犯意

北川 悠

文字の大きさ
14 / 36

河野健二

しおりを挟む
 河野こうのは上機嫌だった。
 今夜は飲みすぎてしまった。俺もまんざらじゃない。
 今夜は千葉県教育委員会が主催する歴代校長のOB会に出席した。お開きの後、河野は会場を後にしてJR千葉駅に向かって歩いていた。まだ飲み足りなかったが、生憎、財布の中身が心元無かったので、家に帰ってから飲みなおすつもりでいた。その時、若い女性に声を掛けられたのだ。歳は20代か――見ようによっては20歳と言われても、30歳と言われてもわからない。河野は今年67歳、この歳になると若い女性の年齢は全く予想がつかない。白いワンピース姿で、とても美しい女性だった。
「校長先生? 河野校長先生ですよね? 私、稲毛南高校の卒業生です」
 声を掛けてきた女性は高野香と名乗ったが河野は覚えていなかった。確かに稲毛南高では校長だった。二人はバーで酒を飲んだ。何杯飲んだか覚えていない。彼女の体に触りまくったが、あまり怒っていないようだった。
 女から声をかけてきたのだ。ホテルに誘わなければ失礼だ。なに、いざとなったらカードがある。河野は執拗しつように女の体に触り、ホテルに誘った。だが今日は無理だと断られてしまった。
 香は恐ろしく酒に強かった。河野は彼女に進められるままかなり飲んだ。気が付くと終電の時間を過ぎてしまっていた。もう一度ホテルに誘ったが、やはり断られた。あの女は俺に気があるはずだ。無理やり連れ込む事も考えたが、いかんせん今夜は飲みすぎてしまった。
「また誘ってくださいね」香は笑いながら手を振って、駅とは反対方向に向かって歩いて行った。
 舌打ちして腕時計を見ると午前一時を回っている。もう電車は無い。ここ千葉からタクシーで自宅がある茂原まで帰ると一万五千円程かかる。河野は財布の中身を確認した。ギリギリ足りるか?……
 酔いが回ってフラフラの千鳥足だった。何度も座りながら歩いたので時間はかかったが、なんとか千葉駅まで辿り着くことが出来た。そこでタクシーを待つ行列に並んでいると、後ろの人物が声を掛けてきた「どちらまでですか?」
「え……あ、茂……原です」
 酔いで半分呂律が回っていなかったが、河野がそう答えると、その人が提案してきた「私は本納までです。もしよろしければ、ご一緒して折半しませんか?」
イントネーションにつよいなまりがある。マスクをしているので、顔はよく分からないが、黒いスーツ姿で感じのよい人だった。
 渡りに船とはこの事である。河野は快諾した。

 翌朝、河野健二こうのけんじさんは自宅で死亡しているところを妻の君江に発見された。君江はいつも夜十一時には就寝する。河野と結婚して三十二年になるが、夫に愛情を感じたことは無かった。君江はお世辞にも器量がいいとは言えなかったが、それは河野も同じだった。若い頃から二人共、かなりの肥満体系で、異性と付き合った事も無かった。心配したそれぞれの両親が組んだお見合いで二人は結婚した。子供をもうけた後は夫婦の営みも無い。三十年以上前から寝室も別である。そんなわけで昨晩、夫が何時に帰ったのか知らないし、興味もない。夫はスーツ姿のまま自分の寝室で倒れていた。死因は低血糖による心不全。
 河野は糖尿病だった。鞄の中から、普段使用しているランタス(インスリン)が発見されている。警察が調べたところ、昨夜は教育委員会が主催するOB会に出席している。
 出席者の話によると、河野は無類の酒好きで、退職後は度々、記憶をなくすほどまでに飲むことがあり、いつかこういう事故が起きても不思議ではないと思っていたと言う。
 河野健二は酔ってインスリンを打つ量を間違えたのではないかという見解で一致。事故死として処理された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...