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第2章
異動
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「ほんとにやってないって言ってんだろ! おい! ふざけんな!」
上総北警察署、中央玄関の真ん中でスーツ姿の中年男が制服警官二人に両腕をつかまれて、わめいている。
「放せよ! お前らほんと訴えるからな!」
「お前、証拠上がってるんだから大人しくしろ!」
私服の警官がスーツ男の目の前にスマホをかざす。
「いや、だから! 違うって言ってんだろ! 俺は、はめられたんだよ!」
「わかったわかった。話聞いてやるから大人しくしろ!」
「だから、弁護士呼べ!」
署内中に聞こえるほどの大声で、男は怒鳴り散らした。
「何があったんですか?」
海渡が、野次馬に来ていた経理の女性職員に聞いた。
「なんか痴漢みたいですよ」
「痴漢?」
「常習だって。元々生安がマークしていた男らしいですよ」
「へえ~」
「海渡! ここにいたのか、後で俺の部屋に来い」
「あ、はい。わかりました」
海渡は署長室の前に立ち、他の部屋より少しだけ立派なドアをノックした。
「入れ」
「失礼します」
一礼して、部屋にはいる。
「まあ楽にしろ」
上総北署の署長は梓川健吾警視正。若干三十四歳、キャリアの中でもエリート中のエリートである彼は、この若さで一警察署の署長である。
現場の警察官にとって三十四歳という年齢は、まだまだ駆け出しの新人という扱いである。四十でやっと一人前とする考え方もある。ノンキャリの場合、一般的に三十四歳という年齢は、せいぜい巡査部長である。そんなわけで、所轄におけるキャリア署長に対する風当たりは想像に難しくない。
「海渡、そこに座ってまあ楽にしてくれ」
梓川が海渡を呼び捨てにするのは、この空間の中にあって唯一、気を許せる戦友だからだ。勿論、海渡もそれに気づいている。
「そういえば署長、さっきの騒ぎ、あれ、なんですか? 痴漢とか言ってましたが」
「ああ、あれな。総武線での常習犯で、生活安全課が目を着けていた男みたいだな」
「現行犯? ですよね」
「だろうな」
「だろうなって」海渡が聞き返す。
「まあ、俺にはあまり詳しいことは教えてもらえない……結果の報告をうけるだけだ」
「そんな……」
「それより、総武線はおかしな輩が多いみたいだから、お前も気をつけろよ。て、お前は大丈夫か、たしか車通勤だったな」
「はい。そもそも自分は電車嫌いなので、もっぱら車です」
「車か、そのほうが安全だな。俺が電車で通っていた頃は、片手でつり革につかまって、もう片手にはバックか文庫本を必ず持っていたよ。仮に無実でも、痴漢ってのは間違われただけでも、下手したら人生終わるからな」
「男は辛いっすね」
「とにかく満員電車には乗っちゃだめだ。リスクしかない」
そう言って梓川が頷く。
「まあでも、痴漢冤罪は絶対ダメですが、ほんとにやってる奴は死んでもかまわないって思いますけどね」
「はは、警察官としてその言葉は心にしまっておけ」
ブンブンブンパラパラパラと暴走族が通り、すぐさまサイレンの音が鳴り響く。その爆音とサイレンの音で一時会話が中断した。
「千葉ってもんだろ」
梓川が立ち上がって窓の外を覗く。「ここらではまあ、半分日常化したイベントだ。あいつら、お前とたいして歳変わらないぞ」
梓川が窓の外に向けて顎をしゃくる。
「ですね。で、署長、御用というのは?」
「そうだった。お前、来週から本部に異動だ」
「え? 異動ってまだ自分、ここに来たばかりですが?」
「お前、上から目をつけられたのかもな」
「え?」
「てのは冗談で千葉県警察本部、刑事部での研修だ。お前、希望していただろ?」
「はい」
「少し俺のコネを使って、お前を推薦したらOKがでた」
「ありがとうございます」
「しかしお前も物好きだな」
「まあ自分、一度は経験しておきたいんで」
「俺もそんな時期あったなあ」
「てか、署長。いいんですか? 自分がいなくなっても泣かずにやっていけますか?」
「海渡、言うようになったな。心配するな、俺は後半年で本庁に戻る。そしたらもう現場とはオサラバさ。あと半年の我慢。どうってことはない」
「それはおめでとうございます」
