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第三章 創作! 物語の世界!
第27話 追い込まれた僕らの
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「『教会の神父さん』?」
「はい」
「……なんでその人なの?」
「だって教会の神父さんだったら、異世界に住んでる色々な人の話を聞いているんじゃないですか?」
「……ああ。なるほど?」
言われてみれば確かに、固い人選なのかもしれない。
僕たちはこの、未だ不便な田舎町に異世界の神父を招くことにした。
* * * * *
僕たちは、せっかく作った物見櫓から見下ろしている。
「あ! いらっしゃいましたよ!」
リードが門の外を指差した。
「んん?」
……すぐに違和感に気がついた。
門の外に現れたのは確かに、一眼見れば教会の神父とわかる格好の人物だ。
しかし……現れたのが一人ではないのだ。
やって来たのは、赤子を抱える母親であったり、怪我をしている男性だったり、痩せた少年だったり……
大勢の疲れた顔の人間達が、門の前に集まっている。
僕はなんだか……トラブルを予感した。
* * * * *
僕たちはとりあえず、門を開けて人々を出迎えることにする。
雰囲気で作った巨大な扉が、不気味な音を立てて開くと……門の外にいた人々が走って町の中に入っていく。
僕が状況を読めないでいると、教会の神父が唸るような声で僕に話しかけてきた。
「感謝いたします……」
神父は、胸の前で十字を切り、僕に深々と頭を下げる
「は、はい。一体全体何があったんですか……?」
神父の様相は、ただでさえ細い爪楊枝をさらに限界まで、刃物で削り込んだかのようなものであった。
頬から骨が浮き出るほど痩せており、眠れていない日が続いているのか目は赤々と充血している。
手足は擦り傷だらけで、衣服も所々がほつれている。
「私たちは、ノルランド城のそばにある、小さな村で静かに暮らしていました。しかし、鬼赤月のある夜、魔物の襲来にあったのです」
聞きなれない単語に、僕はものすごく嫌な予感がした。
「鬼赤月……?」
「左様。魔物が活性化すると言われる、赤い月が登る夜にございます」
正直その説明は聞きたくなかった。神父が、まるで恐ろしいものを語るかのような声で、懇切丁寧に僕が聞きたくないことを説明してくる。
「鬼赤月の登る夜……不活性な、または生気の無いものは取り除かれ、残されたものは順番を入れ替えられる……そのような言い伝えがございます」
「ええ……」
「こんな夜は城の兵士や、ギルドで仕事を受けた冒険者に村を守ってもらうのですが……あの夜はとても……並みの人間達に乗り越えられるものでは無かった……」
神父の声が震えている。よほど恐ろしい目にあったのだと思われる。
「村の周辺に、サイクロプス達が巣を作っていることはわかっていたのです。私たちは何度もギルドに、討伐を依頼したのですが……冒険者達は、『切り裂き人面獣』の討伐にしか興味のない有様で……」
なんだかものすごく聞いたことのある響きだ……。
ようは、村の人々は城から見放されたのだ。
「あの夜……私たちはひとつ目の巨大な怪物に追いかけられ……城下町に逃げ込んだのですが私たちがたどり着いた頃には門を閉ざされ……命からがら、この町に辿り着いたのです。貴方様にこんなことを頼める義理では無いのを百も承知で……申し訳ありませんが匿ってはいただけませんか」
遠くからは子供の鳴き声が聞こえる。
神父の顔は怯えきっている。
ここで断るのは非情な人間だろう。
「ええ。この町も……ほんの数分前にここまで出来上がったばかりの不便な町ですが……それでもよければどうぞ、休んでいってください」
僕がそう言って、この後門を閉じれば済む話だと、そう思っていたが甘かった……
「休んでいる暇などないのです……勇者殿……」
「はい?」
すると、門の外から……ドーンという鈍い音と、グオオオオオ……と巨大な何かの唸り声が響いて来たのである。
「な……なんだ!? まさか……」
「ああ!! あれこそ我が村を襲った凶暴な魔物だ! もう魔物が我々に追いついたのだー!!」
などと神父が言い終わる頃には、町を取り囲む防壁から、とても見覚えのあるひとつ目の怪物が顔を覗かせていた。
……いや、僕が以前見たサイクロプスよりも明らかに巨大で、明らかに凶暴で、完全に別の個体だった。
「あれが私たちの村を襲った怪物、マッド・サイクロプスにございます! 従来のサイクロプスよりも、質量、腕力、残忍性、全てにおいて上回っております!!」
「う……うわああーー!!」
僕は思わず腰を抜かしてしまった。
「勇者殿! 言い忘れておりましたが、今の話は全て今日の出来事にございます! 今晩が! 赤鬼月の夜なのでございます!!」
「えええ!?」
サイクロプスが、空いている門に気がついて……よっこいしょ。と町に入ってくる。僕がどうしたらいいのかわからず固まっているうちに、サイクロプスは僕の目の前までやってきた。
サイクロプスの腕には、殺意が強めの棍棒が握り締められている……。
「勇者殿! 戦いませんと、命がありませぬぞ!」
神父が僕に向かって叫んでいる。僕は、数分前から感じている疑問を神父にぶつける。
「……その勇者っていうのは一体だれの……」
などと僕が言っている間に、どうやらサイクロプスは棍棒を僕に向けて振り下ろしたようだ。
* * * * *
目が覚めた……ここは……教会?
