ギガシス スリー

ミロrice

文字の大きさ
上 下
27 / 44

27

しおりを挟む
「なかなか相手に触れずに投げる技を見せてもらえないなあ」
 紗和は小さな声でつぶやいた。
 紗和は畳の上に三角座りしている。
 宗介と紗和は、合気道の道場に来ていた。
 白い着物に黒い袴を着けた男女が、互いを転ばしあっている。
 宗介は紗和の隣であぐらをかいていた。
「奥義ってやつかな?」
「紗和ちゃん」
 宗介がささやいた。
「はい?」
「あれは冗談だよ」
 紗和はしばし宗介の顔をぽかんと見ていたが、
「ひどーい」
 と言って片側の頬を膨らませた。
「ごめんごめん」
 宗介が苦笑いしたところで、転ばしあい練習は終わった。
「お待たせしました」
 三十代と思われる袴姿の男が近づいてきたので、宗介と紗和は立ち上がった。
「指導員の村田むらたです。こちらでお話しましょう」
 村田の他に、二十代半ばと思われる袴姿の女性が、ふたりとともに、道場の隅に向かった。
「合気道の歴史は大正の頃といわれています」
 と言いながら、村田は女性の右腕を掴んだ。
 女性が素早く動いて、村田が宙を舞った。
 背中から畳に落ちたが、うまくダメージを殺したようだ。
 なにが起こったか、宗介と紗和にはわからなかった。
「あまり力を使わないので、女性にも向いた武道といえますね」
 寝転んだまま村田は言った。
 女性が引き起こし、村田は立った。
「こちらから仕掛ける技は」
 と言いつつ女性の手首を再び掴む。
 あっと言う間に後ろに倒され、引きずられるようにしてうつ伏せに押さえこまれた。
「ほとんどありません」
 女性が離れると、村田は自分で起きあがった。
──なんで転ばされながらしゃべってんの?
〝我々を退屈させないためでしょ〟
──ふーん。
 その後も村田は技を掛けられながら、なんやかやと説明した。
──今、自分から飛んでひっくり返ったよね?
〝そんな風に見えたねぇ〟
〝ううむ、この格闘技は見た目よりはるかに危険だ〟
〝そうかも〟
──どゆこと?
〝人間の関節は可動域に制限があるからな、それをひねったり、折り曲げたりして相手の自由を奪い、倒したり、押さえつけたりしているんだ〟
──でも、誰も怪我してないよ?
〝あんたたちが力加減を間違えると、大変なことになるってこと〟
〝関節がない怪獣が出てきたら、あまり使えないかもしれない〟
──じゃあ、習わなくていいってこと?
〝うーん、そうは言わないが〟
〝体の使い方は面白いね。怪獣相手にまるっきり使えないことはなさそう〟
 宗介に紗和の思考はわからなかったが、だいたいの内容は理解した。
──じゃあこれも習うことにしよう。
〝宗介が習うって〟
──りょ。
「じゃあふたりにもやってもらいましょう」
 村田が帯に手を当てて、ふたりに向きなおった。
「え、いや、あたしたちは」
瑞希みずきくんは女の子の方を頼む」
「はい」
 瑞希と呼ばれた袴姿の女性がうなずく。
「いや、えーと」
「わたしの手首を掴んでください」
 瑞希が右手を出した。
──どうしよう?
〝できるだけ力を抜くのよ〟
──わ、わかった。
 紗和はおそるおそる瑞希の手首を握った。
 今の紗和ならちょっと力を入れただけで、瑞希の骨を砕いてしまうだろう。
「まず、左手で相手の手を押さえます」
 そう言うと、瑞希は紗和の手に自身の左手を重ねた。
「そして、体を開きながら、引っ張ります」
 瑞希は右足を後ろに小さく動かして、体を回転させながら紗和の手を引っ張った。
「おろ?」
 紗和が体勢を崩してよたよたと数歩進んだ。
「すかさず、腕を持ち上げるようにしてひねりながら、逆側に体を回します」
 紗和の手がひねられながら、頭の右横にきた。
 手首が極められて、そのまま後ろに倒される。
 どたん、と紗和は仰向けに倒れた。
「わかりましたか?」
 瑞希が手を離すと、その手を紗和に差し出した。
「──い、いたたたた!」
 紗和は手首を押さえて顔をしかめてみせた。
「ええ?」
 瑞希が驚いた顔で膝をついた。
「そんなに強くは極まってなかったはずですが」
 同じように村田に転ばされた宗介は、すでに村田の手を取って引き起こされていたが、紗和の様子を見ると、慌てて手首を押さえた。
「いたたた、僕も痛めたみたいです」
「ええっ!」
「実は数日前に捻挫しまして」
「あたしは今朝、寝ちがえちゃって」
 もちろん、ふたりのウソだった。
 実際に練習して村田と瑞希に怪我をさせることを避けるにはしようがなかった、ということにした。
「す、すみませんでした」
「ごめんなさいね」
「いえいえ、それよりもっと技を見せてくれませんか?」
「はあ」
 村田と瑞希は今度はお互いに技を掛け合い始めた。
 宗介と紗和は、それをレフェリーのように、間近で腰をかがめながら観察した。
しおりを挟む

処理中です...