捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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シュバリエ帝国の皇女たちはお怒りです。

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 シュバリエ皇国には、双子の皇女がいた。
 今年、十七歳になった。

 美男美女と名高い皇帝と皇妃の娘である彼女たちは、その血筋に違わぬ美貌を持って生まれた。

 姉のエリシア・ヴァーミリオンは、父帝譲りの深紅の髪に、溶けた黄金のような金眼を持つ。

 妹のルシア・ヴァーミリオンは、母譲りの柔らかな緑の髪と、同じく金色の眼を宿していた。

 並び立てば、まるで宝石細工の人形のようだと、人々は囁いた。
 いつしか二人は、「皇国の宝石」とまで称される存在となる。

 だが、その輝きの裏で――彼女たちもまた、皇室に代々受け継がれる呪いに翻弄される子供たちだった。

 二十歳を迎え、叔父であるコンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵が死ねば、次は双子のどちらかが呪いを受ける。

 そんな未来が、誰の目にも見えていた。

 だからこそ、周囲は距離を取った。
 どれほど美しくとも、どれほど気高く賢くとも、婚約者など、最初から存在しなかった。

 それでも。

 可能性があると分かっていながら、普通に接してくれた者がいる。

 愛情は深すぎる両親である皇帝と皇妃。
 叔父であるコンラッド公爵。

 そして――

 母のいとこである宰相アルベルト・ローレンツと、その夫人マリーシャ。
 幼なじみであるその息子、アレクシス・ローレンツ。

 騎士団長であるガイウス・グラディウスとその夫人エレナール。
 もう一人の幼なじみでアレクシスの親友でもある息子、フェリクス・グラディウス。

 同世代で、皇女たちを特別扱いせず接してくれたのは、アレクシスとフェリクスのたった二人だった。
 惜しくも、同性の友人は皇女たちを怖がり、できることは叶わなかったのだが。

 アレクシスとフェリクスは、いつも皇女たちに優しかった。
 二人はいつだって、涙することも多い皇女たちをつねに優しく見守り、寄り添ってくれた。

「自分では、役不足かもしれませんが……」

「自分たちにできることは、なんでもしますよ。」

 貴族たちの心ない言葉からも、いつも自分たちを盾にして守ってくれた。

「だから、泣かないで。その美しいお顔が台無しですよ。」

「いつまでも、笑っていてくださいね。そのために、僕たちにできることは全部します。」

 いつも控えめだけれど、それでもそばにいてくれる彼らが、皇女たちは大好きだった。

 だからこそ、皇女たちは静かに決めていた。

 ――将来、もし結婚出来る未来があるのなら。

 姉であるエリシアは、アレクシスを夫に迎え、妹夫妻と共に皇国を支えていこうと。
 妹であるルシアもまた、フェリクスを夫に迎え、姉夫妻と力を合わせていこうと。

 体の関係さえ持たなければ、アレクシスとフェリクスが死ぬことはない。
 そうお互いの心に言い聞かせて。

 とても辛いけれど、お世継ぎを作るためにはそれぞれ側室の一人くらいは、許さなければならない。
 皇女たちにとって、それは一番辛い決断だった。

 でもそれさえ我慢すれば……。
 このまま何事もなく、アレクシスとフェリクスを含めた四人で、楽しく、心穏やかな毎日を暮らせる。

 そう信じていたのに。

 皇族の呪いが解けたと知ったとたん、貴族の息子たちは手のひらを返したように、手紙をよこしてきた。
 叔父、ヴァーミリオン公爵が女難の相だというのであれば、皇女たちは男難の相である。

