ハイアンドアンダー

iroha

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第七話

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 この街にある先祖の代から住んでいたという屋敷は定期的にハウスキーパーたちによって清潔に保たれているようで、屋敷の中はなかなか快適だった。だが、辛い思い出も多いのだろうかと思うと、斑はどうやって話しかけようか悩み、結局疲れを理由にすぐに寝所へ引き上げた。

 次の日は朝から街の中をレグルスがまわるというので、外よりは安全そうな本屋の中で待つことにした。本屋の中には喫茶店が併設されているので、気に入った本を買ったらゆっくりと寛ぐことができる。『ハイ』や『アンダー』ほどの大きな街ではないが、それぞれの街には必要なもの、人々が楽しむためのものなどは割合揃っているので斑が困ることはほとんどない。むしろ、外の空気は美味しくて区切られておらず、のびのびと生きることができるようだった。

 この街で一番本の揃えが良いという評判を聞いて入っただけあって、見渡す一面が本だらけで斑はホクホクとなった。本を買うためのお金はレグルスから勉強のためだからと言われてからは素直に受け取っている。本当は治療費や何やらを払わなければいけないのに、屋敷の中の手伝いを少ししたくらいでとは思ったが自分の好きな本を自分で選んで買えるのはなかなか魅力的だった。

「欲しい本が買い足りなかったら迎えに来た時に私が買うから、店員に声をかけて取っておいてもらうと良い。いい子にしているように」
 小さい子にするように背の低い斑のふわふわとした髪を数回優しく叩いてレグルスが行くのを見送り、早速斑は本屋の中で探検を始めた。書架は本の種別ごとに分けられているのはすぐに分かったが、どんな名前の本が置いてあるのかじっくり見て歩くだけでもワクワクとする。後ろで手を組みながらのんびりと書架から書架を歩いていると、不意にぶわっと全身が火照るような感覚に襲われた。

「あれ、なんだろう……」
 風邪かな。でも、風邪なんて最近はほとんど引いてなかったのに。
 
 暢気に考え事ができたのは、そこまでだった。一気に全身が熱くなり、苦しくなる。体のどこもかしこも感覚がおかしくなって、身体が震えだす。悪い病気になったのだろうかと不安に襲われたが、不意にヒートの文字が頭を過った。

「れ、れぐるす」
 助けて。
 震えながら自分を唐突に襲った”渇き”に抗いたくて、座り込みながら斑は床を短い爪で引っ掻く。本屋の客たちが集まってきて心配げに声をかけたが、自分の理性を失ってしまったら、見も知らぬ他の人間たちに乗っかって腰を振ってしまいそうだ。自分の本能に抗い続ける斑は自分の牙を自分の腕に突き刺した――その時。

「お客様、こちらへ」
 ハスキーな低い声が頭上から降ってきたかと思うと、軽々と斑は抱え上げられていた。周囲がほっとしたようになったのが分かった。斑を抱きかかえた店員は危なげなく個室に斑を運び入れると、備え付けのソファに寝かせてくれた。そのまま、無理やり斑の口の中に何かの薬を押し込め――それから、口づけで斑の唇を塞いだ。何とか薬を飲み込んでから、斑は熱で潤んだような瞳で相手を見やって驚いた。

「に、て、る」
「そうそう。オレもブチハイエナだから安心して。オレはメイオっていうの。……それより、もしかしてヒートは初めて? 自分用の抑制剤飲んでなかったら危なくお客さんたちがいるところで裸に引ん剝いていたよ。それに、オレ以外獣亜人がいなくてよかったね。人間たちは鼻が相当悪くなっているから、気づきもしない」
 店員――メイオは、斑よりも体躯が良いのに、そうとは思えない程身軽に近づいたかと思うと斑の鼻先に軽く摘まみながら横になっている斑の頭側に膝をついて軽く鼻をひくつかせた。
「なんでだろう、ライオンっぽい匂いがするんだよね。なんか嫌な感じの。……さっき飲んだのはヒートを鎮めてくれるやつだから安心してね。またうちの本屋に来て欲しいからさ。ブチハイエナのお客さんなんて大歓迎だよ」
 カラリと笑うとメイオは斑にタオルケットをかけてくれた。なんとなくだが、体躯であったり見た目の良さだったりで、相手は斑と同じブチハイエナではあるが、斑と違いαなのだろうと思った。

