ギガシス スリー

ミロrice

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 煌は喫茶店でひとり、テーブル席に座っていた。
 眼の前にあるグラスのアイスコーヒーは、かなり前から空っぽだ。
 店主の微笑みが痛い。
 追加の注文をしなくてはならないか、と考えると同時に、店の前にある歩道の向こうに赤いスポーツカーが止まった。
 美麻里の車だ。
 煌はほっとして席を立った。
 料金を払って店を出た。
 助手席のドアを開けると車に乗り込む。
「遅かったですね」
 美麻里を見ると私服に着替えていた。
「ごめんごめん」
 化粧もなんだかいつもより派手な気がした。
「なんで着替えてるんですか?」
 フレアの花柄のミニスカートに、薄手の赤いタートルネック、その上に薄オレンジ色のパーカーを身につけている。
「ス、スーツだと窮屈じゃない」
 美麻里は周囲を確認してウインカーを右に切り替えると、そのままUターンした。
「飛ばすわよ! しっかり掴まってて!」
「いや、飛ばさなくていいです」
「あ、そう?」
 車は九十九里浜へ続く道をひた走った。

  ☆ ☆ ☆

「よっ」
 気合いの抜けたかけ声とは裏腹に、紗和の放った回り蹴りはすごい勢いで空気を切り裂いた。
 バランスもうまく取れている。
「せいっ」
 宗介の回し蹴りは、紗和よりやや速度は劣るが重そうだ。
〝ふたりとも、だいぶサマになってきたね〟
「カッコいい?」
〝ああ、カッコいいとも〟
「ふひひ」
「しかし、これで怪獣と闘えるのかなあ?」
 宗介は不安そうだ。
「だいじょぶ、だいじょぶ。これでバーンとやっつけちゃおうよ」
 紗和はハイキックを繰り出し、高く上げた足をぴたりと止めた。
「そうだね。うん、やっつけよう」
 宗介もハイキックの足を高く止めた。
 脚はほとんど一八〇度に開いている。
〝自信を持つのはいいことだがね、慢心はしないことだ〟
〝ほら、特訓を続けて〟
「よーし」
 紗和は空手の構えで宗介に対峙した。
「うん、がんばろう」
 宗介はボクシングスタイルで構えた。

  ☆ ☆ ☆

 瓦礫と自動車が積み上げられていた。
 高さはおよそ五メートルほどだ。
「これ、ベンツだよ。もったいないなあ」
「俺はポルシェを見たぞ」
「マジか」
 シャベルを肩に担いだ自衛隊員が、車の壁を見上げて会話していた。
 腕はぱんぱんで体中汗まみれだったが、つらそうな顔は見せなかった。
「おい! もうじき上がってくるぞ! 下がってろ!」
「おいっす!」
 車の壁の周りにいた数名の隊員が、ベルトコンベアに瓦礫を乗せる者たちの元に走った。
 小型怪獣の出現は突然だった。
 穴に落ちた瓦礫の斜面を一気に駆け上がってきたのだ。
「上がってきた! 上がってきたぞ!」
 誰かが叫んだ。
 瓦礫の積み込み班の隊員が速やかに避難する。
「アルファチーム! 上昇用意!」
『了解』
 無線機から落ち着いた声が流れた。

  ☆ ☆ ☆

『なんでしょうか? 自衛隊員がなにかやってるようですね』
 上空からの映像に、レポーターの声が被さった。
 小型怪獣捕獲作戦の現場をヘリコプターから映しているのだ。
『あれは……ベルトコンベア? 半倒壊したビルにコンクリート片などを運び込んでいるように見えます』
「ちっ、マスコミめ。気がつきやがったか」
「首相」
 副首相が、軽率な首相の発言を咎めるような声で言った。
「ん、おほん。だが、まだなにをしているかは、わかっていないようだな。うまく怪獣を捕まえれば、発表しなかったことも帳消しだ。頼むぞ、失敗は許されん」
「お任せください」
 制服の自衛官は力強くうなずいた。
 防衛大臣はやや浮かない顔だ。
 会議室の面々は、静かに画面を見つめた。

  ☆ ☆ ☆

「上げろ! 上げるんだ!」
 小型怪獣が突進してくる気配を感じて上官が叫んだ。
 地面に広げられたネットに進入したが、ネットは上がらない。
 ワイヤーのたるみがタイムラグを生んでいるのだ。
 自身に向かって怪獣が突進してくるのを見て、上官の背中に怖気が走った。
「アルファチーム!」
 怪獣がネットから出た。
 目撃している誰もがそう思った時、怪獣の体の後ろ半分が持ち上がった。
 怪獣は驚いたように振り返ろうとした。
 その時には怪獣の体は宙に浮いていた。
 体が半分ネットから出たまま、ヘリコプターから吊り上げられたのだ。
 上官は思わず深く息をついた。
「肝が冷えたぞ、アルファチーム」
『すみません』
 吊り下げられた怪獣はじたばたと暴れ、今にもネットから出て落ちそうだ。
 急上昇した自衛隊ヘリに驚いたのか、報道ヘリが急旋回した。
 ごええええ
 怪獣の口から、ヒキガエルにも似た不気味な声が漏れた。
 地上にいた自衛隊員にも、ヘリコプターの立てる騒音の中、はっきり聞こえる。
「あいつ、鳴けたのか」
「気味の悪い声だなあ」
 自衛隊員たちは空を見上げて顔をしかめた。

  ☆ ☆ ☆

「おお! やったぞ!」
 首相が叫んだ。
 会議室に歓声が上がる。
「落ちそうですけどね」
「大丈夫なのか、あれ?」
 一部は冷静だった。
「急いで運べば間に合うさ!」
 首相は上機嫌だ。
 そこへ、
「大変です!」
 若いスーツの男が会議室に、飛び込んできた。
「怪獣が! でっかい方の怪獣が、速度を上げました!」
「なんだと……どういうことだ……?」
「おそらく」
 と言ったのは額田だ。
「子供の元へ向かっている、という説は正しかったのでしょう。どういう原理がはわかりませんが、子供は今、助けを求めたのです。それを感知した母親が」
 額田は首相に眼を向けた。
「──急いで駆けつけようとしているのか?」
 首相が言った。
「そういうことでしょう」
「い、急いで子供を東京から遠ざけるんだ! 早く!」
「ああっ!」
 誰かが叫んだ。
「ど、どうした?」
 皆の顔がテレビに向いている。
 そこには空っぽのネットが映し出されていた。
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