魔法の薬は猫印。

長島 江永

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序章3

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 既にレレがウェアキャットである事はバレているはずだが、耳を隠すためにフードを被る。
「い、いやあ凄いねえ! お手伝いをしようと駆けつけたのだけれど、全く必要が無かったね……!」
 眼鏡をかけた細身の男がニコニコと笑いながらレレに歩み寄る。
「こんにちは、自分はシモン・シモンと言います。お嬢さんは宿の女将さんからお弁当を持って来てくれたんだよね」
「はい、そうです。今の戦闘で中身が崩れたりしていないと良いのですが……」
「いやいや、そんな事気にしなくて大丈夫だよ! そろそろご飯にしたいなって思っていたところだったから、本当に助かるよ」
 リュックから弁当の包みを取り出して、シモンともう一人の青年にそれぞれ手渡す。
 青年は包みを受け取ると、相変わらずの不機嫌そうな顔のままだが、レレに対して軽く一礼をした。
「……ベルランドだ。ベルと呼ばれる事が多い」
「私はレレ。よろしくね、ベル」
「わざわざこんな場所まで来てもらって、手間をかけたな。すまない」
「ううん、この手の配達は慣れているから大丈夫だよ」
「……そうか」
 ベルの歳がいくつかと尋ねると、レレの一つ上の十九歳だった。
 彼は間もなく始まる新年度から、シモンの研究室に配属となる学師課程の新入生らしい。
 バリエンストンなどの高等学院において、学生の位は学師から始まり、修師、導師の順でステップアップする。
 導師まで到達せずとも、学師や修師の位を修めて卒業する事も可能だ。
 むしろ導師まで到達するのはごく一部の天才で、多くの学生は学師で卒業する。
 近隣諸国における人間種の導師の平均年齢は五十歳とも言われており、研究に一生を捧げた者のみが冠する称号と考えて良い。
 一方で学院への入学条件に年齢の項目は無く、老齢になってから入る者もいれば、初等学校から天才児が編入する事もあるという。
 つまり試験にさえ合格すれば、基本的に来るものを拒まないのがバリエンストン学院という場所だ。
 とはいえ、修師や導師課程のために他学院から編入してくる場合を除いて、新入生はベルのような若者が多数派だ。
「ベル君は入学前だけど、もう既に僕の研究室の手伝いをしてもらっているんだ。本当に優秀で助かるよ」
「……こういう手伝いぐらいしか自分には出来ないので」
「そ、そんな事ないよー! いっつも色々とありがとうね……!」
 少し不貞腐れたようなベルに対して、シモンが焦ってフォローしようとしているようだ。
「ええと、ほら、お弁当の時間にしよう! レレさんも一緒にどうかな」
「わ、私もですか?」
 弁当を届け次第すぐに帰るつもりだったため、自分の分の昼食を持っていない事を伝えたが、シモンが三人で分け合おうと提案し、レレは想定外のランチに付き合うことになった。
「このグローブに刻まれている陣だけど、とても興味深いね。ベル君、分かるかい」
 シモンはトマトサンドを食べながら、食事のために外したレレの手袋を観察している。
 質問を投げかけられたベルは手甲部分の魔法陣と自分の知識を照らし合わせるが、該当するものは無かった。
「いえ、この辺りの地域で主流の術体系では無い、という事しか……」
「今の時点でそれが分かれば十分だよ。実を言うと、僕もこの陣の詳細までは分からないからね。確実な事は、これは東の大国チタットかその周辺諸国の術系統であるという事。そして、その中でも一般的な術構成から外れたものだね。恐らくはウェアキャットという種族に限定した効果を持っているんじゃないだろうか。例えば、先程の戦闘で出現していた青白く光る爪……あれが僕がこのグローブを付けても出せない代物なんじゃないかな」
 違うかな、と自信無さげに頭を掻いているシモンだが、レレは彼の解説に素直に感心していた。失礼ながら初対面では頼りない印象が強かったが、魔法の名門校で教鞭を執るだけはあるようだ。
「これは母から貰った物なので、私も詳しく説明出来ないのですが、シモンさんの仰る通りだと思います。母はチタット帝国の出身と言っていましたし、このグローブを身に着けて戦っている時は、何というか……ウェアキャットの力が芯から呼び起されるような、そんな気がするんです」
「その言い方だと、あんた自身の生まれはこの辺りなのか」
 そう問いかけつつ、ベルはサンドを少しだけ口に運んだ。
 最初は目つきが悪く、不愛想だという印象だったが──いや、不愛想な態度は変わらずだが──その顔立ちは非常に整っており、所作の一つ一つに品のようなものを感じる。コギの町では見かけないタイプの男性だ。
(どこかの貴族のご子息とかなのかな……目つきさえ気にしなければ結構好きな顔かもしれない……はあーー、美青年って本当に実在するんだなあ……)
 レレが質問に答えずに「私よりまつ毛が長いのでは」などと考えながら、ぼうっと顔を見てくるため、ベルは何事かと眉をひそめる。
「何か気になる事でもあったか?」
「えっ……!? いや、何でもないよ! い、いやー、やっぱりおばさんの作るサンドは美味しそうだなって……!」
 慌てて取り繕うレレの様子があまりにも不審なため、元から険しいベルの眉間の皴がより一層深くなった。