「ところで、君の家族はここにいること知っている? もし知らないなら連絡先教えてくれるか?」
「レグルスが……仕事が終わったら、迎えに来てくれるって……」
 どうしても声が小さくなってしまう。それでも何とか声を絞り出すと、斑の口元に耳をそばだてていたメイオが頷いた。

「それなら迎えが来てくれるまで、ここで寝ておきなよ。Ωのヒートはやることやっていない時はひたすらだるいみたいだからね」
「ごめ……そ、する」
 安心したのもあったのか、斑はすぐに眠りに落ちた。挨拶だと言わんばかりにメイオが眠った斑の額に唇を落としたところで、個室の扉が開いた。

  
「げっ、なんでライオン?!」
 メイオが感情を露わにすると、走ってきたのだろうライオン族の男はメイオを押しのけて眠っている青年の確認を始めた。

「もしかしてその子の保護者か何かです? 店の中でΩ特有のヒートを起こしちゃって、応急処置で抑制剤を飲ませて今眠ったところで。そっか、あなたの匂いだったんだな」
 やけに納得したようにメイオは頷いたが、顔の見た目はやたら良いライオン族の男は琥珀色の瞳に一瞬だけ怒りを滲ませてメイオを見やった。

「あー……あんたもαなんだ。そうそう、オレもαだよ。一応自分の名誉のために言っておくけど、この子には手を出していない。こう見えてもブチハイエナは仲間を思いやる生き物なんだよ。保護者がライオンじゃな~この子のヒートが終わるまで、オレが面倒みよっか? ハイエナ族のヒートなんてうざったいでしょ」
 メイオは明るく笑ったが、その笑顔を見てもレグルスには何の感情も浮かばないどころか嫌気すらさしてくる。自分の中にある遠い先祖の記憶が「こいつは嫌いだ」と言っているかのようだ。

「せっかくの申し出だが、連れ帰らせてもらう。後で礼はさせて頂く」
 そう言ってさっさとブチハイエナの仲間を連れ去ったライオン族の背を見ながら、メイオは「おー怖」と肩を竦ませた。この街ではあまり種族の違いを住民たちが気にすることもないので、ブチハイエナだからといって酷い目にあったことも嫌われた記憶もメイオにはない。さっきのライオン族の過保護なような態度に、意味が分からないと首を捻るのだった。



「れぐるす」
 薬の効果の切れ目ははっきりと分かった。だるいだけだった身体がまた火照りだす。段々と我慢が難しく――レグルスの屋敷で、レグルスしかいない状況に理性も緩んでしまったのか、斑は切なげに身体をレグルスに摺り寄せた。

「俺……おかしくなりそうなんだ。あちこちもどかしい感じがして、でも触っちゃったらきっと止められない」
 短く呼吸を繰り返しながら近づかれると、種族は違っても香しく感じるフェロモンにレグルスの理性も奪われそうだった。あのハイエナ族の店員がなんの薬を飲ませたのか、種類が分からないとある程度は時間を空けなければ新しい抑制剤を飲ませてやることができない。苦し気に体を摺り寄せる斑の服を脱がせると、とろんとした大きな黒瞳がレグルスを見上げてきた。

「レグルス、」
 散々痛めつけられてきた細い身体。傷は癒えて、今は刺激を欲しがってなのか全身が熱い。上半身だけ裸になったレグルスに、斑がぎゅっと抱き着いてきた。きっと、本当はもっといろんなことを求めているのだろうとはレグルスも雄のαなのだから分かる。分かる、が。さっき、斑の額に口づけを落としたハイエナ族の姿が、どうしても頭の中に浮かぶ。

 あれは斑と同じハイエナ族で、斑のことを介抱する程度にはしっかりとした”青年”だった。斑に本来必要なのは、”本当の群れ”だ。あの青年なら、それが叶えられる。

「抑制剤がまた飲めるようになるまで、指で我慢しろ」
 優しく耳元で囁くと、それすらも刺激になるようで斑が大きく身震いをする。

 斑の初めてのヒートは、他の種のΩと同様に約一週間続いたのだった。
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