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第4章

第34話 束の間の平和

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「一人か。ま、たまにはこういう時間も必要だよな」

 痛む身体を労わりつつ、ベットに横たわる。
 胸以外の包帯はルナが変えてくれたので問題ないが、やはり血が気になる。かなり深い傷なのは斬られた際に感じていたが、治療を受けても治る気配がない。気にし過ぎなだけならいいが、次に攻めて来た時に戦えるようになっていなければならない。

「早く治すために今は寝るか」

 眠いわけではないが身体を癒すために寝ることにする。
 目を閉じて数分後、自然と眠気が襲ってくる感覚があった。等間隔で息を吸い痛む身体が気にならなくなると、次第に寝息を立て始める。
 ノアは夢の中で白く細い道を歩いていた。周囲は黒より黒く、何見えない漆黒の壁があるように見える。また、どこまで歩いても先が見えない。

「ここはどこなんだ? 白くて細い道は永遠と続いているけど、どこに繋がっているんだ?」

 行く先が分からない道を当てもなく進むと、どこからか女性の声が聞こえてきた。
 その声はノアに闇属性を託してきた女性の声に似ているが、なぜこんな場所で聞こえるのか不思議でしかない。

「あなたは光を打ち破り、世界に光をもたらす存在です。その力を悪に用いればあなたは闇に落ちるでしょう」
「光を破って光って何だよ!? それに闇に落ちるって分からないよ! もっとちゃんと教えてくれ!」

 何度か質問をしたが一方的な言葉だけ言われて、ノアの質問に対する答えはなかった。姿も現さず、言葉のみで何を伝えたかったのだろうか。

「闇の力で光を打ち破って、光をもたらすって意味がわからない。既に光はあるんじゃないのか? それに悪用したら闇に落ちるって、どういうことだ?」

 ノアは意味が理解できていない。
 既にある光を打ち破ること。闇属性を使用して光をもたらす存在となることが分からない。また、闇で光をもたらすのは矛盾をしているのではないかとも考えていた。

「分からないことだらけだ……今はいいけど、この力ことや俺がしなきゃいけないこと。それに失われている闇属性のことを教えてくれよ!」

 やはり返答はない。
 この空間では一方的に伝えることしかできないのではないかとノアが考え始めた時、身体が引っ張られる感覚を感じた。

「夢から覚めるのか? ただ一方的に言われただけだったな」

 肩を落として落胆をしながら、引っ張られるがままに夢から覚めた。
 さながら沈んでいく海から勢いよく引き上げられる感覚だ。目を開けて身体を起こすと、気持ち悪くて吐きそうになるが、胃に何も入っていないので吐けない。

「うぅ……気持ち悪い……」

 口に手を当てて嗚咽を漏らしていると、背中を誰かが擦ってくれた。
 扉が開く音は聞こえなかったので、元から部屋にいた人だろう。一体誰かと横を向くと、そこにはステラが心配そうな顔をしながら必死に背中を擦ってくれている姿が目に映った。

「ノア君大丈夫!? しっかりして!」
「ステラ……? 無事だったんだな、安心したよ……」
「今はそんなこといいから! 水持って来るから待ってて!」

 慌てて部屋を飛び出したステラ。

「また心配させちまったな。でも、水は助かるけど食べ物も欲しいかな」

 せっかく持って来てくれるのに、それ以上のことを求めるのは贅沢化と思いつつステラを待つことにした。

「どれくらい寝てたんだろう。外は明るいから、1時間くらいか?」

 バタバタと忙しなく動く人達を見ていると、扉が開く音が聞こえた。

「シェリアちゃんと話してから一日寝てたよ。変な寝言を言っていたみたいだけど、どんな夢を見ていたの?」

 まさか寝言を言っていたとは思っていなかったノアだが、夢の話しをしても信じてもらえないだろうと思い、覚えていないと言うことにした。

「全く覚えていないよ。どんな夢だったんだろうね」
「そうなんだ。教えろとか言っていたらしいけど、不思議な夢だったようね」

 心の中で謝りつつ、差し出されたコップに入っている水を少しずつ飲んでいく。
 胃の中に冷たさを感じるが、今はそれでいい。足りていない水分が身体の中に浸透する感覚が心地いい。

「どう? 少しは体調良くなったかな?」
「良くなったよ。ありがとう」

 飲み干したコップを手渡すと、ステラはベットの側にある小机の上に置いた。

「食べ物は作っているらしいから、少し待ってね」
「我慢できるから平気だよ。なんか四日も食べていないなんて思えないな」

 空腹を意識した途端に腹部から周囲に響くほどの音が鳴ってしまった。
 素早く音が鳴った位置を抑えるが既にステラに聞かれていたようで、クスクスと笑われてしまう。

「言った途端にお腹なってるね。もう少しで料理が届くはずだから待っててね」
「ああ、ありがとう」

 窓から綺麗な青空と、外を駆ける人達が見える。
 忙しそうだが、どこか満足げな顔をしていた。これが戦いの最中だったらどうだろうか。笑顔なんて消え去えり、人々は恐怖に支配をされていたはずだ。

「神妙な顔をしてどうしたの?」
「いや、これが平和なんだなって思ってさ」

 外を見て呆然としていたのがバレていたようだ。
 あまり心配させたくないが、平和を知っているステラに聞いてみるのもいいかもしれない。

「そうね。人々が笑い、苦しみがあるにせよ、幸せな毎日を過ごせるのが幸せなのかもしれないわね。その日々を守るのが、私達王族のはずだったんだけど」
「きっとステラならできるよ。そのために俺がいるんだからさ、一緒に叶えよう」
「うん、ありがとう……ノア君が騎士になってくれてよかった」
「感謝をするのは俺の方だよ。こっちこそ、ステラの騎士にしてくれてありがとう」

 これほどゆっくり話せる機会はなかったので、ノアは初めてステラの顔を真っ直ぐに見れた気がした。綺麗で透明感が溢れ、側にいるだけで落ち着く雰囲気に癒される。ステラには魅力が沢山あるが、ノアにはどうだろうか。
 大罪人という枷を外すには、どうすればいいのか見当がつかない。しかし今はそんなことはどうでもいい。この瞬間の平和を堪能できたらいいとノアは考えていた。
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