爺ちゃんの時計

北川 悠

文字の大きさ
42 / 44

相良からの手紙

しおりを挟む
    我が友 新一へ
 貴様にこの手紙が届くのか? いや、届くと信じる。なぜならこの期に及んで上田宛に手紙が書けたのだ。
 この手紙を上田に託すにあたり、彼宛ての手紙に終戦の日と元号の変更時期を書くことができた。正確にはそれ以外の事を書くことができなかった。一応試してみたが、やはり柳原一飛層宛てには何も書くことが出来なかった。
 つまり上田は、俺の手紙を読んでも歴史に影響を及ぼさない人物という事になる。あの時は駄目であったが、今になってそれが可能になったのだ。勿論、制約はある。だが確信した。これを上田に託すことができると。
 この手紙は、上田に宛てた手紙と一緒に同封し、八月十六日に開封してもらう。貴様が言っていた終戦の日の翌日だ。これも正確にはそれ以前の日時では指定ができなかった。歴史にとって都合が悪いのだろう。ここは少し苦労した。
 貴様がこの手紙を読むのは令和五年七月十一日以降だ。そう指定した。これは簡単だった。
貴様は無事、令和五年七月十日の大津島に戻れたはずだ。そう意識が教えてくれた。いや、そう感じたというほうが近い。だが、貴様のいう意識というものが俺にもわかった。
 ここからが本題だ。もう知っていると思うが俺は一昨日、千葉に向かう輸送機の中であの手紙を書いた。そして美代子に会い、彼女に手紙を託し、再びここに戻ってきた。
 詳しくは書けないが、貴様の声が消えたあの日から今日まで、奇跡につぐ奇跡。偶然による偶然によって千葉、大津島間の往復を果たし、今こうして出撃の時を待っている。
 美代子との再会は貴様を救う為だけではなかった。結果的に貴様は令和の世に戻る事ができたと思うが、救われたのは俺だ。
 俺は美代子に逢い、僅かな時間を共にした事で、全ての不安と恐怖が払拭された。
 貴様にも言ったと思うが、俺の中に、俺の意識の中に何か得体のしれない不安感が渦巻いていた。それは貴様がくる少し前から始まっていた。出撃を前にして、精神が不安定になっているからだろう。そう思っていた。だが、違ったのだ。美代子と過ごした後、その得体の知れない不快感は跡形もなく消し飛んだ。
 美代子と逢った事によって何かが変わったのだ。それが何かはわからない。だが歴史が修正される。そう感じた。そう、貴様と同じ意識だ。間違いないだろう。
 貴様はあの時、既に気づいていたのだと思うが、俺と美代子は会わねばならなかった。
 新一、心から礼をいう。人生の最後に貴様に出会えた事は何よりだった。
 もし可能ならば、歴史による制限が無ければ、マツコさんとヒデミさん。彼女達にくれぐれもよろしくと伝えてほしい。
 回天戦の命令が下ったら、この時計を柳原一飛層に託す。奴は優秀だ。立派にこの志を受け継いでくれた。そしてその孫である貴様も大したものだ。次にこの志を受け継ぐのは貴様だ。俺の死を無駄にするんじゃないぞ。
 因みに、例のパッキンは品質が悪いと高野が言っていた。こうして手紙をしたためる事が出来る以上、柳原一飛層を乗せた潜水艦も無事帰港できるはずだ。
 今、俺は全くもってすがすがしい。全て貴様のおかげだ。重ね重ね礼を言う。
 もう時間だ。新一、いつかまたどこかで会おう。
 では行ってくる。
          大津島にて  昭和二十年七月十四日 相良秀則


『うん。相良君、いつかまたどこかで……』新一は涙を拭いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】 3巻からは戦争編になります。 戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。 ※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

処理中です...