……いや、僕がさっき、町の雰囲気作りで建てた教会だ!
目の前では……先程の神父が早速、僕の教会で仕事をしていた。
そして、こんなことを言う。
「死んでしまうとは何事ですか」
僕は大きくため息をついた。
* * * * *
「なんてものを僕の世界に持ち込んでくれたんだ!」
思わず僕は声を荒らげた。
「僕は、『戦闘シーンのない異世界ファンタジーの世界』を作りたかったのに!!」
それを聞くと神父は、一瞬笑った。
……なぜだか鼻で笑われたように感じた。
神父らしからぬ行為だと思う。
「勇者殿……それは、人間の本質を否定するのと同義にございます」
「人間の本質?」
「はい。言い換えれば、戦っていない人間など、この世にはいないのでございます。心の中に葛藤のない人間などいないのと同じです。人間は常に、悩み、葛藤し、矛盾を抱えながら、つまり見えない敵と戦いながら生きているのですよ」
暴論だ! 神父の言うセリフじゃない!!
「異世界ファンタジーにおける『戦闘描写』とは、まさにそれでございます。人間の抱える闇、世界の抱える矛盾、生存競争に挑む葛藤。それらに悶え苦しみ、悩み、解決していく様を、人々は魔法であるとか、チート能力で表現し、解決しているのです!」
「そうかなあ!?」
「事実そうなのでございます!! なぜ人はチート能力に憧れるのですか!?」
すると神父は突然、どこから用意したのか黒板とチョークを引っ張り出してきた。
そして、一番上に『読者がチート能力に憧れる理由』と、最もらしい文言を書き、その一段下に、『Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ』と書いた。
無駄にローマ数字なのがゲームっぽくて嫌味に感じる。
神父は、『Ⅰ』の隣に、『強者に成るカタルシス』と書いた。
「人間は、三つの欲求の柱によって立っています。食欲、性欲、睡眠欲です。しかし、人間は機械とは違うのでこの三本だけで立ち続けることはできません。
もう一本柱が加わるとしたら……これが加えられます。『承認欲求』凡人がチート能力を得る。すると、仲間が褒める。ヒロインが尊敬する。王に認められる。
チートの存在価値は、承認欲求を得るためのツールであるからです」
続いて、『Ⅱ』の隣に、『力の逆転劇』と書いた。
「完璧な人間などおりません。人間どこかしら欠点があり、自分や他人から目立つ部分というのは往々にしてこの、
『欠点の部分』です。しかし、異世界ファンタジーの世界において『欠点』を持つことは、後に重要な意味を持つということになります。『肉体が劣っている』『社会的地位が弱い』『世界観に対して無知である』これらは、現実世界を生きる読者にも共感性を与え、そんな『弱い』主人公がチート能力を持つことによって、読者の脳内にドーパミンが分泌されるのです」
続いて『Ⅲ』の隣に、『見えやすい成長』と書いた。……こんな感じで五回も続けるつもりだろうか……
「人間にとって大きなコンプレックスの一つ。それは、『自分の成長が見えづらい』ことです。努力をしているのに報われない。結果が出ない。結果が見合わない。それに対して『明らかにわかりやすい成長』がこの『チート』です。プロスポーツ選手や、アイドル。人間は、あからさまなものに目が行きやすいのです」
続いて『Ⅳ』の隣に、『単純にかっこいい』と書いた。
「……は?」
「いいや、見栄えの良さは重要なのですよ。結局」
最後に『Ⅴ』の隣に、『勝利の爽快感』と書いた。
「私は先程、人を支える四つの柱の説明をいたしましたが、
さらにここにもう一本の柱を加えるなら……
『報復欲求』という柱はやっぱり、あると思うのです。
自分に害を与えた人間には、報復したい。その人間が苦しむ姿を見て、エクスタシーを感じたい。内臓の底から絞り出す『ざまあ』が言いたい。これが人間なのです。しかし、相手がどう考えても勝ち目のない人間だったら?
立場も実力も上手だったら? そんな人間に勝つ唯一の方法、それが『チート』なのです」
黒板にチョークで快音を響かせながら『チート』と書いて、書き終えると僕の方に向き直った。
「異世界の住民は、必ずしも現実世界の読者とかけ離れた価値観で生きているわけではない。むしろ逆で、読者の感じているコンプレックスや葛藤に寄り添っているのです。それを解決してくれるツールが『チート』
そして……その『チート』がわかりやすく表現されているのが……戦闘シーンなのです」
そうだ、戦闘シーンの話をしていたんだ。今思い出した。
随分遠回りな話を聞かされていたと感じる。
「じゃあ、不可能なんですか! 戦闘シーンのない『異世界ファンタジー』の世界は!」
「『異世界ファンタジー』の世界に限らず、広い意味での戦闘シーンは、全ての物語と切っても切り離せない関係なんです。
葛藤のない物語は、物語と呼べません」
僕は頭を抱えた。この世界を消そうにも、この人たちが居着いてしまっている。
この人たちから住む世界を奪ってしまったら僕は非情な人間になってしまう……。
「じゃあ、いずれこの町にもやってくるわけですか。モンスターが」
すると、神父さんにまた鼻で笑われた気がして僕は自分の目と耳を疑った。
神父さんはこんなことを言ってきた……。
「いずれどころか! 今晩くるのですよ! モンスターは!!」
「こ、今晩!?」
「そうです。あなたがモンスターを倒さない限り、鬼赤月の夜が終わりません!」
非情な現実を突きつけられて、僕は開いた口が塞がらなくなった……。
「そんな……僕はじゃあ、どうにかしない限り、この現実に縛られ続けるという事ですか!」
「そのとーーり!!」
神父が、今日一番大きな声を出す。
「無茶だ! 僕は勇者じゃないどころかただの宇宙飛行士だ!! チート能力もない!!
あんなのとどうやって戦えばいいんだ!」
「そうですなあ例えば……ここは見たところ山岳にできた町にございます。川も近い。つまり、沼が近くにあると言うことです。
かの怪物を、沼に誘き寄せて引き摺り込むのです!!」
「僕一人でどうやって!!」
「違います勇者殿!! あなたは一人じゃございません!! この町にいる人々と協力すれば、あるいは……」
「え……強い人がいるのか?」
「いいえ! ただの村人です!! むしろ強い人間は城下町に出ていきました! ここにいる、か弱い人間達だけであのサイクロプスと戦うのです!!」
「無茶を言うな! 無茶を!!」
僕は、理不尽に悶えながら……そういえばリードはどこに行ったのか気になり始めた。
門で、神父たちを出迎えた時には一緒だったはずだ。どこではぐれたんだろう……?
「しかし勇者どの。こんな状況こそ、『あるゲーム』が重要になってきます」
「ゲームだって!?」
「ええ。これは異世界ファンタジーにおいて、重要な要素です。ぜひ、勇者様に気が付いていただきたい」
なんだ。この状況で『重要なゲーム』とはなんのことだ!? 何を言っているんだこの神父は!?
リードは無事だろうか……ああ! 考えなきゃならない事が多すぎる!!
