オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第27話 ー心臓(コア)の間ー ~白と黒の守人~

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 石の匂いが、呼吸の奥で冷たく鳴った。
 紅の試練を越えた台座が止まり、静止と同時に、耳のどこかで見えない鐘がひとつだけ鳴る。余韻は甘く、けれど刃のように細い。ここが“門の内側”――魔王城の心臓(コア)へつながる前室だと、肌が先に理解した。

 足もとに描かれた星図は、淡い蒼の線で呼吸している。線は脈動に合わせて淡く濃くなり、胸の鼓動をなぞるように揺れた。線の交点には小さな円柱が三つ。触れれば何かが始まる、そんな気配がある。

 リアナが矢筒を直し、細く息を吐いた。
「……空気が違う。ここまでの甘さが引いて、代わりに、冷たい手で喉を押さえる感じ」

 セレーナは台座の縁に指先を滑らせる。
「名の鍵は通った。次は“心核への適合”。理性と欲望、意志と恐れ――向き合い方を試されるはずよ」

 リリィナが苦笑する。
「向き合い方、ね……レイジ、こういうのはだいたい痛くて長いから、先に飴ちゃんちょうだい?」

 レイジは小さく笑い、三つの円柱を順に見た。
「甘いのは持ってない。代わりに、すぐ終わらせる」

 最も手前の円柱に掌を置いた瞬間、床の星図が一斉に点灯した。光が線を伝い、弧を走って壁の鏡へ移る。鏡面は水のように揺れ、そこに映ったのは――自分たち、ではない。

 白い部屋。白い床。白い椅子が四脚。
 そこに座っているのは、白い衣を纏った四人の“自分たち”。ただし、どの顔にも感情がない。目だけが澄み、何も映していない。

 リアナが眉を寄せた。
「白……鎮静の試験?」

 セレーナが頷く。
「きっと、過剰な揺れを抑える儀。ここで心拍を落とせなければ、次で堕ちる」

 レイジは鏡の前に立ち、白い自分の椅子に腰を下ろした。鏡越しに背が合わさり、座面が冷たく鳴る。同時に、耳の奥で無音の拍子が始まった。四で吸って、六で吐く――昨日、双環の廊でやったあのリズムだ。

 胸の中の熱が、ゆっくりと透明に薄まる。
 視界の端では、白のリアナたちも同じ動作を繰り返し、波が揃うたび、鏡の白が一段ずつ淡くなる。白はやがて“余白”になり、余白は静けさを呼ぶ。

 最初の円柱が、かちりと鳴って沈んだ。
 鏡の白が割れ、反対側に“黒”が立つ。黒は布のようで布ではなく、月影の濃度だけを集めたような、重い闇だ。その中心に、面をつけた“守人”が現れた。面は能面にも似て、口元は笑っても泣いてもいない。

 リリィナが小声で囁く。
「……でた。黒のほう」

 守人は剣を抜かない。代わりに、掌をこちらへ向けた。温度のない風が走る。喉の奥に、甘さがほんの一滴落ちる――香り、記憶、憧憬。心が反応しかけた瞬間、白の椅子の冷たさが首筋をつねるように、過剰を押しとどめた。

 セレーナが素早く判断する。
「白で落とし、黒で立たせる。交互に往復して均衡を作れ、ということね」

 レイジは二本目の円柱に触れた。星図が反転し、今度は黒の線が走る。鏡の中、黒の守人が面を横に傾け、掌を少しだけ下げた。妙なことに、ほんのわずか“敬意”を含んだ動作に見えた。

 黒の風が強まる。今度は甘さではなく、渇き――願いに手が届かない時の、胸の奥が擦れるような渇きだ。白だけでは埋められないし、黒だけでも壊れてしまう。だから二つは対であり、門は二重だ。

 リアナが弦に指をかけ、呼吸を合わせる。
「レイジ、波を作る。わたしたちが縁を守る」

 レイジは頷き、白と黒の間を歩くことにした。
 目を閉じる。白の椅子の冷えをひと口。黒の風の渇きをひと口。甘さは薄く、痛みは短く。欲は抑えず、抑圧もしない。波の頂点で、ほんの指先ほど熱を残し、谷でしっかり冷やす。たゆたうように、けれど逸れないように。

 面の奥の視線がわずかに揺れた。
 均衡――“いまの自分”が、門の尺度を満たしたという合図だ。

 かちり。二本目の円柱が落ちる。
 最後の一本に手を伸ばす前に、黒の守人が動いた。面の口が初めて開く。声は低く、石の隙間から風が通るような音だ。

 「名を、もう一度」

 レイジは迷わなかった。
「護るために、壊す者」

 面がわずかに頷いた。
 黒い風がほどけ、鏡の縁に細い銀色が差す。白と黒の間に、一本の“道”が生まれる。息を呑むほど細く、しかし確かに、奥へと伸びている。最後の円柱に指が触れた。

 心臓(コア)への扉が、音もなく開いた。

 扉の先は、広大なのに音のない空間だった。
 天井は見えず、壁は輪郭を持たない。けれど床だけは確かで、滑らかな黒石が心臓の鼓動に合わせて微かに脈打っている。中央に、糸のように細い銀の道。左右は底知れない闇で、寄りかかる壁も、掴める支点もない。

 リアナが息をのみ、弓を横に倒した。
「落ち着いて歩けば渡れる……はず。けど、これは視線ひとつで転ぶ類いの橋ね」

 セレーナは道の縁に指先をかざし、静かに言う。
「ここは人格の試験。過去と未来、願いと恐れ――均衡を崩せば、道は消えるわ」

 リリィナは首をすくめ、レイジの袖をちょいと摘む。
「じゃ、真ん中歩くのはレイジ。私たちは風よけと拍子取り。落ちそうになったら、声で掴ませる」

 レイジは頷き、銀の道へ片足を載せた。靴底が吸い付く感触。二歩、三歩。呼吸は四で吸い、六で吐く――白と黒で整えた波をそのまま足裏に落とし込む。肩の高さを一定に保ち、視線は遠く、足下は端で見る。

 闇の奥が、ゆっくり色づいた。
 淡い金の髪、笑う口元、夏の匂い。青年の肩越しに、白い手が伸びる――過去の景(かげ)だ。転生前、もう触れられない世界の断片。指先は温度を持ち、声は耳の奥をくすぐる。

 “戻っておいで”

 胸がきゅっと縮んだ。足がわずかに泳ぐ。だが、背中からリアナの声が飛ぶ。
「視線、遠く。吸って四、吐いて六。はい、もう一回」

 レイジは吐息を長く伸ばす。肩が沈み、足の裏に重みが戻る。金の影は霧散せず、ただ距離を取った。今度は逆側、闇の底で紅が揺れる。玉座。艶やかな横顔。魔王の視線が、嗤いも慈しみもせず、ただ測る。そこに欲望も憎しみも投げ込める。投げ込んだ分だけ、均衡は壊れる。

 セレーナの声が重なる。
「過去に手を伸ばさない。未来に身を投げない。今を踏むの」

 銀の道が一瞬だけ広がり、また元の細さに戻る。レイジは歩を止めない。すぐ前方、黒い霧が形になりかけ、能面の守人が道の中央に現れた。白と黒の境で見た者と同じ面。だが今度は、手に細い棒――指揮棒のような器具を持っている。

 守人が棒をひと振り。空気が震え、見えないオーケストラが鳴り始めた。
 鼓動と同じテンポに、艶めいた旋律が薄く混ざる。足裏の重心がわずかに前へ吸われ、身体は“落ちたい方向”に滑る。快い。危い。

 リリィナがすぐ歌う。
「いち、に、さん、しっ。ごー、ろーく。はい、もう一回!」

 子どもの数取りのように軽い節で、守人の旋律に別の拍子をかぶせる。リアナが低いハミングでベースを敷き、セレーナが指で空に円を描いて波を視覚化する。三人の声と仕草が、レイジの足先に別の道を流し込む。

 守人の面が、わずかに傾いた。指揮棒を逆手に取り、今度は沈黙を振る。音が消え、かわりに匂いが満ちる。
 遠い雨上がり、熟れた果実、凪いだ湖。粘度のある記憶の香りが肺を甘く満たし、思考をなめらかにする。足取りは軽く、しかし軽すぎる。跳ねれば、銀は途切れる。

 セレーナが指先でレイジの背に点を打つ。
「一点集中。重心、丹田。甘さは舌じゃなく、踵で受けて」

 舌先に乗りかけた記憶の味が、足の裏へ移る。重みが戻る。守人は面の奥で何かを計り、静かに棒を降ろした。

 「問う。名を」

 レイジは立ち止まらずに答える。
「護るために、壊す者」

 「証(あかし)を」

 右手を胸に当て、左手で闇を斬る仕草をひとつ。白黒の廊で刻んだ波、その型の再現。均衡を、形にした所作。

 「通行」

 面が横へ退く。銀の道があと十歩分、明確に広がる。レイジは歩みを緩めず前へ――その瞬間、道の先にもうひとつの面が立った。色は白。口元が、笑っている。

 白の面は、柔らかい声で囁いた。
「ねえ、君は壊す者でい続けられるの?」

 問いは軽い。けれど胸骨の裏側に刺さる。
 壊すことは、護ることを早める。だが、壊すことが目的になった瞬間、名は反転する。白の面は、それを見抜いている。

 リアナが、短く。
「答えは短く、でも重く」

 レイジは一拍だけ目を閉じ、白に告げた。
「俺は“壊すことを選べる者”。選べなくなったとき、名を捨てる」

 白の面は、満足そうに笑った。
「通行」

 最後の十歩。銀の道の終端に、黒い円環が横たわる。踏めば、落ちる。けれどそれは下ではなく、内へ落ちる穴だ。心臓(コア)の中心、玉座の間へ通じる縦の導線。

 セレーナが囁く。
「ここからは戻れないわ」

 レイジは頷き、振り返らずに言う。
「戻る気はない。――行くぞ」

 四人は同時に円環へ降りた。足下の黒がほどけ、身体が軽くなる。落下は短く、次の瞬間、硬い床の感触が膝に戻った。

 天井は低く、壁は近い。だが圧迫感はない。むしろ、濃密な静けさが皮膚に寄り添ってくる。
 部屋の中央に、黒曜の祭壇。その上に、閉ざされた心臓(コア)の核――両手で抱えられるほどの黒い球体が静かに呼吸している。表面には細い亀裂が走り、そこから淡い光が漏れるたび、部屋全体がわずかに明滅した。

 リアナが弓を下げ、目を細める。
「誰かいる」

 影が一つ、祭壇の脇から離れた。
 黒い外套。金の縁。面はない。けれど、そこに宿る気配は門の鍵に近い。紅の女と同じ香の根を持ちながら、甘さが削れている。

 その人物は、低く頭を垂れた。
「黒の守人(くろのもりびと)。玉座の前に立つ、最初の楔。」

 セレーナが一歩進み、問う。
「通す条件は?」

 「均衡の宣誓。そして、心臓に触れる資格の証明。」

 黒の守人は外套の袖を払った。床に白い線が走り、四枚の石板が食み出す。
 石板はそれぞれ、違う温度と匂いを放つ。
 一枚は雨の匂い。ひとつは炎の熱。もう一つは土の重さ。最後は風の軽さ。四象――けれどどれも、どこか官能の微かな湿りを含んでいる。触れれば、皮膚が温度を覚える類いの誘惑。

 黒の守人は告げる。
「四つの感覚を混ぜず、順に受け、順に手放せ。混ぜた瞬間、心臓は割れる」

 リリィナが小さく息を呑む。
「手放すのって、けっこう難しいやつ」

 レイジは石板の前に立った。
 まず、雨。指先で触れる。冷たさが走り、皮膚がきれいになる感覚が脳に昇る。欲が薄まり、余白が増える。だが、追いかけたら溺れる。すぐ離す。

 次に炎。掌いっぱいの熱が、筋肉を緩め、血を速める。胸の奥が強く脈打ち、足が前に出たがる。追いかけない。吐いて六。離す。

 土。踝に重み。安心。ここに根を下ろしたくなる。だが、ここは仮の地。離す。

 風。軽さ。跳ねたくなる。道を飛び越えたくなる。離す。

 四つを順番に、等分に、淡く舐めて、確かに手放す。
 黒の守人が微かに顎を引いた。
「宣誓を」

 レイジは心臓の核へ向き直る。
「余白を持つ。欲も恐れも、均す。名に溺れず、名に縛られず、選ぶ」

 核の亀裂が、ひと筋だけ広がった。淡い光が指先を撫で、皮膚の内側まで澄んだ温度が落ちてくる。部屋の明滅が静まり、代わりに遠い鈴の音がひとつ、綺麗に鳴った。

 黒の守人は外套の裾を払って、祭壇の脇に退く。
「通れ。玉座の前で、お前の“名”が問われる」

 その時、背後で風が翻り、紅の女が影から現れた。
 目元に愉悦を、口元に試す笑みを載せて。
「――よくここまで来たわ。心臓はあなたを認めた。あとは玉座。けれど覚えておいて。“王”は名ではなく、“在り様”で選ばれる」

 レイジは視線を逸らさず、剣の柄に軽く手を置いた。
「じゃあ、見せるだけだ。俺たちの“在り様”を」

 紅と黒、二人の守り手が同時に道を開く。
 玉座の扉が、静かに震え、わずかに口を開けた。
 そこから流れ込む空気は、甘いのに冷たい。快楽の香りと、戦場の匂いが同じ温度で混ざっている。

 リアナが、短く笑った。
「――本番、ね」

 四人は歩き出す。足音は軽く、しかし確かに、玉座へと響いた。
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