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浩一と京子
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薄紫色の煙がダウンライトに照らし出されては消えていく。
普段この部屋で煙草を吸う事はないが、彼女の前では特別だった。浩一が煙草をもみ消して立ち上がった時、彼女は二本目のメンソールに火を点けた。
「医者なのに煙草吸うんだね」
それが初めて診察に来た時の彼女の言葉だった。どうやら駅前の喫煙コーナーで煙草を吸っていたところを目撃されたらしい。今時、医者が煙草を吸っていたら犯罪者扱いである。浩一が医学生の頃はゼミの教室にも吸い殻だらけの灰皿が置いてあったし、教授陣にも喫煙者が多かった。時代は変わるものである。
窓を開けると初秋特有の乾いた風が彼女の髪を撫でていく。目の前に垂れたストレートヘアーをかき上げる仕草が妙に色っぽい。
窓を閉め、再び浩一は彼女の前に座った。今日最後の患者である。一人しかいない看護師兼受付の佐野さんは二十分前に定時で帰らせた。明日が休診日でなかったら、朝から『煙草臭い』とたっぷり五分は小言を言われるだろう。
患者の名は三枝京子。21歳、西東京薬科大学の四年生。半年程前から月に一、二回程のペースで浩一のクリニックを訪れている。
心療内科クリニックを開業している浩一は、月に二回、薬学科の非常勤講師として同大学に出向いている。
講義の中で特に自分の仕事を宣伝したつもりはなかったが、彼女が浩一の講義を聞いて来院したのは間違いないだろう。
三枝京子の病名は、あえて病名をつけるとしたら不安神経症か――彼女が大学一年の時、父親が家を出て行った。原因は父親の不倫。不倫発覚後、父親は家も仕事も、そして妻も娘も、全てを捨てて出て行った。その一カ月後、母親が自殺した。母親の葬儀にも父親は姿を見せることはなかったという。
幸いなことに京子の住むマンションは、父親が投機目的で所有していたローンのない持ち家である。大手製薬会社の部長であった京子の父親には、少なくない額の貯蓄もあった。その半分程は父親が持ち出していったが、彼女が大学を卒業するまでに必要十分な金は残されていた。娘に対してのせめてもの罪滅ぼしか――。
京子はたまに何かに怯える様な目をする事がある。いや、先入観により、そう見えるのかもしれないが、それ以外は目立った精神的異常は認められない。このクリニックに来るのは単に興味本位からか、それとも……だが少なくとも彼女の精神状態はほぼ安定している。ほぼ、というのはそう見えるだけである。医学的根拠はない。ほぼ、の原因として両親を同時期に失った事による精神的ショック。最初はそう思ったが、どうやらそうではないらしい。京子の話によると、物心着いた頃から父親は家にいたことはほとんどなく、たまに家にいる事があっても会話はなく、他人のような存在だったという。
診療内科の医師とて、患者本人の、ほんとうの内面まではわからない。
母親は異常なほどの見栄っ張りで、父親がいなくなった時も、娘の事よりも自分の行く末を心配していたという。だから大学に入ったばかりの京子をおいて、一人で自殺してしまった。と彼女は説明した。
京子は、母親の死よりも、以前飼っていたラブラドールが死んだ時の方が余程ショックだったと言った。どこまでが本心なのか不明だが、本人曰く、そんなわけで周りが心配するほどショックは受けていないと言う。
しかし、今日の彼女はいつもと違って全く落ち着きがない。浩一と目を合わす事無く、何度も脚を組み替えている。その度にミニスカートの奥の下着が見え隠れするが、それを意識してやっているわけではないという事は様子を見ればわかる。明らかに怯えている。
学校帰りにそのままここに来たようで、紺色のクロエのバックから実践薬学と見出しがつけられたノートがはみ出ている。
京子が三本目のメンソールに火を点けた時に浩一は聞いた。「何かあったのかい?」
「知ってる人が殺された」
そう言うと京子は、火を点けたばかりのメンソールをもみ消した。
「殺された? 誰?」
「香苗の元彼」
京子はまた新しいメンソールに火を点けた。
「いつ?」
「知らない!」
京子の脚は小刻みに震えている。
「香苗さんというのは友達?」
「うん。高校時代、たまにつるんでバカやってた子。当時はわりと気が合ってたの」
「今でもその子と?」
「ううん。あたしは大学いったから……それに……」
そう言いかけて京子は黙ってしまった。
「彼女は就職?」浩一はあえて短い質問を繰り返した。
「あたしの高校、偏差値三十八の底辺高……大学なんて行ったら裏切り者って空気になるのよ……先生には信じられないでしょうけど、そういう所だったの」
京子は浩一と目を合わせようとせず、下をむいたまま話した。
「じゃあ君は、その中で頑張って勉強したんだね」
浩一は優しく言った。西東京薬科大は決して偏差値の低い大学ではない。
「違うわ。見栄っ張りの母親がオヤジに頼んで裏口入学させてもらったの。あたし、試験、全然できなかったもん」
そう言ってから京子は顔を上げ、浩一の目を見て付け加えた「でも……今は本当に頑張ってるの」
浩一を信頼しているのか、それともてんぱっているのか、多分後者だと思うが、その後彼女は堰を切ったように話し始めた。
「あたしね、中学の時はいじめられてたの……」
「いじめ? 君が?」
「そうよ、見えないでしょ? でもほんと……」
そう言うと京子はまたメンソールを口に咥えたが、火を点けずに箱に戻し、話を続けた。「担任なんてもっと酷かった。見て見ぬふりどころか……」
「担任って、担任の先生?」
「そうよ。そういうどうしようもない世界って本当にあるのよ。全員殺したい。ってあの頃は思ってた」
「でも、自分が捕まるような復讐は割に合わない」
「そんな事わかってるわよ! 今となってはそんなことどうでもいいし」
「すまん……」
「ううん、あたしこそごめんなさい……」
「それで?」
「うん、でも当時、別のクラスだったけど、一人だけあたしを助けてくれた子がいたの。女の子なんだけどメチャメチャ強くて、頭もよくて綺麗で――」
京子の眼から涙が溢れだしてくる。
「あたし、その子のようになりたくて、護身術や格闘技をならって、勉強もして、お洒落もして……でも無理だった」
「無理?」
「ん……まあ器ってやつ? あたしは何もかも中途半端だったから、結局、底辺高に進んで、親の言いなりに裏口入学して……」
「その子は?」
「進学校に行ったわ」
「で?」
「うん……進学校と底辺高じゃ住む世界が違うの。そもそも、その子とは友達ってほどでもなかったし……だから今どうしてるのか知らない」
「そうか、で君の高校生活はどうだったの? いじめは?」
「うん。高校では舐められない様にって思って、売られた喧嘩は全部買ったわ」
「喧嘩を売られたの?」
「ちょっと目立った行動や恰好をするとね……バカ高はそれが普通よ」
「で? 勝ったの?」
「うん……ボロ勝ち。護身術が役に立ったわ。だから、高校ではあたしをいじめるどころか、むしろ一目置かれるようになって過ごしやすかった」
京子がまたメンソールを取り出したので、浩一は火を点けてやった。
「ありがとう。でもね、あたしには何の目標も無かったし、親友と呼べる友達もいなかったし、学校辞めちゃおうかなって思ってた時に香苗達から声を掛けられて……」
「達?」
「うん。数人の不良グループ。当時あたしはそこそこ目立ってたしね」
「で、楽しかったと?」
「まあ……うん。そうかな……あたしはたまにしか参加しなかったけど、そこそこ楽しかった。夜中まで遊んだし、悪い事もした……」
「その友達は親友?」
「……親友がどういうものかわからないけれど、あたしが大学行くって言ったら、みんな離れていった……でも……」
「でも?」
「ん……高校卒業後、たまに香苗は連絡をくれた」
「彼女だけ?」
「うん。あたし、大学でも親友って呼べる友達なんていない。大学は大学でなんか、幸せな人種って感じでさ……」
「でも頑張ってるんだろ?」
「うん。こんなあたしでも、さすがに世の中の仕組みってのに気づいたからね」
「ほう」
「先生ならわかるでしょ!」
「仕組みねえ……」
「じゃあ先生はなんで医者になったの? 家がお金持ちだったから?」
「金持ちどころか住むところもなかったよ」
「嘘!」
「そんな話はどうでもいい。で、香苗さんとだけは交流があったと?」
「交流って言っても、ほんとたまにメールするくらいだけどね」
京子は高校卒業後、当時の友達とは、田代香苗以外ほとんど連絡を取り合ってはいなかったと言う。それが今日、それもつい先ほど、当時の不良グループの一員だった人物からメールがきて、香苗の近況を知ったようである。
