オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第41話 ー天凶の影、未開の大陸に迫るー

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 夜空を覆っていた幻淫の翅は砕け散り、鱗粉の嵐もようやく収まった。静寂が訪れると、岩棚にはただ荒れ果てた風の音と、仲間たちの荒い息だけが残った。星々が顔を出したものの、その光はどこか頼りなく、戦いの爪痕が深々と刻まれていることを隠そうとはしなかった。

 セレーナは杖を抱き、膝から崩れ落ちた。先ほどまで幻に惑わされ、妹の姿を追いかけてしまった自分を責める思いと、仇を討った安堵とが、胸の奥で絡み合っている。
 「……リリィナ……」
 掠れた声で名を呼ぶと、涙が頬を伝った。岩肌に落ちた滴はすぐに冷え、淡い光を映して揺れた。

 レイジは剣を地に突き立て、その傍らに立った。妹を守れなかった悔恨を背負いながらも、ここで倒れた少女の死を無駄にすることはできない。
 「……お前の妹の仇は、討った。けど、まだ終わりじゃない」
 彼の声は低く、だが確固としていた。セレーナの肩に手を置くと、その温もりが確かに現実を示していた。

 カリーネは香袋を胸に抱き、静かに目を閉じた。外交官として言葉で命を守る術を知っているはずなのに、この大陸ではそれが一切通じない。だがだからこそ、せめて祈ることを選んだ。
 「彼女の魂が……安らかに眠れるように」
 呟きは風に溶け、夜空に溶けていった。

 影の王女は無言で立ち尽くしていた。裾から伸びた糸がセレーナの足首に絡み、まるで「まだ立っていろ」と告げるように支えていた。彼女は普段と変わらぬ冷徹な瞳をしていたが、その奥でわずかに揺れるものをセレーナは感じた。孤独を貫いてきた女が、仲間の喪失に微かな痛みを覚えているのだと。

 四人の周囲には、無数の兵士の亡骸が転がっていた。大陸に足を踏み入れた時点で命を落とした者たち。その犠牲の上に、今の勝利がある。セレーナは胸に手を当て、もう一度強く目を閉じた。
 「……必ず、この戦いを終わらせる。妹のために……皆のために」

 風が吹き、蝶姫の残骸から散った翅の欠片が夜空を舞った。星明かりを受け、かすかな虹色を放ちながら消えていく。美しくも儚い光景だったが、それは確かに「終わりではない」と告げていた。

 静寂は長くは続かなかった。勝利の余韻に浸る間もなく、岩棚に散乱していた兵士たちの亡骸が不気味に蠢き始めたのだ。最初は風に揺れているだけかと思った。だが、腕が逆方向に折れ曲がり、口腔から紫黒の液が滴り始めた時、全員が直感した――これは自然な死の静けさではない。

 セレーナが杖を握り直し、唇を震わせる。
 「……まさか、死者まで……」

 兵士たちの胸から花のような器官が芽吹いた。花弁の代わりに鋭利な甲殻、蕊の代わりに蠢く触手。まるで大陸そのものが、死者の精気を種として芽吹かせたかのようだ。目を閉じているはずの兵士たちの瞼の隙間からは、虫の翅に似た透明な膜が覗き、顔を覆うほどに拡大していく。

 カリーネは腰の香袋を握りしめ、目を逸らさなかった。外交の場では死者を尊び、墓に祈ることを学んできた。だがこの大陸では、死は終わりではなく新たな始まりに過ぎない。
 「……死者すら、ここでは安らげないのね」
 声はかすれ、恐怖と怒りが入り混じっていた。

 影の王女は冷徹な視線でその異形を見つめた。裾の影糸が静かに走り、兵士の亡骸と大地を縫い留める。しかし、大地そのものが蠢いているかのように、糸が弾かれては切れていく。
 「大陸が……敵意を持っている。土も風も、すべてが罠だ」
 彼女の声は低く、だが確信に満ちていた。

 やがて兵士の亡骸は完全に人の形を失い、植物と虫と肉体が混ざり合った異形の群れとなった。足元の岩は柔らかい苔に変質し、踏み込んだ者の体温を吸い取る。吐き出される息が白く濁り、肺に入り込む空気すら精気を奪う。

 レイジは剣を構え直し、声を張り上げた。
 「……これが大陸の本性か! 死んだ仲間を喰いものにするなんて……!」

 セレーナは涙を堪え、杖を突き出した。
 「リリィナも、兵士たちも……二度と弄ばせはしない!」

 炎と氷が渦を巻き、異形を包む。カリーネの短剣が霧を裂き、影の王女の糸が這い回って群れを拘束する。死者を弔うはずの戦場は、今や「死そのもの」が敵意を持って立ちはだかる場所へと変わっていた。

 やがて群れは一時的に押し返されたものの、大地の鼓動は止まらない。岩棚の下からさらに不気味な音が響き、まるで「もっと奥へ来い」と誘っているかのようだった。

 亡骸が異形へと変じる光景を辛うじて押し返した後、四人は荒い息を整えながら岩棚の一角に身を寄せた。夜風は冷たいのに、汗は滲み、胸は焼けるように熱い。

 影の王女は裾の奥から一冊の黒革の本を取り出した。表紙にはかすれた紋が刻まれており、触れた指先にまで重苦しい気配が伝わってくる。
 「……蝶姫を倒した今、残りの“天凶”について確認するべきだわ」

 セレーナが涙を拭い、目を上げた。
 「残り……四体。どんな存在なの?」

 王女は本を開き、淡々と記した文字を読み上げていく。

 「まずは――淫蠱母(いんこぼ)。蟲の女王と呼ばれる存在。触手や羽化した子らを操り、精神を蝕む。母性を装い、相手を抱き込み、心ごと喰らうのだと記されている」

 カリーネは顔をしかめ、短剣を握り直した。
 「……つまり、優しさを装って心を奪う敵……厄介すぎるわね」

 「次に――絶対肢体レキナ。巨大な肉体を持ち、自在に肢体を変える異形。腕も脚も器官も、すべてが武器であり、同時に快楽を与える器官にもなる。形状を変えて攻め立て、理性を溶かす」

 セレーナは唇を噛み、妹の死を思い返した。
 「……幻に抗うのすら必死なのに、形を変えて迫られたら……。でも、必ず打ち破る」

 「三体目は――終淫核メギア。性別を持たない、純粋なエネルギー体。触れる者の精神と肉体を一つに融かし、無限の快楽に閉じ込める。肉体の戦いではなく、魂ごとの戦いになるだろう」

 レイジは剣を見下ろし、深く息を吐いた。
 「肉体じゃなく、精神を削る相手……。けど、精神戦なら何度だって挑んでやる。俺たちは幻を越えてきた」

 「そして最後――原初の娼王(しょうおう)。古き時代、神ですら抱かれたという究極の交合体。記録は少ないが……“性そのものの王”と書かれている。人であろうが神であろうが、抗えぬ快楽で屈服させる存在」

 静寂が落ちた。誰もすぐには言葉を発せなかった。

 やがてカリーネが息を吐いた。
 「……まるで、世界の快楽そのものが敵になるってことね」

 セレーナは拳を握り、涙を拭った。
 「でも……妹を奪った敵を討った今、もう怯まない。リリィナのために……世界のために、必ず討つ」

 レイジは頷き、仲間たちを見渡した。
 「蝶姫でさえ地獄のようだった。だが残り四体を倒さなきゃ、この大陸は飲み込まれる。……俺たちで終わらせるんだ」

 星空の下、影の王女は静かに本を閉じた。
 「五つにして一つ――天を凶とする者たち。その残り四柱が、これから私たちの行く手を阻む。……覚悟はあるか?」

 誰も言葉で答えなかった。ただ、それぞれの眼差しが炎のように強く輝いていた。

 岩棚に散った蝶姫の翅の欠片は、星明かりを浴びて虹色に輝きながら消えていった。だが、その最後の一片がふいに光を増し、淡い声を響かせた。

 「……我らは五つにして一つ……天を凶とする者……」

 声は甘美で、しかし冷ややかだった。消えたはずの蝶姫の残滓が、最後に残した呪いのような囁きだった。セレーナが息を呑み、杖を握り直す。
 「……まだ終わりじゃない、ってこと……?」

 レイジは剣を構えたまま、消えゆく光を睨みつけた。
 「そうだ。蝶姫はほんの一角に過ぎなかった……残りの四体が待っている」

 その瞬間、大地が低く唸った。鼓動のような振動が岩棚を伝い、足元の石が小刻みに震える。カリーネが壁に手をつき、顔を強張らせた。
 「……聞こえる? これは……生き物の心臓の鼓動……?」

 影の王女の裾から伸びた糸が自らの意志で震え、彼女は目を細めた。
 「この大陸そのものが生きている。死者を喰らい、異形を生み、そして次の主を呼んでいる」

 風が吹き抜け、森の奥から奇妙な音が聞こえてきた。ざわめく木々の中に、笑い声とも泣き声ともつかない囁きが混じる。それはまるで、無数の母が子を呼ぶような、あるいは飢えた獣が餌を求めるような響きだった。

 セレーナの背筋に冷たいものが走る。妹を奪った蝶姫を倒してもなお、次なる脅威が待ち構えている。しかもそれは、蝶姫以上に世界の深奥へと繋がっている存在なのだ。
 「リリィナ……私、絶対に負けない。あなたの死を無駄にはしない」

 レイジは剣を握り締め、仲間を見渡した。
 「俺たちは、ここで立ち止まるわけにはいかない。天凶を倒し、この大陸の真実を暴く。それが俺たちに課せられた使命だ」

 四人は頷き合い、それぞれの覚悟を胸に刻んだ。だが夜の奥から響く鳴動は、まるで嘲笑のように響き渡る。
 蝶姫の残滓が告げた言葉は、すでに確かな予兆だった。

 ――次なる敵、“淫蠱母”が目を覚まそうとしている。
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