捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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とうとうばれました 

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 銅像の瞳に、淡い青が灯った。

 ――。

 誰も息をしていないみたいだった。
 装置の光だけが、部屋の中心で静かに脈打つ。

 ユーリの腕の中で、ヨナリウスが小さく喉を鳴らす。
 コンラッドの胸は硬く、熱く、震えていた。
 その震えが抱擁の輪の中を伝って、ユーリの背筋まで刺さる。

(だめ。お願い。失敗して……)

(だめだ。俺はどうなってもいい――頼むから無事でいてくれ……)

 真逆の祈りが、同じ瞬間に重なった。

 次の瞬間。

 テッテレー!

 場違いなほど陽気な音が鳴り響き、明るい光がぱっと弾けた。

 その光は、優しくコンラッドたち三人を包み込むと、スーッと溶け込むように消えていった。

 同時に――
 銅像の胸の紋章が一瞬きらりと輝き、『血縁あり』の文字が、浮かんでは消えた。

 先ほどの国王たちの時のように、銅像は台から飛び出すことはない。
 代わりに、さっきまで無機質だった顔が、喜びに満ちた笑顔となり、互いを強く抱擁していた。

 その笑顔を見た途端、部屋中の緊張が崩れ落ちた。

「……ぁ……」

「生きてる……」

「よ、よかった……っ」

 へたりこむ音が、あちこちで重なる。
 膝から崩れ、床に手をつき、壁に背を預ける者までいる。

 ローウェンは放心したまま、口だけ動かしていた。

「……すごい……すごすぎる……別パターンまで完備とは……」

 国王エリオットは、もはや威厳も何もなく床に座り込み、両手で顔を覆っている。
 ミディマリアは目尻に涙を浮かべ、胸を押さえて長く息を吐いた。

 ――そのとき。

 ユーリの胸元が、ふっと熱くなった。

(……え?)

 気づくより早く、懐から何かが滑り落ちる。

 白い紙。

 ターニャにもらった、転移の――あの紙だ。

 いざというときのため。
 ヨナと二人で逃げ出すために、胸元に隠して用意しておいた紙。

(見られたらまずい!)

 そう思った瞬間、ユーリは素早く手を伸ばしかけた。

 だが、

「え……」

 紙は青白い光を放ったかと思うと、灰になりながら静かに舞った。
 燃えかすが、雪みたいに床へ落ちていく。

 そして――

「……あ」

 誰かが、息をのむ音がした。

「……ユリアーナ……」

 名前を呼ぶ声が聞こえたと同時に、自分たちを抱きしめるコンラッドの腕が、わずかに強くなる。
 その声は震えていた。

「離し……」

 そう言いかけて、目に入ったものにぞっとした。

「どうして……」

 銀。

 月光のような、ユリアーナ本来の銀色。
 それが今、自分の瞳に映っている。

 ヨナリウスのものではない。

 その髪は――

(短く切りそろえたはずの髪が――なぜ、こんなに長い……)

 ユーリの喉がひきつった。

 嬉しくない。
 嬉しいはずがない。

 なのに――逃げ場がなくなった、という事実だけが、胸の底で鈍く鳴る。

(最悪だわ……ご先祖様……)

 震えそうになる指先を、ユーリはヨナリウスの背中に押し付けた。
 
 今は自分のことはどうでもいい。
 せめてこの子だけは――。

 守る。
 守る。
 守る。

 それだけを考えればいい。
 離ればなれにさえならなければ、それでいい――そう思った、その瞬間。

「わぁっ!」

 甲高い、弾ける声。

 ヨナリウスだった。

 母の胸から顔を上げ、目を丸くして、きらきらと輝かせている。

 怖がっていない。
 疑っていない。
 ただ、世界でいちばん大事なものを見つけた顔だ。

「母様、みて! みてみて!」

 ヨナリウスは自分の頭を、ユーリの長い髪に押し当てた。
 銀の――同じ光。

「ぼくと母様、同じ色だー!」

 ぱあっと満面の笑み。

「おめめも! おめめもだよ!」

 うれしそうに見つめてくるヨナリウスの瞳には、同じアメジスト色の瞳をした自分が映っていた。

「わーい! やったぁ! おそろいだぁ!」

 その無邪気さが、刃みたいに胸に刺さって――でも同時に、救いみたいに優しかった。

 ユーリは、息を止めたまま笑えない。
 けれど、ヨナリウスは笑っている。
 “血縁”が何を意味するかも知らずに、ただ「母と同じ」だと喜んでいる。

 その瞬間、コンラッドの胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

 抱きしめる腕が、少しだけ震える。
 けれど、離さない。

(……このまま)

 言葉にならない願いが、彼の中でまた形を取る。
 この腕の中の二人を、今度こそ失わないために。

 凍りついた沈黙を最初に割ったのは――ディーバリーだった。

 彼は深く息を吸い、吐いた。
 それは感情を整える呼吸というより、「胃に落とす」ための呼吸に見えた。

「……皆様。」

 声は低く、静かで、よく通った。
 騒ぎたくてうずうずしていた空気が、その一言で妙に落ち着く。

「――判定は出ました。」

 言い切った瞬間、ざわり、と再び声が立ちかける。

 だがディーバリーは一歩前へ出た。
 その一歩が、“これ以上は私が止める”という意思表示になる。

「次に必要なのは騒ぎではありません。確認と整理です。――外交の場で、最も大事なやつです。」

 シュバリエ皇国側の騎士たちが反射的に背筋を伸ばす。
 ヨルムンド側も、国王の顔色をうかがって口を噤む。

 ディーバリーは視線だけで状況を組み立て、口を開いた。

「国王陛下、お願いいたします。」

「……え? お、おう。」

 エリオットはまだ床に座ったままだったが、反応だけは返した。
 そして慌てて立ち上がり、「コホン……」と咳払いをして見せる。

「この場で、これ以上の詮索と議論を続ければ、母子が潰れます。」

 “母子”という言葉を、わざと使う。
 誰の母で誰の子か――あえて包み、しかし意味は伝える。

 ユーリの腕の中で、ヨナリウスがまだ嬉しそうに髪を揺らしていた。
 その無邪気さが逆に、周囲の大人を黙らせる。

 ディーバリーは続けた。

「私どもは使節団です。いま最優先すべきは――当事者の安全と、状況の沈静化です。」

 そして、一瞬だけ視線をコンラッドへ向ける。
 抱きしめたまま固まっている主君。
 守っているつもりで、追い詰めている男。

「つきましては――陛下。部屋を一室、お借りしたく存じます。」

「部屋? あ、ああ、もちろん!」

 エリオットは勢いよく頷き、慌てて隣で立ち上がったミディマリアを見た。

「……ええと、ど、どこがいい? “王族生誕の間”の隣で――」

「それよりも――」

 二人は罪悪感からか、しどろもどろになっていた。

「いえ。隣は困ります。」

 ディーバリーが即答した。
 笑顔なのに、圧がある。

「この装置から可能な限り遠い場所で。静かで、鍵がかかり、出入りを管理できる部屋でお願いします。」

 ここから先の話はきっと、他人に聞かれてはまずいことになる。
 そう判断したからだ。

(コンラッド様といい、ユリアーナ様といい……)

 分からないことだらけで、正直頭が痛い。

 周りを横目に、ぐるっと見渡せば……。

 罪悪感からかぎこちない態度の、エリオット国王とミディマリア兄妹。
 装置に釘付けのローウェン・ヴァレン辺境伯と、それを必死になだめる弟バーナード・ハイランズ伯爵。

 そして――

「ユーリ?」

「どうして……」

 呆然とその場に立ち尽くしている、ドモンとケイオス。

 さらに――

「やった! やっとユリアーナ様が見つかった! これで話が先に進む!」

 と、やけに大喜びの部下、ウェルナー・サイオン。

(さて、ここは他国。どうやって静かに、目立たず収拾していこうか……)

 そんなことを考えていると。

「わ、わかった!」

 エリオットは即座に近衛へ指示を飛ばした。
 ようやく国王の顔に“仕事の顔”が戻る。

 ディーバリーは、そのまま場に命令を落とす。

「シュバリエ皇国の者は廊下を封鎖。ここから先は極秘事項となるため、立ち会いは私とウェルナー、それからフリーダム側の二名を付けてください。念のため女性も必要です。ミディマリア殿下、あなたもお願いいたします。互いの安心のためです。」

「え……私が……ですか?」

 ミディマリアの顔から、瞬時に血の気が失せていった。
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