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「見つかりそう?」
煌の隣で美麻里が言った。
九十九里の砂浜にふたりは立っていた。
煌は砂地を見つめてありもしない落とし物を探す振りをする。
海から吹きつける風が美麻里の髪をなぶる。
「うーん、ないですねえ、ここじゃなかったのかな?」
「えー? 場所もわからないの?」
「だって、ずっと砂浜じゃないですか」
「そりゃそうだけど。なにか目印になるものは、きゃっ!」
美麻里の小さな悲鳴に煌が眼を向けると、美麻里が顔を赤くして短いスカートを押さえていた。
「み、見ないでよ!」
「あ、はい」
煌は後ろを向いた。
〝なぜ見られるのが嫌なのに、美麻里は短い服を着ているのかね? そもそもなぜスカートという物を女は身に着けるのだ?〟
──さあなぁ。
「次、行きましょ、次。鷹山くん、前を歩いてよ」
「あ、はい」
煌は駐車場に置いた美麻里の車に向かって歩いた。
後ろを美麻里がついてくる。
「あっ、もう! エッチな風ねぇ」
後ろで美麻里が声を上げた。
風になりたい。
煌は思った。
☆ ☆ ☆
『大変です! 怪獣が速度を速めました! 進路をやや南に変えて、毎時六十ノットの速度で進んでいます! このまま行けば、房総半島の南を通過し、東京、神奈川、静岡に上陸する恐れがあります!』
テレビの中ではヘリコプターのレポーターが絶叫していた。
「まったく、あんなに大声で怒鳴ったら、国民のパニックを助長しかねん。厳重に抗議してやる」
首相は忌々しそうに、テレビ画面をにらみつけた。
画面が切り替わってスタジオになった。
『今回の怪獣騒動をどうお考えになりますか?』
女性アナウンサーが言うと、画面はやや太った男を映し出した。
コメンテーターとテロップが出る。
『政府の対応が後手後手に回っているとしか思えませんね。しかも、小型怪獣の存在を国民に隠していたんですよ? その上、捕獲には失敗しています。これは、責任を追求しなければならないでしょう』
首相は黙ってリモコンに手を伸ばすと、音量をミュートにした。
「まったく……それはともかく、ちっこい怪獣はどこに行った? まだ発見できんのか?」
「それが、墜落地点は判明し、追跡しているのですが、怪獣は建物を破壊して逃げるので……」
制服の自衛官はハンカチで額の汗を拭った。
「捕まえられんというのか」
「たとえ追いついても捕獲できますかね?」
農林水産大臣が言った。
「ぐぬぬ、なんとしても捕まえるんだ!」
首相はテーブルをこぶしで叩いた。
防衛大臣も制服の自衛官も、テーブルに視線を落としたまま返事をしなかった。
☆ ☆ ☆
「押さえ込みー」
武道場では紗和がふざけて、仰向けになった宗助のお腹にうつ伏せに乗っかかっていた。
「ちょっと紗和ちゃん、柔道は習ってないでしょ」
ふたりとも特訓を重ねるうちに体が触れ合うことも多く、宗助は紗和の柔らかい体にも慣れてきていた。
「テレビで観た。脱出してみて」
「ちょっとちょっと」
宗助は紗和の肩を押したが、紗和は抵抗してじたばたとしがみついてくる。
「服が破けるよ」
もがきながら宗助が言うと、紗和ははっとしたように、急に手を離した。
勢い余って仰向けの紗和の上に宗助が乗る格好になった。
ふたりの顔はすぐ近くにある。
ふたりは見つめあった。
「……チューしちゃう?」
やがて紗和がささやいた。
「なっ」
その言葉でうっかり紗和に見とれていた宗助は我に返った。
「また大人をからかって!」
親子ほどの年の差があるのだ。
宗助は慌てて体を起こした。
「あーん、からかってなんかないのにぃ」
紗和の甘えた声を後ろに聞きながら、宗助はバックパックに向かった。
「またー、その手には乗らないぞ。なにか動きがあったか見てみよう」
宗助はスマートフォンを取り出した。
ニュースアプリを開くと怪獣の記事ばかりだった。
「こ、これは」
「なにかあったー?」
紗和が宗助の背中にのしかかって、顔の横から宗助のスマートフォンをのぞき込んだ。
紗和の大きな胸が背中でつぶれているが、宗助は反応しなかった。
「さ、紗和ちゃん」
「やだ、降りない」
紗和は宗助の首に腕を回した。
「ち、違うよ、そうじゃなくて、大変なことが起こってるぞ」
「んー」
紗和は首を伸ばして宗助のスマートフォンをのぞき込んだ。
紗和の視力は宇宙人のおかげで十・〇くらいになっているので、離れていてもスマートフォンの文字はよく読めた。
「……小型の怪獣? 今、近くで暴れてるの?」
「そのようだね」
「な、なんでそんなのがいるのっ⁉︎」
「さあ。シャークたちは知ってたのかい?」
〝小型の怪獣が出現したのは知っていたが、それが巨大化したのではないのか?〟
〝なにか気配はしてたのよね。象でもいるのかと思ってた〟
「動物園じゃあるまいし、街中に象がいるかっ!」
〝そうなのか〟
〝アフリカとインドにもいるじゃない〟
〝古代にはナウマンゾウというのが日本にもいたらしいぞ〟
「そんな話はいいから。どうするんだい?」
「あたしたちが巨大化してやっつけちゃう?」
〝そうだな。しかし、そのためには君たちの精神をリンクする必要があるだろう〟
「えー?」
〝ずいぶん仲よくなったみたいだし、もう大丈夫じゃない?〟
「い、いや、しかし」
〝巨大化すると連携が取れないぞ。必要だ〟
「う、じゃ、じゃあしょうがないかな?」
そう言って、紗和は宗助から離れた。
〝ではリンクするぞ〟
シャークがそう言ったとたん、宗助と紗和の頭に、お互いの思っていることが流れ込んだ。
思わないようにしようとすればするほど、ヤバい記憶が浮かんでくる。
「そ、宗助さん……」
「ええっ? そんな……」
ふたりの顔が真っ赤になる。
〝ちょっと感度が高過ぎるみたいだ〟
〝そうね、表層心理の、強く相手に伝えたいと思った時に通信できるくらいでいいかも〟
「最初からそうしてよ!」
宗助も同じ気持ちだったが紗和に先を越されたのは、年齢による反応速度の違いだろうか。
〝うん、これくらいでいいだろう〟
〝そうね〟
シャークとピンクは、紗和の抗議にも動じなかった。
〝試してみてくれ〟
──ハ、ハロー、ハロー、宗助さん?
──聞こえるよ、紗和ちゃん。
〝うん、雑念は通じないようだ〟
〝これでいろいろと楽になるかな〟
ふたりは深くため息をついた。
「あ、あの、宗助さん?」
「なんだい?」
「あ、あたしのこと、嫌ったりしてませんか?」
紗和は泣きそうな顔で、宗助を上目遣いに見た。
「なにを言ってるんだい。そんなことないよ」
「ホントですか⁉︎」
「でも、紗和ちゃんは僕のことを軽蔑しただろうね」
「そんなことありません。あたし、あたし──」
〝オーケー、そんなことは後回しだ。怪獣を退治してもらわなくてはな〟
──そ、そうだね。
──どうすればいいの?
四人は高速で相談した。
煌の隣で美麻里が言った。
九十九里の砂浜にふたりは立っていた。
煌は砂地を見つめてありもしない落とし物を探す振りをする。
海から吹きつける風が美麻里の髪をなぶる。
「うーん、ないですねえ、ここじゃなかったのかな?」
「えー? 場所もわからないの?」
「だって、ずっと砂浜じゃないですか」
「そりゃそうだけど。なにか目印になるものは、きゃっ!」
美麻里の小さな悲鳴に煌が眼を向けると、美麻里が顔を赤くして短いスカートを押さえていた。
「み、見ないでよ!」
「あ、はい」
煌は後ろを向いた。
〝なぜ見られるのが嫌なのに、美麻里は短い服を着ているのかね? そもそもなぜスカートという物を女は身に着けるのだ?〟
──さあなぁ。
「次、行きましょ、次。鷹山くん、前を歩いてよ」
「あ、はい」
煌は駐車場に置いた美麻里の車に向かって歩いた。
後ろを美麻里がついてくる。
「あっ、もう! エッチな風ねぇ」
後ろで美麻里が声を上げた。
風になりたい。
煌は思った。
☆ ☆ ☆
『大変です! 怪獣が速度を速めました! 進路をやや南に変えて、毎時六十ノットの速度で進んでいます! このまま行けば、房総半島の南を通過し、東京、神奈川、静岡に上陸する恐れがあります!』
テレビの中ではヘリコプターのレポーターが絶叫していた。
「まったく、あんなに大声で怒鳴ったら、国民のパニックを助長しかねん。厳重に抗議してやる」
首相は忌々しそうに、テレビ画面をにらみつけた。
画面が切り替わってスタジオになった。
『今回の怪獣騒動をどうお考えになりますか?』
女性アナウンサーが言うと、画面はやや太った男を映し出した。
コメンテーターとテロップが出る。
『政府の対応が後手後手に回っているとしか思えませんね。しかも、小型怪獣の存在を国民に隠していたんですよ? その上、捕獲には失敗しています。これは、責任を追求しなければならないでしょう』
首相は黙ってリモコンに手を伸ばすと、音量をミュートにした。
「まったく……それはともかく、ちっこい怪獣はどこに行った? まだ発見できんのか?」
「それが、墜落地点は判明し、追跡しているのですが、怪獣は建物を破壊して逃げるので……」
制服の自衛官はハンカチで額の汗を拭った。
