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俺と夜
46、デートみたい?
「直、こっち来て……」
「ま、待って……!」
俺は今、乱れる呼吸を整えて夜の姿を追っていた。
息は苦しいし、そろそろ俺の体力も限界だ。
「ほら、直……?」
「そんな、……待って」
そんな優しく手を差し伸べられても、俺にはその手を取る力も残っていない、だから───。
「…………もう、本当に歩けないんだってば!?」
「な、直?」
「はぁ、はぁ……だから、夜は歩くのが早すぎるんだよ!」
そう叫んでいる俺が今、どうしてこんなにも疲れているのかといえば……近所の公園にある『ラクラクお散歩ハイキングコース』を歩いているからだ。
「え……ご、ごめん。俺、早く直に見て欲しい物があるから、気持ちが焦っていつもより早く歩いてたかも……」
「いや、違う……夜は悪くないのに怒ってごめん」
「え、えっとそれは……直が悪い事、なの?」
ようやく立ち止まってくれたのはいいけど、逆光のせいで夜がどんな顔をしているのか俺にはよく見えない。だけど俺は、夜がこの場所で怒る筈がないと信じていた。
だってこの公園は、やり直す前の世界で俺と夜が話し合う時によく使っていた場所だったから……。ここにいた時の夜はいつもより優しくて、俺を凄く甘やかしてくれた事を今でも鮮明に覚えている。
そのせいでこの場所で怒る夜なんて、俺には考えられなかったのだ。
だけど、俺の知る夜と目の前にいる人物は違う。
そんな事は頭ではわかっている。だけどこの公園にいる夜なら、どこの世界の夜だって俺に甘いのではないかと、俺は最低な事を思ってしまうのだ。
なにより今夜が向かっている目的地は、きっと俺の知ってる所……俺がこの公園で一番好きな場所に向かってる気がするせいで、尚更そう思ってしまうのかもしれない。
因みにこの公園について軽く説明しておくが、ここは俺達の寮から10分ほど歩いた所にあるかなり大きな緑地公園だ。元々は丘だったのか山だったのかはわからないが、軽いハイキングができるコースが幾つもある。
その終着点は何処から登っても同じで、この町を一望できる展望台に辿り着くようになっていた。
道中には年がら年中色々な花が咲くように草木が植えられていたり、少し小さいけど池もあるので街中でも自然と触れ合える憩いの場といえるだろう。
なにより高台から見る景色はとても美しくて、俺はそこから眺める町が1番のお気に入りだった。
当時の俺にとって、この公園は芸能界で荒んでいた俺が唯一柵を忘れられる場所でもあったのだ。
しかし今はその美しい光景も、街灯の光だけしかないので全く楽しめない。でも俺はその美しい色とりどりの花を覚えているし、なによりその香りは当時の記憶と全く変わっていなかった。
そのせいで少し懐かしい気持ちになってしまった俺は、当時の自分と今の自分との違いを大きく実感してしまい……とても落胆した。
だって前の俺はこんな坂道ラクラク登ってた筈なのに、今の俺には全然ラクじゃないんですけど!?
今登ってるの、本当にラクラクコースで間違ってないよね……?
そう思って何度も看板を見たけど、どう見てもラクラクコースと書かれている事に、俺は体力の無さを実感してショックを受けていた。
きっとこれは芸能界を辞めた俺が怠けた結果であり、完全に運動不足が原因なのはわかっている。だけど普通の人なら30分も坂を登り続けていたら、足がガクガクになっても仕方がないと思うのだ。
しかし、このまま俺のこんな情けない姿を見せ続けて夜に幻滅……いや、これ以上迷惑をかけたくない。
そう思った俺は、今も何故かオロオロしている夜に俺を置いてくよう促してみる事にしたのだ。
「……俺、少しだけ休んでから行く事にするよ。だから夜は先に行っててくれない?」
「そ、それは駄目だよ! ご、ごめん……直のお願いは全部聞いてあげたいけど、それだけは承諾出来ない……」
「な、なんで?」
「どうせあと少しで目的地に着くし、それに俺も手伝うから……」
「手伝うって……夜が俺の手でも引っ張ってくれるのか?」
夜の返事に少しムッとしてこんな事を口走ってしまったのだけど、別に俺は本気で引っ張って欲しいと言った訳じゃない。
それなのに夜は馬鹿正直に受け取ったのか、考え込むように顎に手を当てると何故か距離を詰めて来たのだ。
「……な、なんでそんなにも近づいてくるのさ!? もしかして、本当に俺の手を引くつもり……?」
「ううん……手は、引かないよ。えっと……確か坂道では、腰を押すと少しは楽になるって聞い事あるんだ。……それに、直がこうなったのも俺がここに連れてきたからだし……俺が責任持って押してあげるよ?」
「あの、夜が何言ってるのか全くわからないんだけど?」
「だって……直の足がこんなに震えてるのは、俺のせいでしょ? だから俺が、何とかしてあげないと……」
確かに疲れてるせいで足が震えてるのは事実だし、それが夜にバレていた事も凄く恥ずかしい。だけどそれは自分の責任であって、断じて夜のせいじゃない。
だって無理矢理ついて行ったのも、文句を言ったのも俺なんだ。しかも俺は自分の運動不足のせいで既に迷惑をかけているのに、これ以上夜の手を煩わせる訳にはいかない。
「いや、本当に夜は全然悪くないよ! 寧ろ悪いのは勝手についていって足引っ張ってる俺の方だし、そこまでしてもらう訳には……」
「えっと、ごめん……俺が言いたかったのは、誰が悪いとかじゃなくて……これは、俺が好きで直にしてあげたいって、そう思ってるだけなんだ。だから俺に、直の腰を押す許可をくれないかな……?」
街灯の光に照らされた夜は、相変わらず逆光のせいでどんな顔をしているのかわからない。
だけどシルエットから夜がションボリしている気がした俺は、断るのも申し訳なくてその善意を受け取る事にしたのだ。
「あー、うん……。夜がそこまで言うなら、せっかくだしお願いしてもいいかな?」
「……っ!! うん、任せて! えっと……それじゃあ、少し腰に触れるね?」
先ほどよりも声色が明るくなった夜は何故か俺の横に並ぶと、恐る恐る俺の腰にそっと腕を回したのだ。
……あれ? なんか俺が思ってた押しかたと違うし、更に距離が近くなってないか……!?
