11 / 12
第一章
観念の観念
しおりを挟む*************************************************************
人混みの中をためらいなく真っ直ぐ早足で歩く人間がいた。
行き交う人々もその男を避けようともしない。
実際ぶつかって透けている。苛立ちを隠さず黒髪を揺らすハリだった。
「まっっったく捕まらない……!」
あの、顔に間が抜けていますと大書したような人物がこれだけの期間、尻尾の先もださないなどと考えもしなかった。
厄介だったのは自身が食事を必要とする体だったことである。
良心は傷んだものの背に腹はかえられぬとこっそり色々なところから拝借し、腹を満たしているのが現状である。アホ主人が見つかったら払わせようと心に決めた。
実に数日、何の収穫の無いまま時間が過ぎてしまっている。
こうなると目視で確認できない方法で行動をしている可能性を考えなければならないのではないだろうか。
なにせここはファンタジーなので、人間に考えつくことはある程度実現可能の世界なのである。
幸い登場人物はまだ少ない。
当初の予定通りキャラクターたちの周りを張り込み続けるべきか。
窓の中を恨めしそうに見る。
そこにはディトォとマーシャ、その両親、そしてスマイトと三つ子鎧がいた。
あとはあの中に主人が紛れ込みでもしない限りは。
「…………まさかなぁ。」
壁をすり抜け、ふらりと三つ子鎧の前に出た。
「!」
その中で一人だけ不自然に顔の方向を逸らした鎧がいる。
「……………………」
「………………………………マスター?」
そんなはずはと思いつつ問いかけてみる。
ぴくりと動きを止める鎧。
「…………表出ましょうか。」
震えだす鎧。バイザーは降ろされたままだったがなんとなく顔色は青いだろうなと思う。
「今そのキャラいなくても進行に支障ないでしょう。早くしてくれます?」
この数日を思ってうっかり怒気が漏れてしまう。
形容し難くきゅっと縮こまった鎧。器用である。
しばらく震えていたが、観念したのかそっと外に向かう姿を見送ってから追従する。
「……で?俺を置き去りにした理由はいったいなんなんです?」
人気のない路地に入るなり口を開いた。
対して鎧は兜を脱ぐ。
出てきた顔は紺と似ても似つかぬ少年だったが、ハリは動揺することもなく答えを待った。
「別に一人の方が動きやすいかなって思っただけです。」
「(です?)そいつに成り代わって何がしたかったんです。」
「女神の制約が、どこまで作者の力で破れるか試したかったから。」
女神の制約とは登場人物に作者だとバレたら物語に取り込まれる、の下りだろう。
「試すならそんな綱渡りすることもなかったでしょうに。」
「サブキャラで名前も出ないしあんまり喋んないからいけるかなって……」
「でぇ?どこまで代償を払ったんです。」
ぎくりと身を固くする鎧。
先程からびくびくしすぎて、只でさえ小さい体が縮んでしまうのではないかと思う。
しばらく考えてから、傷でもかばうように腕の鎧を脱いでいった。
「おいマスター……!これは何の冗談だ。」
そこにあるはずの腕が、二の腕のなかばから消え去っている。
初遭遇で消失した時の比ではない。
「へへ……あと両足も消えちゃった。服着てればバレないんだけどね。」
どこか自暴自棄に言葉を放る紺。
「被害を受けることくらい予想できただろう。何でここまでした……!」
「前にさ、帰りたくないのかって聞いたよね。」
いつのまにか目の前に、驚くほど凪いだ目をした主人がいた。
「私の人生の『あらすじ』は知ってるんでしょ?ならわかるよね。家族も友達も現実に帰りを待っていてくれる人いないし、やりたいことも何にもない、し。」
何も言わないでいると、だからさと続ける紺。
「ここなら……ここなら大好きなファンタジーに浸かってられる。」
「なら『こちら』の住人にでもなるつもりですか。」
答えは返ってこない。
「じゃあ何の為に俺がいると思ってんだあんたは。」
「え……」
「俺は確かに現実の人間じゃない。でもあんたの味方なんだ。世界中が敵に回っても、あんた自身が自分を損なおうとしても、俺だけは死ぬまで味方だ。」
力強い瞳で紺と目線を合わせる。
呆然と目を見開いてこちらを見ていた。
「わからないか?あんたが俺を、そういう風に作ったんですマスター。」
たとえ世界が滅びても、死の側にあっても裏切らない。そう祈られて作り出された特別製。
「いいか、現実にどれだけ嫌気がさしてるかは知らないが、俺はあんたに求められて生まれた唯一のキャラクターだ。」
物語ではなく主人の、ただそれだけの。
「そんなやつが、あんたの幸せを想わないはずないだろう。」
「えっ?」
乱暴なことを言えば物語の帰結などどうでもよかった。
俺は主人を『幸せ』に導くべく創られたキャラクター。
「あんたがどんなダメ人間でも、作者あってのキャラクターなんだぞ。それに今のあんたはただ逃げてるだけで、ここにあんたの居場所はない。」
「あ……」
「本当はわかってんでしょう。何をヤケになってるのか知りませんが、マスターはこれからも無責任にキャラクター作ってればいいんですよ。俺が軌道修正します。」
その為だけに生まれた自分だった。この際の傲慢さは許されるべきだと考える。
紺はといえば、叱られた子供のように目を伏せている。
「……わかった。」
「それに未完結の作品、まだまだあるんでしょう?そっちも終わらせないと。」
「うっ……!」
がくりと膝をつく様子を見て、いつもの雰囲気に若干ほっとした。
「……いるんでしょ、イルカ。」
「キュキュキュ。カイルです。どうぞ入力してください。」
シュイーンと効果音をたて、空中に現れたイルカ。
「サブキャラクター、ミハイ・エミネスクの人格を生成して、今までの私の行動を自分のこととして記憶させて。」
「キャラクター属性は?」
「無口・存在感がない・三つ子鎧の一人で唯一の一般人」
「場所はどこに配置しますか?」
「後二人の鎧の側に、初めからいたように。」
あと私の姿も元どおりにしてと言うと、シュウと水蒸気のような音がしたと思えば見慣れた姿をした紺がいた。
真っ先に腕をとると、そこに確かにある肌に安心する。
足はスカートを覗くわけにいかないので本人に確認させた。大丈夫みたい、と返ってくる。
「……ん?唯一ってのは?」
「後の二人はもう一つの役割があるんだ。」
なんとなく聞かれたくないのか、ハリの耳元に顔を寄せ、小声でもしょもしょ喋る紺。
「はーん……どこでバラすんです?」
「どこにしよう」
「はいはい。一緒に考えればいいですよ。」
「やだーなんか今日ハリさんが優しい~……」
「目の前で自殺未遂されてみなさい。優しくもなるってもんです。」
「じ、自殺って……ご、ごめんね?」
「いいですけど二度とやんないでくださいよ。」
「ハイ。」
お互いの間に流れる雰囲気が、なにかくすぐったいような浮ついたものになっていることをあえて無視する。
「……いやーしかしこんなに熱い感じに設定したっけなー?キャラが一人歩きするってこんな感じなのかなー?……」
ぶつぶつと呟く内容も聞こえないふりをした。
そういえばと目的とともに怒りを思い出す。
「まずやることは俺が無銭飲食しちまった店の支払いです。払ってくださいよ。」
「えっ?そんなことしてたの?」
「誰のせいでしょうかね?」
「ああ!久々に痛いいいああああ」
リズミカルに石突きで叩けば、悲鳴とともに逃げる頭を追いかける。
ともかく阿呆な主人は戻ったのだ。
語ってしまった恥ずべきことの一切は、気の済むまで石突きに託そうと思った。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる