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千葉県警察本部
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「ボス! どういう事です。たった二週間で捜査本部が解散って! 殺しですよ!」
今年の四月から、山城武男のチームに配属になった佐島麗子が詰め寄ってきた。彼女は26歳、170㎝の長身で武芸にも長けている。切れ長の目と高い鼻、典型的な美人で、その風貌から、仲間内からはクイーン――ではなくクインと呼ばれている。
麗子は大学卒業後、フランスに留学して二年間ジャーナリズムを学び、帰国後、合格していた通信社や新聞社を全て蹴って、地元千葉県の警察官採用試験を受験した。警察学校を優秀な成績で卒業した彼女は、二年間千葉市の交番に勤務した後、千葉県警本部の刑事部に配属された。キャリアではないが女性としては異例の出世コースである。
「まあそう力むな。上からの指示だからどうしようもないだろ。捜査本部が解散しただけであって、捜査を禁止されたわけじゃない」
武男も釈然とはしていなかったが、しょうがない。正直、この世に必要の無い屑が一人消えたところで、利はあっても害はない。それより、近々広域暴力団佐川組系の小松組が、中国マフィアと県内の何処かの港で大きな取引をするという情報が入っている。覚せい剤か拳銃か――チンピラの殺しは所轄に任せて、本部はそちらの方を優先しろと命令を受けている。が、どちらが重要かは問題ではない。組織で働く以上、上からの命令は絶対だ。
「何度も言っているが、そのボスというのはやめろ! 刑事ドラマか!」
山城武男は47歳、階級は警部だが、ここ県警本部では課長補佐という役職である。そして、刑事部に三つある班のうちの、一つのリーダーだ。山城班は武男以下、四人で構成されている。
年長順に、鳴沢信二、39歳、190㎝の長身で格闘マニア。最近薄くなってきた髪を気にして坊主にしたばかり。
小出孝弘、35歳、釣りキチ。武男のチームで眼鏡をかけているのは武男と小出の二人である。小出は眼鏡マニアでもあり、たぶん五十個以上の眼鏡を所有している。最近はカラーフレームに凝っているようだ。
津島昭雄、28歳、ネットオタク。東工大卒の秀才だが、組織になじめず、浮いた存在であった彼を昨年、武男が本部に推薦し、現在に至っている。
それと、クインこと熱血漢の佐島慶子である。
「山城さん、舘山東署が三上隆文さんは事故死で処理すると言ってきていますがOK出しちゃっていいですか?」
小出が受話器を持ったまま机三つ隔てた武男に向かって大きな声で聞いて来た。今日はからし色のフレームだ。
「お前はどう思う?」
武男も大きな声で返した。通常、所轄からこういった連絡が来るのは、事実上報告であって、お伺いではない。それにも関わらず、小出がわざわざ武男にいいですか? と聞いてくる時は何か引っ掛かるところがある時だ。
「微妙です」
やはりそう来たか。
「なら二日待てと言え」
「了解。ありがとうございます」
受話器を置いた小出が千葉県釣りマップという本を持って『微妙』の根拠を説明しに来た。
「やはり事故死かな、とは思うのですが……」
小出の口調から、決め手は無いらしい。
「三上隆文さん、無職64歳は六日前、溺死体で発見されました。発見場所は海上自衛隊、舘山航空基地近くの船着き場。死亡推定時刻は当日零時から未明にかけて。直接の死因は溺死。頭部に外傷あり。争った形跡はありません。状況と服装から見て、夜釣り中に、足を滑らせて海に転落、頭部の傷はその時に受けたものと思われます。遺体発見現場より約五百メートル離れた沖ノ島近くの堤防から三上さんの軽自動車と釣り道具が発見されています」
その近辺の地図を武男に見せながら小出が概要を説明した。
「それで、どこが微妙なんだ?」
「釣り道具です」
「道具?」
近くで聞いていた津島と麗子が寄ってきた。
「三上さんはシーバス(スズキ)用のルアーとロッドを持っていたんです。いや、それしか持っていなかったんです。これは舘山東署に確認済です」
小出は勝ち誇った顔で答えた。童顔で丸顔。この男の顔に、お洒落なからし色のフレームは似合っていない。皆、分かっていたが、それについては誰もふれなかった。
「素人にもわかるように説明してくれ」
それまで立っていた武男は、部下たちより、少しだけ立派な自分の椅子に腰を下ろし、両腕をひじ掛けに置いた。釣りの事になったら、こいつの話は長い。案の定、約五分間、小出は専門用語を連発しながら喋り続けた。
「つまり、こういう事ですね」
津島が小出の口を遮って要約する。
「三上隆文さんがあの場所でルアー釣り、それもスズキ狙いなんて、ありえない。ルアーでのスズキ狙いなら、市原市の三上さんの自宅からなら、もっと近い場所に良いポイントがいくらでもある。そもそも沖ノ島周辺では滅多にシーバスは釣れないし、あんな足場の悪い場所でシーバスルアーを使用する事はない。たまたまシーバス仕掛けも、持っていて、本命は投げ釣りとか、電気浮き釣りというのであればわかるが、三上さんはシーバスルアーの仕掛けしか持っていなかった。それがとても不自然だというわけですね」
小出は自分の話を中断された事に少しムッとした様であったが、首を大きく、縦に振った。
「殺し……かもしれないって事ですか?」
そう言った慶子の目が一瞬輝いたように見えた。
「小出とクインは亡くなった三上さんの交友関係。それから、現場を見てきてくれ、舘山だぞ。夕方までに戻れるか?」武男が腕時計に視線を落とす。オメガの針は十一時半を指している。