わかることは、僕が『重要なゲーム』を思いつき、あのモンスターをなんとかして沼地に引き摺り込まないと、
状況が何も進まないと言うことだ……。
* * * * *
僕が頭を抱えていると、神父が僕に向かってこう言った。
「勇者どの、そのゲームに通ずる言葉は……二十三話で『沼での男』に挟まれております。もう一つのヒントは、二十四話で『カラー』に挟まれております……」
* そんな奴、出てきましたっけねー。出てくるならきっと、ホラーの世界なんでしょうね。
「はい」
「……なんでその人なの?」
「だって教会の神父さんだったら、異世界に住んでる色々な人の話を聞いているんじゃないですか?」
「……ああ。なるほど?」
言われてみれば確かに、固い人選なのかもしれない。
僕たちはこの、未だ不便な田舎町に異世界の神父を招くことにした。
* * * * *
僕たちは、せっかく作った物見櫓から見下ろしている。
「あ! いらっしゃいましたよ!」
リードが門の外を指差した。
「んん?」
……すぐに違和感に気がついた。
門の外に現れたのは確かに、一眼見れば教会の神父とわかる格好の人物だ。
しかし……現れたのが一人ではないのだ。
やって来たのは、赤子を抱える母親であったり、怪我をしている男性だったり、痩せた少年だったり……
大勢の疲れた顔の人間達が、門の前に集まっている。
僕はなんだか……トラブルを予感した。
* * * * *
僕たちはとりあえず、門を開けて人々を出迎えることにする。
雰囲気で作った巨大な扉が、不気味な音を立てて開くと……門の外にいた人々が走って町の中に入っていく。
僕が状況を読めないでいると、教会の神父が唸るような声で僕に話しかけてきた。
「感謝いたします……」
神父は、胸の前で十字を切り、僕に深々と頭を下げる
「は、はい。一体全体何があったんですか……?」
神父の様相は、ただでさえ細い爪楊枝をさらに限界まで、刃物で削り込んだかのようなものであった。
頬から骨が浮き出るほど痩せており、眠れていない日が続いているのか目は赤々と充血している。
手足は擦り傷だらけで、衣服も所々がほつれている。
「私たちは、ノルランド城のそばにある、小さな村で静かに暮らしていました。しかし、鬼赤月のある夜、魔物の襲来にあったのです」
聞きなれない単語に、僕はものすごく嫌な予感がした。
「鬼赤月……?」
「左様。魔物が活性化すると言われる、赤い月が登る夜にございます」
正直その説明は聞きたくなかった。神父が、まるで恐ろしいものを語るかのような声で、懇切丁寧に僕が聞きたくないことを説明してくる。
「鬼赤月の登る夜……不活性な、または生気の無いものは取り除かれ、残されたものは順番を入れ替えられる……そのような言い伝えがございます」
「ええ……」
「こんな夜は城の兵士や、ギルドで仕事を受けた冒険者に村を守ってもらうのですが……あの夜はとても……並みの人間達に乗り越えられるものでは無かった……」
神父の声が震えている。よほど恐ろしい目にあったのだと思われる。
「村の周辺に、サイクロプス達が巣を作っていることはわかっていたのです。私たちは何度もギルドに、討伐を依頼したのですが……冒険者達は、『切り裂き人面獣』の討伐にしか興味のない有様で……」
なんだかものすごく聞いたことのある響きだ……。
ようは、村の人々は城から見放されたのだ。
「あの夜……私たちはひとつ目の巨大な怪物に追いかけられ……城下町に逃げ込んだのですが私たちがたどり着いた頃には門を閉ざされ……命からがら、この町に辿り着いたのです。貴方様にこんなことを頼める義理では無いのを百も承知で……申し訳ありませんが匿ってはいただけませんか」
遠くからは子供の鳴き声が聞こえる。
神父の顔は怯えきっている。
ここで断るのは非情な人間だろう。
「ええ。この町も……ほんの数分前にここまで出来上がったばかりの不便な町ですが……それでもよければどうぞ、休んでいってください」
僕がそう言って、この後門を閉じれば済む話だと、そう思っていたが甘かった……
「休んでいる暇などないのです……勇者殿……」
「はい?」
すると、門の外から……ドーンという鈍い音と、グオオオオオ……と巨大な何かの唸り声が響いて来たのである。
「な……なんだ!? まさか……」
「ああ!! あれこそ我が村を襲った凶暴な魔物だ! もう魔物が我々に追いついたのだー!!」
などと神父が言い終わる頃には、町を取り囲む防壁から、とても見覚えのあるひとつ目の怪物が顔を覗かせていた。
……いや、僕が以前見たサイクロプスよりも明らかに巨大で、明らかに凶暴で、完全に別の個体だった。
「あれが私たちの村を襲った怪物、マッド・サイクロプスにございます! 従来のサイクロプスよりも、質量、腕力、残忍性、全てにおいて上回っております!!」
「う……うわああーー!!」
僕は思わず腰を抜かしてしまった。
「勇者殿! 言い忘れておりましたが、今の話は全て今日の出来事にございます! 今晩が! 赤鬼月の夜なのでございます!!」
「えええ!?」
サイクロプスが、空いている門に気がついて……よっこいしょ。と町に入ってくる。僕がどうしたらいいのかわからず固まっているうちに、サイクロプスは僕の目の前までやってきた。
サイクロプスの腕には、殺意が強めの棍棒が握り締められている……。
「勇者殿! 戦いませんと、命がありませぬぞ!」
神父が僕に向かって叫んでいる。僕は、数分前から感じている疑問を神父にぶつける。
「……その勇者っていうのは一体だれの……」
などと僕が言っている間に、どうやらサイクロプスは棍棒を僕に向けて振り下ろしたようだ。
* * * * *
目が覚めた……ここは……教会?
