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GPTⅠ 第1章 始まりの、はじまり。
しおりを挟むGravity Phase Transformation Ⅰ
破壊と創造のアンソロジー
ペン・ドナヴァン
天国に召された祖母に捧げる
目次
第1章 始まりの、はじまり。
第2章 キャンバス
第3章 ドロップアウト
第4章 解き放て
第5章 統合
第1章 始まりの、はじまり。
1
樹氷の森を貫く一本の道、柔らかくて清らかな雪が降りしきる。舞い落ちた雪は静かな重みとなって樹木や大地をさらに深く眠らせている。
……母は、永眠した。それを、どんなに理解していても、自分だけが1人取り残されてしまった侘しさから立ち直れないでいる。悟は、記憶を蘇らせることで、あの頃のように浪漫の温もりに包まれるのを求めずにはいられなかった。
この道の先には、浪漫が育った村がある。当時のことはあまり話したがらなかったので詳しくは知らない。それに何よりも、浪漫から笑顔を奪う質問だったので簡単には訊けなかった。訊かないでいることが、優しさの1つであることを悟はすぐに学んだ。しかし、そんな浪漫でも、この道のことだけは、よく美しいと褒めていたのを憶えている。
悟は今、その道を車で走っている。一度も訪れたことがない場所に向かって。
浪漫は、決して母親らしい人物ではなかった。気紛れで、マイペースで、自分の世界に入り込むと周りが全く見えなくなるタイプ。だから代わりに、悟が掃除もすれば、食事も作る日が度々あった。そうすると浪漫は悟が照れるぐらい喜ぶ。それが嬉しくて、つい、術中に嵌ってしまっていたけれど、そんな遣り取りでさえも悟にとっては掛け替えのない大切な一時だった。それは、浪漫だけが唯一の肉親で、唯一人の愛情を与えてくれる人物だったからである。たまに悟が常識的な母親像を求めるときがあっても、悪戯っ子のような顔をして、わざと相手にしてくれなかったり、黒目がちな瞳でじっと見つめて、余所のお家と同じじゃなくてもいいじゃないって言われたりすると、いつも無条件降伏するしかなかった。結果を分かっていて、絶対に裏切らないことを知っていて、悟に甘えてくるのである。2人には特別な繋がりがあって、それがあるからこそ共犯者めいた特別な感情が生まれて、絆ができ、幸せを感じられるのだと言わんばかりに。
悟は、彼女の子供であって、同時に、生まれながらにして彼女の理解者でなければならなかった。それはあまりにも自然に求められ、あまりにも自然に育まれたものなので、今では悟の性質の一部と化している。唯一無二の絶対的存在。それが悟という人間の核を形成していることを確信しているからこそ、悟がどこで何をしようと表層的なことに対して文句を言うことは一度もなかった。
浪漫の元を巣立って、アメリカに渡って9年間、年に数回電話するぐらいで一度も帰国したことはない。電話口での浪漫は穏やかで執着心のない気楽な調子で話をする。すぐに会話は終わってしまうが、切るときだけは母親としての深い愛情と、親友のような潔さを見せる。本当に複雑というか、豊かな性格をしている。悟は満ち足りた気分で浪漫の姿を思い浮かべる。すると決まって、人が行き交うショーウィンドウの前の、道の真ん中で、裸ん坊のまま蹲っている浪漫が登場してくる。まだ若い。どこにも居場所がなくて、蹲るしかなくて、すごく小さくて弱い。そんな心細そうな様子をした女性が浪漫の姿だった。悟は幼い頃から自分なりに母の気持ちに寄り添おうとしていた。何度も想像しては浪漫の心に近づこうとしていた。それが次第に形を取り始め、今ではいつも同じ映像が浮かんでくる。浪漫を思うとき、それ以外にはなかった。それが母親の本当の姿だったから。
浪漫は言う。何にもなかったからこそ素の自分と向き合うことができたのだと。普通の人たちと同じだったら悩みが生まれなかった分、考えることもなかっただろうし、世間の常識が、そのまま自分の意見になっていただけだと。それは自分で考えて、自分の中から生まれてきたものではなく、単にインストールしただけの価値観。自分らしく生きているとは胸を張って言えない生活。
悟は思う。浪漫は誰よりも自分が生まれてきたことに対して証が欲しかったのだと。間違いなんかじゃないっていう確証が。それが痛いほど分かる。つまり、浪漫の作戦は成功だ。浪漫が分かってほしいと願っている思いは、悟自身も求めていることだから。今ではたとえ自己の存在に疑問を抱いたとしても、そんな浪漫との特別な共感によって、すぐに迷いを払拭することができる。自分は、この世に存在していてもいいんだと。ぼくたちは間違っていない。ちょっとだけ普通の人たちとは違う人生を歩んでいるだけ。他人の目を気にして立ち止まる必要なんてない。目の前に道はある。だから進んで行ける。
そう、浪漫もきっと前に進みたかったんだ。自分の足で。浪漫が、この道のことだけは美しいと褒めていたのは、忌み嫌っていた村を、自分の意志でようやく脱出した日に見た最後の景色だったからではないだろうか。まだ若くて何も知らない浪漫からしてみれば、この道の先には新しい世界が希望と共に広がっているように思えたはずだ。
悟は今、その道を逆に走っている。
もし、そのときの浪漫を乗せたバスとすれ違ったとしたら、悟はあどけない少女の顔に期待と不安が入り混じった表情の浪漫を車窓に見つけて、その旅立ちを、心から祝福するだろう。そして、まだ少女だった頃の浪漫は自分よりも年上の悟が窓越しに、じっと見ていることに気づいて訝しむ。未来と遭遇して。悟の思いは、まだ生まれてもいない時代に遡り、2人の視線が絡み合う、その瞬間をスローモーションにして楽しんでいた。
井ノ中村は、浪漫にとっても悟にとっても決して故郷ではない。でもそこから、浪漫の人生は始まる。
浪漫が悟に教えてくれたこと、それは、夢を大切にしていれば、その夢が人生の羅針盤となって導いてくれて、居場所を作ってくれて、そこがいずれ故郷にもなるということ。すなわち、2人にとっての故郷とは、生まれ育った場所なんかではなくて、主体的に選び取った生き方が基本にあって、自分という個性が犠牲にならず、うまく環境と解け合い、心落ち着く場所が見つかったとき、初めて「故郷」といえる場所が生まれてくるものなのである。実に後天的で、実に浪漫らしい発想だ。悟もこの考え方が気に入っていた。嫌いなものを無理して受け入れなくていい2人だけの特別な意味付け。その方が物事を肯定的かつ楽観的に捉えられるようになるし、前向きに生きていける。こうなって欲しいと願う方向に素直に進んで行けばいいだけ、とても簡単だ。
……そうか、悟はふと、自分の普段の考え方や感じ方が、悩みの次の地点に立っていることに気づいた。悟も弱気になるときはあるけれど、そこからの復活は早い。おそらく、悩みはすでに浪漫が経験してくれていたからだ。何気ない会話や遣り取りのなかで、悟は浪漫の哲学をしっかりと受け継ぎ身に付けていたのだ。浪漫と同じ地点で、悩み苦しんで足踏み状態にならなくてすむように。ショーウィンドウの前で、心細そうに蹲る裸ん坊の浪漫と同じにならないですむように。
