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第8章
しおりを挟むヒルマン様の話を聞いてオスカー様はさらに顔を青くしました。
いいえ、彼だけではなく、ナタリア様も、そして彼女のいつもの取り巻き令嬢達も。
「まさか… だってたかが男爵家じゃないか」
「ロックアップ家は爵位や特権や称号に重きを置いていないのです。爵位などはいらないと思っているくらいですわ。
しかし我が家の独立を恐れている王家から代々お願いされるから、仕方なく爵位を継いでいるだけです。
我が家は王都にタウンハウスを所有していないし、社交場にも参加していません。ですので、我が家を見下す貴族の方もいらっしゃるようですね。
でも我が家は参加できないのではなくて、参加しなくても構わないと王家から承認されているからなんですよ。
だって社交がしたければ、相手の方を我が領地ご招待すれば済む事ですからね」
私がこう言うと、妹のヒラリーも言葉を続けました。
「トーミリエお姉様が今まで王立学園に来なかったのは、兄弟が多くて金銭的に苦しいからだとか、姉が引きこもりだったからという噂があるようですね。
ですがそれは全く見当外れな噂です。姉はここへ来る必要性がなかったから入学しなかっただけです。
姉はとうの昔に学園で学ぶ内容なんて修了していて、父の代理でロックアップ領内を駆け巡って仕事をしていたのですから。
今年になって編入して来たのは、このままではご令嬢達に邪魔をされて思うように勉強ができない。助けて欲しいとショーン様に頼まれたからですわ。
ショーン様は、王立学園でしか出来ない研究をなさっていますから。
一番上の姉は料理や嗜好品、私はファッションの勉強をするついでに王立学園に入学しましたが、ここで学ぶレベルは我が領土の初等学園並でしたわ。
そうそう、オスカー様はお父様が財務大臣をなさっているのに、我がロックアップ領が納める税金が、国庫の三分の一を占めている事をご存知ないのですか?」
妹の嘲るような笑みを見て、オスカー様、ナタリア様だけでなく、私や妹を今まで見下したり、嫌がらせをしてきた者達は真っ青になりましたよ。
講堂の中はシーンとなりました。すると、ヒルマン様がいつもように飄々とこう口を開かれました。
「トーミリエ嬢、ショーンからの伝言だよ。
『ついに成功した! ようやく君に捧げるピンクゴールド色の繭ができた!』だってさ」
「それは本当ですか、ヒルマン様!」
「ああ。本当だ」
家庭教師からすばらしいと評価を受けているカーテシーを皆様に披露した後、私は急いで講堂を出て養蚕研究所へ向かいました。
私がこの学園に入学してから、既に半年が経っていました。
しかし、いつもショーン様の用事がある所だけを連れ回されていたので、学園内のことをまだよくわかっていません。
それでも養蚕研究所なら、こんな暗闇でも迷わずに行けると思います。だって愛する婚約者と毎日二人で通った場所ですもの。
二年前に、ショーン様はモスグリーン色の繭玉を生み出しました。
そしてその繭玉から作られた絹糸で織られた絹生地(シルク)は、淡いモスグリーン色に光り輝いていて、染色したものとは比べようもないほど美しい生地に仕上がりました。
それは昔、私が発した何気ない一言から、ショーン様が思い付いて研究を始めたものです。
「最初から繭玉に色が付いていたら、染色する手間が省けるのにね。
桑の葉っぱは緑色なんだから、緑色の繭玉になればいいのになぁ」
って。女の子なのにロマンの欠片もない言葉ですよね。
でも、ショーン様はそれにヒントを得たそうです。お役に立てたのなら嬉しいです。
そしてその絹生地の評判はあっと言う間に国内外を席巻したのです。
まあ、私がいつものように領土内にふれ回り、外国のお客様にせっせと売り込んだ成果も多少はあるかもしれません。
国の内外から注文が殺到した事で、イイラント領は大分活気が戻ってきたようです。
もちろん縫製工場のある我がロックアップ領もその恩恵を受ける事ができました。
そしてショーン様はその成功に驕ることなく、さらなる研究の準備をしながら、私にこうおっしゃったのです。
「次はピンクゴールド色の繭玉を生み出して、その絹糸で織った絹生地でトーミリエのウェディングドレスを作ろう。世界一美しい君の為のドレスを…」
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