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第一章
孤軍奮闘
しおりを挟む座り込んでしばらく。考えることも放棄して呆けてしまっていたが、霧の冷気にくしゃみが出た。
鳥肌のたった腕をさする。気温はそれほど低くないがこのままだと冷えてしまいそうだ。
極端な気候の場所でなくてよかった。生来身体はあまり丈夫でなかったから。
「ああ、でも……靴が無い。」
室内だったので裸足のままだ。せめてスリッパでも履いてればよかったのにとぼやく。
「はー……なんだっつーの……こんなとこに1人っきりとか。女神とか。造物主とか……私が作者だってんならパソコンくれ……ヘルプくらい参照させろー……」
頭の中に文書作成ソフトWordのヘルプキャラクターが浮かぶ。
ネタ画像でお馴染みの、『お前を消す方法』なんてものを検索させられたりするアイツである。
最近の作家さんはWord使うんだろうか。そもそも最新バージョンにいなかったりして。
自分の場合、メモからWordに校正しながら打ち込むやり方を採っていた。
「青いイルカがいたら今すぐ靴を手に入れる方法、とか検索かけるのになぁ~どうにもならないのなんてわかってるけど。……とりあえず『話し聞いてくれる味方が欲しい』……」
ひんひんぶつぶつと泣き言をもらす。
自分の頭がおかしくなってないか確認して欲しい。
そしてできればお墨付きを貰い、病院に連れていっていただきたい。
目を伏せていると、どこかでカチ、パタ。と聞き覚えのある音が聞こえた。
不審に思い前を見る。そこにはなんの気配も前触れもなく、青い物体が出現していた。
「うおっ」
「キュイッ」
青いイルカだった。
ただし普通のイルカではなく、とても……カドが多かった。身体のラインが全てカクカクしている。
要するにドットだ。わざとらしいほどの鮮明さではっきりくっきりしすぎて、逆にチープ感を醸し出している。
Windowsが98以前のパソコンを使用していた一部諸氏には、郷愁さえ覚えるような懐かしさで存在していた。
「カカカカ」
「うわっ腹立つ……じゃなくて何これは」
何というか完全に例のアレである。ヘルプを参照させろとか言ってしまったがために出てきたとしか思えない。よりによってこいつ。
「なんでこんな古いツールにしたんだよー最近ならAi コンシェルジュ的なのあるだろ……できれば人間と話したいけど。」
「サポートをご希望ですか?」
「そりゃあるなら欲しいよぉ…………ん?」
今とても耳に心地よいバリトンボイスが聞こえた気がした。
ゆっくり辺りを見回してみるも、やはり誰もいない。
若干、機械音声に似た口調。
半眼で青いイルカに目線を戻す。
「サポートキャラクターを作成しますか?」
「やっぱりお前かよぉ……え、サポートキャラクター?」
青いイルカはバリトンボイスだった。
3~40代くらいの落ち着きのある男性という感じだろうか。
自分好みの渋い声で腹立たしい外見という、嫌がらせにしか思えない組み合わせに嘆きを隠せない。
しかし、その残念さと裏腹に耳を疑う有益なことを言い放ったように聞こえた。
「作れるの?人格とかちゃんとある?」
「外見、声、性別、性格等全てエディット可能です。」
「何それ作る」
やや前のめりで即決した。
ゲームも普段好んで遊ぶが、中でもキャラクターを編集してオリジナルなアバターを作るのが非常に楽しかったのでよくやっていた。
しかも人格があるということは他人だ。作った人格キャラクターといえど、この状況で助けてくれる他人ができることほど喜ばしいことはなかった。
無意識に青いイルカは除外している。
