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河野健二
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河野は上機嫌だった。
今夜は飲みすぎてしまった。俺もまんざらじゃない。
今夜は千葉県教育委員会が主催する歴代校長のOB会に出席した。お開きの後、河野は会場を後にしてJR千葉駅に向かって歩いていた。まだ飲み足りなかったが、生憎、財布の中身が心元無かったので、家に帰ってから飲みなおすつもりでいた。その時、若い女性に声を掛けられたのだ。歳は20代か――見ようによっては20歳と言われても、30歳と言われてもわからない。河野は今年67歳、この歳になると若い女性の年齢は全く予想がつかない。白いワンピース姿で、とても美しい女性だった。
「校長先生? 河野校長先生ですよね? 私、稲毛南高校の卒業生です」
声を掛けてきた女性は高野香と名乗ったが河野は覚えていなかった。確かに稲毛南高では校長だった。二人はバーで酒を飲んだ。何杯飲んだか覚えていない。彼女の体に触りまくったが、あまり怒っていないようだった。
女から声をかけてきたのだ。ホテルに誘わなければ失礼だ。なに、いざとなったらカードがある。河野は執拗に女の体に触り、ホテルに誘った。だが今日は無理だと断られてしまった。
香は恐ろしく酒に強かった。河野は彼女に進められるままかなり飲んだ。気が付くと終電の時間を過ぎてしまっていた。もう一度ホテルに誘ったが、やはり断られた。あの女は俺に気があるはずだ。無理やり連れ込む事も考えたが、いかんせん今夜は飲みすぎてしまった。
「また誘ってくださいね」香は笑いながら手を振って、駅とは反対方向に向かって歩いて行った。
舌打ちして腕時計を見ると午前一時を回っている。もう電車は無い。ここ千葉からタクシーで自宅がある茂原まで帰ると一万五千円程かかる。河野は財布の中身を確認した。ギリギリ足りるか?……
酔いが回ってフラフラの千鳥足だった。何度も座りながら歩いたので時間はかかったが、なんとか千葉駅まで辿り着くことが出来た。そこでタクシーを待つ行列に並んでいると、後ろの人物が声を掛けてきた「どちらまでですか?」
「え……あ、茂……原です」
酔いで半分呂律が回っていなかったが、河野がそう答えると、その人が提案してきた「私は本納までです。もしよろしければ、ご一緒して折半しませんか?」
イントネーションにつよいなまりがある。マスクをしているので、顔はよく分からないが、黒いスーツ姿で感じのよい人だった。
渡りに船とはこの事である。河野は快諾した。
翌朝、河野健二さんは自宅で死亡しているところを妻の君江に発見された。君江はいつも夜十一時には就寝する。河野と結婚して三十二年になるが、夫に愛情を感じたことは無かった。君江はお世辞にも器量がいいとは言えなかったが、それは河野も同じだった。若い頃から二人共、かなりの肥満体系で、異性と付き合った事も無かった。心配したそれぞれの両親が組んだお見合いで二人は結婚した。子供をもうけた後は夫婦の営みも無い。三十年以上前から寝室も別である。そんなわけで昨晩、夫が何時に帰ったのか知らないし、興味もない。夫はスーツ姿のまま自分の寝室で倒れていた。死因は低血糖による心不全。
河野は糖尿病だった。鞄の中から、普段使用しているランタス(インスリン)が発見されている。警察が調べたところ、昨夜は教育委員会が主催するOB会に出席している。
出席者の話によると、河野は無類の酒好きで、退職後は度々、記憶をなくすほどまでに飲むことがあり、いつかこういう事故が起きても不思議ではないと思っていたと言う。
河野健二は酔ってインスリンを打つ量を間違えたのではないかという見解で一致。事故死として処理された。
今夜は飲みすぎてしまった。俺もまんざらじゃない。
今夜は千葉県教育委員会が主催する歴代校長のOB会に出席した。お開きの後、河野は会場を後にしてJR千葉駅に向かって歩いていた。まだ飲み足りなかったが、生憎、財布の中身が心元無かったので、家に帰ってから飲みなおすつもりでいた。その時、若い女性に声を掛けられたのだ。歳は20代か――見ようによっては20歳と言われても、30歳と言われてもわからない。河野は今年67歳、この歳になると若い女性の年齢は全く予想がつかない。白いワンピース姿で、とても美しい女性だった。
「校長先生? 河野校長先生ですよね? 私、稲毛南高校の卒業生です」
声を掛けてきた女性は高野香と名乗ったが河野は覚えていなかった。確かに稲毛南高では校長だった。二人はバーで酒を飲んだ。何杯飲んだか覚えていない。彼女の体に触りまくったが、あまり怒っていないようだった。
女から声をかけてきたのだ。ホテルに誘わなければ失礼だ。なに、いざとなったらカードがある。河野は執拗に女の体に触り、ホテルに誘った。だが今日は無理だと断られてしまった。
香は恐ろしく酒に強かった。河野は彼女に進められるままかなり飲んだ。気が付くと終電の時間を過ぎてしまっていた。もう一度ホテルに誘ったが、やはり断られた。あの女は俺に気があるはずだ。無理やり連れ込む事も考えたが、いかんせん今夜は飲みすぎてしまった。
「また誘ってくださいね」香は笑いながら手を振って、駅とは反対方向に向かって歩いて行った。
舌打ちして腕時計を見ると午前一時を回っている。もう電車は無い。ここ千葉からタクシーで自宅がある茂原まで帰ると一万五千円程かかる。河野は財布の中身を確認した。ギリギリ足りるか?……
酔いが回ってフラフラの千鳥足だった。何度も座りながら歩いたので時間はかかったが、なんとか千葉駅まで辿り着くことが出来た。そこでタクシーを待つ行列に並んでいると、後ろの人物が声を掛けてきた「どちらまでですか?」
「え……あ、茂……原です」
酔いで半分呂律が回っていなかったが、河野がそう答えると、その人が提案してきた「私は本納までです。もしよろしければ、ご一緒して折半しませんか?」
イントネーションにつよいなまりがある。マスクをしているので、顔はよく分からないが、黒いスーツ姿で感じのよい人だった。
渡りに船とはこの事である。河野は快諾した。
翌朝、河野健二さんは自宅で死亡しているところを妻の君江に発見された。君江はいつも夜十一時には就寝する。河野と結婚して三十二年になるが、夫に愛情を感じたことは無かった。君江はお世辞にも器量がいいとは言えなかったが、それは河野も同じだった。若い頃から二人共、かなりの肥満体系で、異性と付き合った事も無かった。心配したそれぞれの両親が組んだお見合いで二人は結婚した。子供をもうけた後は夫婦の営みも無い。三十年以上前から寝室も別である。そんなわけで昨晩、夫が何時に帰ったのか知らないし、興味もない。夫はスーツ姿のまま自分の寝室で倒れていた。死因は低血糖による心不全。
河野は糖尿病だった。鞄の中から、普段使用しているランタス(インスリン)が発見されている。警察が調べたところ、昨夜は教育委員会が主催するOB会に出席している。
出席者の話によると、河野は無類の酒好きで、退職後は度々、記憶をなくすほどまでに飲むことがあり、いつかこういう事故が起きても不思議ではないと思っていたと言う。
河野健二は酔ってインスリンを打つ量を間違えたのではないかという見解で一致。事故死として処理された。
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