オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第40話 ー蝶の夜を断つ者たちー

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 夜空はもはや星を映す場ではなくなっていた。紫黒の翅が空を覆い、脈動するたびに空間そのものが震えている。鱗粉は雪にも似た吹雪となり、岩棚に絶え間なく降り注ぐ。だがそれは冷たくも乾いてもいない。触れた瞬間に肌を舐め、神経を震わせ、甘さを残して消える。

 肺に吸い込むたびに胸が熱を帯び、思考がほどけていく。耳の奥では花弁が開くような音が鳴り、骨の髄にまで囁きが染み渡った。
 「抗わなくていい……疲れを手放して」
 女の声が血管の内側から響くように聞こえる。

 セレーナは膝を抱き寄せられる幻を見た。妹、リリィナ。声、笑顔、温度、すべてが生きていた頃のまま。幻だと知っていても、心は求めてしまう。杖を握る手が震え、涙が頬を熱く伝った。
 「……リリィナ……お願い、もう一度だけ……」
 足首に影の糸が触れた。冷たい感触。影の王女の冷徹な声が耳元に落ちる。
 「立っていろ。目を逸らせば、溺れる」
 セレーナは唇を噛み、己の鼓動を数えた。一、二、三。数えるたびに幻の妹の輪郭が揺らぐ。影が落ちていない。そこに気づいた瞬間、抱擁は冷気にほどけて消えた。

 カリーネの前には玉座の間が現れていた。諸国の旗が整然と並び、宿敵の将すら笑顔で平和を讃える。外交官として夢見た理想が、眼前に差し出されている。だが、その場に熱気がない。拍手は大きいのに、炎の揺らぎがどこにも見えない。彼女は香袋を裂き、辛香を吸い込んだ。喉が焼け、涙が滲む。その痛みと共に幻の壁紙が裂け、蝶の紋がにじみ出る。
 「……私は、偽りに署名しない」
 短剣を卓に突き立て、夢の祝宴を打ち砕いた。

 影の王女は、己に寄り添うもう一人の影を見た。孤独を埋める幻。けれどその足首に脈動がない。踵を打ちつけ、裾から伸ばした糸で自らの心臓に錨を打つ。鼓動と影が重なり、偽物の影が剥がれ落ちる。
 「哀れな幻」
 冷徹に呟き、幻を切り捨てた。

 レイジには、血のない朝が差し出された。食卓に並ぶ仲間たち。扉の向こうから笑顔で呼ぶリリィナ。すべてを取り戻した理想の時間。指先が湯呑みに触れた瞬間――その器に影がなかった。彼は頬の内側を噛み切り、血の味を舌に広げる。金属の味が幻を裂き、器は静かに揺らいで消えた。
 「……これ以上、惑わされてたまるか」

 四人はそれぞれの糸を手繰り寄せ、互いの目を見た。
 幻淫の嵐はなお吹き荒れている。だがその中心に立つ蝶姫の姿が、確かに揺らめいた。

 吹雪のように舞う鱗粉は、未だ四人を甘美な牢に閉じ込めようとしていた。だが彼らは各々の方法で現実に爪を立て、踏み止まっている。その小さな抵抗の連続が、やがて繋がり合い、一筋の流れとなって彼らを結んだ。

 レイジは剣を掲げ、仲間たちを見渡す。視界は揺らいでいるが、その輪郭は確かだった。
 「ここで折れたら、リリィナの死は何のためだったんだ! 俺たちはまだ進める――進むしかない!」
 怒声が嵐を裂き、胸の奥に響く。

 セレーナは涙で濡れた瞳を拭い、杖を握り直した。妹の幻影を振り払った痛みは消えない。だがその痛みこそが、現実を繋ぎ止める楔になっている。
 「……リリィナ、見ていて。私は倒れない。兄様を支えるのは、この手だから!」
 杖の先に集まる魔力は、炎と氷が交錯する異質の光。感情の奔流を抑え込むのではなく、力へと転化した証だった。

 カリーネは胸の鼓動を数えながら短剣を構え直した。平和を夢見た外交官の心は揺れる。それでも、彼女は戦場に立つことを選んだ。
 「私は弱い……でも弱いからこそ、ここで退けない!」
 毒刃に光が走り、冷気と混ざり合って淡い霧を生み出す。それは敵を惑わすためではなく、仲間に現実の気配を示す合図だった。

 影の王女は黙したまま、裾を広げた。黒い糸が四人の足元に絡み、揺らぐ大地に縫い付ける。彼女の瞳は淡々としている。だがその視線の奥には、孤独を切り裂いた確かな意志があった。
 「……影は、共にあれば強い」
 短い言葉に、彼女なりの誓いが滲んでいた。

 四人の決意が交錯した瞬間、嵐の色が変わった。紫黒の鱗粉が押し寄せても、彼らの輪郭は以前ほど容易くは崩れない。小さな裂け目から夜気が吹き込み、岩棚の匂いと風の感触が確かに戻ってきた。

 蝶姫の唇が艶やかに歪む。
 「いいわ……ようやく遊べる相手になった」

 その声は甘くも鋭い。次の瞬間、翅が大きく羽ばたき、光の奔流が矢のように降り注いだ。
 だが四人は揺るがない。互いの意志を結んだ今、幻淫の嵐に抗う術を手にしたのだ。

 嵐の渦中で、四人の意志が一本の線に結ばれた。鱗粉はなお吹雪のように舞い、視界は紫黒に染まっている。だが、もはやそれは絶対の牢獄ではない。互いの声と鼓動、汗の匂い、影の重みが確かに“現実”を繋ぎ止めていた。

