と関わっていた。
いわゆる陽キャだ。
正直、羨ましいとも思った。
でも、彼女は自分と優先して関わってくれた。
〝共通の好きな小説作家がいる〟それだけで友達を作るきっかけになることに、彼は彼女と出会ってやっと気付いたのだった。
シフェルは、正直、あの塾で友達を作ることくらいわけないと思っていた。彼女は友達が居ないという状況を経験をしたことがなかった。
彼に話しかけたのは、なんとなく目を引かれたからでしかなかった。
その直感が当たりだった。
好きな小説作家が一緒で意気投合。それから仲がどんどん深まって友達になった。
初めて友達を〝作った〟という感じがした。
彼女はだんだんと、彼がいわゆる〝陰キャ〟とか〝オタクくん〟と言われる存在であることに気付いていた。
実際、彼の喋り方や態度は、自分と関わる時と他の人と関わる時でだいぶ違っている。それに、自分と関わっている時の彼には、どことなく慣れを感じる。
でも、別に関係ない他人からの評価とかボクらにとってはどうでも良くね?というのが彼女のマインドだった。
しかし、それは誰にでも通用する訳じゃないと、彼女は彼と出会ってやっと気付いたのだった。
彼女は内心、彼が高校生になって、どんな人とどんな風に関わっていくのか心配だった。
でも意外と、彼は彼なりの友人関係を築いているようだった。杞憂だったな、と安心した。
でも、彼は優先して自分と関わってくれた。
彼との関係は、きっと簡単に壊れない、と心から信じることができた。
「彼と、ずっと一緒に居たい」。
「彼女と、ずっと一緒に居たい」。
当然のように、二人は永遠の親友とも呼べる仲になった。
シフェルは思った。「いつか絶対、伝えたい」。
*
──目が覚めると、見慣れた道路に横たわっていた。
「え、なんで?」
取り敢えず起き上がり、歩道まで走る。シフェルは自分の置かれている状況を理解できなかった。周りに人は見当たらない。ずっと気付かれず放置されていたのだろうか。だとしても、自分が倒れていた理由がわからない。
まだ戸惑いはあったが、ここは知っている場所。彼女は、人の多い所まで歩くことにした。
数分歩くと、正面から中年男性が歩いて来た。
とにかく状況を整理したかった彼女は、その男性に話しかける。
「あの、すみません……。」
……彼女の問いかけは無視された。
なんだか嫌な予感がした。
いや、きっと、聞こえなかっただけだ。彼女はそう信じてさらに足を進めた。
途中、二人の女性が会話しながらシフェルを追い越した。
「今日、風強いね~。」
その一言が突っかかった。不思議だった。自分は風なんて感じなかったからだ。
もう一人の女性が「ねー」と相槌しているのも不思議で仕方がなかった。
でも確かに、その女性たちの髪が、なびいているのが見えた。自分の髪は、動く気配が全くしない。
彼女は、やっぱり嫌な予感が当たっている気がした。
一応、と思い、近くのブロック塀に手を当ててみる。
ぐらっ、と前に倒れそうになった。
当たらない。当てられない。触れられない。
自分の手が、ブロック塀をすり抜ける、感じたことの無い奇妙な感覚がどうも気持ち悪い。
でも、これで、やっと確信に変わった。
自分は死んでいる。
……意外とすんなり受け入れられるものなんだな、と彼女は思った。
なぜ気が付かなかったのだろう、足と地面が触れている感覚もないことに、今になって気が付く。
(ボク、幽霊になったんだ……。)
この世界での〝幽霊〟は、成仏できず現世に残されてしまった亡者のことを指す。生きている人を呪う能力を持っているだとか真偽のわからない噂も多く存在する。
それでも全学校で教わることが一つある。
〝呪いというのは神様でも制御できるとは限らない強い力である。だから、自分たちは呪われるような言動をしてはいけない。〟
彼女は、その話を聞く度、絶対に自分は誰かを呪ったりなんかしない、と思っていた。
実際幽霊になっても、その心は変わらなかった。
それはそうと、なぜ、自分は成仏できていないのだろうか。
そもそも、どうやって死んだのか、なぜ成仏できていないのか……わからないことが多すぎる。考えたところで無駄だろうと彼女は悟った。
とにかく情報を集めないといけない。
その時、ふとシフェルの頭に、一人の親友の顔が浮かんだ。
「ディラ! ディラなら、何か知ってるかも!」
今、自分の姿はきっと誰にも見えていない。きっと声も届かない。そんな状況で、どうやってコミュニケーションをとるのかはわからないが、とにかく「会ってみたい」と思った。
彼女は驚くほど純粋に、好奇心のままに動こうとした。
ディラという存在が、彼女を突き動かしていた。
「あ、そうだ! 死んだってことは、浮くのかな?」
そんなことさえ、簡単に考えてしまうくらいには彼女は幽霊であることをすっかり受け入れていた。
むしろ幽霊がどんなものなのかに興味が湧いてきていた。
地から足を離して体を物理的に上にあげると、確かに浮いた。しかし、なかなかコツがいるらしい。始めたてのゲームのキャラクターのようにフラフラする。安定感がない。
それでも浮いている方が楽だと感じた彼女は、そのままディラの元へ向かった。