そう思ったけど、確かに腰を押してもらうと歩くのが凄く楽になる。そのおかげなのか今の俺は1人で歩くよりも2倍の速さで進んでいた。
この調子ならすぐに目的地へと着きそうだ。
そう気持ちに余裕が出来たせいなのか、次第に俺は夜に腰を抱かれている事が恥ずかしくなってしまったのだ。
だって思った以上に体を密着させているせいで距離が近い。しかもさっきからずっと夜に見られてる気がするんだよね……流石に気のせいだと思いたいけど、今夜の顔を見るのは恥ずかしいから無理!
それに、この状況って側から見たら───。
「ねぇ、直。こうして歩いてるとさ、俺たちデートしてるみたいだと思わない……?」
「っ!?」
俺は心臓が飛び出るかと思った。
だって夜の言葉は、俺が先程思い浮かんだ通りの言葉だったから……。
しかし俺はその動揺を誤魔化すために、あえて夜に笑顔で返したのだ。
「えっ、デート!? あはは……流石にそんな事、ないと思うけど……えっと、これはそうあれだ! どちらかと言えば、介護に見えるかも……?」
「……か、介護? そうは見えないと思うけど……俺も流石にデートは言い過ぎだったかもしれない。でも……でもさ、俺だって皆みたいに直に触れてみたかったんだ。だから、こんな形でも直に触れる事が出来て、俺は嬉しいんだよ……?」
「……っ?」
突然、夜の手が俺の腰をスリスリと撫で始めたのだ。そのせいで俺の体がビクッと反応してしまう。
く、くすぐったいけど。助けてもらってる俺が文句を言うわけにはいかないし……。
そう思って黙っていると、何を思ったのか夜の手が少しずつお腹の方へと移っていったのだ。
その瞬間、全身にゾワッとした恐怖を感じた俺は気づけば叫んでいた。
「よ、夜っ……流石にくすぐったいから!」
「っあ……? ご、ごめんね。俺、凄く嬉しくて勝手に手が動いてたみたい……でも、もう位置は変えさないからね。ほら……安心していいよ」
手を胸の前でヒラヒラさせて謝罪をした夜は、当たり前のようにその手を再び腰へと置いたのだ。
「あの……まだ俺の腰、押すの?」
「不快だったら、ごめん。でも、目的地はもう見えてるから……あと少しだけ、触れてもいいかな?」
そう言われて俺は体の疲労を思い出す。
忘れてたけど、夜に押してもらわないと困るのは俺の方なんだった……。
「その言い方はどうかとおもうけど、押してもらえないと俺が困る。それと、さっきの事は別に怒ってないから……」
「……本当?」
「うん。だから申し訳ないけど、あと少しだけ俺を介護してもらってもいいかな?」
「ふふ、介護じゃないけど……こうして触れる事を許してくれてありがとう。それじゃあ、もう少しだけこのまま歩こうか……」
ニコリと微笑む夜の姿は、いつも通り俺を癒してくれる。それなのに、どうして夜に対して恐怖を感じてしまったのだろう……?
確かにゾワゾワする感覚はまだ少し残っているし、それが何故かはサッパリわからない。
だけど今の俺は疲れてフラフラで、夜に腰を押してもらわないと前に進めない事だけはわかるのだ。
こうして俺は恥ずかしさと恐怖を誤魔化す為に、なるべく夜を見ないように適当な話をし続ける事にした。
しかし不思議なもので目的地は目視できるほど近かった筈なのに、そこに辿り着くまで俺はとても長い時間夜と喋っていたような気がしたのだ。
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