魔法の薬は猫印。

長島 江永

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学院新生活10

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 レレから受け取った薬を飲み干し、剣を構えたベルの顔にはもう笑顔は無く、今日一番の真剣な眼差しでジャンと対峙している。
「なんで私を止めたのよ。あんたの薬で元気になったせいで、彼、死ぬかもしれないけど良いの?」
 クレアが向かい合う二人の男を白けた目で見ている。
「ううん。私が何もしなくてもきっと同じだったよ。それなら少しでも魔力を戻してあげた方が良いでしょ。それに……「本気」の人を邪魔することは、私には出来ないよ」
「……はあ、私には理解出来ないわ」
 クレアは興味がないのか、巻き込まれないように離れて見ているギャラリーの方へと引き返していった。
(私だって、本当は無茶はしないで欲しいと思っているよ)
 レレは困り顔で、ジャンと対峙するベルの背中を見届けた。
 レレも距離を取ったのを確認して、ベルは剣を握る手に力を込めた。
「わざわざ待ってもらって悪いな」
「さっきのは貴様用の遅効性のポーションなのだろう。どうせやるなら全力とやりたいのが漢というものだろう」
「なるべく期待に添えるよう頑張るよ……」
 人は死の間際、とてつもない力を発揮することが度々ある。
 例えば、とある高名な大魔導士が命と引き換えに放った魔法は、百年もの間一帯の安全を脅かし続けていたモンスターごと、山一つを消滅させたという伝説がある。
 死の淵で自身の魔力と、世界のマナの境界が曖昧になって生まれる力だと言われており、これを応用した自爆魔法という禁術が、かつての大戦時にはあちこちで使用されていたという。
(自分の魔力がカラになるような威力の魔法を使えば、最悪死に至る……だが……)
「全てを出し切らずにいるのは、俺にとっては死んだも同然だろうが……!!」
「来い!! 貴様の全力は俺様が受け止めてやろう!!」
 ベルの構える剣に魔力が注ぎ込まれていく。
 全てを出し切ろうという、初めての感覚に体がビリビリと痺れる。目は血走り、鼻血がだらりと垂れた。
 普段とはかけ離れた魔力量を感じるベルを見て、ジャンはニヤリと笑う。
(良いぞピアースの末弟よ……! 貴様は確かに平時の魔力量は少ないが、日々その魔力を使い果たし続けるような、常人には出来ない無理をしている。そのため、死に至るほどの限界の魔法行使に貴様の体が慣らされている!!)
「行くぞ!!!!」
「フハハハハッ!!!! 良いぞ! 良い覚悟だ……!!!!」
 今日初めてジャンは大剣に両手を添えた。
『纏え! 炎の伍番────炎刃!!!!!!!!』
 両者の刃がぶつかった瞬間、赤い火花が弾けたと思えば、炎の濁流と爆発が二人を中心に広がった。
 十分に距離を取っていたはずの野次馬の方へもその衝撃波が押し寄せてくる。
「うわっ! やばいかもっ!?」
 野次馬の一団よりも少し前にいたレレは、その爆風に巻き込まれる事を瞬時に理解した。
 跳んでその場を離れようとした時、聞き覚えのある声が運動場に響き渡った。
『護れ! 聖の肆番!!』
 透き通るような声の詠唱と共に、レレの前に巨大な輝く壁が展開された。これは聖属性の広範囲型の防御魔法で、タッチの差で到達した爆風から学生全員を守った。
 詠唱が聞こえた方を振り返ると、この講義の本来の担当講師であるギーレンと、魔法杖を握ったプラチナブロンドの美女がこちらに向かって走っている。
「モ、モニカ先輩!?」
 モニカは入学前に会った時から、ジャンには気を付けるようにと何度もレレに忠告していた。二人の間にどんな事があったのかは結局聞けずじまいだが、今のモニカの表情を見れば、少なくともモニカからジャンに向けられている感情ははっきりと分かる。
