ノスフェラトゥの求愛

月見月まい

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プロローグ

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 鉄格子の窓から淡くぼんやりとした日の光が漏れ出し、カビ臭い粗末な部屋を照らしている。
 男は寝台に横たわり、うつろな目で天井を見ていた。
 幼少のころから天使のようだと褒めたたえられ、貴婦人たちを虜にした彫像のように端正な彼の貌は今や見る影もなく、無残に腫れ上がり包帯で覆われている。
 片目はまだ開けられず、痛みと熱でフウフウと荒い呼吸を繰り返していた。
 窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
 鼓膜はなんとか無事だったようだ――
 頭上にある窓から見える晴れ渡る空を見ながら、少しだけ安堵した。
 ここはどこだろう。
 昨晩のことを思い出そうとすると頭がガンガン痛んだ。
 痛みで呻くと口の中にドロリと血の味が広がり、男は眉根を寄せる。
 自分をこんな目に遭わせた酒場のゴロツキ共に殺意が湧くが、男はすぐに思い直した。
 あんなゴロツキ共に殴られた顔や腹、蹴り上げられ踏みつけられたことなど、どうでもよかった。
 自分の中に渦巻く空虚な現実から目を背けられるなら、このまま苦痛に支配され、意識を手放してもいいとさえ思った。
 不意に視界に影が差した。
 誰かが男を見下ろしているようだ。
 
「あの、具合はいかがですか……?」

 それは鈴のように可憐な響きだった。
 ふわりと薫る花の香りを纏い、ゆるく編み込んだピンクベージュの髪にミントの花飾りを付けた少女を、男は一瞬妖精の化身かと思った。
 カビ臭い部屋に半死半生のまま捨て置かれた哀れな男を天使が見舞いに来てくれたに違いない、と。
 いや、自分のような人間に限ってそんなことがありえるはずがない。
 お花畑が咲いたような己の思考に、つい自嘲じみた笑いが零れるが、花のように側で佇む少女に男はすぐ笑みを消した。
 なんということだろう。初対面の、倍以上歳が離れているこの少女に、俺は惹かれているのか……?
 複雑な胸中に戸惑うが、微かに感じる甘くこそばゆい疼きを、男は否定することが出来なかった。
 これが俺に定められた運命だと言うのか……
 片方だけの眼に映る少女を、男は眼に焼き付けようと思った。
 このやるせなさと、行き場のない恋情が生まれるのを感じながら―― 
   
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