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しおりを挟む「うおおおおおっ! 怪獣を倒したぞ!」
首相官邸では、スタンディングオベーションが起こっていた。隣の者とハイタッチする者もいる。
「いやあ、さすがはサムライ・ギガスだ。私は信じていたぞ!」
首相は上機嫌だ。
「海では負けたと思ってましたよね?」
「うるさい」
「あれ? 怪獣の死骸はあのまま?」
三人のギガスたちは、それぞれ飛び立って姿を消した。小さくなったことには誰も気づかない。
「あんなとこに放置されたら大変じゃないか」
「どこが片付けるんだ? うちじゃないよな?」
「ははは、どこになるかわかりませんが、担当大臣は大変ですな」
農林水産大臣が笑った。
「いや、君のところじゃないかな?」
「なんでっ!?」
「怪獣の生態を調べるべきじゃないですかね?」
JAXAの額田が言った。
「おっ、君がやってくれるか?」
「いえ、報告だけいただければ」
防衛大臣と文部科学大臣は黙っていた。
「あそこは空港ですよね?」
「ええっ!? うちにはそんな人材いないわよ!」
「静かに!」
首相の一喝で会議室は静まり返った。
「今は怪獣が倒されたことを、素直に喜ぼうじゃないか」
首相は笑顔で面々を見回した。
☆ ☆ ☆
煌はヘリコプターがついてこないことを確認すると、美麻里の車の近くの砂浜に向かった。
──誰もいないな?
〝近くにはね〟
──よし。
煌は変身を解いた。砂浜から階段をのぼり、美麻里の車に近づく。
助手席側の窓から覗くと、美麻里はまだ気を失っていた。白いふとももが露わになっていて、煌は慌てて眼をそらした。
〝起こそうか?〟
──そんなことまでできるのか。やってくれ。
「ううん」
すぐに美麻里がうめき声を上げた。眼を開く。
「……あれ? わたし……」
こんこん、と窓を叩く音に眼を向けると、煌がのぞき込んでいた。
「鷹山くん……あれ?」
ドアを開けようとして、ロックが掛かっていることに、美麻里は眉をひそめた。ロックを外してドアを開ける。
「えーと?」
美麻里は不思議そうな顔で煌を見上げた。
「覚えてないんですか? 急に気を失って」
「ええっ!?」
「それで車に運んで、ちょっと離れる間、ドアをロックして。大丈夫ですか?」
「え? あ、うん、どうだろ? 急に気を失ったって、怖いなあ……」
「もう帰りましょう。運転できますか?」
「うーん、ちょっと怖いかな。運転してくれる?」
「わかりました。キーは運転席です。開けてください」
煌が運転席側に回る間に、美麻里はロックを解除した。煌が運転席に座り、キーを受け取る。エンジンをかけて、車は駐車場を出た。
「ちょっと真ん中に寄りすぎ。スピード出し過ぎじゃない?」
美麻里はひとの運転にうるさかった。
☆ ☆ ☆
宗介と紗和は武道場に戻ってきていた。畳に、宗介はあぐらで、紗和は三角坐りで座っている。
「ふーん、怪獣にはしばらく攻撃が効かなかったのか」
〝ブラックの話だとそういうことだね〟
「それで自衛隊のミサイルも平気だったんだ」
〝そういうことでしょうね〟
「じゃあ怪獣を倒すには、まず殴ったりしてバリアーを無効にして、それから光の剣で、ずばっと倒すんだね」
〝光の剣だけではないけどね〟
「じゃあ特訓は続けないとかあ。練習したこと、全然役に立たなかったなあ」
〝いやいや、習ってなかったら、もっとひどかっただろう〟
──むむ、気になる言い方。
〝最初だったからね、気にしない!〟
「よし、ちょっと体を動かそうか。怪獣と闘った記憶が鮮明なうちにね」
「うん!」
ふたりは立ち上がった。
☆ ☆ ☆
美麻里のうちは豪邸だった。千葉県の東京よりにあって、何坪あるか煌には想像もできない。日本家屋だ。
「ごめんね。駅まで送ろうか?」
広いカーポートに車を駐め、煌と美麻里は車を降りていた。
「いえいえ。そうしたら、また俺が一ノ瀬さんをここまで送らなきゃならない」
そう言って煌は笑った。
「そう。わかった」
「じゃあ今日はありがとうございました」
「ううん。また明日ね」
「ええ? 会社入れますかね?」
「わからないし、倒れたのは心配だけど」
美麻里はいつもの元気がなかった。
──やばいな、かなり気を失わせたことを心配しているぞ。
〝ああ、次からはもっといい言い訳を考えないとな〟
──使わないって選択肢はないのか?
〝それは君の判断だな〟
──ちぇっ。
「じゃあ、また明日」
「うん」
煌は駅へ向かった。
☆ ☆ ☆
琴子の部屋に戻ったのは、午後四時にもう少しという時間だった。
「おかえりなさい!」
玄関を開けた琴子はやや興奮していた。
「どうしたの?」
「知らないんですか!? 怪獣が倒されたんです! テレビでやってますよ!」
琴子は煌の腕を取ると、テレビのある部屋に引っ張った。
「あー、ネットでちょっと見たかな?」
ソファに並んで座ると、ちょうどサムライ・ギガスが怪獣を光の剣で斬るところだったが、モザイクがかかっていた。
「おー、凄いじゃないか」
煌の言葉はやや棒読みだった。
「でも、この巨人は怪獣の子供を踏み殺したんですよ! あんまりだと思いませんか!?」
「…………」
煌はなにも返さなかった。
☆ ☆ ☆
怪獣が倒された翌日の早朝。まだ空が朝焼けの赤い色を残している時刻、東京の上空には、巨大な黒い円盤が浮かんでいた。
音もなく静かに浮かぶそれは、直径十キロを超えていた。
〝煌! 起きろ!〟
「うおっ! なんだ?」
いつにないブラックの剣幕に、煌はソファの上でびくりと体を跳ねさせた。
「なんだ、一体? まだ早いだろう」
煌は眼をこすった。
〝煌、外を見てみろ〟
「んー?」
煌は毛布をのけて、ソファから降りた。掃き出し窓を覆うカーテンにいって開く。巨大な円盤に、なにを見ているのかすぐにはわからなかった。
「な、なんだこれは!」
〝宇宙人の乗り物だよ。UFO、というやつだな〟
「なんて大きさなんだ……」
「どうしたんですか、鷹山さん……」
寝ぼけ眼の琴子がパジャマ姿で部屋に入ってきた。煌が外を見たままので、
「んー?」
と、煌の横まで歩いてくる。煌の視線の先にあるものを見て、眼を見開いた。
「た、鷹山さん!」
琴子が煌に抱きついた。琴子の体は柔らかかったが、煌は気づかない。
「怪獣を倒したと喜んでいたが──」
煌はうめくように言った。
「俺たちの闘いはこれからだったんだ!」
※しばらく更新はお休みします。
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