魔法の薬は猫印。

長島 江永

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学院新生活9

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「おいクソ猫。昨日私が酔っている間に一方的に契約を押し付けて来た事、覚えているからな……」
 流石に午後になると体調は少しは良くなったようで、同じ講義を選択していたレレとクレアは屋外運動場で再会した。
「一方的じゃないよ。「フィンの契約」はお互いの同意がないと発動しないんだから」
「泥酔した人間に同意もクソもあるか!!」
 クレアの方は今にも手が出そうな勢いだ。
 少なくともその一点についてはクレアの方が正論のため、同じく講義を共にしているベルは割り込む事はせずに黙っていた。
「丁度いいわ……折角の「戦闘技術基礎B」の講義だもの。今日は私とバディを組みましょう」
「別にいいよー、今日は体を動かし足りないからね。イイトコのお嬢様に相手が務まるのかは分からないけど」
 笑顔のままバチバチと火花を散らす両者だが、ここで「面倒な事」が起こった。
 ただし今回はレレは一切関係なく、渦中にいるのはベルと、彼よりもいくつか年上であろう男性の二人だった。
「貴様がピアース家の末弟か」
 その男の身長は一・九メルタ程あり、クガイほどではないにしてもヒト種としてはトップレベルの筋肉があり、その黒い肌と対照的に綺麗な白い歯がギラリと光っている。髪の毛は編み込まれており、黒い色付き眼鏡──サングラスの向こうにうっすらと見える瞳は、モンスターのように闘争心で漲っている。
 冗談のように大きい剣を背負っており、分かりやすい特徴が無いだけで何らかの亜人ではないかと疑ってしまう。それだけ色々と人間離れしている男だ。
「今日は貴様と闘いに来た。拒否権は無いぞボウズ」
「ちょっと待ってくれ! 突然何なんだあんたは……! 担当の講師じゃないだろう」
「今日は俺が代理だ」
 そんな連絡は来ていないし、こんな講師を見かけたこともない。
「さあ構えろ、行くぞ! 安心しろ、俺は魔法は使わん!!」
「俺はやるとは一言も──!」
 ベルの言葉は完全に無視され、大男は背中の大剣を抜いた。
(あのサイズの剣を片手で……! バケモンが……!!)
 講師がいつまで経っても現れず、多くの者が暇そうにしている中で突如始まった一騎打ちに、一瞬で学生のほとんどが野次馬と化していた。
「何事かと思えばベルが暴れてる!」
「馬鹿、どう見ても巻き込まれている方でしょうが。それよりも、相手の男は誰なの?」
「だ、誰だろう……知らないな」
「はあ?」
 もう一度記憶を辿ってみるが、自分の知る限りのベルの交友関係に、彼のような男はいなかったはずだ。ベルの口ぶりからして、彼も状況が把握できていないようだ。
「どうした! ピアース家の男子が防戦一方とは情けない!」
「家は関係無いだろうが……!」
 ベルは縦一閃の攻撃を何とか避けるが、先ほどまで立っていた地面は大きく抉れており、跳んだ先にまでその亀裂が迫ってくるほどだった。
「くそっ!!」
 大剣の一振り一振りが、昨日戦ったグラウンドボアの突進を凌ぐ威力がある事は間違いない。
 模擬戦用の魔法結界が無いため、直撃すれば即死だ。
 殺す気で反撃をしないと駄目だと、ベルはすぐに頭を切り替えた。
 大剣で資格になっている角度から、相手の喉を狙った素早い突きを繰り出した。
 しかし、その不意打ち近い一撃も軽く受け流されてしまう。
(ただの筋肉馬鹿じゃない……! それに……!)
「なんなの……あの魔力量は……」
 クレアが思わず零したように、大男から感じる魔力は尋常ではない。いや、そんな一言で表現できる域ですら無い。
 この場にいる学生達が、今まで出会ったどんなモンスターよりも強大な魔力の気配を感じる。
 この剣捌き、魔力量、容姿、傍若無人な振る舞い──この男で間違いないだろう。
「あんたがジャンか……!!」
「そうだ後輩よ! ようこそわが研究室へ!」
 亜人共連や翼獅子の会のような団体と個人名で並べられる、人間台風とも言える男──ジャン=ジャック・ジャカールの今日の標的に、不幸にもベルが選ばれてしまった。
 ジャンが振り下ろした剣が地面に突き刺さると同時に、地面が砕けて無数の礫となってベルの方へ降り注いだ。
(これで本当に魔法を使っていないのかよ……!?)
「つまらんな。少しはまともな反撃をしてみたらどうだ」
「言われなくてもそのつもりだ!」
 欠伸をするほど余裕そうなジャンに向かってベルは突撃する。
『纏え! 炎の弐番!!』
 炎を纏ったベルの両手剣がジャンの首を狙って襲い掛かる。
「踏み込みは悪くない! だが!!」
 炎を付与した剣を、片手の手刀で叩き落されてしまった。
「なっ!?」
 もともと当たるとは思っていなかったが、片手でいとも簡単に処理されたのは予想を何段も飛び越え過ぎている。
 あまりのでたらめさに一瞬体が固まったベルのお腹に強烈な蹴りが入り、彼は十メルタ以上も地面の上を転がった。
「ごほっごほっ……!」
 蹴られた衝撃で肺の中の空気が吐き出され、しばらくの間呼吸が止まってしまっていた。
 運動場に響き渡った打撃音のあまりの重さに、心配する声でどよめきが起こった。
「ベル……!!」
「ちょっと大丈夫……!?」
 すぐに女性二人が駆け寄ったため、男性陣からの心配の声は一瞬で消え、代わりにどろどろとした怨声がいくつも聞こえてきた。
「最低限の剣術の実力はある。更に少ない魔力量で術を使えるように、繊細な魔法制御を習得している……確かに武器への付与魔法は放出系魔法に比べて消費魔力のコストパフォーマンスが高いが……」
 ジャンは腕を組んで一息ついた後、ベルを指さしてこう言い放った。
「ひじょーーーーうに、つまらんっ!!!!」
「つ、つまらん……?」
 ポカンとしている一同に更にこう続ける。
「なぜ弐番魔法なのだ! そんな蚊トンボのような攻撃で俺様に傷一つでもつけられると思ったのか!!」
 通常、一つの魔法に対して十段階の強度があり、その強度が上がる毎に消費魔力も増加する。そのためベルは魔力消費を抑えるために弐番魔法を好んで使用している。
 また、数字が上がる毎にその理論も複雑化し、扱いが難しくなっていくため、一般的には伍番魔法を安定して使用出来るだけでも「それなりの使い手」と呼べる。
「せめて肆番程度は出さんとと、爪の甘皮にすら刃が通らないと思え」
「簡単に言うなよ……」
「何故だ? いかに魔力量が少ない貴様でも、肆番魔法程度なら一度ぐらい使えるはずだ」
「あのさ、自分の魔力が枯れるようなレベルの魔法を使ったら命に関わるって事ぐらい知らないの?」
 二人の間に割って入ったクレアが呆れ顔でそう言うが、対するジャンは白い歯をギラリと見せて笑った。
「命ぐらいガッと燃やして、全力でかかってこい」
「はあ? たかだか模擬戦で命をかけるなんて馬鹿でしょ」
 この手の人間の言う事は、クレアには全く理解が出来ない。意地のためなのか美学のためなのか知らないが、死んでしまえばそれらも全て無になるだけだ。
「死ねとは言っていない。出し惜しむなと言っているのだ」
「同じじゃない」
「違うな。おい小僧、お前はどう思う」
 ジャンはクレアを押しのけてベルの前に立ちはだかった。
「俺は……」
 魔法の名門に生まれたにも関わらず、その身の魔力量の少なさのために、魔導士への道は幼い頃に諦めた。
 それでもどうにか食らいつこうと、剣術を学び、付与魔法を習得した。
 しかし魔法はおろか、剣術すらもその高みには遠く、魔法を纏わせた剣を振るっても素手に敗北する程度なのだ。
(命ぐらい燃やせ、か……)
 叩き落された剣に手を伸ばして、強く握った。
「ああそうだな、やってやるよ……」
「ちょっと……!」
 覚悟を決めた顔のベルの腕をクレアが掴んで止めようとする。
 魔力の過放出によるリスクは、気合でどうにかなるものではないからだ。
 そのクレアの手の上に、レレが更に手をかぶせて、首を横に振った。
 そして二人の方へ振り返ったベルに、レレは薬瓶を一つ差し出した。
「魔力の回復ポーション。魔力酔いしないようにベル用に調整しているけど、ちゃんと測定した値じゃないから具合悪くなったらごめんね」
「お前……」
 昨夜詳しく伝えるつもりだった「レレに協力してほしいこと」の一つに、自分用に薬を調合してほしいというものがあった。
 魔力量が少なく、剣術をベースとした戦い方をするベルには、汎用的な薬では不便を感じる事が多い。そのため自分の魔力特性や使用方法にマッチした薬をレレに作って欲しかった。
(頼む前に作ってくれるとはな……)
 自分を見透かされたようで少し恥ずかしいが、それ以上に嬉しいという気持ちがベルの中では大きかった。これは彼にとって意外な事で、少し前であれば逆に不機嫌になっていたかもしれない。
「ありがとうな」
「あっ、えっ、うん……」
 薬便を受け取った際の笑顔が、レレにとっても思いがけないもので、少し間の抜けた声が出てしまった。
(いっつも、ああいう顔していれば良いのに)
 後にこの事をオーフェリアに話した際には、「普段とのギャップが逆にレレさんに刺さっているんじゃないですか?」とよく分からない事を言われてしまった。
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