音声入力で編集可能ですというので、これ幸いとあれやこれやこだわりまくった願望をすべて叩きつけていたらかなりの時間が経ってしまった。
以前ゲームでキャラクターを作った時など、軽く半日はかかった事があった。執念めいたものすら感じられるが本人は至って満足だったという。
「プレビューを表示しますか?」
乾いてしまった喉を潤すように、ゴクリと嚥下する。
正直にいって、かなり楽しかった。先程までの理不尽だらけの出来事を一時忘れられるくらいには熱中していたのではないか。
脳内で組み上がっているものとどれだけ差異があるか、心配はあったが期待の方が大きい。わくわくしながら答える。
「お願い。」
なんとなく、近未来的に画面でもでてくるのかと思っていた。
ポーン、と電子音がなる。同時に2メートルほどの光の壁が現れた。
淡い輝きに既視感を覚えていると、光の壁は遠ざかる方向に動き出した。
最初は鼻だった。
胸板、唇、頰という順に壁から徐々にすり抜けて、光の壁が消えてしまえばそこには1人の男性が立っていた。
紺が150センチほどなので、30センチ以上の身長差がある。シンプルな黒いTシャツとスラックスのようなものを履いていた。
髪は墨色で、短い前髪を軽く後ろに撫で付けてある。細く残した後ろ髪は一つに結んでいた。
浅黒い肌に程よくついた筋肉は盛り上がりはしていないものの、実用性に富むであろうヴィジュアル。
目を閉じたまま身じろぎもしないが、紛れもなく生身の男性にみえる。
「ええ……うそ……りある。生きてる人じゃん……」
「リクエストと相違ありませんか?まだ作成を完了していないので生命活動はしていません。」
「嘘だあだって」
血管の浮いた手の甲を見た。
脈をとろうと腕に触れてみたが、精巧な人形を触ったような無機質な温度におもわず手を引っ込めてしまう。
「……蝋人形みたい。」
「編集を終了して作成を完了しますか?」
促されて、改めて男性を見つめてみる。
まだ目は開いていないから瞳は確認出来ないが、彼が動き声を発する様を早く見てみたかった。
ふたたび胸の内側がほのかに熱を持つのを確かめ、気を取り直して答えた。
「うん。これでいい。」
「服飾その他は作成時に付与されます。人格ダウンロードが終わればサポートキャラクターが誕生します。よろしいですか?」
ただの確認作業のはずなのに、ふと女神の言葉が頭の中に蘇る。
(「どういうつもりでも、創り出したからには責任をもちませんと、ね?」)
あの女神は怒っていた。
なんとなく作者を親に、キャラクターを子供に、作品を家庭に当てはめてみる。
子供を作ったきり、家庭を顧みない親。いわゆる育児放棄である。常識的に考えてダメ人間もいいところだ。
さらに今しようとしてることといえば、外(?)で新しい子供をこさえて「新しい兄弟が増えたぞー!わははー!」とかいって問題を増やす行為に酷似している気がしてきた。
「最低じゃないか?私。」
「ケケッ、ケケッ。応答が確認できません。」
そう言ってまた確認の文句を反芻するイルカ。
イルカの模倣だというのは分かっているものの、嘲笑うような鳴き声に煽られてどうにも苛ついてしまう。
「馬鹿にしてんのかお前……」
「ライブラリ内に見つかりませんでした。ツールに意味を入力して更新してください。」
「くっそ……落ち込む隙くらい与えてくれたっていいだろ……」
「現在の内容は保存されていません。あと30秒以内に作成の終了がされない場合破棄されます。」
「…………ん?ん??!何?破棄?!」
あの欲望の塊を研ぎあげてようやく形にしたものが破棄?
細かすぎるところまで指示したせいで、正確にもう一度再現しろと言われてできる可能性は皆無なのに破棄?
「えっ、ほ、保存して!」
「保存媒体が存在しません。ディレクトリが確認できませんでした。」
「なあっ」
焦る。焦るほど頭が真っ白になっていく。
金魚のように口を開け閉めしている間に、刻々と時間が過ぎてしまう。
「うそうそうそっ。え、時間っ?」
「あと10秒です。9、8、7」
「わああーっ馬鹿ーっ!!」
「5、4、3」
私はダメ人間だ。責任なんてまた持ちきれないで放り出すのは目に見えている。やる気すぐなくすし。
だけど。でも。だめだ。
「会いたい……!作成完了して!」
助けて欲しいのも、味方が欲しいのも本当。
でも一番は自分の作ったキャラクターと会ってみたかった。話してみたかった。目蓋のなかにある瞳の色をみてみたかった。
「2、1、作成完了。人格ダウンロード開始します。」
「~~~っあぁ……よかった。」
考えてみたら作るだけ作って破棄というのは、子供ができたとたん堕胎しろと叫ぶ逃避に似ている。
それこそ無責任というものだろう。私悪くない。
必死に自己肯定を繰り返していると、「ダウンロード終了。キャラクターを生成します。」とイルカが告げた。ぱっと顔を上げる。
一重の目蓋がそっと開いていくのを見た。
凛々しい眉がぴくりと動く。
その瞳は瑠璃紺。自分の名前に因んで決めた色を思い出して少し照れてしまう。
光の差したような紺色と目があった。
声をかける第一声を、決めていなかったことを思い出す。
見つめあったまま固まってしまった。
「あ、あのね」
話しかけようと声を発したら、フッと息を吐くような微笑みを返されてどきりとする。
「なんだか随分期待されてますねぇ。申し訳ないんですけど、名前をつけてもらってないからまだ自己紹介もできないんで。」
名付けお願いしますわ、と言われてバッと振り向いた私にイルカが承知しているとばかりに応じた。
「私の名前はカイルといいます。新規名称を上書き入力しますか?」
「お前じゃねーーーーーよ!!」
初めて知ったよ!と勢いつっこみを入れてしまった私の横で、彼が笑いを堪えている気配がする。
しまった。初対面が締まらない。
溜め息を吐いてから、彼に向き直って告げる。
「えー……あなたの名前はハリ。ハリさんだよ。宜しく、お願いします。ハリさん。」
丁寧に、どうか彼によく馴染むように。
神聖な儀式のような面持ちで名前を口にした。
どこかくすぐったそうに、笑いながらそれを受けて彼が言う。
「ハリ。ハリか。ハリってのは縫う方の針であってるかい?」
「いや、違います……」
玻璃と書く。一度だけ波打ち際で拾ったシーグラス。
お婆ちゃんに海で拾い物をしてきてはいけないと言われていたのに、気に入ってつい持って帰ってきてしまった。たしか御守りの中にいれたっけ。
「なんか恥ずかしいんでまた今度オシエマス……」
「ふーん?まあいいですけどね。ファミリーネームは?」
「あ、ちょっと都合上まだつけません……ごめんなさい……」
「はいよ。まあ、なんか事情があるんでしょ。では、改めましてご挨拶させて頂きます。」
今更ながら由来が独りよがりのロマンすぎる気がして、言い淀んだが追求はしないで貰えるようだ。
切り替えて口上を述べ始めた。
「俺の名はハリ。ただのハリだ。まだ何者でもないが、あんたのサポートをさせてもらうもんだ。微力を尽くしてお仕えいたしますよ、てね。」
わざとらしく手を胸にあて、片足を引きながら腰を折る礼をした。
ボウ・アンド・スクレイプという舞台などのカーテンコールで役者がするそれを、ふざけながらも嫌味なく自然にこなす。生みの親の欲目をひいても十分似合っていた。うちの子かっこいい。
「じゃ、挨拶も済んだことだし、お仕事をさせて貰いますよ。」
は、早い。男は黙って仕事で語るというのか。なんてストイックな。などと感動していた。
気づけばハリは、いつの間にか手に槍を持っている。
「まずな。」
何をするのか期待をこめつつ見つめながら相槌を打つと、くるりと回して石突きの方を上にしてから軽く頭上に持ち上げた。
「作れるからって早速ほいほいキャラクターつくるんじゃねーーの!!」
「?!???!」
私は生まれたてのサポートキャラクターの全く予期せぬ行動に、なすがままぶん殴られたのだった。
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