2 / 8
出逢い
しおりを挟む友人達は皆スキーが得意だったので、私はみんなに気遣いをさせるのが申し訳なくて、傾斜の緩やかなゲレンデで一人で遊んでいた。
雪になんか全く興味がなかったはずなのに、ソリで滑ったり、雪だるまを作ったり、雪遊びは思いがけずに楽しいものだった。
ところがふと気が付くと周りには人影がなく、さっきまで近くで聴こえていた子供達の声もしなくなっていた。
しかもあんなに青空が広がっていたのに、いつの間にか灰色に変わり、雪がチラチラと舞い始めていた。
どうしよう。
雪玉を大きくしようと転がしてきたので、その跡は今のところは残っている。しかし、多分元の場所に戻るまでに雪で消えてしまうだろう。
暫く逡巡した後で、私はゲレンデに着いた時に係の人から受けた注意を思い出した。
道に迷った際の鉄則はむやみに動かないという事。
こうなったら仕方がない。私はビバークする事にした。ちょうど目の前に人が入り込めそうな洞窟があったので。
雪山の鉄則は決して寝てはいけない。寝ると体温が下がるので凍死してまうからだという。
寝ないために歌でも歌っていよう。
私が五曲目の歌を歌っている時、ふと何かの気配を感じて顔を上げると、洞窟を覗き込む男性の緑色の瞳と目が合った。
ゲレンデで迷子になった私を助けてくれたのは、隣国の若い公爵のブルーノ=ボルドール様。
輝くような金色の髪に、私の好きな緑色の瞳をした、とても美しい青年だった。
背が高く、まるで騎士様のような立派な体躯をしていたが、昨年から我が国に外交官として赴任していらしい。
あの日は任期終了が間近になったので最後の思い出にと、冬の休暇であのスキー場に遊びにいらしていたそうだ。
ブルーノ様はスキーで滑っていた時、雪山で歌声が聞こえるのを不審に思って洞窟を覗き込んだらしい。
ゲレンデマジックというか、吊り橋効果というか、それまで異性に全く関心のなかった私が、一瞬で恋に落ちてしまった。
もう友人達はやんややんやの大騒ぎで、散々囃し立てられた。
とはいえ、ブルーノ様は隣国の公爵様であり、私とでは不釣り合い。どうにかなりたいとかは一切考えてはいなかった。
そう。帰宅して家からお礼をして、それで終わると思っていた。
それでも、両親や兄弟達のように自分も恋が出来て良かったと思っていたのだった。
だから王宮の舞踏会で彼と再開した時にはとても驚いた。
ブルーノ様はゲレンデで見た時よりも更にその数倍は素敵だった。
これはもう、ゲレンデマジックなどではないとはっきり自覚したのだった。
私は先日スキー場で助けて頂いた感謝を改めて述べて、何かお礼がしたいと言った。するとブルーノ様は、
「それでは一緒に踊って下さい」
と私に手を差し出されたのだった。
私は運動神経があまり良くない。音感はあるのだが、リズム感がないのでダンスも苦手だ。
しかし貴族にとってダンスは必須なので、とにかく幼い頃から厳しくダンスのレッスンを受けてきた。そのおかげで、私もどうにか人並みに踊れる。
こうやって初めて好きになった男性と一度でも一緒に踊れた事で、私はそれで今までの苦労が吹っ飛んだような気がした。
その上、ブルーノ様はとにかく上手だったので、私はまるで羽根がはえたかのように舞っていた気がする。
だからきっと私も、両親や兄達のように頭がお花畑になっていたのだろう。
ポワワ~ンとしているうちにブルーノ様に付き合って欲しいと言われ、私は何も考えずに頷いていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる