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〖おまけ〗神様の杞憂
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神様は忙しい。
特に初詣の時期は最悪だ。何百、何千人の人々がこぞってやって来る。その全員の願いを叶えてやらねばならない。
しかし……私はまだ良い方なのだろうな、と神様はため息を吐く。
中には何十万、何百万の人がやって来る神社も存在する。そんなのに比べれば、うちはまだまだマシな方だ。
神様には覆すことのできないことがある。
〝死〟。死んでしまえば、どれだけ願おうと蘇らせることはできない。ここの世界の神様は、不死の肉体を付与することも禁じられている。
そして、もう一つ。これは必ずしも覆すことができないという訳ではないが、覆すのがとても難しい事柄である。
〝呪い〟。幽霊だけが持つ力。この力を幽霊から奪うことはできない。
神様は〝呪い〟が大の苦手だ。世界の平和を簡単に崩壊させてしまう危険な力にも関わらず、簡単に使うことができてしまうからだ。
幽霊は、一年間しかなれない。正しくは、一年間の間に成仏できなければ、もう誰にも認識されず、孤独に現世に残り続けることになる。
つまり、一年間誰も呪わずに成仏させれば良い。
願いを叶えつつ、誰も呪われないようにする……それがどれだけ大変なことか。人間には到底わからないだろう。
この日、神様が叶えた願いは、「いつか彼にこの気持ちを伝えられますように」というものだ。
この願いをした少女は、彼に恋愛感情を抱いており、「あなたが好き」という気持ちを伝えようと思っていた。それは告白するという意味ではない。告白するかされるかなど関係なく、その気持ちを伝えるということだ。──しかし、彼に気持ちを伝える前に、彼女は死んでしまった。
神様は彼女の願いを叶えるべく、彼女を幽霊にした。
──それは良かった。
問題は、彼女の死因にあった。
彼女とその友達の少年は、その日、二人で遊びに行った。その帰り、二人はコンビニに寄り、そして来た道を戻ろうとしていた。
道中、ネムアという、二人もよく知っているお婆さんの家の前辺り。彼女は、道路を横切って、反対側の歩道に行こうしている白猫を見つけた。
その白猫は歩き出したが、ふらふら、よたよた、なんとも心配になる歩き方をしていた。
見てみると、その猫はだいぶ老いている。
彼女は彼に聞いた。
「ね、あの猫、助けて良い?」
彼はふっ、と軽く笑いながら言った。
「ダメな訳ねぇだろ笑」
「それはそーかもしんないけど!笑」
「まぁまぁ、車見とくから、行ってきなよ。」
彼女は白猫と一緒に道路を横切った。
無事、向こう側まで届け、彼女が振り返る。彼と目が合う。すぐ彼が手招きをした。
彼女は駆け足で道路を横切ろうとした。
そして、真横からトラックが突っ込んできた。
バチン!──大きな鈍い音が聞こえた。
彼女が地面とぶつかった音だ。
彼は、その音を聞いて、やっと何が起きたのかを理解し始めた。
トラックから人が出てきて、膝から崩れ落ちる。大きな音を聞いて住人が様子を見に来る。少女の死体を見て、誰かが悲鳴をあげる。
彼は、ゆっくりと、彼女の方へ足を進める。
体の右側面が歪な形をしている。ところどころ、赤い色をしている。それ以外は何も変わらない。
手足、首が変な方向に曲がっているということも無く、いつも通りの美しい顔をしている。ただ、背景が真っ赤なだけだ。それすらも美しいくらい、鮮やかな赤色だ。
彼は声も出なかった。涙も出なかった。彼女が、大切な、大好きな一人の友達が、目の前で死んだという事実だけはわかっていた。
神様は彼女の願いを叶えるため、彼女を幽霊にしたのだが、それはもう、この時点で決まっていた。
ただ、今すぐは面倒だから、一週間後に目覚めさせるようにしただけだ。
そうして、神様は彼女の願いを叶えたのだが……神様はあることを心配した。