「捕まえられんというのか」
「たとえ追いついても捕獲できますかね?」
農林水産大臣が言った。
「ぐぬぬ、なんとしても捕まえるんだ!」
首相はテーブルをこぶしで叩いた。
防衛大臣も制服の自衛官も、テーブルに視線を落としたまま返事をしなかった。
☆ ☆ ☆
「押さえ込みー」
武道場では紗和がふざけて、仰向けになった宗助のお腹にうつ伏せに乗っかかっていた。
「ちょっと紗和ちゃん、柔道は習ってないでしょ」
ふたりとも特訓を重ねるうちに体が触れ合うことも多く、宗助は紗和の柔らかい体にも慣れてきていた。
「テレビで観た。脱出してみて」
「ちょっとちょっと」
宗助は紗和の肩を押したが、紗和は抵抗してじたばたとしがみついてくる。
「服が破けるよ」
もがきながら宗助が言うと、紗和ははっとしたように、急に手を離した。
勢い余って仰向けの紗和の上に宗助が乗る格好になった。
ふたりの顔はすぐ近くにある。
ふたりは見つめあった。
「……チューしちゃう?」
やがて紗和がささやいた。
「なっ」
その言葉でうっかり紗和に見とれていた宗助は我に返った。
「また大人をからかって!」
親子ほどの年の差があるのだ。
宗助は慌てて体を起こした。
「あーん、からかってなんかないのにぃ」
紗和の甘えた声を後ろに聞きながら、宗助はバックパックに向かった。
「またー、その手には乗らないぞ。なにか動きがあったか見てみよう」
宗助はスマートフォンを取り出した。
ニュースアプリを開くと怪獣の記事ばかりだった。
「こ、これは」
「なにかあったー?」
紗和が宗助の背中にのしかかって、顔の横から宗助のスマートフォンをのぞき込んだ。
紗和の大きな胸が背中でつぶれているが、宗助は反応しなかった。
「さ、紗和ちゃん」
「やだ、降りない」
紗和は宗助の首に腕を回した。
「ち、違うよ、そうじゃなくて、大変なことが起こってるぞ」
「んー」
紗和は首を伸ばして宗助のスマートフォンをのぞき込んだ。
紗和の視力は宇宙人のおかげで十・〇くらいになっているので、離れていてもスマートフォンの文字はよく読めた。
「……小型の怪獣? 今、近くで暴れてるの?」
「そのようだね」
「な、なんでそんなのがいるのっ⁉︎」
「さあ。シャークたちは知ってたのかい?」
〝小型の怪獣が出現したのは知っていたが、それが巨大化したのではないのか?〟
〝なにか気配はしてたのよね。象でもいるのかと思ってた〟
「動物園じゃあるまいし、街中に象がいるかっ!」
〝そうなのか〟
〝アフリカとインドにもいるじゃない〟
〝古代にはナウマンゾウというのが日本にもいたらしいぞ〟
「そんな話はいいから。どうするんだい?」
「あたしたちが巨大化してやっつけちゃう?」
〝そうだな。しかし、そのためには君たちの精神をリンクする必要があるだろう〟
「えー?」
〝ずいぶん仲よくなったみたいだし、もう大丈夫じゃない?〟
「い、いや、しかし」
〝巨大化すると連携が取れないぞ。必要だ〟
「う、じゃ、じゃあしょうがないかな?」
そう言って、紗和は宗助から離れた。
〝ではリンクするぞ〟
シャークがそう言ったとたん、宗助と紗和の頭に、お互いの思っていることが流れ込んだ。
思わないようにしようとすればするほど、ヤバい記憶が浮かんでくる。
「そ、宗助さん……」
「ええっ? そんな……」
ふたりの顔が真っ赤になる。
〝ちょっと感度が高過ぎるみたいだ〟
〝そうね、表層心理の、強く相手に伝えたいと思った時に通信できるくらいでいいかも〟
「最初からそうしてよ!」
宗助も同じ気持ちだったが紗和に先を越されたのは、年齢による反応速度の違いだろうか。
〝うん、これくらいでいいだろう〟
〝そうね〟
シャークとピンクは、紗和の抗議にも動じなかった。
〝試してみてくれ〟
──ハ、ハロー、ハロー、宗助さん?
──聞こえるよ、紗和ちゃん。
〝うん、雑念は通じないようだ〟
〝これでいろいろと楽になるかな〟
ふたりは深くため息をついた。
「あ、あの、宗助さん?」
「なんだい?」
「あ、あたしのこと、嫌ったりしてませんか?」
紗和は泣きそうな顔で、宗助を上目遣いに見た。
「なにを言ってるんだい。そんなことないよ」
「ホントですか⁉︎」
「でも、紗和ちゃんは僕のことを軽蔑しただろうね」
「そんなことありません。あたし、あたし──」
〝オーケー、そんなことは後回しだ。怪獣を退治してもらわなくてはな〟
──そ、そうだね。
──どうすればいいの?
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