或町のアパート

原太鼓

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 子どもたちの声がする、金属が打ち合い、睡眠を邪魔する音がする。「あぁ、もう」声にならない声が出た。
布団の誘惑から抜け出すべく、声を出しながらゆっくり体を起こしたのは青葉幸二(アオバ ユキジ)、雲のハイツ101号室に住む社会人だ。
いったいどれくらいの時間を睡眠に費やしたのだろう。幸二は何もしないことを何よりも好み、休みの日は101号室から出ないこともしばしばだった。幸二が生活をするのに8畳1Kの雲のハイツは少し余るくらいである。
「久しぶりの休みなのに…」そう呟くとルーティンであるコーヒーを淹れ始める。ハイツの側では数日前から家屋の取り壊しが行われており、その振動がダイレクトに部屋に響く。コーヒーを飲みながらカーテンを開けると薄暗かった。決して夕方に起床したからと言うわけでもなく、取り壊しを行なっている業者のやけに大きなトラックが目の前に停車しているからである。「騒音」「日当たりの悪さ」「朝」苦手なものがこの部屋に充満している。流石のインドアも出かける準備を始める。
 玄関を開けると、初夏を感じさせる暖かさだった。聞き慣れた騒音とは別の音が上階から聞こえ「もう行くから」と大声で吐き捨てる女性が階段から降りてきた。初めて出会う住人だ。「確か201は大学生の男だったかな…」と挨拶に来た上階の住人を思い出す。きっと彼女か何かだろう。そんなことを考えている間に会釈を済ませ、自転車にまたがる。特に目的地はないが、折角の休みを邪魔されたのだからそれなりの対価がないと気が済まないのが本音である。
「たしか20分くらいの所にモーニングを食べれるところができたっけ」
そう言うと同時に自転車は動き出す。少し漕ぐとだんだんと体が起き始め、日頃あまり縁の無いモーニングに期待が膨らむ。幸二がコーヒーと出会ったのは大学生の頃である。それまではやれ「なんとかペチーノ」であったり「なんとかラテ」であったり同級生の女子が飲んでいるのを見ているだけだったが、大学に入りコーヒー好きの馬場浩二(ばば こうじ)と出会い、この道は開かれた。馬場の口癖は「ええコーヒー屋しってんねん、しばかん?」と独特のものであり「~をしばく」という表現は関西出身の馬場特有のものだった。最初のうちは何て物騒な男だと感じるところがあったが、快活な語彙からは予想もつかない思慮深く、誠実な男だった。新入生の説明会が終わるとすぐ後ろの馬場に声をかけられ、あれよあれよと喫茶店にいた。
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