 レイジが剣を振り上げた。刃は光を呑み込み、揺らめく夜に縦の裂け目を描く。その裂け目にセレーナが魔術を流し込む。炎と氷の双流が剣閃に沿って走り、空気を灼き凍らせた。
 「行けっ!」
 彼の声と同時に、轟音が夜を裂き、蝶姫の翅の一部が灼ける。紫の鱗粉が火花のように散り、実体を露わにした。

 「……あら、やっと触れられたのね」
 蝶姫は苦しむでもなく、快楽に酔ったように息を吐いた。血に似た紫の液を滴らせながら、その目はむしろ潤んで輝いている。痛みすら彼女の悦びに変わる――戦いそのものが甘美な舞踏なのだ。

 カリーネが短剣を閃かせた。彼女の刃は辛香で研ぎ澄まされ、毒の気配を纏っている。レイジとセレーナが生んだ隙を狙い、蝶姫の脇腹に刃を突き立てた。紫の液が飛び散り、甘い芳香が濃くなる。
 「ふふ……もっと、もっと……」
 甘やかな声に鳥肌が立つ。だがカリーネは怯まず、毒を押し込んだ。

 その背後を守るように影の王女の裾が広がる。黒い糸が無数に走り、舞う鱗粉を絡め取って地に縫い付ける。幻と現実の境目が露わになり、蝶姫の本体の輪郭がさらに鮮明になった。
 「影は嘘を許さない」
 冷徹な声とともに、鎖が蝶姫の片腕を拘束する。

 「今だ!」
 レイジは吠え、剣を振り下ろした。炎と氷、毒と影、そのすべてが重なった一撃が蝶姫を直撃する。

 夜空に、紫黒の光が爆ぜた。嵐の中心で、蝶姫の身体が仰け反る。だが苦悶ではない。恍惚に震え、唇から甘美な呻きが漏れる。
 「……そう、それでいい……もっと私を満たして……!」

 四人は互いに息を合わせ、再び攻撃の構えを取った。幻淫の牢獄はまだ終わらない。だが確かに、蝶姫の本体に傷を刻んだのだ。

 勝負の決着は、次の一撃に託される。

 紫黒の光が嵐となり、四人を呑み込もうとしていた。蝶姫は傷を負ってなお恍惚に笑み、背の翅を広げて甘美な毒を世界に撒き散らす。鱗粉は雪崩のように降り注ぎ、視界を蕩かす。耳を塞いでも心の奥に声が響く。
 「さあ、もっと私を抱きしめて……壊して、快楽の奥で一緒に溺れましょう……」

 セレーナは歯を食いしばり、涙に濡れた頬を拭い取った。視界に浮かぶ妹の幻影が再び彼女を抱きしめようとする。だが今度は揺らがない。杖を突き出し、幻の中の妹を自らの手で打ち払う。
 「リリィナはあなたの玩具じゃない! その魂を汚すな!」
 その叫びに、杖から奔流のような炎が迸った。

 炎はレイジの剣に重なり、刃が紅蓮に輝く。カリーネの毒刃が鋭く閃き、影の王女の黒糸が蝶姫の両腕を絡め取る。四人の力が一つに束ねられた瞬間、夜空を支配していた翅紋が大きく軋んだ。

 「――終わりだ!」
 レイジは全身の力を込め、剣を振り下ろした。

 剣閃は炎と氷と毒と影をまとい、嵐の只中を一直線に貫いた。蝶姫の胸元に食い込み、紫黒の液が夜空に散る。彼女の身体が仰け反り、甘美な吐息が絶頂の呻きとなって迸った。
 「ああ……これが……欲しかったの……!」

 その瞬間、翅が大きく広がり、次いで粉々に砕け散った。甘い香りが逆流するように吹き飛び、空気が冷たく澄んでいく。夜空の紋章は破れ、星々が再び姿を現した。

 蝶姫の瞳は恍惚に濡れながらも、確かな敗北を示していた。
 「痛みも……快楽も……同じ……全部……欲しかった……」
 その言葉を最後に、彼女の身体は光の粒となり、闇へと還っていった。

 沈黙が訪れる。吹雪のような鱗粉も、甘い声も消え去り、ただ岩棚に吹き抜ける冷たい夜風だけが残った。

 セレーナはその場に膝をつき、杖を抱きしめた。涙が頬を伝い、岩肌に落ちる。
 「リリィナ……あなたの仇を……討ったわ」
 声は震えていたが、その奥には確かな決意が宿っていた。妹の命を奪った敵は、ついに滅びた。だが失ったものが戻るわけではない。

 レイジは剣を地に突き立て、深く息を吐いた。胸の奥に渦巻く怒りと悔恨が、ようやく形を変える。妹を奪われた姉の痛みを、自分は知っていたはずなのに守れなかった。だが今、共に戦い抜き、仇を討ったことでようやく前に進める気がした。
 「リリィナ……安らかに眠ってくれ。俺たちは……まだ終われない」

 カリーネは剣を握る二人の背を見つめ、静かに頷いた。外交官としての夢よりも、この仲間と共に歩む現実を選んだ。影の王女もまた、冷徹な瞳を揺らさずに立ち尽くしていたが、裾の糸がかすかに震え、仲間を守るように四人を結んでいた。

 蝶姫を討ち果たした安堵と、妹の仇を討った痛切な涙。そのどちらも抱えながら、四人は立ち尽くす。

 しかし夜風の奥、大陸のさらに深い森の闇から、圧倒的な気配が忍び寄ってくるのを彼らは感じていた。天凶の一つ、蝶姫は終わった。だが――これはまだ序章にすぎない。
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