どれだけたくさんのものを母は遺してくれたのだろう。
胸が熱くなった。その熱はさらに喉を締め付け、目頭をも刺激した。こんなに痛い涙を流したのはいつ以来か。その途端、自分の幼い頃の姿が浮かび上がってきた。大人になるにつれて塞がってしまった感情の経路のようなものが、久しぶりに、こじ開けられた気がする。舞い散る雪が滲む。ただ、厚く降り積もった一本の雪道だけが動じることなく悟を導いてくれていた。
この道の先には浪漫を傷つけた村がある。その後も傷は消えることなく、浪漫の心の奥深くに潜み続け、人生を共にした。時折、その傷が疼き出してはよく顔をしかめていた。そうすると悟にも伝わってきて何だか分からぬまま不快な気持ちになった。どんなに成功しても、夢を叶えても、そのことだけが浪漫を暗くした。
たぶん浪漫は嫌がるだろう。それを十分理解したうえで、悟はその傷に触れようとしている。癒したくて、乗り越えてもらいたくて、今は天国にいる浪漫の記憶の中の闇へと、向かっていた。それができるのはもう悟しかいないのだから。
2
道沿いに軒を連ねる小さな温泉の村に辿り着いた。雪に覆われた井ノ中村の家々は森と同じで、暗くて深い色合いの木材と白い雪とで構成されている。自然と一体になって生きるとは、こういうことなのかもしれない。だが1つだけ大きく異なる点があった。それは内部で静かに目覚めの時を待っている樹木と比べ、この辺りの家々には雪解けを心待ちにするような息遣いが潜在的に感じられないことである。まるで同じ季節が永遠に続くかのように。確かに、井ノ中村には空き家が多いと聞いていた。それが思い込みを作り上げているだけだともいえる。けれど温泉の村にしては湯煙も出ておらず、沈鬱とした雰囲気が漂うばかりであった。
悟は気を取り直して不動産会社から教えてもらったとおり、仲持商店の前で車を停めると、ここの主人に連絡を入れた。仲持が井ノ中村の不動産管理と案内を担当しているとのことで、会社から連絡を受けていた仲持はすぐに出てきた。六十代と思しき男性で愛想は良かった。悟の車に一緒に乗っていいかと尋ねてきたので、快く助手席の鍵を解除した。目的地はここからさらに5キロ離れた所にあるそうだ。
雪深さが増す道を、白い車体の4WDは物ともせずに力強く進んで行く。仲持は「良い車ですねぇ」と乗り心地を楽しみながら、売却地260万平方メートルの外周には小道が走っているので、まずは、そこを実際に車で回ってみましょうと提案した。
2人は森の中の代わり映えしない景色を、ただ流れゆくまま、黙々と見続けた。時折、目印の杭が打ってある所を仲持が指差しては悟に教えてくれた。
売却地を一周し終わって敷地内に入る道を進んで行くと広い空き地に着いた。雪は小康状態となり歩きやすくなった。仲持は悟を誘って車から降りた。2人は空き地の真ん中に立ち、雄大な景色を見渡した。そこには未知なるものと既知なるもの、呪縛と消滅、希望と戦慄が、気配として確かに存在し、交錯していた。……仲持は、徐に昔話を始めた。
「ここには昔、湯治場があったんです。村一番の大きな旅館で繁盛しているときもありました。ですが、一旦客足が遠のくと、あっという間に借金が膨んで廃業してしまいました。旅館の主人は土地と母屋を売却して借金の返済に充てたあと、村を出て行きました。まだ借金が残っているとかで働かなければならなかったんでしょう。ここじゃあ他に働き口がないですからね。それに時期を同じくして他の村人も出ていく人が続出しました。ここの旅館が村の主な集客施設でしたので、働き口をなくした面々や、連鎖的に収入が減った人たちが仕事を求めて村を後にしたんです。そのときの村の没落ぶりといったら酷いもんでした。誰もが不安になりましたよ。私はさっきごらんのとおり家が代々商店をやっていまして、村には商店が1軒しかないものですから、売り上げが落ちてもまだどうにか商いを続けることができたんです。それに残った村人のためにも誰かがやらなければなりませんからね。それで、そんなとき、不動産会社から井ノ中村の無人の物件を管理したり、案内してくれないかと依頼があったんです。管理といっても状態の報告ぐらいなもんで、掃除とか草むしりなんてやったりはしません。そんなことしたら私に支払う費用が高くついてしまいますからね、へへ」
「じゃあ、ここの建物の解体作業費は誰が出したんですか?」
「補助金ですよ。通常だと固定資産税の兼ね合いもあるんで、老朽化していても、建物をそのまま残している場合が多いんですが、ここにあった旅館には、良い材質の木材がふんだんに使われていましたからね、このまま売れ残って朽ち果てていくよりは、更地にして土地の購入価値を高めたほうが良い段階に来ているんじゃないかって、今の所有者に不動産会社を通して持ちかけたんですよ、村の復興を願って。それで資材を無償で譲り受ける代わりに村が解体を請け負うことで交渉が成立したんです。私も、隣の民宿を安く売ってもらったばかりだったから、解体作業に参加してはまだ使える資材を民宿のリフォームに再利用させて頂きました。なので、残っているのはもうあそこの小屋だけなんです」
仲持はそう言って、空き地の左寄りにあるブロックで囲われた所を指差した。行くと、そこは温泉の設備小屋だった。かなり老朽化しているので取り換えは絶対に必要だと説明しつつ、源泉を汲み上げるポンプを見せてくれた。仲持が力一杯バルブを捻る。
間を置いて、湯気を湛えた温泉が出てきた。硫黄の匂いもする。
「ほら、まだ生きてる!」仲持は嬉しそうな顔をした。
3
悟は早速、準備に取り掛かった。理想とする形は見えていた。母親の投資会社を受け継いだ悟は、新しい投資先として企画書を提出し、その企画に関しては自分が担当する旨を伝えた。要は資金提供だけが目的だった。すると浪漫を公私に渡っていつも支えてくれていた共同経営者の守主が全面的に協力すると言ってくれたので、企画はすんなり通った。社員は急激な変化に戸惑いながらも、自分たちの業務スタイルや生活は、そのままであることを保障してもらったことから安堵して、悟の企画に協力すると言ってくれた。
守主は、才家親子が心を許した数少ない人物の1人である。もちろん浪漫が心を開いた人物ならば、最初は人見知りをしていた悟でも、結局、そうなるのは時間の問題だった。父親代わりとまではいかないものの、親戚のおじさんと思えば気持ちが楽になり、守主を受け入れることができた。浪漫が1人寂しくマンションで死んでいるのを見つけたのは彼だし、母親の訃報を聞いて、ショック状態に陥ってしまった悟に代わって、すべてを取り仕切ってくれたのも彼だった。悟が日本に帰国して、感謝と後悔と居た堪れない気持ちで守主に再会すると、彼は悟を一切責めることなく、心配してくれた。悟は、そんな守主の優しさや寛大さにどれだけ救われたか。
それに守主は、いつも付かず離れずの絶妙な距離間で接してくれていた。それが浪漫にとってどんなに心地良いものだったのかが分かる。お蔭で悟も自由気ままに暮らせたし、守主はこれからも変わらず、その絶妙な距離間をもって悟をフォローしてくれることが、彼の言葉と態度には溢れていた。それはもはや無償の愛情と呼べるほどのものだった。
悟はまず、村の土地を安い価格で購入し、会社の情報網の中から定評のある建築会社に設計図を描いてもらい、3D画像を作成してもらった。3階建ての西洋建築は、風雪にも負けない造りになっているとのことで、悟は一目で気に入った。春先から建築を開始して完成するまでの間に、悟はアメリカに戻って所属していた会社を一旦退社して、雇用関係ではなく新たに提携関係を結んだ。次いで、アメリカの住居を引き払い、当面は、都心にある母のマンションで暮らしながら、ホームページの作成やデータベースの整理、開業に向けた申請書類の準備等を集中して熟していった。
夏が来て、秋、冬と、瞬く間に1年は過ぎ去っていった。2年目に入る肌寒い春先に、残雪を抱いた森の中の一本道を、悟は母の思いとは裏腹に逆走した。井ノ中村のバス通りを抜けてまた森に入り、しばらく走った所に、それはあった。
桃色や紅梅色、苺色といった濃淡のある煉瓦が不規則に並べられた外壁に、焦げ茶色の軽量瓦を葺いた屋根が、それまで続いていた森の単調な色彩を打ち破って、鮮明に視界に飛び込んできた。その威風堂々とした佇まいにはイチゴのスポンジケーキにチョコレートをかけたような可愛らしさもあって、浪漫が喜びそうなスイーツ仕立てになっていた。
悟が車を停めて近づいて行くと、達成感に満ちた建築業者が誇らしげな笑顔で幅のある玄関ポーチに立って、両開きのドアを開けて、屋内へと案内してくれた。
2階まで吹き抜けにしたフロアは広くて解放感があり、ロビーとして申し分なかった。それと全体的に濃い色の木材を床や柱に使用して壁紙は暖色系の黄色で統一していたので、室内もスイーツに例えるならまさにカステラといえた。
正面には受付が設置されていて、ここでサロンと宿泊施設がある左の棟に行くか、クリニックがある右の棟に行くかを案内する。
先にクリニックからだ。ここでは安心感を持ってもらうために、明るい色調の木の床やドア以外は、清潔感のある白で統一していた。その他の配置は設計図どおり、玄関がある建物の手前から奥に向かって、ナースステーションを始めにソファを置くスペースや化粧室があり、診察室が続きで3部屋、エコー、内診室、処置室、緊急搬送用の搬入口がある処置室や、ベッド・イン・エレベータ、洗浄、分娩、手術、受精、採卵、培養、保管庫の先に研究室があった。また2階には、授乳室や新生児室も完備している。
ちなみに受付の後ろは事務所で、それより奥はすべて悟のプライベートゾーンになっていた。風呂トイレ付の4LDKで、左右の棟を繋げた連絡通路に玄関があり、その通路からしか入れない秘密の部屋もあった。丁度、建物の中心に位置する所に3階層吹き抜けにした部分があって、そこに母の遺骨を収める石碑を置くつもりでいた。石碑はまだ納品されておらず、周囲の花壇にもまだ花は咲いていないけれど、草花や蝶をあしらったステンドグラス様式のドーム型八角形天窓からは柔らかい色鮮やかな光が射し込み、すでに十分美しい空間となっていた。完成したらきっと浪漫も喜んでくれるだろうし、悟にとっても安らげる場所になるのは間違いなかった。
一旦ロビーに戻る。左の棟もデザインは右の棟とほとんど変わらない。違っているのはその用途で、玄関側から奥に向かってレストランと調理室があり、食糧庫兼物置にはクリニックと同じく外から納品できる搬入口がある。リネン室とランドリー室を越えた所には源泉を利用した浴場を設けているため、民宿としてもゆっくり寛いでもらえる。つまり、建物自体は概ねシンメトリーに設計されているが、ここだけ露天風呂の敷地分はみ出している格好だ。2階は吹き抜けの部分以外、右の棟が入院施設、左の棟が宿泊施設で、3階は、来館の少ない間はまだ従業員用の寮にしておくつもりだ。田舎では民宿や寮も視野に入れておく必要があるからだ。
悟が、建築業者にありがとうと礼を述べていると、仲持が完成おめでとうございますと言いながら花束を持って来てくれた。悟は笑顔でそれを受け取った。このあと建築業者の人たちに食事会を用意していたので、それではとみんなを誘って仲持の民宿に向かおうとしたとき、仲持が悟を呼び止めた。みんなには先に行ってもらうことにした。
「実は少し、お話があるんですが……」
歯切れの悪い物言いだと思ったら、予想どおり、クリニックの内容についてだった。
「少子化が著しいこの時世、何でまた過疎化が進むこの村に産婦人科クリニックをお建てになられるのか不思議に思っていました。それでも外国帰りのあなたのような方が新しく物事を始めてくださることに、私なんかは期待のようなものを抱いていました。ですが、家の倅がおかしなことを言い出しましてね。倅は、あなたのホームページを見たらしく、才家さんのクリニックが、実は精子バンク専門の施設なのではないかと言うんです。私も確認させて頂きました。もちろん技術的な話としては知っていましたが、それが現実の話として、この村に拠点を構えるとなると、どうも理解し難いというのか、どう受け止めていいのか分からないのです。今、村人はこの話でもちきりです。なので、どうかみんなに説明して頂きたいのですが」
「そうですね、ぼくの希望としては精子バンクによる出産をメインにしていけたらいいなとは思っていますが、もちろん通常の出産も受け入れるつもりですよ。それなのに、なぜ説明する必要があるんでしょうか。どこにそんな義務があるんですか?」
「もちろん義務はありません。しかし同じ村で生活していくには、それなりに礼儀も必要です。私たちの年代なら、まだ才家さんのホームページや他のサイトから情報を収集することだってできますが、村人のほとんどは年寄りです。今まで、この辺鄙な土地で地道に生活を続けてきて、村を守ってきた人たちでもあります。そんな先輩たちに、礼を失することがあってはならないと私は思っているんです。新しく何かを始めることに関しては、私はそこまで抵抗感があるわけじゃない。でも村の人たちにとっては、精子バンクを利用して子供を産むという行為は、不可解だし、恐ろしい話でもあるのです。みんなに説明をしたからといって、すぐに理解してもらえないのは分かっています。それでも才家さんには、この村に住む以上、話し合いを重ねる努力をして頂きたいのです」
「……ぼくはね、こう思うんです、みんなの賛成を待っていたら、物事は全く前に進まないって。直接関わりのある人だったら別ですよ。お互いの納得がいかなければ契約は結べません。けれど村の人たちとぼくは全く関係のない間柄です。契約相手じゃない。そんな相手にどうして説明する労力と時間を割かなければならないんでしょうか。ぼくは法律を犯してはいない。村の慣習に従った義務を押し付ける前に、もう少しご自身で調べて学ぶ努力とか、客観的に物事を見る姿勢だとか、異なる価値観に対する排他性がいかに発展を阻害するか、ぼくの方が村の人たちに理解力や柔軟性を要求したいぐらいですね」
「私たち、いや、村の人間をバカにしてるんですか! 人と人が考えや気持ちを伝え合うコミュニケーションがそんなに無駄なことですか。時間は掛かっても向き合い続けるからこそ人間同士の絆が生まれるんです。すべて合理的に解釈するだけが社会じゃない。ましてやこんな偏狭な地にある村に、そういう冷たい考え方を持ち込まれても迷惑なだけです。ここは補助金まで出して村の復興を願った土地でもあるんです。みんなの期待が詰まっているんです」
「随分、感情的ですね。それに押し付けがましくもある。ぼくは、あなた方の理想に適ったイメージどおりの言動をしなければ、認めてはもらえないらしい。フフフ、仲間になりたいとも思っていませんが。まあ、いいでしょう、今回だけはサービスします。一度だけ皆さんに説明させて頂きます。さすがに、村人全員にお話しするのは無理ですが、ここのロビーでしたら50人は入ります。ただし資料などはそちらで用意してくださいね。飲み物など必要なものはすべて。ご覧のとおり、建物が完成しただけで、備品なんて揃っていません。それと、質問の要点もまとめておいてください。日にちは追ってお知らせします。これでよろしいですか?」
興奮して顔を真っ赤に染めた仲持は、どうにかこうにか気持ちを落ち着かせて頷いた。
4
日曜日の朝、村人が集まって来た。駐車場予定地は車で一杯だ。どうやら、健康状態のよくない年寄り以外、みんな来ているようである。説明会前に納品された5人用のベンチ10脚は優に越えて、空いているスペースにマフラーやストールなどを敷いて勝手に座り込む村人たち。早速、自前の水筒を取り出して、お茶を注ぎ飲み始めている。一息ついたところで建物の感想が話題に上り出した。皆一様に派手だとか、この村には相応しくないとか、口にしては頷き合っている。
悟は、受付カウンターの所に立ってマイクの調整をしながら、そんな村人たちの様子を観察していた。仲持が資料をみんなに配り終わったので、悟も同じ資料をもらって、軽く読み流した。1ページ目に質問が記されており、あとは、その項目に従った簡単な説明が書かれている。
「それでは始めましょうか」とロビーに視線を移したとき、体躯に合っていないダボダボの茶色のスーツを着た小柄な老人が早足に悟の所にやって来た。色素沈着が積み重なってどす黒い肌をした、眉毛が太くて垂れ下がった困り顔の老人だ。勝手に作り上げた長年の心労が表情に反映されているかのようである。困り顔の老人は、開口一番「わしらをわざわざ呼びつけて、何の話をするつもりか」と怒鳴った。
「ぼくは強引に皆さんを呼び出したりはしていません。村の方々が、当施設の業務内容を知りたがっていると仲持さんからお聞きしましたので、それでしたらどうぞいらしてください、説明させて頂きますと、返事をしただけです。あくまでも任意です」悟は努めて、冷静に答えた。
「貴様、俺を愚弄する気か! 新参者のお前が家に来て挨拶するのが礼儀だろうが、この馬鹿者が。謝れ!」困り顔の老人は1人勝手に興奮して受付カウンターを勢いよく叩き、怒りを露わにした。
ロビーにいる村人たちは一瞬にして静まり返った。これだけ大声で怒鳴れば、マイクを使わなくても容易に、最後尾の人にも聞こえたはずだ。
悟も驚いて、しばし絶句した。初めて顔を合わせる人間に、どうして、そこまで怒りをぶつけることができるのかと疑問が生じた。だが老人の思考を構成している古臭い因習に気づき、嫌悪感が全身を貫いた。
「井ノ中村のすべての家々を回って挨拶するのが、ここの仕来りなんですか。随分、移住者に労力を強いるんですね。はっきり言っておきますが、ぼくはあなた方と、ご近所付き合いをするつもりはありません」
「何だとコラァ!」
困り顔の老人は怒りマックスでさらにカウンターを叩いた。悟のこの意見に関しては、黙っていた村人たちもさすがにざわつき始めた。悟から数メートル離れた所にいた仲持が慌てて戻って来て困り顔の老人を宥め始めたが、火に油を注ぐようなものだった。
「今までに、こんな侮辱受けたことがない、もういい、お前の説明なんぞいらん、この村から今すぐ出て行け!」と老人が言い放つも、悟は顔をそむけたまま返事もしなかった。視界にすら入れたくなかった。すると老人はまた激高して「人の話を聞け!」と、何度もカウンターを叩きながら叫んだ。
仲持が同年代の男性3人を手招きで呼び、「とにかく一度外に出ましょう。興奮しすぎると身体によくないですから」と言って、老人を囲むようにして無理やり玄関の外に連れ出した。仲持は悟にも「あまり挑発するような発言は控えてください」と窘めた。
この場を取り繕ってくれた仲持に、とりあえず悟は軽く頭を下げはしたが、内心不満で一杯だった。それでも気を取り直してマイクを握り、ロビーに向かって話し始めた。
「失礼しました。先程の方は何か誤解をされていたようです。ぼくは決して皆さんをバカにしたりしていません。価値観の違いがあるということです。皆さんの生活習慣にはないような考え方や言動をすることだってあるかもしれません。ですからぼくが今からお話しすることは、皆さんにとって心地良いものばかりではないと思います。先程の方のように感情的になられると、ぼくも話をしたくなくなります。もう一度言いますが、今日の説明会への参加は任意です。本当にお聞きになりたい方だけが残ってください」
悟はしばらく待った。村人の中には笑顔が浮かんでいる者すらいる。きっと、いい娯楽なのだろう。ロビーからは誰1人出て行く者はいなかった。
悟は改めて簡単な自己紹介をしたあと、すぐに1番目の質問を切り出した。
「若者が少なく老人の多いこの村で、なぜ老人ホームや内科病院などではなく、産婦人科クリニックを開業するのかという質問に対しては、まず、あなた方のためにぼくは生きているのではないということをはっきり申し上げておきます。この辺りの地域に老人が多いと、ここではその老人に合わせた施設しか造れないのでしょうか。そんなルールはありません。ぼくは、土地の購入代金をきちんと払ってこの土地を取得し、正当な手順を踏んで開業の許可を得ました。つまり、ここでぼくが何をするか、それはそもそも個人の自由であって、皆さんが不満に思うこと自体ナンセンスと言わざるを得ません」
村人は虚を突かれたのか、すぐには反応できずにいたが、次第に三十代~五十代ぐらいの男女が口を開き始めた。
「余所もんが勝手なこと抜かしやがって、金さえ払えば何やってもいいのかよ、ふざけんな! 役にも立たん施設を建てやがって迷惑なだけだ! そうよ、そうよ」など。
「それじゃあ、過疎化地域への貢献になればと話していたのは嘘だったんですか」と、村役場の男性。興奮して、移住計画のことはすっかり失念しているようだ。
「次の質問の答えと重なりますが、嘘ではありません。長い目で見て、クリニックの利用者がこの村に移住してくることを考えているんです。住人が増えれば、村の農産物の需要も高まりますし、商業品も自ずと必要になってきます。時間は掛かったとしても、様々な面で活性化が期待できるでしょう」
「簡単に仰いますが、移住してきた人たちの仕事はどうするんですか? この村には雇用できるだけの余裕なんてありませんよ」
「あなた方を頼るつもりはありません。あなた方に生み出す能力があれば、若い人たちも流出することなく、過疎化の進行を防ぐことができているはずです」
