ギガシス スリー

ミロrice

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「すみません、遅くなりました」
 煌が勤務先のオフィスに戻ったのは、もうすぐ二時になろうとする頃だった。
「ああ、鷹山くん。帰ってきたのね」
 煌の先輩である一ノ瀬いちのせ美麻里みまりが、慌てた様子で椅子から立ち上がった。
 タイトなスカートスーツ姿の眼鏡美人だ。
 スタイルもよく、いつもは首の後ろで結んでいる髪を、高い場所で結っている。
「そりゃ帰ってきますよ。って、あれ?」
 オフィスには数人の同僚しかいなかった。
「怪獣が出たから臨時休業だそうです。怪獣が出たの、知ってます?」
 後輩の坂下さかした楓太ふうたがショルダーバッグを肩に下げて、煌の近くへ寄ってきた。
 背が低く、眼鏡に短めのマッシュルームカットは小学生のようだ。
「怪獣って、あれが?」
 確かに象くらいはあったが、あれを怪獣と呼ぶのだろうか。
 それに、臨時休業だって?
 などと煌が考えたのは、巨大な怪獣のことを知らなかったからだ。
「部長! 休業手当は出るんですか⁉︎」
 煌が奥の窓際でデスクの整理をしている、中年男性に声をかけた。
 久我沼くがぬま部長だ。
 この三人の他に、社員は残っていなかった。
「怪獣は天災だろう。出るわけない!」
「そんな!」
「ところで鷹山さん、その方は?」
 楓太が不思議そうな顔で煌の後ろを指差した。
 そこには琴子が立っていた。
「あ、どうも、こんにちは……」
 琴子が小さな声で言った。
「ああ、怪獣から一緒に逃げた、えーと、ちゃんだ」
「琴子です」
「あ、ごめん。脚を怪我したんで連れてきた。家まで送ろうと思って。休みを取ろうと思ってたが、臨時休業でよかった」
「お、鷹山は休むか? じゃあ休業手当はなしだな」
「ちょっと部長!」
「冗談だよ」
 久我沼部長はにこりともしなかった。
「へぇー、琴子ちゃんですか。僕は坂下楓太っていいます。楓ちゃんって呼んでください」
「え、あの」
「なに言ってんの、あんたは。それにふたりして初対面の女の子にちゃん付けだなんて」
 美麻里が楓太の頭を、こつんと叩いた。
「あいた。でも、鷹山さん、怪獣から逃げたって凄いですね」
「ああ、運がよかっただけだけどな。あれってニュースになってるのか?」
「ええ、ビルを壊しまくりですよ」
「ビルを? あれが? バスくらいの大きさしかなかったぞ?」
「なに言ってんの、鷹山くん。どう見ても百メートルくらいあったわよ、怪獣なんだから」
「いやいや、せいぜい五十メートルですよ」
「ええ?」
「なんの話をしているんだ?」
 そんなやりとりをしていると、ずずん、とわずかに床が震えた。
「うわ、こっちに来てるのかな?」
 楓太がバランスを取るように腕を広げた。
──なんだ、これは? あの熊みたいなやつが怪獣じゃないのか?
「いかんな。よし、とっとと逃げるぞ。エレベーターは止まるかもしれんから、階段で避難だ」
「ええ? 部長、正気ですか? ここ、二十階ですよ?」
 美麻里はそう言うと、パンプスを脱いで、バッグから運動靴を出した。通勤用の靴だ。
「琴子ちゃんは大丈夫ですかね?」
 楓太が琴子の膝の包帯を見つめた。
「俺がおぶるなりして行こう。ちょっと荷物を」
 煌が自分のデスクに向かった。
「急いでよ」
 美麻里が靴を履きながら言った。
「はい。えーと」
 このビルが倒壊すれば、荷物は回収できなくなるだろう。
 なにか大事な物があったっけ?
 と煌が引き出しを確認していると、
〝煌〟
 と声がした。
 どこから聞こえたのかわからないし、聞き覚えもない。
 煌はあたりを見回したが、四人以外に人影はない。
「なにしてるの? ほら、急いで!」
 美麻里の声に、
「あ、はい」
 とデスクに視線を戻した。
 同時に、ずずん、と床が振動する。
 デスクの中に命より大事な物はない、と判断した煌は、デスクの下のショルダーバッグを斜めにかけると、オフィスの外で待っている四人の元へ走った。
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