ギガシス スリー

ミロrice

文字の大きさ
22 / 44

22

しおりを挟む
「なに?」
 紗和は間宮のパンチがゆっくりに見えたので、形だけ見せているかと思ったのだ。
 これでは強くなれないんじゃないかな?
 そんな軽い気持ちで言った紗和のひと言は、間宮の頭にやや血を上らせた。
「言ったな」
 間宮の雰囲気が変わった。
 闘気を身に纏ったのだ。
「おろ?」
 それは紗和にも伝わった。
 ゆらりと間宮が間合いを詰める。
 しかし間宮はボクサーだった。
 頭に血が上ったとて、冷静さは失わない。
「ほら、構え」
「おっと」
 紗和がグローブを構え直す。
「しっ!」
 鋭い呼気とともに、間宮のジャブが繰り出された。
 ややスピードが上がったグローブが、ゆっくりと紗和に迫る。
──あんま、変わんないなあ。
〝うん〟
 しかし、今度は間宮は右も使ってきた。
──おっ、両手できたよ。
〝避けれる?〟
──よゆー。
 ジャブも、ストレートも、フックも、ボディーブローも、一発も紗和を捉えられない。
「な、なんか、あの子、すごくね」
 それまでは紗和のことを、可愛いだの、おっぱいがでかいだのと、にやにやしていた練習生たちの口元から笑みが消えた。
 間宮は手を止めた。
「やるな。打っていいぞ」
「はい」
 紗和が言ったとたん、間宮の顔面で紗和のグローブが弾けた。
 ばあん!
「うぐっ」
 間宮の頭がのけぞり、二、三歩下がったのちに、尻もちをついた。
〝強く殴り過ぎだ〟
──ええっ⁉︎ 軽く当てただけだよ⁉︎
 紗和のジャブは、周りの者には見えなかった。
「え、なに?」
「パンチか?」
 宗介には見えていた。
 軽く当てたように見えた紗和のパンチで間宮が尻もちをついたのは驚いたが、間宮も茫然としているものの、それほどダメージを負っているようには見えない。
 ほっとすると、慌てた様子の紗和の様子が可笑おかしかった。
「なに笑ってんだ、てめえ!」
 怒声が響いた。
 短いツーブロックの若者が宗介に近づいてくる。
「あ、いや、別に」
「とぼけんな! 間宮さんがスリップダウンしたのを見て笑っただろう!」
〝スリップダウンじゃなかっただろう?〟
〝そうよね〟
──黙って!
 紗和の奇妙なブロックサインみたいなものが可笑しかったのが、顔に出たのだろう。
「次はお前だ。俺が相手してやる」
 若者はグローブを下手投げで宗介の腹にぶつけてきた。
憲二けんじ、やめろ」
 間宮はリングに座ったまま言った。
「ロートルは黙ってな。お前ら! おっさんの準備をしてやれ!」
 憲二と呼ばれた若者が怒鳴ると、練習生たちが宗介の手と手首にバンテージを巻きはじめた。
 宗介はおとなしく、されるがままに任せた。
「お父さんは強いのか?」
 間宮が座ったまま言った。
「お父さんじゃないけど、宗介さんは強いよ!」
 宗介が闘ったところなど見たこともないくせに、紗和は自信たっぷりに言い放った。
「じゃあ、やらせてみるか」
 この娘が強いと言うなら、強いのだろう。
 なにも知らない間宮はそう思い、立ち上がるとリングから降りた。
「憲二、スパーリングだそ」
「わかってるよ」
 憲二はくうに向かってパンチを繰り出しながら言った。
 宗介の準備が整った。
 宗介が裸足でリングに入った。
「思ったより狭いですね」
「これは練習用だから」
 間宮がリングサイドから言った。
「ゴングを鳴らせ」
 間宮が言うと、練習生のひとりがゴングを叩いた。
 カーン
 宗介と憲二がリングのコーナーから進み出る。
「宗介さん、がんばれ!」
 紗和の声がコーナーから宗介の背中に掛かった。
「君はこれを着けないのかい?」
 宗介が自分のヘッドギアをグローブでぽんぽんと叩いた。
 憲二はヘッドギアを着けていない。
「なめんな」
 憲二は軽いフットワークで距離を詰めた。
 宗介はべた足だ。
 フットワークを使うと、リングの外に跳び出してしまいそうな気がするからだ。
 憲二のグローブがゆっくりと迫ってきた。
 宗介はそれを足を使ってよけた。
「くっ」
 次々とパンチが繰り出される。
 宗介はだんだん慣れてきて、上体を使ってかわしはじめた。
「くそっ、デブのくせにちょこまかと!」
「デブじゃないもん! ぽっちゃりだもん!」
 憲二のパンチは当たらない。
「なんか変だな」
 間宮はつぶやいた。
 ボクシングのよけ方とは微妙に違う。
 かといって、他の格闘技かといわれても、思い当たるものはなかった。
「宗介さん! 相手のパンチにグローブを当てるんだ!」
 間宮が声をかけると、
 ばん!
 憲二の腕が外側に弾け飛ぶように開いた。
 宗介が言われたように、憲二のパンチにグローブを当てたのだ。
〝強すぎないか?〟
──当てただけなのに!
「なっ、こいつっ」
 憲二はパンチを出す。
 宗介はそのパンチにグローブを合わせる。
 何度憲二がパンチを放とうとも、宗介はグローブを当てていった。
「おいおいおいおい」
 練習生たちがざわつき始めた。
 いくらなんでも、パンチすべてにパンチを当てることなど不可能だ。
 それが今、練習生たちの目の前で起こっている。
 しかし、宗介にとっては簡単なことだった。
 だってゆっくり殴ってくるんだもの。
「カウンターだ!」
 間宮が叫んだ。
 憲二の右ストレートを、宗介は頭を右に動かして、ぎりぎりで避けた。
 同時に左腕を、憲二の顔に伸ばす。
〝軽くだぞ〟
──そうは言っても。
 ぽん
 と宗介は当てたつもりだったが、実際は、
 ばん!
 結構大きな音がした。
「あ」
 憲二は膝から崩れ落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...