村人は相変わらず、偉そうにほざきやがって、お前に何ができる、田舎もんをバカにしているだけだろうが、近頃の若いもんは年配者に対する尊敬や感謝の念が足りん、消費税まで上げて老人を殺す気かと、ここでは関係のない話まで持ち出されて責められた。
「消費税アップがなぜぼくの責任になるんです? それに増税は社会保障の安定化と充実のために使われると聞いています。ぼく自身も税金はちゃんと納めています。そうした税金からご老人方の年金が捻出されているというのに、どうして責められなければならないんでしょうか。年金受給者の方々は、言わば支えてもらっている立場でもあるわけですよね。どれだけ若者を犠牲にしたら気がすむんですか」
仲持がわざとらしく咳払いをして悟を咎めた。つい、揚げ足取りになってしまったようだ。悟は分かっていることを示すために、両手を広げてOKと言った。脈絡のない言葉が飛び交っているし、方々で喚き散らかしていて面倒臭いこと、この上なかったが、可能な限り説明はするつもりでいた。
「話を元に戻しましょう。開業するにあたって、なぜ通常の産婦人科クリニックに留まらず、バンク専門にしたいと思っているのか、その理由についてですが、それは、ぼく自身が精子バンクによって生まれた人間だからです。そうした出自は当然ぼくに精子バンクに対する興味を抱かせました。父親が誰なのか、どういう人間なのか、なぜ母は精子バンクによる出産をあえて選んだのか、そんな素朴な疑問から、同じ境遇の人たちが何を思い、何を考え、どのような人生を歩んでいるのかといった、同胞に対する関心や、果ては精子バンクの在り方まで、あらゆることを知りたいと願うようになりました。ぼくにとってはそういう気持ちが、必然的に生きていく力にもなっているんです」
罵詈雑言が飛び交っていたロビーは、悟自身がバンク種であることをカミングアウトした途端、またもや静まり返った。生まれて初めてバンク種を目の当たりにしたのだろう。知識と現実が重なっても実感が湧かず、何をどう言葉にすればいいのか見当もつかないといった様子だ。
悟は少し自嘲気味に笑って俯いた。ぼくは化け物じゃない。
大きく深呼吸をして天井を見上げたあと、今度はみんなに質問をした。
「どうしてぼくの母は、精子バンクによる出産を選んだと思いますか」
みんなを眺め回しながら答えを待った。気まずい空気を最初に打ち破ったのは、いかにもゴシップが好きそうな肉付きのよい中年女性だった。
「それはさ、あんたの父親に子供ができない原因があったからじゃないの。それでさあ、あんたの母親は仕方なく精子バンクを利用して、あんたを産むしかなかった。まあ、不憫だとは思うけど」
「よくご存知ですね、不妊治療に精子バンクを利用する方々は、実はたくさんいらっしゃるんです。前々からある技術で、珍しいものではありません。ただ日本では倫理委員会の方針に基づき、出生後の環境を良好に保つべく夫婦の存在を不可欠としています。しかも精子提供者はプライバシー保護のため匿名であり、血液型以外でドナーを選択することができません。非常に限定的なシステムです。ぼくの母なら、絶対に利用しないでしょう。それ以前に理由も全く違いますが」
「それじゃ、何なんだよ」
茶髪の根元から黒い毛髪が10センチほど伸びているプリン頭の、だらしない格好をした二十代ぐらいの女性が、苛立ちながら答えを求めた。
「母は、結婚を不幸の産物と捉えていました。それは、顔合わせの段階から始まります。相手の両親に嫁として相応しいかどうかを値踏みされるだけでも腹立たしいと感じるのだそうです。それでも、できればやっぱり認めてもらいたくて、良妻を目指して努力したとします。ですが、どんなに頑張っても、そこには必ず息子可愛さに贔屓が存在するため、正しく判断してもらえることはありません。まだ夫婦に愛があれば、子供がいれば、少しは我慢できるものなのかもしれませんが、相手方の家風に沿った味付けや生活習慣を受け入れるのも、考え方の違いに歩み寄っていくのも、すべては嫁いだ者に課せられるのが、母の時代でした。さらに酷い場合には、子供の教育問題にまで口を出してくることだってある。これではもはや嫁は都合のいい召使いであって、権利を奪われた奴隷と同じです。それは人間性の否定でもあります。これだけでも大変な苦渋と忍耐を要するのに、最終的には親の介護問題とも向き合っていかなければなりません。一般的にこうした過程を踏むのは目に見えているのに、一体、結婚のどこに幸せがあるというのでしょう。両親と別居していたとしても、結局は大なり小なり似たような問題に対応していかなければならず、避けることは難しい。仕事を持って生活していくだけでも大変なのに、余計な気遣いまでしたくないというのは普通の感覚だと思います。ですから母は覚悟を決めて1人で生きていく選択をしたんです。
ところが歳月は母に、心境の変化をもたらしました。生活にゆとりができたことが要因でしょう。ふと自分の幸せだけを考える生活に寂しさを覚えるようになり、無性に誰かを求める気持ちが湧き上がってきたんだそうです。それは友人なのか、恋人なのか、それとも家族なのか、自分に何度も問いかけながら街を歩いているとき、突然、母はその答えに気がつきました。保育園の制服の上から水色のスモックを羽織って、帽子を被り、黄色いカバンを肩掛けにした小さな子供が、親に連れられて歩いている姿を見て、そんな普段の何気ない日常をただ眺めているだけで、とても温かい気持ちになったのがきっかけでした。たぶん、いろんな面でようやく母親になる準備ができたんでしょうね。ただし結婚に伴う負のイメージはこの段階でも払拭できずにいたため、どうすれば結婚せずに子供を授かることができるのかと母は考えるようになりました。そんなとき、精子バンクによる出産が実際に実行可能な手段であることが分かって、ようやく母は自由になったんです。古臭い家族的因習から解放されて、誰にも邪魔されず、結婚制度にも依存しない出産がアメリカなら可能であることを、自分の人生は自分で決められることを、知ったのです。このとき感じた解放感は本当に肩の荷が下りるようだったと、よく話していました」
悟が母親の話をするにつれて落ち着きを取り戻していったのとは対照的に、村人たちの顔には明らかに軽蔑の色が浮かんでいた。
「嫁が家事をやるのは当たり前だろう。男は外で働き、嫁は家を守る、それが家族ってもんだ。こいつには内助の功っていう意味すら理解できないんだろうよ。いらん主張ばかりしおって。親の面倒を見るのは当然でしょう。こんなヤツに講釈なんかされたくないね。結婚もせずに出産? それのどこが自由なの、不幸なだけでしょう。生まれてくる子供が可哀そう、っていうか見ず知らずの男の精子自体、気持ち悪い」などなど。
すべてが単純な繰り返しでしかなかった。今までに散々聞かされてきた意見だったし、何度も見てきた反応だった。それに対して悟は、彼らの頑迷なる価値観を変えるつもりなんて毛頭なかったし、そんなことにエネルギーを浪費するつもりも更々なかった。