香苗の元彼は香苗の目の前で殺されたという。犯人は香苗を付け狙っていたストーカーではないかと噂されている。そして今現在、香苗は警察の保護下にあるという事だった。
「その元彼というのも君の友達?」
「知ってる。って程度……」
浩一は京子の目の前でパソコンを開きインターネットを検索した。かなえ、殺人と入力してキーボードを叩くと、香苗についてのニュースがいくつかヒットした。
事件が発生したのは九月二十九日。今日は十月十三日だから約二週間前になる。田代香苗、22歳、千葉県千葉市中央区――、飲食店店員。が拉致されたのは九月二十九日の午前二時前後。田代の元彼であるという入谷健吾、22歳、無職。が拉致されたのは翌、三十日と思われる。田代香苗が救出されたのはさらにその翌日の十月一日。警官隊が踏み込んだ時、入谷は遺体で発見された。犯人の目星はついていないが、最近、田代はストーカーについて友人に相談していた事から、警察はその線で捜査を進めているという。いくつか検索したが、どのソースも大方同様だった。
さらに掲示板を検索すると、案の定、二人の出身校や仕事先も暴露されており、田代香苗も入谷健吾も写真が晒されていた。スレッドを読んでいくと、被害者を誹謗中傷する書き込みが目立つ。
田代香苗については高校時代と、勤め先のキャバクラ店内で撮ったと思われる写真がアップされていた。どちらも原型が分からないほど派手な化粧をしている。入谷は金髪で腕や首に刺青があり、中指を立てたバカ丸出しのポーズを決めている。
『偏差値三十八って字読めるの? 読めねんじゃね。この女生きてんの? 死んだほうがよくね? 男終わってる、て終わったか(笑) 飲食店店員ってキャバでしょ。ストーカーって犯人、目悪いの? 22歳無職って、殺してくれてありがとう』
そんな書き込みが続いていた。
「ねえ先生……」
「何?」
「あたし、香苗に会いたい……」
いつの間にか後ろにまわってパソコンの画面を覗いていた京子が浩一の胸に腕を回してきた。二人の頬が密着する。「先生……あたし……怖い……」
浩一はその体制のまま後ろに手を回して京子の髪を撫でた「大丈夫、君とは関係ない」
普段この部屋で煙草を吸う事はないが、彼女の前では特別だった。浩一が煙草をもみ消して立ち上がった時、彼女は二本目のメンソールに火を点けた。
「医者なのに煙草吸うんだね」
それが初めて診察に来た時の彼女の言葉だった。どうやら駅前の喫煙コーナーで煙草を吸っていたところを目撃されたらしい。今時、医者が煙草を吸っていたら犯罪者扱いである。浩一が医学生の頃はゼミの教室にも吸い殻だらけの灰皿が置いてあったし、教授陣にも喫煙者が多かった。時代は変わるものである。
窓を開けると初秋特有の乾いた風が彼女の髪を撫でていく。目の前に垂れたストレートヘアーをかき上げる仕草が妙に色っぽい。
窓を閉め、再び浩一は彼女の前に座った。今日最後の患者である。一人しかいない看護師兼受付の佐野さんは二十分前に定時で帰らせた。明日が休診日でなかったら、朝から『煙草臭い』とたっぷり五分は小言を言われるだろう。
患者の名は三枝京子。21歳、西東京薬科大学の四年生。半年程前から月に一、二回程のペースで浩一のクリニックを訪れている。
心療内科クリニックを開業している浩一は、月に二回、薬学科の非常勤講師として同大学に出向いている。
講義の中で特に自分の仕事を宣伝したつもりはなかったが、彼女が浩一の講義を聞いて来院したのは間違いないだろう。
三枝京子の病名は、あえて病名をつけるとしたら不安神経症か――彼女が大学一年の時、父親が家を出て行った。原因は父親の不倫。不倫発覚後、父親は家も仕事も、そして妻も娘も、全てを捨てて出て行った。その一カ月後、母親が自殺した。母親の葬儀にも父親は姿を見せることはなかったという。
幸いなことに京子の住むマンションは、父親が投機目的で所有していたローンのない持ち家である。大手製薬会社の部長であった京子の父親には、少なくない額の貯蓄もあった。その半分程は父親が持ち出していったが、彼女が大学を卒業するまでに必要十分な金は残されていた。娘に対してのせめてもの罪滅ぼしか――。
京子はたまに何かに怯える様な目をする事がある。いや、先入観により、そう見えるのかもしれないが、それ以外は目立った精神的異常は認められない。このクリニックに来るのは単に興味本位からか、それとも……だが少なくとも彼女の精神状態はほぼ安定している。ほぼ、というのはそう見えるだけである。医学的根拠はない。ほぼ、の原因として両親を同時期に失った事による精神的ショック。最初はそう思ったが、どうやらそうではないらしい。京子の話によると、物心着いた頃から父親は家にいたことはほとんどなく、たまに家にいる事があっても会話はなく、他人のような存在だったという。
診療内科の医師とて、患者本人の、ほんとうの内面まではわからない。
母親は異常なほどの見栄っ張りで、父親がいなくなった時も、娘の事よりも自分の行く末を心配していたという。だから大学に入ったばかりの京子をおいて、一人で自殺してしまった。と彼女は説明した。
京子は、母親の死よりも、以前飼っていたラブラドールが死んだ時の方が余程ショックだったと言った。どこまでが本心なのか不明だが、本人曰く、そんなわけで周りが心配するほどショックは受けていないと言う。
しかし、今日の彼女はいつもと違って全く落ち着きがない。浩一と目を合わす事無く、何度も脚を組み替えている。その度にミニスカートの奥の下着が見え隠れするが、それを意識してやっているわけではないという事は様子を見ればわかる。明らかに怯えている。
学校帰りにそのままここに来たようで、紺色のクロエのバックから実践薬学と見出しがつけられたノートがはみ出ている。
京子が三本目のメンソールに火を点けた時に浩一は聞いた。「何かあったのかい?」
「知ってる人が殺された」
そう言うと京子は、火を点けたばかりのメンソールをもみ消した。
「殺された? 誰?」
「香苗の元彼」
京子はまた新しいメンソールに火を点けた。
「いつ?」
「知らない!」
京子の脚は小刻みに震えている。
「香苗さんというのは友達?」
「うん。高校時代、たまにつるんでバカやってた子。当時はわりと気が合ってたの」
「今でもその子と?」
「ううん。あたしは大学いったから……それに……」
そう言いかけて京子は黙ってしまった。
「彼女は就職?」浩一はあえて短い質問を繰り返した。
「あたしの高校、偏差値三十八の底辺高……大学なんて行ったら裏切り者って空気になるのよ……先生には信じられないでしょうけど、そういう所だったの」
京子は浩一と目を合わせようとせず、下をむいたまま話した。
「じゃあ君は、その中で頑張って勉強したんだね」
浩一は優しく言った。西東京薬科大は決して偏差値の低い大学ではない。
「違うわ。見栄っ張りの母親がオヤジに頼んで裏口入学させてもらったの。あたし、試験、全然できなかったもん」
そう言ってから京子は顔を上げ、浩一の目を見て付け加えた「でも……今は本当に頑張ってるの」
浩一を信頼しているのか、それともてんぱっているのか、多分後者だと思うが、その後彼女は堰を切ったように話し始めた。
「あたしね、中学の時はいじめられてたの……」
「いじめ? 君が?」
「そうよ、見えないでしょ? でもほんと……」
そう言うと京子はまたメンソールを口に咥えたが、火を点けずに箱に戻し、話を続けた。「担任なんてもっと酷かった。見て見ぬふりどころか……」
「担任って、担任の先生?」
「そうよ。そういうどうしようもない世界って本当にあるのよ。全員殺したい。ってあの頃は思ってた」
「でも、自分が捕まるような復讐は割に合わない」
「そんな事わかってるわよ! 今となってはそんなことどうでもいいし」
「すまん……」
「ううん、あたしこそごめんなさい……」
「それで?」
「うん、でも当時、別のクラスだったけど、一人だけあたしを助けてくれた子がいたの。女の子なんだけどメチャメチャ強くて、頭もよくて綺麗で――」
京子の眼から涙が溢れだしてくる。
「あたし、その子のようになりたくて、護身術や格闘技をならって、勉強もして、お洒落もして……でも無理だった」
「無理?」
「ん……まあ器ってやつ? あたしは何もかも中途半端だったから、結局、底辺高に進んで、親の言いなりに裏口入学して……」
「その子は?」
「進学校に行ったわ」
「で?」
「うん……進学校と底辺高じゃ住む世界が違うの。そもそも、その子とは友達ってほどでもなかったし……だから今どうしてるのか知らない」
「そうか、で君の高校生活はどうだったの? いじめは?」
「うん。高校では舐められない様にって思って、売られた喧嘩は全部買ったわ」
「喧嘩を売られたの?」
「ちょっと目立った行動や恰好をするとね……バカ高はそれが普通よ」
「で? 勝ったの?」
「うん……ボロ勝ち。護身術が役に立ったわ。だから、高校ではあたしをいじめるどころか、むしろ一目置かれるようになって過ごしやすかった」
京子がまたメンソールを取り出したので、浩一は火を点けてやった。
「ありがとう。でもね、あたしには何の目標も無かったし、親友と呼べる友達もいなかったし、学校辞めちゃおうかなって思ってた時に香苗達から声を掛けられて……」
「達?」
「うん。数人の不良グループ。当時あたしはそこそこ目立ってたしね」
「で、楽しかったと?」
「まあ……うん。そうかな……あたしはたまにしか参加しなかったけど、そこそこ楽しかった。夜中まで遊んだし、悪い事もした……」
「その友達は親友?」
「……親友がどういうものかわからないけれど、あたしが大学行くって言ったら、みんな離れていった……でも……」
「でも?」
「ん……高校卒業後、たまに香苗は連絡をくれた」
「彼女だけ?」
「うん。あたし、大学でも親友って呼べる友達なんていない。大学は大学でなんか、幸せな人種って感じでさ……」
「でも頑張ってるんだろ?」
「うん。こんなあたしでも、さすがに世の中の仕組みってのに気づいたからね」
「ほう」
「先生ならわかるでしょ!」
「仕組みねえ……」
「じゃあ先生はなんで医者になったの? 家がお金持ちだったから?」
「金持ちどころか住むところもなかったよ」
「嘘!」
「そんな話はどうでもいい。で、香苗さんとだけは交流があったと?」
「交流って言っても、ほんとたまにメールするくらいだけどね」
京子は高校卒業後、当時の友達とは、田代香苗以外ほとんど連絡を取り合ってはいなかったと言う。それが今日、それもつい先ほど、当時の不良グループの一員だった人物からメールがきて、香苗の近況を知ったようである。
香苗の元彼は香苗の目の前で殺されたという。犯人は香苗を付け狙っていたストーカーではないかと噂されている。そして今現在、香苗は警察の保護下にあるという事だった。
「その元彼というのも君の友達?」
「知ってる。って程度……」
浩一は京子の目の前でパソコンを開きインターネットを検索した。かなえ、殺人と入力してキーボードを叩くと、香苗についてのニュースがいくつかヒットした。
事件が発生したのは九月二十九日。今日は十月十三日だから約二週間前になる。田代香苗、22歳、千葉県千葉市中央区――、飲食店店員。が拉致されたのは九月二十九日の午前二時前後。田代の元彼であるという入谷健吾、22歳、無職。が拉致されたのは翌、三十日と思われる。田代香苗が救出されたのはさらにその翌日の十月一日。警官隊が踏み込んだ時、入谷は遺体で発見された。犯人の目星はついていないが、最近、田代はストーカーについて友人に相談していた事から、警察はその線で捜査を進めているという。いくつか検索したが、どのソースも大方同様だった。
さらに掲示板を検索すると、案の定、二人の出身校や仕事先も暴露されており、田代香苗も入谷健吾も写真が晒されていた。スレッドを読んでいくと、被害者を誹謗中傷する書き込みが目立つ。
田代香苗については高校時代と、勤め先のキャバクラ店内で撮ったと思われる写真がアップされていた。どちらも原型が分からないほど派手な化粧をしている。入谷は金髪で腕や首に刺青があり、中指を立てたバカ丸出しのポーズを決めている。
『偏差値三十八って字読めるの? 読めねんじゃね。この女生きてんの? 死んだほうがよくね? 男終わってる、て終わったか(笑) 飲食店店員ってキャバでしょ。ストーカーって犯人、目悪いの? 22歳無職って、殺してくれてありがとう』
そんな書き込みが続いていた。
「ねえ先生……」
「何?」
「あたし、香苗に会いたい……」
いつの間にか後ろにまわってパソコンの画面を覗いていた京子が浩一の胸に腕を回してきた。二人の頬が密着する。「先生……あたし……怖い……」
浩一はその体制のまま後ろに手を回して京子の髪を撫でた「大丈夫、君とは関係ない」
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