この事故、誰が悪かったのかと問われれば、大半の人が「運転手」と答えるだろう。なぜなら、運転手はスピード違反の速さで運転していたのだから。
しかし、どうだろう。
彼女自身も、ちゃんと周りを見ていなかったということも、原因の一つになりうる。
でも、それでも、彼は「車は見ておく」と言っていた。そして彼女に向かって手招きまでした。なのに轢かれたのだ。実際は、トラックが速すぎたために、彼はそれに気付けなかっただけだが、彼女の目線だと、そんなことはわからない。
彼女がこの事実を思い出したら、「彼のせいで自分が死んだ」と思い、彼を呪ってしまうかもしれない。
神様はそれを心配した。
だから、神様は彼女が事故のことを思い出せないようにした。彼が事故のことを話すこともないようにした。彼が事故のことを思い出そうとすると、発作を起こして記憶を閉じようとする。そんな要素を付け加えた。
お陰で彼は事情聴取の時も、大事なところで発作を起こし、目を見開き、息を荒くさせ、全く喋れなくなってしまった。
でも神様はこれで一安心だと思った。
しかし問題は別のところで起きた。
彼女が、だんだん成仏するのをやめようとしているのが伝わった。それは困る。
神様は彼女に〝警告〟をした。
何日か続けていると、彼女は遂に覚悟を決めた。初詣には、「幽霊生活を全うする」と誓いまで述べてくれた。そこまでしてくれる人間はなかなかいない。神様は興味が湧いた。
彼女が成仏するためにした行動は、神様が想像していたよりも素晴らしかった。
──感動した。
自分の境遇をしっかり受け止め、ケジメをつけようとしている。それでいて、自分の過ごしてきた日々を、幸せだったと感じているなんて。
神様は自分に後悔した。
「彼女が事故のことを思い出したら、彼を呪ってしまうかもしれない」?
彼女に限っては絶対そんなこと有り得ない。自分は彼女を信頼してあげられなかった。なんて情けないのだろう。
神様は彼女から大切なことを教わった。
「ありがとう。」
神様は最後、彼女にサービスを与えた。
特に初詣の時期は最悪だ。何百、何千人の人々がこぞってやって来る。その全員の願いを叶えてやらねばならない。
しかし……私はまだ良い方なのだろうな、と神様はため息を吐く。
中には何十万、何百万の人がやって来る神社も存在する。そんなのに比べれば、うちはまだまだマシな方だ。
神様には覆すことのできないことがある。
〝死〟。死んでしまえば、どれだけ願おうと蘇らせることはできない。ここの世界の神様は、不死の肉体を付与することも禁じられている。
そして、もう一つ。これは必ずしも覆すことができないという訳ではないが、覆すのがとても難しい事柄である。
〝呪い〟。幽霊だけが持つ力。この力を幽霊から奪うことはできない。
神様は〝呪い〟が大の苦手だ。世界の平和を簡単に崩壊させてしまう危険な力にも関わらず、簡単に使うことができてしまうからだ。
幽霊は、一年間しかなれない。正しくは、一年間の間に成仏できなければ、もう誰にも認識されず、孤独に現世に残り続けることになる。
つまり、一年間誰も呪わずに成仏させれば良い。
願いを叶えつつ、誰も呪われないようにする……それがどれだけ大変なことか。人間には到底わからないだろう。
この日、神様が叶えた願いは、「いつか彼にこの気持ちを伝えられますように」というものだ。
この願いをした少女は、彼に恋愛感情を抱いており、「あなたが好き」という気持ちを伝えようと思っていた。それは告白するという意味ではない。告白するかされるかなど関係なく、その気持ちを伝えるということだ。──しかし、彼に気持ちを伝える前に、彼女は死んでしまった。
神様は彼女の願いを叶えるべく、彼女を幽霊にした。
──それは良かった。
問題は、彼女の死因にあった。
彼女とその友達の少年は、その日、二人で遊びに行った。その帰り、二人はコンビニに寄り、そして来た道を戻ろうとしていた。