「これはお前に対する貸しだ。将来の為の地盤は今からってな」
「了解です。いずれ借りはお返しします」
上総北警察署、中央玄関の真ん中でスーツ姿の中年男が制服警官二人に両腕をつかまれて、わめいている。
「放せよ! お前らほんと訴えるからな!」
「お前、証拠上がってるんだから大人しくしろ!」
私服の警官がスーツ男の目の前にスマホをかざす。
「いや、だから! 違うって言ってんだろ! 俺は、はめられたんだよ!」
「わかったわかった。話聞いてやるから大人しくしろ!」
「だから、弁護士呼べ!」
署内中に聞こえるほどの大声で、男は怒鳴り散らした。
「何があったんですか?」
海渡が、野次馬に来ていた経理の女性職員に聞いた。
「なんか痴漢みたいですよ」
「痴漢?」
「常習だって。元々生安がマークしていた男らしいですよ」
「へえ~」
「海渡! ここにいたのか、後で俺の部屋に来い」
「あ、はい。わかりました」
海渡は署長室の前に立ち、他の部屋より少しだけ立派なドアをノックした。
「入れ」
「失礼します」
一礼して、部屋にはいる。
「まあ楽にしろ」
上総北署の署長は梓川健吾警視正。若干三十四歳、キャリアの中でもエリート中のエリートである彼は、この若さで一警察署の署長である。
現場の警察官にとって三十四歳という年齢は、まだまだ駆け出しの新人という扱いである。四十でやっと一人前とする考え方もある。ノンキャリの場合、一般的に三十四歳という年齢は、せいぜい巡査部長である。そんなわけで、所轄におけるキャリア署長に対する風当たりは想像に難しくない。
「海渡、そこに座ってまあ楽にしてくれ」
梓川が海渡を呼び捨てにするのは、この空間の中にあって唯一、気を許せる戦友だからだ。勿論、海渡もそれに気づいている。
「そういえば署長、さっきの騒ぎ、あれ、なんですか? 痴漢とか言ってましたが」
「ああ、あれな。総武線での常習犯で、生活安全課が目を着けていた男みたいだな」
「現行犯? ですよね」
「だろうな」
「だろうなって」海渡が聞き返す。
「まあ、俺にはあまり詳しいことは教えてもらえない……結果の報告をうけるだけだ」
「そんな……」
「それより、総武線はおかしな輩が多いみたいだから、お前も気をつけろよ。て、お前は大丈夫か、たしか車通勤だったな」
「はい。そもそも自分は電車嫌いなので、もっぱら車です」
「車か、そのほうが安全だな。俺が電車で通っていた頃は、片手でつり革につかまって、もう片手にはバックか文庫本を必ず持っていたよ。仮に無実でも、痴漢ってのは間違われただけでも、下手したら人生終わるからな」
「男は辛いっすね」
「とにかく満員電車には乗っちゃだめだ。リスクしかない」
そう言って梓川が頷く。
「まあでも、痴漢冤罪は絶対ダメですが、ほんとにやってる奴は死んでもかまわないって思いますけどね」
「はは、警察官としてその言葉は心にしまっておけ」
ブンブンブンパラパラパラと暴走族が通り、すぐさまサイレンの音が鳴り響く。その爆音とサイレンの音で一時会話が中断した。
「千葉ってもんだろ」
梓川が立ち上がって窓の外を覗く。「ここらではまあ、半分日常化したイベントだ。あいつら、お前とたいして歳変わらないぞ」
梓川が窓の外に向けて顎をしゃくる。
「ですね。で、署長、御用というのは?」
「そうだった。お前、来週から本部に異動だ」
「え? 異動ってまだ自分、ここに来たばかりですが?」
「お前、上から目をつけられたのかもな」
「え?」
「てのは冗談で千葉県警察本部、刑事部での研修だ。お前、希望していただろ?」
「はい」
「少し俺のコネを使って、お前を推薦したらOKがでた」
「ありがとうございます」
「しかしお前も物好きだな」
「まあ自分、一度は経験しておきたいんで」
「俺もそんな時期あったなあ」
「てか、署長。いいんですか? 自分がいなくなっても泣かずにやっていけますか?」
「海渡、言うようになったな。心配するな、俺は後半年で本庁に戻る。そしたらもう現場とはオサラバさ。あと半年の我慢。どうってことはない」
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「了解です。いずれ借りはお返しします」
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