魔法の薬は猫印。

長島 江永

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学院新生活7

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「つまり、探索パーティーの人とはぐれちゃって、その人達を探していたところだったの?」
「はい……」
 学院においては、研究室や学部の垣根を越えて探索パーティーというものを組む事が一般的になっている。
 理由は非常に単純で、同じ分野を学んでいる同じ研究室のメンバー同士では、戦闘面でのバランスが非常に悪くなるケースが多いためだ。
 シモンの研究室ではまだマシだが、自然魔法を専攻する研究室では、例えばパーティーメンバー全員が火炎魔法しか使えないという事態も起こり得るのだ。
 そこで自然と、他学部などから前衛担当を呼んだり、他研究室から自分の苦手な属性の魔法を使えるメンバーを募集する事になる。
 レレは目まぐるしい日々の中で仲間を集う余裕など無く、今の所はベルと二人で探索に出るが、新入生の多くは既に探索パーティーを結成している。
 実はレレは一度オーフェリアに誘われているのだが、課題に悩まされて唸っている彼女の耳には、オーフェリアのか細い声は届かなかった。
「オーフェって梟の獣人でしょ? 梟は夜目がかなり効くらしいけど、それでもはぐれちゃう事ってあるんだね」
「はい……念のため空からも探ったのですが……」
「え、オーフェリアって空も飛べるの!?」
「えっと、はい……魔法で腕を翼に変えられるので……」
 オーフェリアは袖をまくって羽毛がまばらに生えた腕をレレに見せるが、ベルの存在を思い出して慌てて隠した。
「……俺は気にしないが……」
「あ、えっと……ごめんなさい……」
 オドオドとしながらオーフェリアが謝るので、まるで自分が悪い事をしてしまったようだ。
(アイツみたいに無遠慮で大雑把なのも困るが、こうも弱気過ぎるのもまた考えものだな)
 ベルは自分の事は棚に上げて、目の前の二人を見比べてやれやれとため息をついた。
「しかし空からでも見つからないとなると、逆に心配だな。あんたがはぐれたんじゃなくて、他の仲間の身に何かが起こった可能性もある」
「そ、そんな……」
「大丈夫、まだそうと決まった訳じゃないから。私達も探すのを手伝うよ。ね、いいよね?」
「ああ、流石に放っておく訳にはいかない」
 こうしてオーフェリアと一緒に三人でアルファの森の中で人探しが始まった。
 難航するかと思われた夜の森での人探しだが、意外にもすぐに解決する事になった。
「あ! ようやく見つけた!」
 レレの嗅覚を頼りに人の気配を辿った先にいたのは、毛先を巻いたピンクブロンドの髪が印象的な、強気そうな顔をした女だった。
「クレアさん! ご、ご、ごめんんさい……!」
 少々ご立腹の様子のクレアに、オーフェリアは何度も頭を下げて謝る。
「あいつら薄情だから先に帰っちゃったわよ」
 あいつら、とは他のパーティーメンバーの事だろうか。一人がはぐれている状態で、その捜索をしているもう一人も残して帰るとはどういう事なのだろうか。
「で、そっちの二人は誰?」
「こ、講義で知り合ったレレさんと……レレさんと同じ研究室のベルさんです」
「ふうん……ベル……ベルか……」
 クレアはレレの方には特に興味が無いようで、ベルの方を見ながら何かを思い出そうと顎に手を当てて考え事をしている。
「あんた、名前は? 家名も入れたフルネームね」
 クレアは何かが引っかかるようで、ベルの顔を凝視しながらそう尋ねてきた。
「俺か? ベルランド……ベルランド・ピアースだ」
 その名前を聞いた瞬間クレアの目は大きく見開かれ、そして人が変わったかのように柔和な顔付きになった。
「あら失礼いたしました。ピアース公爵家のご子息ですよね。私はクレア・ギャロウェイと申します。ギャロウェイ商会の会長、チェスター・ギャロウェイの次女です」
 ギャロウェイ商会といえば、王国内でも有数の大商会だ。
 そのご息女の態度との変わりように、オーフェリアは困惑し、レレは顔を引きつらせた。
 しかし、レレはすぐに聞き間違いを疑うような情報があった事を思い出し、ベルの方へ振り返った。
「こ、公爵家ってどういう事!? 聞いてないんだけど!」
「まあ……言ってないからな」
 確かに細かい所作に品のようなものは感じており、良いところの生まれなのだろうと予想はしていた。
 しかし、まさか貴族で、しかも公爵家の人間だとは夢にも思っていなかった。
「もしかしなくても、有名人だったり……?」
 レレの質問に対して、ベルが答える前にクレアが大きくため息をついて答える。
「はあ、この田舎娘は……無知にも限度があるでしょ」
「い、田舎娘!?」
 随分な言い草だが、あまりの衝撃に呆然としてしまい、反撃の言葉が出てこない。そんなレレを無視してクレアは続けた。
「ピアース公爵家と言えば、王国の五大貴族の一角。王家を除けば、実質国のトップに連なる一族じゃない」
「…………………………………………はあ」
 クレアの説明を受けてからしばらくして、ようやくレレの口から零れた言葉は、気の抜けたそんな一言だけだった。
 あまりにもスケールの大きな話を急にされても、頭が追い付かず実感がわかない。
「ご、五大貴族……」
 オーフェリアも驚きのあまり、両手で口を覆ったまま固まっている。
 一方のベルは、本当に心底嫌そうな顔をしている。
「予め言っておくが、俺は一族の中でも最悪の出来損ないで、家の中では何の影響力も無い。うちの実家と親しくしたいなら、上の兄弟を当たってくれ」
「あら、そうなの」
 実家の話をここで初めてした事から察するに、実家との関係はあまり良くないのだろう。
「でも貴方がピアース家の子息であるという事は事実でしょう? そして、別に絶縁しているという訳でもない。例えば、そうね……コートから靴に至るまで、並の貴族でも躊躇うような一級品ばかり。天下のギャロウェイ商会に生まれた私が見逃す訳がないでしょう」
 だから、とクレアはベルの前に歩み寄って手を差し伸べた。
「私は貴方とお近付きになりたいの」
「そこまで正直だと逆に痛快だな……」
 手こそ握り返さないものの、ベルは特に不快そうな表情もしていない。
 本人が良いのなら別に良い──はずなのだが、レレの胸中のどこかがモヤモヤとしている。
「お、お金とか、家柄で人を選ぶのってどうなのかな!」
 ようやく絞りだせたのは、ありきたりな言葉だった。
「何か問題でも?」
「なんか……私は嫌だなって……」
「私は嫌じゃないけどね」
「むう……」
 今のレレには、これ以上反論の言葉を用意する事は出来なかった。
 正しいか、間違っているか。そういう二極の話ではなく、クレアにとっての価値観を真っすぐに主張しているだけなのだ。
 レレが黙ったのを確認して、クレアは続けざまに爆弾を投下した。
「──ねえ、ベルさん。私達の探索パーティーに来ない? 同じ研究室のメンバー同士だとバランスが悪いでしょう?」
「なっ……!」
「ク、クレアさん……」
 目の前で、あまりにも堂々とした引き抜きを始めるので、驚きと怒りでレレの毛は逆立ち、オーフェリアはどうすれば良いのか分からずオロオロとしている。
「俺は……」
 当のベルがクレアに対して何かを言いかける。
 仮ではあるが、レレは彼とパーティーを組んでいる立場として、一言ぐらい口を挟む権利はあるだろう。
 しかし、彼が最終的に誰と組むのか。それは本人が決める事であり、レレに裁量がある話ではない。
 そもそもベルだって、性格が合わない自分と組むよりも、外で仲間を募った方が良いはずだ。
 ──そう、今のレレには、この引き抜きを断るのに十分な理由が無い!
「ベルの事、大事にしてね……!」
「ええ、当り前じゃないの」
「何を言っているんだお前達は!?」
 当の本人を置き去りにして勝手に移籍が決定した事に対して、当然の抗議の声が上がる。
「でも、その方がベルにとっても良いかなって……こんな鼻につく厚化粧女でも、私といるよりは絶対マシなはずだよ」
「そうそう。聞き分けが良いという事以外、全てが最悪そうな貧相な猫女より、私と組んだ方が得なはずでしょう」
「まずは俺の話をだな……」
 渦中にいるはずのベルの声は二人の耳に届かないようだ。
 にこやかに火花を散らす二人から距離を取るためか、オーフェリアがベルの横に移動してきた。
「何というか、ご愁傷様です」
「そう思うなら助けてくれ……」
「そ、それは……あははは……」
 オーフェリアはベルに同情はするものの、あの二人を前にして余計な事をする勇気は無かった。
 ベルは自分自身もコミュニケーションが下手な自覚はあるが、その点については身近な人間も大概な事が多いのは何故なのか、と頭を抱えた。
 類は友を呼ぶ、というどこかの地域の諺が頭をよぎり、彼はこの状況を静かに諦めた。
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