 せっかくの美女が台無しになるほどの、真っすぐな殺意。
「こらあああああああっ!!!! ギーレン講師に嘘の呼び出しをかけて何を企んでいるかと思えばーーーーっ!!!!」
 モニカの叫び声で、学生一同は一瞬で理解した。
 ジャンという男は、ピアーズ家の末っ子────ベルと戦うために、わざわざ講師を騙して時間を確保したのだ。
 それを理解した全員が「課外で勝手にやれ」と思ったのだが、そんな当然の感想は彼には通じない。
 なぜわざわざ講義の時間を乗っ取ったのかといえば、彼が「今戦いたい」と思った。ただそれだけだったりする。ジャンとはそういう男なのだ。
 そのジャンはというと、徐々に晴れていく砂埃の中から無傷で現れた。
「ふん、遅かったなサン=ジョルジュ女史! もう既に俺様の用事は済んでいる。あとは勝手にするが良い!」
「私の用事は終わっていなーーい!!!!」
 モニカは普段の様子からは想像できない程の大声だが、ジャンは全く意に介していないようで、彼女に背中を向けた。
「ピアースの末弟……ベルと言ったな! 合格だ! 俺様の研究室へよくぞ来た!!!!」
 抉れ、焼け焦げた地面に剣を突き立てて、片膝で何とか体を支えているベルに対してそう言うと、ジャンは両手を天に向かって突き出して叫んだ。
「フハハハハ! ではさらばだ!! 『テレポート!!』」
「待ちなさーーーーい!!!!」
 叫ぶモニカの声は空しく、既にジャンが去った運動場に響き渡るだけだった。
「転移魔法をあんなに簡単に……!? 噂には聞いていたが、とんでもない男だ……」
「ピアースの伍番魔法の威力も悪くなかったが、あれを剣だけで受けて無傷のあの男は何なんだ……!?」
「それよりもサン=ジョルジュって、まさか……!」
「ああ、サン=ジョルジュ侯爵家のご息女だ! 噂通りの美貌だぜ……!!」
 嵐のような男が去って一瞬の沈黙があった後に、学生達は興奮冷めやらぬ様子で思い思いにに喋り始めた。
(やっぱりモニカ先輩も貴族の生まれなんだ。ベルとは昔からの知り合いみたいだったから、もしかしてとは思っていたけれど……)
 モニカはジャンに逃げられたのが相当悔しいらしく、顔を赤くして怒っている。
 しかしそんな怒り顔ですらも美しいのは、彼女の美貌が半端なものではない事を物語っている。
 怒り心頭のモニカを一番の被害者であるギーレンがなだめている。
 その様子を見て苦笑いしつつ、レレは運動場の真ん中で満身創痍のベルの方に歩み寄り、手を差し伸べた。
「どうだった?」
 ベルはその手を取って、ゆっくりと立ち上がった。
 やはり体には相当の負荷がかかっているようで、レレの肩に手を置くことでどうにか体を支えているようだ。
「ロクなもんじゃねえって事が分かった」
「ぷっ、なにそれ……!」
 そう言う割には晴れやかな顔のベルが何だか可笑しくてレレは噴き出した。
 そして笑い涙を指で拭ってから、少し困った顔をした。
「私個人としては、さっきみたいな力の使い方はもうしないで欲しいけれど……でもきっとキミは……」
 ベルの腕を首に回して肩を貸した事で、二人の顔の距離がぐっと近付く。
 ベルはその表情の奥にある複雑な感情を、完全に読み取る事は出来ない。
「心配しなくても大丈夫だ」
「それなら良いんだけどね」
 いつものレレなら。心配なんてしていないと茶化していたはずだが、今日はなぜかそんな気分にはなれなかった。
 彼女は気付いている。ベルの拳が血が滲むほどに強く握りしめられているのを。
 声にこそ出していないが、彼の心の中はきっとこうなのだろう。
 「命をかけてもこの程度なのか」と。
 彼の言葉とは裏腹に、その瞳には危険な決意が宿っていた。
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