「今までは、無視していたくせに……」

「今までは、まるで汚い者を扱うように避けていたくせに……」

 皇女たちは怒っていた。
 そして、皇女たちといつも一緒にいるアレクシスとフェリクスを集団でいじめる心の狭い貴族ども。

 彼らはただでさえ、宰相と騎士団長の息子ということで目立っていた。
 そして、皇女たちと小さい頃から仲の良かったことも、災いしていた。

 彼らは、決して弱いわけではない。
 ただ、一日も早く皇女たちを、自立した存在として支えていきたい。
 その強い意志で動いているため、相手にしていないだけだった。

 それが余計に、他の貴族たち――欲に溺れる者たちの神経を逆なでした。
 目に余るほど、陰湿ないやがらせが続いていた。

 日に日に酷くなる一方だったが、彼らは相手にしなかった。

 外見は穏やかでおとなしく、博識だが、意外にも剣の扱いもうまいアレクシス。
 剣の扱いが驚くほどうまく外見は活発だが、実は読書が趣味のフェリクス。

 二人は平和主義だからなのか、決して自分たちから事を荒立てるようなことはしない。
 それ故か、陰湿な嫌がらせも、二人で協力して回避している様子である。

 学院の回廊で、頭上から落ちてきた鉢植えが床に砕け散った。
 その横を、アレクシスとフェリクスは歩調を変えることなく通り過ぎる。
 誰も、二人がいつ足を止め、いつ避けたのかを見ていなかった。

 それ以降も、汚物や石が降ってくることはあったが、彼らの生活が乱れることはなかった。

 また外出すれば、複数人に囲まれても、二人は致命的な傷を負うことなく、その場を収めてしまう。
 それがどれほど異常なことかを、彼ら自身だけが理解していなかった。

 一度や二度ではない。
 何度か起こる、あまりにも不自然な偶然。
 しかし、彼らは無傷でなおかつ自分たちで解決できることから、あえて気にした様子はなかった。
 
 女性を使って、不利益な噂を流そうと企む者たちもいた。

 だが、彼らは皇女たち以外の女性と、一対一になることを決してよしとしなかった。

 貴族というものが、どれほど陰湿で、他人の不幸を娯楽のように扱うかを、身をもって知っていたからだ。
 憶測に悪意を重ね、尾ひれ背びれを付け足し、それを糧に生きる――そういう人種だと理解していた。

 だからこそ彼らは、貴族と名の付く者と接する際には、無意識のうちに距離を測り、常に緊張の糸を張っていた。

 とりわけ貴族女性に対しては慎重だった。
 接触を極力避け、学び舎も、あえて男子のみが通う騎士学院を選んだほどである。

 やむを得ず女性と会わねばならぬときには、必ず信用のおける第三者を立て、言葉も行動も最小限に抑えた。
 それでも彼らの気質ゆえか、傍目には常に紳士的で誠実に映ったらしい。

 結果として、陥れようとした子息側の方が、不名誉な噂を背負うことになるのだった。

 彼らが本気で怒らないのをいいことに、ますます陰湿に、過激になっていく嫌がらせ。

 心配する皇女たち。
 そんな皇女たちに、彼らはいつも。

「大丈夫ですよ。」

「問題ありません。」

 と、優しく微笑んでくれる。

 しかし、皇女たちはそれをよしとしなかった。

 アレクシスもフェリクスもまた、叔父であるコンラッド公爵と同じような噂を立てられたのである。

(男同士で実は……)

 という、一部の女子たちが好んで囁く、あの類の話題である。
 
 本人たちは、笑って気にもしていなかったが、皇女たちの中で、最後の理性が音もなく断ち切れた。

 皇女たちはその噂を機会に、皇族の持つ「影」を利用し、アレクシスとフェリクスをいじめる者と加担する家族を徹底的に叩き潰した。

 その裏で、ターニャの執事である悪魔が、静かに動いていた。

「最近は美味なる食事をしすぎて、私、このまま太ってしまいそうです……。」

 ともらす程度には、その数は増えていった。

 恥知らずにも、自分たちに求婚する貴族たちは、徹底的に叩き潰した。
 言葉と権力を行使し、二度と立ち上がれぬよう封じ込めた。

 おかげさまで、もう、この国には皇女たちに言い寄るバカはいないだろう。

 ……そう、安心していた矢先だった。

 そんな均衡を破るように――隣国、イシャロット帝国から、突然縁談が舞い込んできたのだ。
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