「皆さんのように、自分の人生に幸せや誇りを感じていらっしゃるんでしたらそれでいいんです。むしろ、それに越したことはない。両親がいて、お爺ちゃんとお婆ちゃんに可愛がってもらいながら生活できるとすれば、子供は安定した価値観のもと、心身ともに元気に育っていくことでしょう。でも現実は、誰もが同じような境遇に恵まれるわけではないんです。
どんなに頑張って相手を探しても見つからない人もいれば、結婚できたとしても様々な理由から離婚に至る人だってたくさんいます。相手とそのご両親との仲や、家族間格差、しがらみ、権利主張による啀み合い、浮気問題、性生活の不一致、価値観の違い、経済的事情など、結婚というテーマを1つ取り上げただけでも、あらゆる問題がたやすく出てきます。また性的マイノリティの方々もいらっしゃいます。誰がどの問題に人生で直面するかは分からないんです。
問題自体は今後も永久に無くなりはしないでしょう。それでも精子バンクによる出産が不妊治療だけでなく、選択肢の1つとして普通に目の前にあって、それが何かしらの問題解決に役立つとするなら、ぼくの母のように、少しは人生に希望を持てる人が出てくるのではないかと、信じているんです」
三十代後半ぐらいの男性が手を挙げた。マイクが回ってくると、仲持ですと名乗った。顔はあまり似ていなかったが、たぶん息子だろう。ホームページを見ている彼は、さらに掘り下げた質問をしてきた。
「お聞きしていると、人助けの一環のようにも思えてくるんですが、精子バンクに登録されている人種は日本人だけではないですよね。求めればハーフの子を出産することだってできる。先程のお話と合わせるなら、ハーフの子を持つ家族の移住も想定されていることになる。ということは才家さん、そんな人たちが集まったとしたら、この村はどうなっていくんです?」
すると棺桶に片足突っ込んでいそうな耳の遠い老婆が、今更ながら、みんなが何を話しているのか、誰にともなく問いかけた。村の人たちは老婆に聞こえるよう「この村でこれからハーフも産める人工授精の病院を開くんだって!」と大声を出した。それでも理解しなかったため、酒が好きそうな赤ら顔の親父が、卑猥な単語を使いながら噛み砕いて説明した。実は、他にも分かっていなかったご老人方がいたようで、赤ら顔の親父の下ネタが功を奏し、ようやく何となくではあるが、みんな理解できたらしく、渋い顔を作っては、人間がやることじゃない、地獄に堕ちるて、世も末じゃ、などと、思いつく限りの悪態をつきながら互いにまた頷き合い始めた。
悟はうんざりした。当たり前の日常でも、こんな人たちと同じ屋根の下で暮らすことのほうが、よっぽど地獄だ。正直、こんな醜い人相が毎日視界に入ってきて、事あるごとに嫌味を言われるとしたら、それは絶望以外の何物でもない。百聞は一見に如かずで、実際に、こうした人間と対面することで、母の嫌悪感が身に染みて分かった。
「どのような形であれ、村の行く末は復興にあると、それだけは断言できます。それでは最後に、この村を選んだ理由ですが、以前ここに河津旅館があったことを憶えている方はいらっしゃいますか? その旅館に浪漫という女の子がいたことを」
村人は何の話か分からず一瞬きょとんとした表情をしたものの、当時の河津旅館の外観から館内へと記憶が蘇った瞬間、あ~あと大きく頷き、あの捨て子のことかと浪漫を思い出して言った。
「……捨て子」心拍数が上がった。それでも悟は、握りしめた片手で口を塞ぎ、深呼吸をして、平静さを失わないよう気をつけながら口を開いた。
「その浪漫という女の子が、ぼくの母なんです」
「何、浪漫の子供がお前だって!」
「だとしたら才家さん、あんた自身が精子バンクによって生まれてきたわけだから、それを利用したのが浪漫ということになるじゃないか」
「あの恩知らずの女の息子がお前なのか! 黙ってどこに行きやがったんだと思ったら、精子バンクを使って子供を産んでいたなんて、何てこったぁ! 道理で頭のおかしいことばかり抜かしやがると思った。河津家の旦那や奥方が身元も分からん赤ん坊を引き取って育ててやったというのに、あの女は挨拶もせずに出て行きやがったんだ。
もちろんわしらも被害者だ。当時、両親が心中した血だらけの部屋の中に生まれたての赤ん坊だけが取り残されてるっていうから、テレビや新聞がこぞって騒ぎ立てよったさ。そしたら今度はそれを見たやつらがその子会いたさに大勢押し寄せて来たもんだから村中そりゃあもう大混乱で、みんなで炊き出ししたり、泊まる部屋を用意してやったりで、どれだけ奉仕したことか。本当あんときはいい迷惑だったよ。それでもしばらくしたら落ち着くだろうと思って我慢してたけど、そのあとも浪漫の成長を見守るのが楽しみだとか何とかで多くの人間が来たもんだから結局、仕方なしに世間に合わせるしかなかったんだ。そいつらのために借金して、温泉宿を造って、食事処も用意して。なのに、あいつが何も言わんと出て行ったせいで客足はぴったり途絶えた。しかも苛めていたんじゃないかって風評被害まで出て、この村に寄り付く客がいなくなったんだ、あのクソ女め!」
悟は、生まれて初めて頭に血が上るのが分かった。
「ぼくは、……あなた方を見ていると恐怖すら感じます。自分は老後あなた方のようには絶対になりたくない。思いやりや優しさ、同情心、寛容な心、慈愛、気遣い、そういった人間の仁徳のようなものを、あなた方は持っていますか? それは感受性の欠落によるものですか? それとも思考能力の退化によるものですか? いずれにしろ、そこまで酷い惨状を呈するなんて我慢できない。もし元々の基礎能力が低いのであれば、精子バンクで優良種と結合して、能力が向上する可能性に賭けた方がよっぽどマシだ!」
一気に怒声が上がった。と同時に立ち上がって、人の合間を縫うように前にやって来る者が10名程いた。彼らは悟に近づくと、躊躇することなしに平手打ちを何回も浴びせてきた。自分の手が痛くなると今度は拳に変えて殴り掛かってきた。隙を見て蹴りを入れてくる者もいた。四方八方からの殴打、悟は、自分の手や指を守ろうと必死に内側に仕舞い込み、できるだけ壁に寄り添って、床の上で固く小さくなるよう身体を丸めた。
身体中が、途轍もなく熱い。
5
次の日の朝、悟は痛む身体を無理やり起こして浴室に向かった。顔が見事に蒼く腫れている。とりあえず骨は折れていないし、内臓も無事なようだ。若者のケンカとは違う点が不幸中の幸いといえる。口論は想定内だったが、まさか暴力沙汰にまで発展するとは予想していなかった。悟は、ゆっくりと身なりを整えてから、村の派出所に向かった。
派出所には五十代ぐらいの警官が1人いた。何となく顔に見覚えがある。昨日の説明会に来ていたような気がする。被害届を提出したいと申し込むと、その警官は、大きく溜め息をついて、お宅も悪いよ、あんなこと言われたら誰だって腹立つさ。実際、顔は腫れているが、怪我は大したことないだろう? それが証拠だ。ここは昔気質の人間が多いからカッとなったらすぐに手が出てしまうんだ。でも気が収まればあとは何てことない、普段どおりにまた仲良く話をする。そうゆう習慣が残っているだけだよ。それに俺から言わせれば、どっちもどっちってとこだね。さあ、早く帰んな。そう言って悟は追い返された。
自宅に戻ると早速、館内カメラが捉えた映像をチェックした。笑いが出るぐらいきれいに撮れている。みんなの本音を聞き出すために、あえてビデオカメラは使わなかった。
派出所の警官も、黒いカバンに仕込んだ高画質音声機能付きピンホールカメラを通してバッチリ撮影できている。音声は言わずもがなだ。悟は、それをPCに取り込んで、付け足しの自撮りを行った。
編集の構成はこうだ。椅子に座っているテーブル越しの自分を映して挨拶をする。クリニック開業における村人との遣り取りを観てもらったあと、再び自分の姿に戻して、つい本音が出てしまった、言い過ぎたかもしれない、あまりにも好き勝手に放言されて、自制心が効かなくなってしまったと、悟自身にも非があることを率直に認める。次は派出所のシーンだ。これは、集団暴行事件が発生したというのに、警察が被害届を受理しなかったことを白日の下に晒す映像でもある。どちらもインパクトがあって、見応え満載だろう。最後に、もう一度カメラアングルを自分に向け直し、持論を展開して終了とする。
まず始めに、日本の少子化問題について、改めて考えていきたいと思います。こうした状況を招いた原因は非常に複合的で、専門家でもないぼくが、ここですべてを詳細に語ることはできませんが、それでもバンク種という立場から、ぼくなりに思うところを、これからお話しさせて頂きます。
人は、時代と共に変遷する意識のなかで、ゆとりある生活を送りたいという志向から、出産する子供の数を自主的に減らすようになりました。大学を卒業するまで子供1人育てるには、それなりの労力と資金が必要ですからね。
問題なのは、日本経済が低迷期に入り、今尚、多くの人が経済的不安を抱えていることです。賃金は減少し、物価の上昇と消費税増税は低所得者に打撃を与えました。加えて、会社での労働者の立場は、『社畜』という言葉が生まれ、『ブラック企業』というワードが有名になったように過剰なストレスが掛かる環境下に置かれています。高圧的で威嚇的な言動を仕事内容に絡めて執拗に必要以上に取り続けるパワハラや、人間疎外、行き過ぎた成果要求、給料が支払われないサービス残業・時間外労働は当たり前で、その様は常軌を逸するほどです。このような状況に蝕まれていては心身を健康に保つことすら困難です。家庭を持つという普通の暮らしでさえ手に入れるのは容易ではありません。
先程の動画でも少し触れましたが、たとえ時間的・経済的余裕があったとしても、結婚には多くの問題がつきまとってきますので、結婚を最初から面倒なものとして捉える人が増加しているのも当然の帰結だといえます。それに価値観の多様化は人々を自由にする反面、家庭を築こうとする目的意識を減少させる側面もあり、これも少子化に拍車をかける要因の1つになっていると考えられます。
この間、マスメディアを通して、専門家だかコメンテーターだか知りませんが、税収を増やすためにも女性はもっと子供を産むべきだと言っているお偉いさんがいました。女性は子供を産み出すマシーンではないし、子供も税収を生み出すロボットではありません。ジョークにすらなっておらず、その人の言葉は、ぼくに嫌悪感や反抗心を抱かせました。前時代に逆戻りしたかのような発想の「産めや増やせや」を主張する人間が未だに存在しているのです。人それぞれの気持ちも配慮せずに、労働力のみに重点を置く傲慢で横暴な見解を平然と人前で披露しているのです。これはある意味で、日本社会の実相を明らかにする格好の例だったかもしれません。それを人々は体感的に見抜いていて、限度を超えた負担を強いる社会に失望していて、同じ苦しみを子供にまで経験させたくないと、ゆとりとは真逆の懸念から、無意識に子作りを断念しているようにも見えます。
それでも女性は本能的に、旦那はいらないけれど、子供は欲しいと思っている方がたくさんいらっしゃるのも事実です。バンク出産に興味をお持ちの方は、特にそうした傾向にあるようです。
今また新たに人々の志向をキャッチするアンテナを立てるとするならば、バンク出産に対する潜在的需要は、この日本においても確実に膨らんでいるといえるでしょう。人々の憧れを反映している芸能界を見れば一目瞭然です。どれだけハーフ人口が増えたことか。 いつの時代でも美しさには圧倒的な引力が働くのです。その引力が、閉塞感が漂う少子化問題への突破口になると、ぼくは予感しているのです。
頭の固いお偉いさんが提案する既存の解決方法では焼け石に水で、人の心を動かすまでには至りません。いずれにしろ補助金は必要ですが、現代には、現代人の価値観に合った新しいスタイルが求められているのです。
バンク出産は、すべての夢を叶える魔法ではありませんが、いくつかの問題を解決する手段にはなりますし、先鋭的な人たちにとっては、待望の出産方法でもあるのです。
ぼくとしては、今の社会が不幸を作り出すような環境であるならば、バンク出産が少しでもそういう人たちを減らす糸口になればと思っているんです。素質の向上によって時間とエネルギーを無駄に犠牲にしなくてすむように、人から好まれる美しさを生まれながらに有しておくことで、不当な悲しい人生を回避できるように。
ただ念のため申し上げておきますが、遺伝子操作をしてまで親の理想像を叶えるつもりはありません。デザイナー・ベビーに関しては、バンク種のぼくでさえ反対なんです。
今回、開業するにあたって、以前、ぼくが勤めていたアメリカの精子バンク会社と提携しましたので、すべてそこと共有することになります。ドナーの健康状態、すなわち遺伝性疾患の有無を知るための検査を、ガイドラインに沿って重要項目のみ実施しています。ですから健康問題をすべて保障するものではありませんし、完璧でもありません。自然の余地が多分に残されています。それでも人間性のはっきりしない無償の精子提供を受けるよりはよっぽど安全だといえるでしょう。お望みの方に、ドナーの外見や性格、体力や能力、職業別に分類しているファイルを見てもらって選んで頂くだけです。お見合いに近い感覚だと思ってもらえればいいですね。ぼくはあくまでも産みたいと思っている女性に、こういう方法もありますよと、その実現に向けてお手伝いする環境を整えているだけなんです。今までよりもオープンな形で。相手が見つかるまで悪戯に時間だけが過ぎ去っていくのを防げますし、産んでおきたい年齢だって、ある程度コントロールできるようになります。出産の幅が広がりますよね。もっと大きく言うなら、今回の推奨は日本人の出生に新たな分岐点を刻む画期的な出来事になるかもしれないとさえ思っているんです。
ただし、こうした考え方が社会に浸透して安定するまでは子供たちの保護が絶対に必要です。今の段階ではまだ社会から奇異なる目で見られる確率が高いので、精神的に潰れてしまわないようイジメ問題には敏感になっておかなくてはなりません。それとバンク出産を選んだ女性全員にいえることなんですが、いつか子供が自分を恨む日が来るんじゃないかと、心配する声をよく耳にします。ぼくは、このような問題を少しでもなくすために、行く行くはここをバンク種の聖地にしたいと考えているんです。周りに自分と同じタイプの人間がいると安心しやすいですし、絆も生まれます。また、徹底した保護の下、彼らの能力を最大限に引き出す環境作りにも着手したいと思っています。もし聖地化に成功して彼らの存在が素晴らしいものであることが確認・証明されれば、保守的な日本人にとってもバンク出産が後ろめたいことではないと思える日がきっとこの先やって来るはずです。それに、その頃にはたぶん、彼らによる新しい文化が生まれているに違いありません。
ぼくは……そう、それが一番の目的なんです。
地域に根付いたそれぞれの文化や風習を否定しているわけではなくて、むしろ価値あるものは保護していかなければならないと思っています。現代の利己的な考え方が破壊してしまう前に。ですが、世の中には破壊したほうがいい考え方が存在しているのも事実で、それは今尚、罪を作り続けています。だからこそぼくは、彼らから新しい価値観が生まれてくることに期待と羨望すら抱いているんです。新しい意識の誕生を。この世が地獄ではなく、誰もが自由に自己実現を楽しみ、人生を謳歌できる世界を。
悟は自室に戻り、まだ荷解きしていない段ボールから本や雑貨を取り出しては、整理し始めた。時刻は午後3時ごろ、来客を告げるインターホンが鳴った。仲持だ。
悟がクリニックの正面玄関を開けると、仲持はすぐさま、昨日は本当に申し訳ありませんでした。村を代表して謝罪させて頂きますと誠実に頭を下げた。良かったら食べてください、お詫びの印ですと、風呂敷に包んだ三重箱の弁当も差し出した。お茶もある。悟は頷いて遠慮なく頂いた。仲持が少しお話しできませんかと訊いてきたので、殴らなければと軽く嫌味を言って館内に通した。2人はフロアの椅子に少し離れて座った。仲持は悟の眼を覗き込みながら急に気さくな感じで喋り始めた。
「まさか君が彼女の子供だったとは……。それで君の感情の一部が理解できた気がするよ。私は浪漫ちゃんとは幼馴染だったんだ。今だから言えるが、私の初恋の人でもある。よく一緒に遊んだよ。浪漫ちゃんは、村では有名人だった。事件はもう知っているよね。あとから聞いた話なんだが、河津旅館の主人は浪漫ちゃんを引き取ったけれど、それは慈愛からではなく、世間の噂からだったそうなんだ。世間は赤ん坊の行く末を案じていたから、自分がこの赤ん坊を引き取れば世間を味方につけて旅館が繁盛するかもしれないと読んで、それが大当たりしたんだよ。当時いろんな所から大勢の人がやって来て、不幸な生い立ちの赤ん坊を心配しては、主人の語る事件に耳を傾け、女将の優しさに尊敬の念を抱いていたらしいからね。だから以前、旅館が繁盛していた時期もあったと言ったのは、浪漫ちゃんのお蔭でもあったんだ。河津旅館の主人が、どんなに下心から決断したことであっても表向き、その行為は世間の人たちの心を捉えたし、余所から人がやって来ることで、浪漫ちゃんの身の安全も保障されていたんだ。だけど村人の反応は違っていてね、みんな利益を享受していたくせに、悪魔の子とか、禍を招く子だとか、捨て子の分際でとか、傷つくような言葉をよく平気で口にしていたよ。たとえ、真実から懸け離れていたとしてもね。暴言は、浪漫ちゃんが村を出て行ったあとでも収まらなかった。一度、思ったことは覆らないし、しつこいんだよ、ここの人たちは。
だが、私も謝らなくちゃいけない。浪漫ちゃんの唯一の友達だったくせに守ってあげることができなかった。村のみんなから除けもんにされるのが怖くてね。昨日も暴力を受けている君を、火の粉を被らない所から見ているだけだった。はあ~、本当に私は情けないぐらい変わっていない。今も昔も傍観者だ」
「母は、この村にいるとき、少しでも幸せを感じたことがあったと思いますか」
「うーん、どうかな、まだ幼かった頃は、2人で遊んでいるときに限ってだけど、普通の子供たちと変わらないぐらい無邪気に笑っていたよ。残念ながら、他の子供たちの前では心を閉ざしていたけどね。それは親が悪いんだよ。部外者がいない所で尾ひれを付けて、浪漫ちゃんを見下す発言を繰り返していたからね、子供たちも段々、そう信じ込むようになってしまったんだ。浪漫ちゃんは何も悪くなかった。
ああ、そういえば浪漫ちゃんはいつも、外の世界に憧れを抱いていたよ。お客さんから聞いた外の世界の話ばかりしていた。そして自分のことを逗留者だと言うんだ。いつかは自分もここを旅立っていくのってね」
母が両親から貰った、たった1つの贈り物、……それは「浪漫」という名前だった。
それ以外は何も持たずに生まれてきたことを、自意識が芽生え、次第に成長していくにつれて、その時々でどう思ったのだろう、どういうふうに感じたのだろう。悟は、とても遣る瀬ない気持ちになった。
6
翌日、PCを開いてアップした動画の反響を確認してみると、凄まじかった。賛否両論ぶつかり合うなか、集団暴行に対してだけは同意見で、暴力を振るった人間は逮捕されるべきだし、それを看過した警察官も処分されるべきであると、皆一様に悟を擁護してくれていた。クリニックのサイトには、精子バンクに関する問い合わせが殺到していると共にテレビ局や雑誌・新聞社の取材申し込みもあって、一緒に警察署に行って、再度被害届を提出しましょうと言ってくれる人もいた。
そして何よりも嬉しいことに、バンク種の聖地化に向けて、志を共にする人たちからの協力の申し出が多数あった。悟は、その中から職業別に、経験値のある数名に面談したい旨の返信メールを送った。
それからしばらく経って、少し眠たくなるような暖かい春の日の午後、石碑が届いた。黒い御影石の表側には浪漫の詩が彫られている。ガーデナーの女性が、その周囲を美しく花や植物で飾ってくれた。ようやく母の遺骨を納めることができた。
悟は石碑の前に座り込み浪漫のことを考えた。浪漫は未来を自ら築いていく者であり、ベクトルは主として未来に向かっていなくてはならなかった。浪漫は代々伝わる昔からの土着的価値観を親から直接継承する必要が無かったがゆえに両親の血は流されてしまったといえなくはないだろうか。すでに不要な概念であっても、愛する両親が体感的に伝えるとするならば、感じ方や考え方あるいは物事の捉え方に対して、そこに否定を見出すのはとても難しい作業になる。もとより、否定する発想すら浮かんでこないかもしれない。古臭い思考回路による表現は、あくまでも他者が演じ、担当するものであって、浪漫の主軸を構成するものではなかった。浪漫は余所様の家族に、社会に、逗留することで、客観的でありながら、その本質を経験する運命を生きることになった。そうした経験は無害とはいかなかったが。
悪影響は、最期まで浪漫の精神を蝕んだ。しかし、だからこそ、何が良くて悪いのか、表面的観測だけでは分からない認識能力を浪漫は手にすることができた。何を残して何を捨てるのか、自分に合った本当の選択が、思考回路の再構築が、可能になったのではないだろうか。
悟は瞑想のなかで、今まで感情が邪魔をして理解できなかった部分が顔を出してくれたような気がした。真実は、人生のすべてを俯瞰して、初めて見えてくるものなのかもしれない。
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