道中、ネムアという、二人もよく知っているお婆さんの家の前辺り。彼女は、道路を横切って、反対側の歩道に行こうしている白猫を見つけた。
その白猫は歩き出したが、ふらふら、よたよた、なんとも心配になる歩き方をしていた。
見てみると、その猫はだいぶ老いている。
彼女は彼に聞いた。
「ね、あの猫、助けて良い?」
彼はふっ、と軽く笑いながら言った。
「ダメな訳ねぇだろ笑」
「それはそーかもしんないけど!笑」
「まぁまぁ、車見とくから、行ってきなよ。」
彼女は白猫と一緒に道路を横切った。
無事、向こう側まで届け、彼女が振り返る。彼と目が合う。すぐ彼が手招きをした。
彼女は駆け足で道路を横切ろうとした。
そして、真横からトラックが突っ込んできた。
バチン!──大きな鈍い音が聞こえた。
彼女が地面とぶつかった音だ。
彼は、その音を聞いて、やっと何が起きたのかを理解し始めた。
トラックから人が出てきて、膝から崩れ落ちる。大きな音を聞いて住人が様子を見に来る。少女の死体を見て、誰かが悲鳴をあげる。
彼は、ゆっくりと、彼女の方へ足を進める。
体の右側面が歪な形をしている。ところどころ、赤い色をしている。それ以外は何も変わらない。
手足、首が変な方向に曲がっているということも無く、いつも通りの美しい顔をしている。ただ、背景が真っ赤なだけだ。それすらも美しいくらい、鮮やかな赤色だ。
彼は声も出なかった。涙も出なかった。彼女が、大切な、大好きな一人の友達が、目の前で死んだという事実だけはわかっていた。
神様は彼女の願いを叶えるため、彼女を幽霊にしたのだが、それはもう、この時点で決まっていた。
ただ、今すぐは面倒だから、一週間後に目覚めさせるようにしただけだ。
そうして、神様は彼女の願いを叶えたのだが……神様はあることを心配した。
この事故、誰が悪かったのかと問われれば、大半の人が「運転手」と答えるだろう。なぜなら、運転手はスピード違反の速さで運転していたのだから。
しかし、どうだろう。
彼女自身も、ちゃんと周りを見ていなかったということも、原因の一つになりうる。
でも、それでも、彼は「車は見ておく」と言っていた。そして彼女に向かって手招きまでした。なのに轢かれたのだ。実際は、トラックが速すぎたために、彼はそれに気付けなかっただけだが、彼女の目線だと、そんなことはわからない。
彼女がこの事実を思い出したら、「彼のせいで自分が死んだ」と思い、彼を呪ってしまうかもしれない。
神様はそれを心配した。
だから、神様は彼女が事故のことを思い出せないようにした。彼が事故のことを話すこともないようにした。彼が事故のことを思い出そうとすると、発作を起こして記憶を閉じようとする。そんな要素を付け加えた。
お陰で彼は事情聴取の時も、大事なところで発作を起こし、目を見開き、息を荒くさせ、全く喋れなくなってしまった。
でも神様はこれで一安心だと思った。
しかし問題は別のところで起きた。
彼女が、だんだん成仏するのをやめようとしているのが伝わった。それは困る。
神様は彼女に〝警告〟をした。
何日か続けていると、彼女は遂に覚悟を決めた。初詣には、「幽霊生活を全うする」と誓いまで述べてくれた。そこまでしてくれる人間はなかなかいない。神様は興味が湧いた。
彼女が成仏するためにした行動は、神様が想像していたよりも素晴らしかった。
──感動した。
自分の境遇をしっかり受け止め、ケジメをつけようとしている。それでいて、自分の過ごしてきた日々を、幸せだったと感じているなんて。
神様は自分に後悔した。
「彼女が事故のことを思い出したら、彼を呪ってしまうかもしれない」?
彼女に限っては絶対そんなこと有り得ない。自分は彼女を信頼してあげられなかった。なんて情けないのだろう。
神様は彼女から大切なことを教わった。
「ありがとう。」
神様は最後、彼女にサービスを与えた。
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