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俺と夜
52、夜を待つ
昨晩、事務所に泊まった俺は一斉に拡散されていく情報を追うのに必死で、殆ど眠れていなかった。
SNSでは一夜明けた今も、メンバー三人に恋人がいるかもしれないという情報に翻弄された人達の、誹謗中傷やファン同士の諍いが絶えず続いていた。
流石、俺一人の時とは違って人数がいる分荒れ方も酷いよね……。
そう思いながら携帯を見ている俺は今、事務所の地下駐車場にある車の中にいた。
今日の俺には、マネージャーとして夜を無事に送り届けるという、ミッションがあった。
それなのに何故一人で車の中にいるのかといわれると、それにも理由はある。
事務所出入り口には既に大勢の記者がいるので、彼らに気づかれないよう夜には別ルートを使ってもらい、コッソリ駐車場に来てもらう必要があったのだ。
そんな訳で俺は夜を待つ間、眠い眼を擦りながらもずっとSNSを見ていた。
何度も同じ事を繰り返し論争するファンと、ファンでもない野次馬達の争いに気を取られていた俺は、突然コンコンと窓を叩く音がしてバッと顔をあげる。
そこには、どんなルートを辿ってきたのかわからないが、少し疲れた顔をした夜が手を振っていた。
「直、ごめんね。かなり待たせたよね……?」
「ううん、そんなに待ってないから大丈夫だよ。それより、変なのに捕まらなかった?」
ようやく合流した夜は素早く助手席に座ると、シートベルトをしながら俺と話を続けた。
「うん、大丈夫。俺、気配を消すのは得意だから」
「うん……? そ、そうなのか」
気配を消すって……もしかして、夜は忍者にでもなるつもりなのだろうか?
「ふふ……もしかして今の話、信じちゃった?」
「え、うん。信じたけど……」
「ごめん……今のは、嘘だよ。流石に俺でも、気配とかはよくわからないから、安心して……?」
「な、なんだ……揶揄われただけか。夜の事だから本当に出来るのかと思ったよ」
真面目に信じた事が恥ずかしくて、俺は顔を赤くする。
それがバレないように火照る顔を手で仰いで隠そうとしたのに、何故かその手を夜に掴まれてしまった。
「え?」
「顔、隠さなくてもいいんだよ。直が不安な事、俺はわかってるから……」
「いや、顔を隠そうとしたのはそういう訳じゃないって。それに不安なのは夜の方じゃ……」
「それなら……どうして直の手は、ずっと震えてるのかな……?」
「っ!?」
そう言われて、俺は初めて自分が震えている事に気がついた。
……だけど、これは仕方がない事だと思う。
俺達は今から誹謗中傷をいつ言われてもおかしくない、事務所の外へと出なくてはならないのだから……。
勢いで夜を守ると言ってしまったけど、俺だって人に囲まれて罵倒を浴びるのに慣れているわけではない。寧ろあの頃の光景が少しトラウマになっている俺は、外に出るのが本当は怖かったのだと思う。
「俺……さっきは直を落ち着かせようと思って、あんな事を言ったんだけど……それだけじゃ足りないぐらい、直は凄く不安だったんだね……」
もしかして夜がさっき揶揄ったのは、俺の為を思っての事だったのか……?
そんな事を思っている間に、気がつけば夜の顔が目の前にあって俺は驚いてしまう。
「ちょ、ちょっと何か近くない?」
「そんな事ないと思うけど……。それに俺が直に近づいたのも、ちゃんとした理由があるんだよ?」
「いやいや、どんな理由があったらこんなに近づく必要があるのさ?」
「えっと……俺なら、直の不安を少しは和らげる事ができると思うんだ。だから、今から少し触れるけど直はじっとしててね……」
夜の手が俺の頭を優しく撫でる。
そして反対の手が俺の顎をクイっとあげた。
「な、何……?」
「直が安心できるようにおまじないもしてあげる。ほら、俺の目を見て……」
俺は言われるまま夜の瞳を見てしまう。
優しく頭を撫でられるのが気持ちいいからなのか、その薄茶色の瞳に俺は吸い込まれそうだった。
そのせいで夜の顔が少しずつ近づいている事に気づかず、俺はぼーっと夜を見てしまう。
「直……」
名前を呼ばれた時には、夜の唇が俺の唇にくっ付きそうなぐらい近づき、このままだとキスするんじゃないかと思ったその瞬間───。
「……っぐ」
突然、夜が苦しそうな声をあげた。
その声を聞いて我に帰った俺は、その顔の近さに驚いて咄嗟に頭を後ろに下げてしまう。
「よ、夜!? なんか凄く苦しそうだけど、大丈夫……?」
「………コホッコホッ……その、ベルトが……」
よく見ると、夜は助手席のシートベルトを引っ張り過ぎてしまったのか、これ以上こっちには来れないようだった。
ベルトを外すか後ろに下がれば良いだけなのに、焦ってワタワタしている夜がなんだかおかしくて、俺はつい吹き出してしまう。
「ははははっ! 夜ってば、何やってるんだよ~。もしかしてこれも、俺を安心させようと思ってしてくれた事、なのっ……ぶははっ! ダメだ、ごめんっ。さっきの戸惑う夜の顔思い出したら、ふふっ……笑いが、止まりそうにないかもっ……あはははっ!」
「い、いや………えーっと、そ、そう。これは直を元気付けようと思ってした事なんだ。だから、いっぱい笑っていいよ……」
顔が近づいて来たときはキスされるかもと少し驚いたけど、夜は他のメンバーと違い優しい心の持ち主なだけで、俺にそんな感情を持ってる訳がないのだ。
そんな夜だからこそ、俺も安心して側にいれるんだと思うんだよね……。
そんな事を思いながら、なんとか笑うのを止めて落ち着こうとした俺は、素早く呼吸を整えると夜に感謝を述べていた。
「ありがと、夜のおかげでだいぶ落ち着いたよ。これならどんな事を言われても、お前らの為に上手く立ち回れる気がする」
「それなら、よかったよ。……でも、そっか…………別に、俺一人の為じゃないんだ……」
ボソッと呟いた言葉の意味がよくわからなくて、俺は聞き返してしまう。
「え?」
「ううん、何でもないよ。そうだ、まだおまじないはしてなかったよね……?」
「えっと、おまじないの話は本当だったんだ?」
「そうだよ……さっき一緒にやろうと思ったんだけど、上手くいかなくて……。だから、今からしてあげる。……ほら直、左手を出してもらってもいいかな……?」
「うん、いいよ」
何も考えていない俺は、言われた通り左手を差し出す。
それだけなのに嬉しそうに微笑んだ夜は優しく俺の手を取ると、何故か薬指だけをパクりと咥えたのだ。
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