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第六話
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『ハイ』と『アンダー』はこの広い国の中心にありこの国最大の都市でもあるが、『ハイ』と『アンダー』以外にも国のあちこちに街は広がっている。利便性や綺麗で清潔な環境を失っても、窮屈さを嫌って郊外に住みこみ力強く生きている者たちも多い。そういう者たちのために、レグルスは国内を巡るのだという。
本当の金持ちしか持っていない高級アイテムである車に初めて乗せられ、斑は緊張しながらも助手席に収まった。『ハイ』より断然治安も空気も悪い『アンダー』で育った斑でも、『アンダー』の外へ出たらあまりにも空気が悪くてすぐ病気になってしまうのではないかと少し怖かったが、どこまで行っても空気は『アンダー』や『ハイ』のように密閉された空間のものよりもずっと綺麗なように感じた。土地は枯れて花すら咲かないとも聞いていたのに、野の花々が咲く季節を迎えてあちこちで見たことのない花が咲き綻んでいる。
最初に立ち寄った町は大きな牧場が広がるような牧草地ばかりで、住人はほとんどいないようだったがレグルスは1軒1軒に声をかけて回った。斑もレグルスに言われて恐る恐る後ろからついていったが、フードがうっかり外れてしまっても誰も斑のことをハイエナ族だと無暗に嫌がったりしなかった。
のんびりとした町はすぐに回り終え、次の少し大きめの街へと入る。街と街の間は距離が離れているため、次の街に入った時には夕闇時となっていた。
「この街には私の先祖が使っていた屋敷がある。今日はそこに泊まろう」
何気なくそう言ったレグルスに斑は驚いて顔を上げた。木々に覆われた山に囲まれたその街は平坦な場所が少なく、小高い場所に人家が並び立つのが見受けられる。『アンダー』では仲間たちと一つのあばら家のようなところに住んでいた斑には、『ハイ』にあるレグルスの屋敷の広さや豪華さに驚いたのに、あの屋敷以外にも家を持っているというのだから斑が思っている以上にレグルスはすごいのかも、と内心思う。
「屋敷に行く前に、一箇所だけ立ち寄ってもいいだろうか」
もちろん、と斑が頷くと、レグルスが心なしかほっとしたような顔になった。夕闇が色濃くなり、夕焼けの深い紅から蒼に切り替わっていき、川の水面はそれを映しながら黒へと変わっていく。そんな景色を見ながら車は進み、見晴らしの良い丘に着いた。そこには小さな石碑以外、何もない。
「レグルス、ここは……」
「私の家族たちが眠っている。私たちは元々この土地に住んでいたが、薬でおかしくなったライオン族の男たちがある日突然屋敷を襲撃して――私の年老いた両親やきょうだい達は皆殺された。私だけが、偶然屋敷を留守にしていて生き延びたんだ」
どうして、レグルスのような優秀でライオン族が自分のプライド(群れ)を持たないのか、理由が分かったような気がして斑はしょんぼりと大きな耳を伏せた。斑の本当の家族や仲間たちは、散り散りに逃げられたのかあの炎に巻かれて亡くなったのか、詳しいことがはっきりと分からないから、『もしかしたら』と期待したり『でも、きっと』と諦めたりを繰り返してきた。だが、今よりも若かったレグルスにはそんな希望は一欠けらも与えられなかったのだろう。
丘の上は花々が咲き綻び、星を邪魔する街灯の類もないから幾千もの星々を愛でることもできる。
一人だけでこの場所に立つのは、とても孤独だと斑は思った。
花を手向けて石碑を見つめているレグルスの表情が、寂しそうでたまらなくなる。自分はここにいる、とアピールしたくて黒い長衣の腰のあたりをそっと摘まんで引っ張ると、ようやくレグルスが斑を少し驚いたような表情で見てきた。
「あの、俺はハイエナ族だし……馬鹿で役立たないけどさ、でもハイエナって頑丈だから。俺は、ずっとレグルスの傍にいるよ。俺ももう、本当の自分の群れには戻れないけど、レグルスと二人なら俺は幸せだ」