「えっと、ええっと……そう! 私の生まれの話だったよね! そうなの、私はこの町では無いけど、ハルメール王国で生まれたの……! お母さんは身籠った状態で一人でハルメールまで来て、何故かそのまま居ついちゃったみたいで……だからこの辺りには親戚はおろか、同族も全くいないんだよね。同族どころか亜人種自体が珍しくて……田舎だからかな」
 何とか話の軌道を修正しようと焦ったためか、聞かれていない身の上話まで口から出てくる。
「待て……身重の体でチタットからハルメールまで来たって言うのか……!?」
「うん、そうみたい」
 ベルが驚くのも当然の事で、チタットとハルメールの国境同士を最短で結んでも、馬車旅で半年は要する。道中は危険も多く、わざわざ身重の女性が一人で旅をしたとなれば、余程の理由があったに違いない。
 しかし、それを初対面の人間が無遠慮に掘り下げる事は憚られた。
 自分からは聞くまいと、ベルは口を噤んだ。
 シモンはと言うと、二人の様子をニコニコと見ているだけで、何を考えているのかは分からない。
「ちなみにお父さんは私が生まれる前に、病気でチタット国内で亡くなったらしいから、会った事は無いんだ。お母さんに写真を一枚見せてもらっただけ」
(何故こちらが触れにくい話題を重ねてくる……!?)
 レレ曰く「美青年」である彼の眉間の皺は、しばらくの間は消えないかもしれない。
 話題を切り替えねばとベルが思案するが、幸いにも杞憂に終わった。
「ねえねえ、私のことよりバリエストンの事を聞きたいな」
 レレの方からぐるりと話題を転換してきた。
「学院の事?」
「そう! 学院生活の事!」
 レレが目を輝かせて前に乗り出す。
 対するベルはそれを避けるように少しだけ後ろに仰け反った。
「私、日曜学校しか通った事が無いから、都会の学院生活って憧れているんだよね。スポーツ大会で汗を流したり、お友達と学園祭を楽しんだり、恋愛話に花を咲かせちゃったりとか……!」
 「いいなあー」と言いながら、わざとらしくうっとりとした表情を作ってみせる。
 ベルはというと、うんざりとしたようにその様子を見ていた。
「あのな、学師課程以降は遊びに行くような場所じゃない」
「そんな事は分かっているってばー! でもそういう行事があるのも事実でしょ。卒業生だっていうお客さんから聞いた事があるんだよね」
「学院について最初に聞く事が、祭りやら恋愛やら、程度の低い物ばかりなのはどうなんだよ……もう少し何かあるだろう……」
 ベルのその物言いが、カチンと頭にくる。
「私が入学しようっていう話じゃないんだから、別に良いじゃん! じゃあそんな程度の低い催しが何でえらーい学院にあるのさ! 学生の質が悪いって事!?」
「そんな事は言って──」
「大体ね、興味のない人間が、勉強の話なんてされたって、つまらないに決まっているでしょ!」
 レレはベルが何かを言おうとするのを遮って、息をつく暇もなくまくし立てる。 
「あなただって、そういう行事や人間関係に興味が無いんじゃなくて、余裕や勇気が無くて関われないだけなんじゃないの! あーあー! きっとそうだ、私には分かります! この人友達いないです! 捻くれ者の堅物! バーカバーカ!」
 友達がいないという言葉が自分の胸にも突き刺さるが、今はそれどころではない。とにかく頭に浮かんだ文句をぶつけてすっきりしたかった。
 町の三馬鹿相手にここまで怒鳴った事は久しく無い。
 しかし、気が付いた時にはあまりにも幼稚な罵倒がすらすらと口から滑り出ていた。それだけ彼の態度が癇に障ったのだろうか。
 ベルとしてはここまで好き勝手言われるのは予想外であり、一瞬の間、口も体も固まるが、直ぐに立ち上がってレレの方へと詰め寄る。
「お前、何も知らない相手に、よくそこまで適当な事を言えるな……!」
「一つだけ知っている事があるよ! ベルは話がつまらない陰険野郎だって事!」
「いや……それは二つ言っているだろ……!」
 滅茶苦茶な罵倒に頭が麻痺をしたのか、ベルの反論も少しずれたものとなった。
 その様子をやはり笑顔で見守っていたシモンは、鞄から水筒を取り出して、水を一飲みした。蒸し暑い洞窟内で火照った体には、喉の中をを伝って落ちる冷たい感触が心地よい。
「いやあ、早速仲良くなったみたいで、良かった良かった」
「「どこが!?」」
「やっぱり若い子同士は気が合うんだねえ。ベル君も僕との二人旅で気を使っていただろうから、丁度良かったねえ」
 どこまでも呑気なシモンに、二人は言い返す事はせず、仲良く諦めのため息をついた。
 気の抜けたベルがもう一度腰を下ろそうとした時、足元に微かな違和感があった。
「何だ……? 地震、か……?」
「……ううん、これは違う」
 音の出所を探っているであろうレレの耳が、フードの下でピコピコと動いている。
「ジャイアント・ケイヴワームで間違いないと思う」
 弁当の包みをリュックにしまい、グローブのベルトを締め直す。
 ベルも鞘からロングソードを抜いて両手で構える。
「揺れが大きくなってきたぞ……!」
「こ、これは来るねえ……!」
 焦っているのか余裕があるのか、どちらとも取れるシモンの言葉の直後、岩壁を突き破って巨大な多毛類型の──(ゴカイのような)──モンスターが現れた。
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