1 / 31
プロローグ
しおりを挟む
鉄格子の窓から淡くぼんやりとした日の光が漏れ出し、カビ臭い粗末な部屋を照らしている。
男は寝台に横たわり、うつろな目で天井を見ていた。
幼少のころから天使のようだと褒めたたえられ、貴婦人たちを虜にした彫像のように端正な彼の貌は今や見る影もなく、無残に腫れ上がり包帯で覆われている。
片目はまだ開けられず、痛みと熱でフウフウと荒い呼吸を繰り返していた。
窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
鼓膜はなんとか無事だったようだ――
頭上にある窓から見える晴れ渡る空を見ながら、少しだけ安堵した。
ここはどこだろう。
昨晩のことを思い出そうとすると頭がガンガン痛んだ。
痛みで呻くと口の中にドロリと血の味が広がり、男は眉根を寄せる。
自分をこんな目に遭わせた酒場のゴロツキ共に殺意が湧くが、男はすぐに思い直した。
あんなゴロツキ共に殴られた顔や腹、蹴り上げられ踏みつけられたことなど、どうでもよかった。
自分の中に渦巻く空虚な現実から目を背けられるなら、このまま苦痛に支配され、意識を手放してもいいとさえ思った。
不意に視界に影が差した。
誰かが男を見下ろしているようだ。
「あの、具合はいかがですか……?」
それは鈴のように可憐な響きだった。
ふわりと薫る花の香りを纏い、ゆるく編み込んだピンクベージュの髪にミントの花飾りを付けた少女を、男は一瞬妖精の化身かと思った。
カビ臭い部屋に半死半生のまま捨て置かれた哀れな男を天使が見舞いに来てくれたに違いない、と。
いや、自分のような人間に限ってそんなことがありえるはずがない。
お花畑が咲いたような己の思考に、つい自嘲じみた笑いが零れるが、花のように側で佇む少女に男はすぐ笑みを消した。
なんということだろう。初対面の、倍以上歳が離れているこの少女に、俺は惹かれているのか……?
複雑な胸中に戸惑うが、微かに感じる甘くこそばゆい疼きを、男は否定することが出来なかった。
これが俺に定められた運命だと言うのか……
片方だけの眼に映る少女を、男は眼に焼き付けようと思った。
このやるせなさと、行き場のない恋情が生まれるのを感じながら――
男は寝台に横たわり、うつろな目で天井を見ていた。
幼少のころから天使のようだと褒めたたえられ、貴婦人たちを虜にした彫像のように端正な彼の貌は今や見る影もなく、無残に腫れ上がり包帯で覆われている。
片目はまだ開けられず、痛みと熱でフウフウと荒い呼吸を繰り返していた。
窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
鼓膜はなんとか無事だったようだ――
頭上にある窓から見える晴れ渡る空を見ながら、少しだけ安堵した。
ここはどこだろう。
昨晩のことを思い出そうとすると頭がガンガン痛んだ。
痛みで呻くと口の中にドロリと血の味が広がり、男は眉根を寄せる。
自分をこんな目に遭わせた酒場のゴロツキ共に殺意が湧くが、男はすぐに思い直した。
あんなゴロツキ共に殴られた顔や腹、蹴り上げられ踏みつけられたことなど、どうでもよかった。
自分の中に渦巻く空虚な現実から目を背けられるなら、このまま苦痛に支配され、意識を手放してもいいとさえ思った。
不意に視界に影が差した。
誰かが男を見下ろしているようだ。
「あの、具合はいかがですか……?」
それは鈴のように可憐な響きだった。
ふわりと薫る花の香りを纏い、ゆるく編み込んだピンクベージュの髪にミントの花飾りを付けた少女を、男は一瞬妖精の化身かと思った。
カビ臭い部屋に半死半生のまま捨て置かれた哀れな男を天使が見舞いに来てくれたに違いない、と。
いや、自分のような人間に限ってそんなことがありえるはずがない。
お花畑が咲いたような己の思考に、つい自嘲じみた笑いが零れるが、花のように側で佇む少女に男はすぐ笑みを消した。
なんということだろう。初対面の、倍以上歳が離れているこの少女に、俺は惹かれているのか……?
複雑な胸中に戸惑うが、微かに感じる甘くこそばゆい疼きを、男は否定することが出来なかった。
これが俺に定められた運命だと言うのか……
片方だけの眼に映る少女を、男は眼に焼き付けようと思った。
このやるせなさと、行き場のない恋情が生まれるのを感じながら――
10
あなたにおすすめの小説
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる