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煌が道路脇の空き地に立っていると、東京方面からライトを点けた車が走ってきた。
少し前に美麻里から、もうすぐ着くだろうと連絡が入った。
果たして、車はクラクションを二度鳴らした。
スピードを緩めずに煌の前を通り過ぎたが、煌の眼には、運転手が美麻里だとわかった。
見えたのだ。
車はすぐにタイヤを鳴らしてスピンターンをすると、百八十度方向を変えた。
「すげ」
車はゆっくりと路肩に寄せ、空き地に入った。
メタリックの赤い小さなスポーツカーは、煌の前で止まった。
煌の側のウインドウが降りていった。
「すみません、ご足労をおかけして」
煌が助手席の窓からのぞき込むと、運転席の美麻里がむっつりとした顔をしていた。
「助手席に服、あるからさっさと着替えて」
衣料品店の紙袋が助手席に置いてあった。
「ありがとうございます」
煌は助手席のドアを開けると、荷物を手に取った。
「ちゃんと代金は払ってよね」
煌がドアを閉めると美麻里が言った。
煌は空き地にある四角い建物に走った。
空き地は駐車場で、建物は夏の海水浴客用の更衣室だろう。
前もって確認して、ここで待っていたのだ。
確認する時にドアを引いたら、バキッと音がして開いたので、煌は、もともと壊れていたことにした。
コインロッカーが並ぶ室内で煌は全裸になると、手早く服を身につけた。
グレーの上下のスウェットスーツだ。
サイズはぴったりだった。
ボクサーパンツは奇妙な柄の入ったド派手なやつだった。
靴下も脱ぎ、湿った革靴を履いた。
おかしな格好だが仕方がない。
「お待たせしました」
煌は車に戻った。
「早く乗って」
「失礼します」
荷物を足元に置いて、助手席に座った。
車はウインカーを点けて、道路に入った。
運転席の美麻里は、いつもより濃いめの化粧をしていると煌は思った。
髪はポニーテールだ。
煌が美麻里の私服姿を見るのは、初めてだった。
深い赤のカーディガンに、黒い細身のジーンズだ。
カーディガンの下には薄黄色のキャミソールを着けていた。
が、その盛り上がりがすごい。
深い谷間も見えていた。
「ど、どこ見てるのよ」
美麻里がカーディガンで胸を隠した。
うっかりガン見してしまっていたのだ。
「あ、いや、一ノ瀬さんの私服姿を見るのは初めてだなーって」
「ふーん」
──見られるのが嫌だったらそんな服、着てこなけりゃいいのに。
しかし、わざわざ服を買ってこんな遠方まで来てくれたのだ。
言えるはずもなく、煌は前方に眼をやった。
──しかし、すごいな。脳内コラージュの画像を修正しなけりゃならないぞ。
煌がそんなことを考えていると、
「で、どう?」
美麻里が言った。
「デカいですね」
「え?」
「あ、いや、なんのことです?」
「もう。私服よ、私服」
「え? えーと、可愛いと思います」
「はあ?」
──しまった、間違ったか。
美麻里は美人だが、可愛い顔立ちをしている、と煌は思っていた。
だが、本人はそう思われるのを嫌っていて、いつも厳しい顔をしている。
眼鏡だって、そう思われないような、横長のちょっと端が上がった黒縁眼鏡だ。
そもそも眼鏡は伊達眼鏡だ。
度が入っていない。
可愛いと思われるのは心外だったのだろう。
「えっと、よく似合ってますね」
「ふーん、そんな感想なんだ」
──これもはずれか! えーと。
「カ、カッコいいです」
「お! そう思う?」
「ええ、なんだか大人の女って感じですね」
「うふふ。いやー、そうかしら?」
美麻里はにこにこ顔になって前を見続ける。
──ふー、やっと正解か。
煌はどっかりと背中をシートに預けた。
「あ、そうだ。お腹減ってない? サンドイッチ買っといたけど」
美麻里は前を見たまま、ダッシュボードに手を伸ばした。
体が傾いて、深い谷間を作る大きな膨らみが、重そうに揺れる。
しかし、煌には見えなかった。
ダッシュボードを開けると、美麻里は体を元に戻した。
ダッシュボードの中には、白いコンビニ袋が入っていた。
「お! ありがとうございます。言われてみれば、腹ペコでした」
煌はコンビニ袋を取り出して開いた。
サンドイッチが四つと、缶コーヒーがふたつ入っていた。
「あ、それともどこかで一緒にご飯食べようか?」
「いえいえ、これで充分ですよ」
「そっか」
と言ったあとに、「失敗したなぁ」と美麻里が小さくつぶやいた。
「え?」
「あっ、んーん、なんでもない。全部食べちゃっていいわよ」
「あざます! じゃ、いただきます」
煌はサンドイッチを食べはじめたが、
「あ、そうそう。今日なにがあったか知ってる?」
美麻里が尋ねてきた。
「え? 怪獣が出た以外に、なにかあったんですか?」
「うん、なんか街中で大きな爆発があったんだって。相当な被害が出てる」
「東京で?」
「そう。なんかね、隕石が落ちたとか、どこかの国のミサイルだとか、ロケットが落っこちたとか言われてるけど、まだ政府もよくわかってないみたい」
「……そんなことが」
──おい、宇宙人。
応答はなかった。
──まだ寝てるのか。爆発のことを聞きたかったが……やはり悪い宇宙人の仕業だろうな。
「怪獣の方もよくわからないわよねー。あんなでっかい生物が東京の地下にいたなんて。こっちの被害者も相当なものよ」
「地下?」
「うん、出現したと思われるところに大きな穴があってね、そこから出てきたみたい」
「へー、そうだったんですね」
煌は違和感を覚えた。
なにかおかしい。
しかし、その正体を掴む前に、美麻里が話しかけてきた。
「鷹山くん、家、どこだっけ?」
「え? 送ってくれるんですか?」
「うん」
「いや、いいですよ、どこかの駅で降ろしてもらえれば」
「そお? 遠慮しなくていいけど?」
「あとが怖いですからね」
「なんですってー?」
美麻里が怖い声を出した。
「じょ、冗談ですよ、ホントに大丈夫ですから」
「電車、動いてるかな?」
遠くに電車が走る明かりが見えた。
「あ、動いてますね」
「ちっ」
「え?」
「な、なんでもない。じゃ、ホントに駅でいいのね?」
「はい」
美麻里の住所に近い駅のロータリーで、車は止まった。
「ホントに遠慮しなくていいんだけど」
「いえ、大丈夫です」
「わかった」
美麻里はなんだか不機嫌そうに言った。
煌は荷物を持って車を降りた。
「あ、代金は?」
思い出して窓から声をかけた。
「明日会社ででいいわよ。じゃあね」
美麻里の車は走り去った。
駅の案内で途中までしか運行していないことを知ったが、歩けない距離ではない。
煌は電車に乗った。
スウェットスーツで裸足に革靴だったが、誰も気にする様子はなかった。
少し前に美麻里から、もうすぐ着くだろうと連絡が入った。
果たして、車はクラクションを二度鳴らした。
スピードを緩めずに煌の前を通り過ぎたが、煌の眼には、運転手が美麻里だとわかった。
見えたのだ。
車はすぐにタイヤを鳴らしてスピンターンをすると、百八十度方向を変えた。
「すげ」
車はゆっくりと路肩に寄せ、空き地に入った。
メタリックの赤い小さなスポーツカーは、煌の前で止まった。
煌の側のウインドウが降りていった。
「すみません、ご足労をおかけして」
煌が助手席の窓からのぞき込むと、運転席の美麻里がむっつりとした顔をしていた。
「助手席に服、あるからさっさと着替えて」
衣料品店の紙袋が助手席に置いてあった。
「ありがとうございます」
煌は助手席のドアを開けると、荷物を手に取った。
「ちゃんと代金は払ってよね」
煌がドアを閉めると美麻里が言った。
煌は空き地にある四角い建物に走った。
空き地は駐車場で、建物は夏の海水浴客用の更衣室だろう。
前もって確認して、ここで待っていたのだ。
確認する時にドアを引いたら、バキッと音がして開いたので、煌は、もともと壊れていたことにした。
コインロッカーが並ぶ室内で煌は全裸になると、手早く服を身につけた。
グレーの上下のスウェットスーツだ。
サイズはぴったりだった。
ボクサーパンツは奇妙な柄の入ったド派手なやつだった。
靴下も脱ぎ、湿った革靴を履いた。
おかしな格好だが仕方がない。
「お待たせしました」
煌は車に戻った。
「早く乗って」
「失礼します」
荷物を足元に置いて、助手席に座った。
車はウインカーを点けて、道路に入った。
運転席の美麻里は、いつもより濃いめの化粧をしていると煌は思った。
髪はポニーテールだ。
煌が美麻里の私服姿を見るのは、初めてだった。
深い赤のカーディガンに、黒い細身のジーンズだ。
カーディガンの下には薄黄色のキャミソールを着けていた。
が、その盛り上がりがすごい。
深い谷間も見えていた。
「ど、どこ見てるのよ」
美麻里がカーディガンで胸を隠した。
うっかりガン見してしまっていたのだ。
「あ、いや、一ノ瀬さんの私服姿を見るのは初めてだなーって」
「ふーん」
──見られるのが嫌だったらそんな服、着てこなけりゃいいのに。
しかし、わざわざ服を買ってこんな遠方まで来てくれたのだ。
言えるはずもなく、煌は前方に眼をやった。
──しかし、すごいな。脳内コラージュの画像を修正しなけりゃならないぞ。
煌がそんなことを考えていると、
「で、どう?」
美麻里が言った。
「デカいですね」
「え?」
「あ、いや、なんのことです?」
「もう。私服よ、私服」
「え? えーと、可愛いと思います」
「はあ?」
──しまった、間違ったか。
美麻里は美人だが、可愛い顔立ちをしている、と煌は思っていた。
だが、本人はそう思われるのを嫌っていて、いつも厳しい顔をしている。
眼鏡だって、そう思われないような、横長のちょっと端が上がった黒縁眼鏡だ。
そもそも眼鏡は伊達眼鏡だ。
度が入っていない。
可愛いと思われるのは心外だったのだろう。
「えっと、よく似合ってますね」
「ふーん、そんな感想なんだ」
──これもはずれか! えーと。
「カ、カッコいいです」
「お! そう思う?」
「ええ、なんだか大人の女って感じですね」
「うふふ。いやー、そうかしら?」
美麻里はにこにこ顔になって前を見続ける。
──ふー、やっと正解か。
煌はどっかりと背中をシートに預けた。
「あ、そうだ。お腹減ってない? サンドイッチ買っといたけど」
美麻里は前を見たまま、ダッシュボードに手を伸ばした。
体が傾いて、深い谷間を作る大きな膨らみが、重そうに揺れる。
しかし、煌には見えなかった。
ダッシュボードを開けると、美麻里は体を元に戻した。
ダッシュボードの中には、白いコンビニ袋が入っていた。
「お! ありがとうございます。言われてみれば、腹ペコでした」
煌はコンビニ袋を取り出して開いた。
サンドイッチが四つと、缶コーヒーがふたつ入っていた。
「あ、それともどこかで一緒にご飯食べようか?」
「いえいえ、これで充分ですよ」
「そっか」
と言ったあとに、「失敗したなぁ」と美麻里が小さくつぶやいた。
「え?」
「あっ、んーん、なんでもない。全部食べちゃっていいわよ」
「あざます! じゃ、いただきます」
煌はサンドイッチを食べはじめたが、
「あ、そうそう。今日なにがあったか知ってる?」
美麻里が尋ねてきた。
「え? 怪獣が出た以外に、なにかあったんですか?」
「うん、なんか街中で大きな爆発があったんだって。相当な被害が出てる」
「東京で?」
「そう。なんかね、隕石が落ちたとか、どこかの国のミサイルだとか、ロケットが落っこちたとか言われてるけど、まだ政府もよくわかってないみたい」
「……そんなことが」
──おい、宇宙人。
応答はなかった。
──まだ寝てるのか。爆発のことを聞きたかったが……やはり悪い宇宙人の仕業だろうな。
「怪獣の方もよくわからないわよねー。あんなでっかい生物が東京の地下にいたなんて。こっちの被害者も相当なものよ」
「地下?」
「うん、出現したと思われるところに大きな穴があってね、そこから出てきたみたい」
「へー、そうだったんですね」
煌は違和感を覚えた。
なにかおかしい。
しかし、その正体を掴む前に、美麻里が話しかけてきた。
「鷹山くん、家、どこだっけ?」
「え? 送ってくれるんですか?」
「うん」
「いや、いいですよ、どこかの駅で降ろしてもらえれば」
「そお? 遠慮しなくていいけど?」
「あとが怖いですからね」
「なんですってー?」
美麻里が怖い声を出した。
「じょ、冗談ですよ、ホントに大丈夫ですから」
「電車、動いてるかな?」
遠くに電車が走る明かりが見えた。
「あ、動いてますね」
「ちっ」
「え?」
「な、なんでもない。じゃ、ホントに駅でいいのね?」
「はい」
美麻里の住所に近い駅のロータリーで、車は止まった。
「ホントに遠慮しなくていいんだけど」
「いえ、大丈夫です」
「わかった」
美麻里はなんだか不機嫌そうに言った。
煌は荷物を持って車を降りた。
「あ、代金は?」
思い出して窓から声をかけた。
「明日会社ででいいわよ。じゃあね」
美麻里の車は走り去った。
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