一人よがりな言葉だとは斑自身でも分かってはいたが、どうしてもそれは伝えたかった。ライオン族たちのみならず、他の獣亜人たちからも蛇蝎のごとく嫌われているハイエナ族に好かれても困るだろうけれど。
「……斑が傍にいてくれて、良かったな」
ふっと零れたレグルスの笑みは、泣きそうに見えた。
本当の金持ちしか持っていない高級アイテムである車に初めて乗せられ、斑は緊張しながらも助手席に収まった。『ハイ』より断然治安も空気も悪い『アンダー』で育った斑でも、『アンダー』の外へ出たらあまりにも空気が悪くてすぐ病気になってしまうのではないかと少し怖かったが、どこまで行っても空気は『アンダー』や『ハイ』のように密閉された空間のものよりもずっと綺麗なように感じた。土地は枯れて花すら咲かないとも聞いていたのに、野の花々が咲く季節を迎えてあちこちで見たことのない花が咲き綻んでいる。
最初に立ち寄った町は大きな牧場が広がるような牧草地ばかりで、住人はほとんどいないようだったがレグルスは1軒1軒に声をかけて回った。斑もレグルスに言われて恐る恐る後ろからついていったが、フードがうっかり外れてしまっても誰も斑のことをハイエナ族だと無暗に嫌がったりしなかった。
のんびりとした町はすぐに回り終え、次の少し大きめの街へと入る。街と街の間は距離が離れているため、次の街に入った時には夕闇時となっていた。
「この街には私の先祖が使っていた屋敷がある。今日はそこに泊まろう」
何気なくそう言ったレグルスに斑は驚いて顔を上げた。木々に覆われた山に囲まれたその街は平坦な場所が少なく、小高い場所に人家が並び立つのが見受けられる。『アンダー』では仲間たちと一つのあばら家のようなところに住んでいた斑には、『ハイ』にあるレグルスの屋敷の広さや豪華さに驚いたのに、あの屋敷以外にも家を持っているというのだから斑が思っている以上にレグルスはすごいのかも、と内心思う。
「屋敷に行く前に、一箇所だけ立ち寄ってもいいだろうか」
もちろん、と斑が頷くと、レグルスが心なしかほっとしたような顔になった。夕闇が色濃くなり、夕焼けの深い紅から蒼に切り替わっていき、川の水面はそれを映しながら黒へと変わっていく。そんな景色を見ながら車は進み、見晴らしの良い丘に着いた。そこには小さな石碑以外、何もない。
「レグルス、ここは……」
「私の家族たちが眠っている。私たちは元々この土地に住んでいたが、薬でおかしくなったライオン族の男たちがある日突然屋敷を襲撃して――私の年老いた両親やきょうだい達は皆殺された。私だけが、偶然屋敷を留守にしていて生き延びたんだ」
どうして、レグルスのような優秀でライオン族が自分のプライド(群れ)を持たないのか、理由が分かったような気がして斑はしょんぼりと大きな耳を伏せた。斑の本当の家族や仲間たちは、散り散りに逃げられたのかあの炎に巻かれて亡くなったのか、詳しいことがはっきりと分からないから、『もしかしたら』と期待したり『でも、きっと』と諦めたりを繰り返してきた。だが、今よりも若かったレグルスにはそんな希望は一欠けらも与えられなかったのだろう。
丘の上は花々が咲き綻び、星を邪魔する街灯の類もないから幾千もの星々を愛でることもできる。
一人だけでこの場所に立つのは、とても孤独だと斑は思った。
花を手向けて石碑を見つめているレグルスの表情が、寂しそうでたまらなくなる。自分はここにいる、とアピールしたくて黒い長衣の腰のあたりをそっと摘まんで引っ張ると、ようやくレグルスが斑を少し驚いたような表情で見てきた。
「あの、俺はハイエナ族だし……馬鹿で役立たないけどさ、でもハイエナって頑丈だから。俺は、ずっとレグルスの傍にいるよ。俺ももう、本当の自分の群れには戻れないけど、レグルスと二人なら俺は幸せだ」
一人よがりな言葉だとは斑自身でも分かってはいたが、どうしてもそれは伝えたかった。ライオン族たちのみならず、他の獣亜人たちからも蛇蝎のごとく嫌われているハイエナ族に好かれても困るだろうけれど。
「……斑が傍にいてくれて、良かったな」
ふっと零れたレグルスの笑みは、泣きそうに見えた。
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