「ボスまでそのクインって言うの止めてもらえませんか」慶子の目がきつい。
「お前がボスと言うのをやめたらな」
今年の四月から、山城武男のチームに配属になった佐島麗子が詰め寄ってきた。彼女は26歳、170㎝の長身で武芸にも長けている。切れ長の目と高い鼻、典型的な美人で、その風貌から、仲間内からはクイーン――ではなくクインと呼ばれている。
麗子は大学卒業後、フランスに留学して二年間ジャーナリズムを学び、帰国後、合格していた通信社や新聞社を全て蹴って、地元千葉県の警察官採用試験を受験した。警察学校を優秀な成績で卒業した彼女は、二年間千葉市の交番に勤務した後、千葉県警本部の刑事部に配属された。キャリアではないが女性としては異例の出世コースである。
「まあそう力むな。上からの指示だからどうしようもないだろ。捜査本部が解散しただけであって、捜査を禁止されたわけじゃない」
武男も釈然とはしていなかったが、しょうがない。正直、この世に必要の無い屑が一人消えたところで、利はあっても害はない。それより、近々広域暴力団佐川組系の小松組が、中国マフィアと県内の何処かの港で大きな取引をするという情報が入っている。覚せい剤か拳銃か――チンピラの殺しは所轄に任せて、本部はそちらの方を優先しろと命令を受けている。が、どちらが重要かは問題ではない。組織で働く以上、上からの命令は絶対だ。
「何度も言っているが、そのボスというのはやめろ! 刑事ドラマか!」
山城武男は47歳、階級は警部だが、ここ県警本部では課長補佐という役職である。そして、刑事部に三つある班のうちの、一つのリーダーだ。山城班は武男以下、四人で構成されている。
年長順に、鳴沢信二、39歳、190㎝の長身で格闘マニア。最近薄くなってきた髪を気にして坊主にしたばかり。
小出孝弘、35歳、釣りキチ。武男のチームで眼鏡をかけているのは武男と小出の二人である。小出は眼鏡マニアでもあり、たぶん五十個以上の眼鏡を所有している。最近はカラーフレームに凝っているようだ。
津島昭雄、28歳、ネットオタク。東工大卒の秀才だが、組織になじめず、浮いた存在であった彼を昨年、武男が本部に推薦し、現在に至っている。
それと、クインこと熱血漢の佐島慶子である。
「山城さん、舘山東署が三上隆文さんは事故死で処理すると言ってきていますがOK出しちゃっていいですか?」
小出が受話器を持ったまま机三つ隔てた武男に向かって大きな声で聞いて来た。今日はからし色のフレームだ。
「お前はどう思う?」
武男も大きな声で返した。通常、所轄からこういった連絡が来るのは、事実上報告であって、お伺いではない。それにも関わらず、小出がわざわざ武男にいいですか? と聞いてくる時は何か引っ掛かるところがある時だ。
「微妙です」
やはりそう来たか。
「なら二日待てと言え」
「了解。ありがとうございます」
受話器を置いた小出が千葉県釣りマップという本を持って『微妙』の根拠を説明しに来た。
「やはり事故死かな、とは思うのですが……」
小出の口調から、決め手は無いらしい。
「三上隆文さん、無職64歳は六日前、溺死体で発見されました。発見場所は海上自衛隊、舘山航空基地近くの船着き場。死亡推定時刻は当日零時から未明にかけて。直接の死因は溺死。頭部に外傷あり。争った形跡はありません。状況と服装から見て、夜釣り中に、足を滑らせて海に転落、頭部の傷はその時に受けたものと思われます。遺体発見現場より約五百メートル離れた沖ノ島近くの堤防から三上さんの軽自動車と釣り道具が発見されています」
その近辺の地図を武男に見せながら小出が概要を説明した。
「それで、どこが微妙なんだ?」
「釣り道具です」
「道具?」
近くで聞いていた津島と麗子が寄ってきた。
「三上さんはシーバス(スズキ)用のルアーとロッドを持っていたんです。いや、それしか持っていなかったんです。これは舘山東署に確認済です」
小出は勝ち誇った顔で答えた。童顔で丸顔。この男の顔に、お洒落なからし色のフレームは似合っていない。皆、分かっていたが、それについては誰もふれなかった。
「素人にもわかるように説明してくれ」
それまで立っていた武男は、部下たちより、少しだけ立派な自分の椅子に腰を下ろし、両腕をひじ掛けに置いた。釣りの事になったら、こいつの話は長い。案の定、約五分間、小出は専門用語を連発しながら喋り続けた。
「つまり、こういう事ですね」
津島が小出の口を遮って要約する。
「三上隆文さんがあの場所でルアー釣り、それもスズキ狙いなんて、ありえない。ルアーでのスズキ狙いなら、市原市の三上さんの自宅からなら、もっと近い場所に良いポイントがいくらでもある。そもそも沖ノ島周辺では滅多にシーバスは釣れないし、あんな足場の悪い場所でシーバスルアーを使用する事はない。たまたまシーバス仕掛けも、持っていて、本命は投げ釣りとか、電気浮き釣りというのであればわかるが、三上さんはシーバスルアーの仕掛けしか持っていなかった。それがとても不自然だというわけですね」
小出は自分の話を中断された事に少しムッとした様であったが、首を大きく、縦に振った。
「殺し……かもしれないって事ですか?」
そう言った慶子の目が一瞬輝いたように見えた。
「小出とクインは亡くなった三上さんの交友関係。それから、現場を見てきてくれ、舘山だぞ。夕方までに戻れるか?」武男が腕時計に視線を落とす。オメガの針は十一時半を指している。
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