……いや、僕がさっき、町の雰囲気作りで建てた教会だ!
目の前では……先程の神父が早速、僕の教会で仕事をしていた。
そして、こんなことを言う。
「死んでしまうとは何事ですか」
僕は大きくため息をついた。
* * * * *
「なんてものを僕の世界に持ち込んでくれたんだ!」
思わず僕は声を荒らげた。
「僕は、『戦闘シーンのない異世界ファンタジーの世界』を作りたかったのに!!」
それを聞くと神父は、一瞬笑った。
……なぜだか鼻で笑われたように感じた。
神父らしからぬ行為だと思う。
「勇者殿……それは、人間の本質を否定するのと同義にございます」
「人間の本質?」
「はい。言い換えれば、戦っていない人間など、この世にはいないのでございます。心の中に葛藤のない人間などいないのと同じです。人間は常に、悩み、葛藤し、矛盾を抱えながら、つまり見えない敵と戦いながら生きているのですよ」
暴論だ! 神父の言うセリフじゃない!!
「異世界ファンタジーにおける『戦闘描写』とは、まさにそれでございます。人間の抱える闇、世界の抱える矛盾、生存競争に挑む葛藤。それらに悶え苦しみ、悩み、解決していく様を、人々は魔法であるとか、チート能力で表現し、解決しているのです!」
「そうかなあ!?」
「事実そうなのでございます!! なぜ人はチート能力に憧れるのですか!?」
すると神父は突然、どこから用意したのか黒板とチョークを引っ張り出してきた。
そして、一番上に『読者がチート能力に憧れる理由』と、最もらしい文言を書き、その一段下に、『Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ』と書いた。
無駄にローマ数字なのがゲームっぽくて嫌味に感じる。
神父は、『Ⅰ』の隣に、『強者に成るカタルシス』と書いた。
「人間は、三つの欲求の柱によって立っています。食欲、性欲、睡眠欲です。しかし、人間は機械とは違うのでこの三本だけで立ち続けることはできません。
もう一本柱が加わるとしたら……これが加えられます。『承認欲求』凡人がチート能力を得る。すると、仲間が褒める。ヒロインが尊敬する。王に認められる。
チートの存在価値は、承認欲求を得るためのツールであるからです」
続いて、『Ⅱ』の隣に、『力の逆転劇』と書いた。
「完璧な人間などおりません。人間どこかしら欠点があり、自分や他人から目立つ部分というのは往々にしてこの、
『欠点の部分』です。しかし、異世界ファンタジーの世界において『欠点』を持つことは、後に重要な意味を持つということになります。『肉体が劣っている』『社会的地位が弱い』『世界観に対して無知である』これらは、現実世界を生きる読者にも共感性を与え、そんな『弱い』主人公がチート能力を持つことによって、読者の脳内にドーパミンが分泌されるのです」
続いて『Ⅲ』の隣に、『見えやすい成長』と書いた。……こんな感じで五回も続けるつもりだろうか……
「人間にとって大きなコンプレックスの一つ。それは、『自分の成長が見えづらい』ことです。努力をしているのに報われない。結果が出ない。結果が見合わない。それに対して『明らかにわかりやすい成長』がこの『チート』です。プロスポーツ選手や、アイドル。人間は、あからさまなものに目が行きやすいのです」
続いて『Ⅳ』の隣に、『単純にかっこいい』と書いた。
「……は?」
「いいや、見栄えの良さは重要なのですよ。結局」
最後に『Ⅴ』の隣に、『勝利の爽快感』と書いた。
「私は先程、人を支える四つの柱の説明をいたしましたが、
さらにここにもう一本の柱を加えるなら……
『報復欲求』という柱はやっぱり、あると思うのです。
自分に害を与えた人間には、報復したい。その人間が苦しむ姿を見て、エクスタシーを感じたい。内臓の底から絞り出す『ざまあ』が言いたい。これが人間なのです。しかし、相手がどう考えても勝ち目のない人間だったら?
立場も実力も上手だったら? そんな人間に勝つ唯一の方法、それが『チート』なのです」
黒板にチョークで快音を響かせながら『チート』と書いて、書き終えると僕の方に向き直った。
「異世界の住民は、必ずしも現実世界の読者とかけ離れた価値観で生きているわけではない。むしろ逆で、読者の感じているコンプレックスや葛藤に寄り添っているのです。それを解決してくれるツールが『チート』
そして……その『チート』がわかりやすく表現されているのが……戦闘シーンなのです」
そうだ、戦闘シーンの話をしていたんだ。今思い出した。
随分遠回りな話を聞かされていたと感じる。
「じゃあ、不可能なんですか! 戦闘シーンのない『異世界ファンタジー』の世界は!」
「『異世界ファンタジー』の世界に限らず、広い意味での戦闘シーンは、全ての物語と切っても切り離せない関係なんです。
葛藤のない物語は、物語と呼べません」
僕は頭を抱えた。この世界を消そうにも、この人たちが居着いてしまっている。
この人たちから住む世界を奪ってしまったら僕は非情な人間になってしまう……。
「じゃあ、いずれこの町にもやってくるわけですか。モンスターが」
すると、神父さんにまた鼻で笑われた気がして僕は自分の目と耳を疑った。
神父さんはこんなことを言ってきた……。
「いずれどころか! 今晩くるのですよ! モンスターは!!」
「こ、今晩!?」
「そうです。あなたがモンスターを倒さない限り、鬼赤月の夜が終わりません!」
非情な現実を突きつけられて、僕は開いた口が塞がらなくなった……。
「そんな……僕はじゃあ、どうにかしない限り、この現実に縛られ続けるという事ですか!」
「そのとーーり!!」
神父が、今日一番大きな声を出す。
「無茶だ! 僕は勇者じゃないどころかただの宇宙飛行士だ!! チート能力もない!!
あんなのとどうやって戦えばいいんだ!」
「そうですなあ例えば……ここは見たところ山岳にできた町にございます。川も近い。つまり、沼が近くにあると言うことです。
かの怪物を、沼に誘き寄せて引き摺り込むのです!!」
「僕一人でどうやって!!」
「違います勇者殿!! あなたは一人じゃございません!! この町にいる人々と協力すれば、あるいは……」
「え……強い人がいるのか?」
「いいえ! ただの村人です!! むしろ強い人間は城下町に出ていきました! ここにいる、か弱い人間達だけであのサイクロプスと戦うのです!!」
「無茶を言うな! 無茶を!!」
僕は、理不尽に悶えながら……そういえばリードはどこに行ったのか気になり始めた。
門で、神父たちを出迎えた時には一緒だったはずだ。どこではぐれたんだろう……?
「しかし勇者どの。こんな状況こそ、『あるゲーム』が重要になってきます」
「ゲームだって!?」
「ええ。これは異世界ファンタジーにおいて、重要な要素です。ぜひ、勇者様に気が付いていただきたい」
なんだ。この状況で『重要なゲーム』とはなんのことだ!? 何を言っているんだこの神父は!?
リードは無事だろうか……ああ! 考えなきゃならない事が多すぎる!!
わかることは、僕が『重要なゲーム』を思いつき、あのモンスターをなんとかして沼地に引き摺り込まないと、
状況が何も進まないと言うことだ……。
* * * * *
僕が頭を抱えていると、神父が僕に向かってこう言った。
「勇者どの、そのゲームに通ずる言葉は……二十三話で『沼での男』に挟まれております。もう一つのヒントは、二十四話で『カラー』に挟まれております……」
* そんな奴、出てきましたっけねー。出てくるならきっと、ホラーの世界なんでしょうね。
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