オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第26話 ー門の鍵、紅の試練ー

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 薄闇に沈む鏡の間が、脈を打つように微かに震えた。
 靄は収まり、床に描かれた赤い紋はまだ余熱を残している。レイジは呼吸を整え、剣に溜め込んだ魔力を静かに落とした。肩口に残る熱と、皮膚の下でちろちろと灯る余韻──それはさっきまでの結界が“ただの罠”ではなく、“査問”でもあったことを告げている。

 闇の奥、紅のドレスの女が振り返る。長い睫毛の影が頬に落ち、唇だけが燭の光を吸って艶やかに光った。
「合格。……けれど、まだ“門”は半分しか開かないわ」

 レイジは刃先を床に向け、短く息を吐く。
「鍵は幾つある?」

 女は指を二本、空に立てる。細い指先に集まった赤い光が、鈴のように小さく鳴った。
「二重鍵。今のは“欲の鍵”。残りは“名の鍵”。あなた自身が、何者かを言葉にしなければ通せない」

 リアナ、セレーナ、リリィナが合流してくる。結界の隔壁が消え、三人の足音が鏡面で柔らかく跳ねた。
 リアナがレイジを見上げ、眉を寄せる。
「“名の鍵”って、誓いの言葉みたいなもの?」

 紅の女は頷く。
「ええ。肩書きでも、打倒の宣言でもない。もっと深い“呼び名”。あなたが自分を呼ぶ、一番内側の名よ」

 レイジは少しだけ目を細めた。胸の奥で、未整理の響きがいくつも重なっている。勇者。転生者。異邦人。ひとりの男。──そして。
 沈黙を破ったのは、セレーナの低い囁きだった。
「“守人(もりびと)”。どう?」

 リリィナがすぐに乗る。
「“破戒者(ブレイカー)”も似合うけどね。あの靄、ぜんぶ壊してたし」

 リアナは笑いを堪え、肩をすくめた。
「“口説き魔”でも通りそうだけど」

 レイジは苦笑し、刃を鞘に収める。
「……“選ぶのは俺だ”。だが、ヒントはもらった」

 紅の女は天蓋の紐を指で引いた。鏡の面が波紋を描き、回廊の景色が戻ってくる。
「前哨はここまで。次は“名の鍵”を携えた守人──《双環の獣(そうかんのけもの)》が待つ。通過儀礼は三手。あなたが名を名乗る前に、彼があなたの名を奪いに来る」

 女の香が、ゆっくりと薄れる。灯がひとつ、またひとつ消え、最後に残った火だけがレイジの瞳に反射した。
「生きて戻ってきたら、あなたの“名”を、私の舌で確かめてあげる」

 からかうような囁きを残して、紅は夜に溶けた。

 回廊に静けさが降りた。足元の石は冷たいのに、掌の内側にはまだ熱が残っている。
 レイジは一度、拳を握り直した。
「行くぞ。次で“門”を開ける」

 “双環の廊”は、円形の回廊が二重に絡み合い、迷路のように交差している。壁面には金属の環が等間隔で嵌め込まれ、触れるたび鈍い音で鳴いた。その音はすぐさま遠くの環に移り、反響が輪から輪へ、鎖のようにつながっていく。

 セレーナが掌を壁に翳し、微細な魔力の流れを測る。
「この環、触れるだけで“記名”されるわ。指紋じゃない、心拍や呼吸の癖……もっと根の部分」

 リリィナが片目をつむる。
「つまり、こっそり通り抜けは無理ってことね。名前を盗む迷路、か」

 リアナは弓を半分だけ引き、息を細く通す。
「音が生きてる。遠くに何かいる──重い足、二拍子。獣?」

 次の瞬間、金属の環が一斉に鳴動し、空気が揺れた。
 姿を現したのは、厚い毛皮に覆われた巨躯。身体の左右に二つの輪を背負い、それぞれの内側には微細な符が刻まれている。瞳は琥珀色に燃え、口から白い息が漏れた。

 セレーナが低く呟く。
「《双環の獣》。聞き覚えがあるわ。古い神殿の守衛。名を呼び、名を奪い、名を繋ぐ」

 獣は一歩、石を軋ませる。そして、低い声が環の奥で鳴った。言葉の形は古く、直訳できない。だが、意味ははっきり伝わる。
 ──“汝、何者か”

 レイジは前に出た。
「通行のために、名を名乗る必要があるんだな」

 獣は環をゆっくり回す。環の摩擦音が骨に沁み、胸の奥にまで入ってくる。
 リアナが眉をひそめる。
「気をつけて。名乗り方を誤ると、“本名”を抜かれる」

 セレーナがレイジの袖を軽く引いた。
「三手の儀──最初は問答。二手目は証。最後が宣名。順番を崩すと、輪に飲まれる」

 獣の問いが二度目の波で胸骨を叩く。
 レイジは目を閉じ、一拍だけ遅らせて口を開いた。
「問に返す。お前は何者だ?」

 環が高く鳴る。獣はわずかに首を傾げ、低く咆哮した。輪の内側に、古い刻印が浮かぶ。
 ──“門”

 セレーナの目が細くなる。
「自称した。“門”。なら、二手目は“証”。あなたが“門”だと示してみせろ」

 挑発は効いた。獣は前足で環を叩き、回廊全体の輪が一斉に共鳴する。空気が厚くなり、音が肌を撫でる。輪の鳴りはやがて旋律に変わり、耳の奥で甘い震えに転じた。足の裏から、背骨へ、喉へ、舌先へ──ゆっくり、ねっとりと這い上がる。

 リリィナが小さく身震いした。
「これ、まずい……音、だけで、頭の中に……」

 リアナがすぐ背に回り、肩を支える。
「息を合わせて。四で吸って、六で吐く──今はそれで充分、まだ飲まれない」

 レイジは前に半歩出る。輪の調べが心臓と同期し始めるのを、意図的にずらす。わざと一拍、遅らせて呼吸を入れ替え、脈に“石”を挟むようにリズムを乱す。
「証、確かに見た。……なら、三手目は俺の番だ」

 獣の琥珀が、じっとこちらを見た。輪の鳴りが一瞬止み、沈黙が垂直に落ちる。
 レイジは刃を抜かないまま、鞘ごと地に立てた。手はカラ。胸だけを張る。
「俺は──」

 言葉の先で、何かが喉に絡んだ。紅の女の言葉がよぎる。打倒でも肩書きでもない、一番内側。
 セレーナの横顔。リリィナの笑窪。リアナの弓の弦。背に重ねられた、幾つもの“託された手”。

 レイジは息をひとつ飲み、静かに言った。
「“護るために、壊す者”」

 輪が鳴った。高く、そして低く。
 獣の環が回り、回廊の輪が連鎖し、音は列をなして遠ざかる。
 次に戻ってきたのは、一つの言葉。
 ──“通行(とおれ)”

 獣は頭を垂れ、道の中央に身を伏せた。左右の輪が揃って傾き、回廊がゆっくりと開き始める。重い石の奥に、深い紅の光が差した。


 開いた先は、意外にも狭い小部屋だった。四方に古い布が垂れ、中央に黒い台座が一つ。台座の上には、薄い金属片が円盤状に並べられ、真ん中にわずかな空隙がある。そこに赤い滴──たぶん、名の印を受ける“器”が置かれている。

 セレーナが台座を覗き、細い指で金属の縁を撫でた。
「“名札(ネームプレート)”。ここで名を刻み、門と契約する。……でも、代価が要るわ」

 リアナの視線が器の赤に触れて、ほんの少し強張る。
「血?」

 リリィナは唇を尖らせ、レイジの顔を覗き込む。
「ねえ、こういうの、だいたい痛いんだよね?」

 レイジは笑い、首を横に振った。
「痛みは儀式の半分。もう半分は“誓”だ」

 短剣で指先をかすめ、滴を器に落とす。赤はすぐ金属に吸い込まれ、円盤が微かに回転した。台座の周囲の布が、ゆるく風もないのに膨らむ。

 空気が甘くなる。喉に絡む香は、紅の女のものに似ているが、より古い、祈りの匂いが混ざっていた。
 レイジは声を整え、さっきの言葉をもう一度、今度は“門”に向けて置く。
「“護るために、壊す者”──それが、俺の名だ」

 円盤の中心で、細い線が走る。薄く、金属の表皮がめくれ、そこに見えない刻印が沈んでいく。
 セレーナが口元に笑みを浮かべ、小さく拍手した。
「通ったわ。音も匂いも、あなたの名前を覚えた」

 その時、小部屋の布がひとりでに裂け、冷たい風が流れ込んだ。
 足音。軽い、計った歩。紅の女──ではない。
 現れたのは、黒い衣の小柄な影。フードの奥で金の瞳がちらりと光る。

 影は台座に目をやり、短く頷いた。
「──“鍵は、回った”。前哨はここで終わる。以後は、城主の領分」

 リアナが瞬時に弓を半張りにする。
「あなたは、誰」

 影は答えない。代わりに、足元の石が沈む。
 台座ごと床が下降し、空気が一段冷たくなった。上方の裂け目から、最後に一滴、赤が落ちる。さっき器に落としたのと同じ、しかし別の香──甘い、危い、記憶を撫でる匂い。

 レイジは息を吸い、肩越しに仲間を見る。
「ここからが“魔王領”の声だ。戻れないぞ」

 三人とも、迷いのない頷き。


 落下は長くは続かず、台座は仄暗い円形ホールに到着した。天井の窓からは赤い光が差し、床には星図のような幾何が描かれている。中央に、黒い石柱。柱の上には、わずかに開いた扉の印。

 セレーナが周囲を見渡し、肩で息をした。
「……静か。静かすぎるわ」

 リリィナがくるりと回り、耳を澄ます。
「音は全部、下に落ちてる。ここ、空洞の上」

 リアナは早くも弦に指をかけ、赤い光の差す方向に視線を固定する。
「気配、来る」

 低い鈴の音。どこかで聞いた響き──鏡の間。紅の女。
 光の柱が床に落ち、そこに細い影が形作られた。紅の裾は揺れず、ただ香だけが先に届く。

 女は扉の印の横に立ち、右手で空をなでる。
「おかえり。よく“名”を通したわ」

 レイジは一歩だけ進み、女の目を見た。
「門は、開くのか」

 女は笑う。
「ええ──ただし、これは“招待”。門の向こうは、もはやあなたの意志だけでは足りない。願い、誓い、そして……“相応の余白”。」

 言い終える前に、黒い石柱の印が光った。赤が白に変わり、白が一瞬、蒼を掠める。
 空気が張り詰め、背筋に透明な刃が走るような感覚が落ちた。

 女は最後に、静かな声で告げる。
「──玉座の前に、もう一つ。“心臓(コア)”の間。そこで、あなた方は“何を捨て、何を抱くか”を決める」

 レイジは短く息を吐き、剣に手を添えた。
「捨てるものは決めてある。抱くものもな」

 女の瞳に、満足の色が灯る。
「なら、前哨は完了。──歓迎するわ、侵入者。“王”の扉へ」

 扉印が完全に開き、夜気が吹き込んだ。熱と冷えが一瞬、背中で交差する。
 レイジは振り返らない。足を、一歩、踏み出した。
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