犯意

北川 悠

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告白

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 武男は日暮里のバーで川島医師を待っていた。約束通りカウンターの右端に座り、バーボンを注文した。約束の時間になったところで店のマスターに声をかけられた。
「山城さん? ですか?」
「はい……そうですが……」
「川島先生からお預かりしています」
 そう言ってマスターは鍵を武男に渡した。
「先生のクリニックはこの先の大通りを左折して五百メートル程行くと左手にあります。四階建てのビルの三階がクリニックで、四階が先生の自宅です」
「なぜ、貴方が?」
「川島先生とは長年の付き合いです。先日頼まれました」
「そうですか……」
 武男は鍵を受け取り、川島のクリニックに向かった。途中、津島に電話をした。

 クリニックの扉には閉院のお知らせが貼ってあった。日付をみると昨年の十一月、つまり昨年、彼とさっきのバーで飲んだ翌月には閉院していたことになる。
 四階に上がり、扉がロックされていることを確かめ、鍵を差し込んだ。

 マスターから鍵を渡された時から予想はしていた事だったが、こうして目の当たりにするとやはり動揺する。
 ベッドに眠る川島は安らかな表情だった。隣には点滴のバックと機械がセットされていて、そこから出たチューブが川島の腕につながっている。
 ベッドの隣のガラステーブルの上に、山城武男様 と書かれた封筒とSDカードが目に入った。


     山城武男 様

 このような形で再会する事をお許しください。
 あの晩、あのバーで警部に言った事、あれは私の本心です。もう少し早く貴方にお会いしたかった。本当に悔やまれます。
 もうお気づきと思いますが、入谷、沢口、南沢、一連の殺人は私の犯行です。犯行の動機、殺害方法等につきましては、動画にてお話していますが、私は多良間加奈子の婚約者で、多良間絵里の実の父親です。
 そのSDカードは警察に提出いたします。

 山城さん、私は貴方にお話しなければならないことがあります。
 昔話になりますが、私が自衛隊を退職する際、ある組織からオファーがありました。その組織の活動内容は非合法なものですが、私が知る限り、私の良心に背くものではなく、天涯孤独であった私はその話に乗りました。組織としても天涯孤独な医師、そして自衛官の経験者という私はうってつけだったのでしょう。
 私は心療内科医として働きながら、組織の仕事もこなしました。現在、その組織は解散していますが、現役時代、私は木下という名前で活動していました。
 皮肉なことに、絵里殺害の実行犯、それを隠蔽した人物の特定と確定に手間取っているうちに、組織は解散してしまいました。
 よって、一連の犯行は全て私一人で行いました。
 入谷健吾、沢口卓也、南沢修は私が殺害しました。絵里と加奈子の仇、苦しませる為、生きたまま気管を切開しました。
 三上隆文は殺害目的で釣りに誘い出しました。が、彼は勝手に足を滑らせて海に転落したようです。私が館山の堤防に着いたとき、そこには彼の車だけが置かれていました。私の手で殺せなかったのは無念でしたが、あの解剖所見をみると、目的は達成されたようです。
 河野健二については残念としか言いようがありません。彼もわたしが殺す予定でした。あんな形で死なれてしまった事に憤りを覚えます。

 山城さん、私はゲスな人間です。連続殺人鬼です。
 ですが、絵里を、絵里の目の前で富永君を殴り殺した後、何度も何度も、絵里を犯し続け、その状況を笑いながら動画に収め、抵抗しなくなった絵里を更に殴りながら廻し続けた後に殺した……
そんな彼らに対し、まだまだ、やり足りない。というのが正直な気持ちです。もちろんそれを隠蔽、加担した人物も許せません。
 この封筒の中に、警察提出用のSDカードとは別にマイクロSDを同封します。後でご確認ください。

 本来なら自首し、生きてこの罪を償うべでしょう。しかし、私は自分の犯した殺人にたいして僅かの後悔も懺悔もありません。そして、罪を償う時間も私には残されていません。
 私は末期癌です。せいぜい生きてもあと一年くらいの命です。
 医者のくせにと思われるでしょうが、癌を診断され、余命を宣告されたのは昨年の夏でした。組織は解散、私にも時間がない。そこで一気に計画を進めました。
 このような形で命を絶つことは卑怯なことだとわかっていますが、私にはこうすることしか思いつきませんでした。ほんとうに申し訳ございません。
 山城さん、人生の最期に貴方のような方に出会えてよかった。ありがとう。
 


  追伸  
 あのバーでの夜は楽しかったです。ちなみにあの晩、私はもう一つ貴方に嘘をついていました。あの時点で私の胃はすでに犯されていて、アルコールは受け付けなくなっていた為、マスターにお願いして、私だけ烏龍茶にしてもらっていました。で、お詫びといってはなんですが、警部の名前でボトルをキープしておきましたのでよかったらどうぞ。                      
                                      川島 浩一


 約三十分後、ノートパソコンを抱えた津島が、川島の部屋に到着した。
「これだ、ここは警視庁の管轄だ。ここの所轄に渡す前にコピーを頼む」
 津島は武男から渡されたSDカードを素早くコピーし「で、どうします」と武男に聞いた。
「ここの所轄に連絡してくれ」
「わかりました。念のため、ここと下のクリニックの写真も撮っておきましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
 三階のクリニックに鍵はかかっておらず、部屋は既に片着けられていた。テーブルとイス、何も入っていない棚があるだけであった。テーブルの上には、それだけ忘れられたかのように、筆記用具が何本か刺さったペン立てだけが寂しく残されていた。
 津島が写真を撮り終わったころ、所轄がやってきた。武男たちは一通りの説明を済ませ、警視庁の方面本部にも連絡をいれ、現場を後にした。


 翌日、武男はチームのメンバーを集めて、例のSDカードを津島のパソコンで再生して見せた。麗奈にも声をかけたが、彼女は都合がつかないとのことだった。

 川島は動画の中で、ホワイト興産については一切触れていなかった。
 娘、多良間絵里の復讐の為、入谷、沢口、南沢を殺したことを告白していた。

 川島は、とある情報筋から、沢口と入谷が娘の暴行殺人に関与しているという情報をつかみ、入谷を拉致拷問し、更に彼の元彼女である田代香苗から、確定的な証言を得た。
 田代香苗も当時の入谷達のグループであったが、当日、たまたま犯行現場にはいなかった為、この件について黙っていれば危害は加えないという約束をして、入谷のみを殺害した。
 沢口と柿崎については、南沢修を拉致し、彼の携帯電話を使って二人を呼び出した。お互いを疑心暗鬼にすることによって、会話の中でボロを出すことを期待したが、思った以上に彼らはしゃべってくれた。その情報をTV局にリークした。チャンネル7にした理由は、最大手ではないが、普段のニュースにあまり忖度を感じないからという事。しかし、放送されなかった場合、自分が撮った映像をネットに流すつもりであった。
 前もって数か所に盗聴器を仕掛け、その現場に潜伏し、少し離れた場所から撮影もしていたという。しばらく様子をみていると、二人が言い争いをはじめ、柿崎がナイフを取り出してから一分程で決着がついた。実際、その場面の動画も記録されていて、柿崎が沢口に刺されるシーンが映し出されていた。
 だが、川島としては、柿崎も自分の手で殺したかったと言っている。そもそも、多良間絵里を南沢達に襲わせたのは柿崎の立案で、彼女は笑いながら動画を撮影していたからだ。
 柿崎の南沢に対する想いは異常で、中学の頃から一目をはばからず、南沢にすり寄り、少しでも南沢に近づく女は、集団でレイプするという形で排除してきた。たちが悪いのは、それが、女性達の本意ではなく、南沢が気に入った女、つまり南沢に気に入られた女、しいては南沢が好きになりそうな女は、柿崎の意のままに意味もなく拉致され、南沢、入谷、沢口の三人にレイプされてきたのだ。それについては南沢もまんざらではなく、入谷も沢口もおこぼれが貰えるため、半ば常習化していたようである。
 そんななか、ついに殺人事件が起きてしまったというわけである。
 南沢と柿崎主導によるレイプについては入谷と田代からも証言を得ている。実際、田代香苗が入谷から聞いたという証言も音声で残されていた。
 川島は沢口を殺した後、拉致していた南沢を殺し、市原に遺棄したという。
 当時、入谷と沢口に対するアリバイを偽証した三上隆文も殺すつもりで釣りに誘ったが、
川島が現場に到着した時点で行方不明であった。
 同じく、校長という立場にありながら南沢修のアリバイを偽証した河野健二も殺すつもりであったが、その前に死んでしまった。という事も証言していた。

 ちなみに、昨夜、河野健二を殺害したとして、同居の妻が最寄りの交番に自首している。河野の妻は、あの晩、以前にも増して酔って帰った夫に対する殺意を抑えきれず、夫の持っているインスリンを数回にわたって打ったと証言した。
 そのことが、川島の告白に更なる信憑性を与えた。

「気持ちはわかります。でも、殺人は殺人……」と麗子。
「津島」
「はい」
 武男に言われて津島は、武男宛ての遺書の封筒の中に入っていたマイクロSDカードを再生した。

 動画はボロボロになって顔面から血を流している富永博隆君を沢口が抑え、南沢修が渾身のパンチを放つところから始まっていた。
 殴られた富永君はその場に倒れこんだまま動かない。
「ちゃんと撮っておけよ」
 と南沢と思われる人物の声。
 カメラが移動し、入谷に抑えられて、もがいている多良間絵里の姿が映し出される。彼女も顔面から血を流し、唇が腫れている。
 それからは怒涛のようであった。入谷が腕、沢口が足を抑え、南沢が絵里の制服を乱暴に脱がせていく。見るも無残な方法で三人は代わる代わる絵里を犯した。柿崎はゲラゲラと笑い、時には絵里に対して罵声を浴びせながらカメラを近づける。一通り凌辱がすんでから、動かなくなった絵里にペットボトルの水を無理やり飲ませ、せき込んだところから再び凌辱を開始、三人によって永遠と続く凌辱に柿崎が飽きてカメラを動かすと、明らかに異常な表情の富永が映し出された。
ガサガサという音と共に映像が途切れた。
ここからは音声のみとなる。
「死んでる、そいつ死んでる」
「何」
「……」
「畜生!」
「どうする?」
「南沢さん」
「その女も殺せ!」
「凛子! その動画、全部消せ」
 ここで終わっている。

「これは、川島が柿崎の古い携帯を手に入れて、専門家に依頼してデータを復活させたらしい。このカードの中には他のレイプ動画も記録されていた」
「なあ麗子……川島は殺人を犯した。それも三人。そして自死という卑怯な手を使った。だが、彼の余命は既に一年を切っていた」
「……」
「俺は警察官だ、だが、俺が川島の立場だったら同じことをしたかもしれん……」
「ボス……」

 武男は川島が自分に宛てた遺書をその場で公開した。
「……木下?」と小出。
「川島が木下?」
 鳴沢が腕を組む。
「でも……たしかに佐伯園子さんが言っていた木下という人物は川島先生に一致するかも……」
 麗子が武男を見る。
「お前、川島先生と面識がないだろ」
「いえ、津島君に動画を見せてもらいました」
「はい。ここの防犯カメラの映像です。川島先生が三枝京子さんと、田代香苗の面会に来た時の様子です。まだ、上書きされずに残っていましたので」
 津島がパソコンを操作して皆に見せる。
「俺は見たことなかったから、思ってたのとイメージが違うな」と鳴沢。「もっと強面こわもてかと思ってた」
「この件については深追いしない」武男が言った。
「ですね……深追いのしようがない」と小出。
「いずれにしろ被疑者死亡……」と鳴沢。
「そういうことだ。動画の検証が済み次第、被疑者死亡で川島のニュースが流れるだろう」
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