取り敢えず家に着いた。ちょっと気が引けるが、わからないものは仕方がない。勝手に家に入り、彼の部屋を探す。
制服姿の彼を見つけた。今日は平日の午後……ということだろう。
一人の生徒が亡くなって休校にならないはずがない。自分が死んでから結構な時間が経ったのだろうかと思った。
ディラに姿を見せたいが方法がわからない。彼女は取り敢えず「見えろー!」と願ってみた。
彼がシフェルを見た。
凝視。彼の全身がぴたりと止まった。
(見えてる……のかな? あれで良かったんだ……。)
彼女はそのまま「聞こえるようになれー!」と願ってみる。
「えーっと……聞こえるー?」
そう呼びかけると、ディラの目が困惑した。
「…………え。」
何か言いたそうに、もしくは現実だと確認するように、彼は一言だけ発した。
「あー……聞こえてるってことで良いんだよね? 見ての通りボク、シフェルなんだけど……えっと幽霊になったっぽくて……ディラには理解し難いと思うんだけど、実際こうなっててー……。」
グダグダしながらも彼女は必死に説明する。
その説明の下手な感じ、手振り、顔の移り変わり、髪型も顔も一人称も何もかも全部が、ディラの知っているシフェルと重なる。
本当に、本当にあのシフェルなんだ、と理解すると途端に全身の力が抜けた。
「……なんだ、まじでシフェルじゃん。」
からかうような、呆れたような笑顔に、ほんのり嬉しさが混じっているように見えた。
「お! やっと信じてくれた?」
「いや全然。でもお前は絶対シフェル。信じれねぇけどお前は俺の知ってるシフェルそのまんま。まぁ俺だって幽霊の存在自体は知ってるしな、もう吹っ切れるしかねぇわ。」
シフェルは彼が自分の存在を受け入れてくれたことに安心した。
「あ、ちなみに声と姿はディラしか感じてないと思うよ。」
「なるほど。」
「それはそうとさあ、なんでボク成仏してないんだろ?」
「……シフェルは成仏したいと思ってんの?」
「まぁ。このまま幽霊なのも怖いし。あと多分成仏は必要でしょ。知らないけど。」
「そうだな……やり残したことがある……とか?」
「んあーやり残したことかあ……確かに有り得る。けど全く思い浮かばん。」
「じゃぁ色んなとこ巡って探す?」
「ナイスアイデア! じゃぁ~成仏するまでディラの家で過ごしてて良い?」
「良いよ。親には見られんなよ。」
「大丈夫、大丈夫!」
こうしてディラにも理解してもらい、二人は一緒に過ごすことになった。
色んな場所を巡り、〝やり残し〟を見つけるのが、彼女らの目標だ。
彼女は、死んだ後も一番の親友と一緒に居られることが嬉しかった。
まずは〝幽霊〟を知るところから始めようという話になった。
「まず……壁とかすり抜けれんの?」
「うん!」
そう言って彼女は壁から上半身だけを見せた。「ほら、こんな感じー」と笑う。
「んんっ……笑 なんかゲームのバグみてぇ笑」
「ふはっ笑 確かに笑 てかさ、これ普通にスゴいよね! もうドアいらないじゃん!」
そんなことを言われるとは思っていなかったディラは思わず吹き出した。
それを見て、シフェルは「え!? え!? なんか変なこと言った!?」と困惑する。ディラは笑うのを抑えながら「ふふっ……なんでもないよ……」と返す。
彼は彼女の様子を見て、いつも通りだな、と懐かしさと安心感を覚える。
「じゃぁ次はー……シフェルの格好って、変わんないの?」
「あー……どうだろ?」
彼女の今の服は、よく着ていた服だった。着替えようにも全身すり抜けるのでできない。
「ボクって、死んだ時もこの服だった?」
「そうだったと思うよ。」
「じゃぁ、やっぱり幽霊って死んだ時の服で現れるのかな。」
「多分そうなんじゃね? ……でもさ、イメージ、とか関係してないのかな。」
「イメージ?」
「シフェルその服よく着てたじゃん。だから、その服を着てる自分の姿はイメージしやすいでしょ?」
「ふむ……。確かに、この服の記憶がほとんど。」
「だとしたら、他の服の自分もイメージできるようになれば、擬似的に着替えれる……かも。」
「なるほど。まぁ、物は試しって言うしね!」
彼女は中学の時の制服を着た自分を思い浮かべた。今、一番イメージしやすそうだったからだ。
ボタンの位置だとか、ポケットの形だとか、結構細かい所まで覚えている。
何分間かイメージし続けていると、「おー、制服じゃん。中学の?」というディラの声が聞こえた。
自分でも見てみると、ちゃんと制服を着ている。
「はっ!? 何これ、えぐっ!」
キラキラした笑顔を見せながら興奮した声を出す。
「楽しそうだな。」
その通りだった。
幽霊だからこそなせる、一つ一つの挙動に、いちいち大はしゃぎする。
彼女は、自分でも理解しているほど、幽霊生活をエンジョイしていた。
「ま、とにかく良かったじゃん。」
「うん! うわ~出かけたくなってきた!」
「ふふっ。じゃ、色んなとこ巡るついでに好きなだけ着替えなよ。」
「絶っ対そうする!」
こうして再会を果たした彼女らは〝やり残し〟を探す生活を始めるのだった。
「いっぱい遊ぶぞーっ!」
続
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる