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第一章 忍冬

十二 きらきら四人衆

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 浄化の儀式終了後、全員が帰りを明日にして、夜は宴会を開くことになった。海虎は盛虎が許可し、玄史は玄咊と相談してからと、彼と玄史と共に蒼亞、壱黄、海虎も銀龍殿へと向かった。
「お母さん遅くなってごめんね」
 玄華と玄咊は庭園の椅子に腰掛けているが、机の上には妖怪二匹が堂々と座り、玄華の側にはもじもじと霊一体。相変わらずの光景だが、海虎は目を丸くして見入ってしまう。
 玄華が心配そうに尋ねる。
「いいのよ、青ちゃんは大丈夫だったの?」
「全然大丈夫だよ、ちょっとやんちゃなだけだよアハハハ」
「そう、ふふふ」
 あれを〝やんちゃ〟で済ますのか、蒼亞達四人は言葉が出てこなかった。彼が海虎を玄華に紹介し、海虎は初めて会う玄華に緊張しながら会釈する。
 玄咊がおっとりした口調で言う。
「兄上、帰りますか?」
「玄咊、その…」
 玄史は言葉を詰まらせる。
「兄上?」
 首を傾げる玄咊の前に彼はしゃがむ。
「玄咊ちゃん、今日も良かったら泊まって行かないか? もちろん明日はちゃんと帰るよ、玄史と皆話がしたいんだって」
 玄咊は蒼亞、壱黄、海虎を見た。
 玄史も彼と並んでしゃがみ、玄咊の頭をなでる。
「玄咊が帰りたいなら私は構わないよ」
「兄上はどうしたいのですか?」
 玄咊はぱちぱち瞬きする。
「私は…」
「兄上が楽しいのなら、私も楽しいです」
「玄咊…」
 玄史が目の縁を赤く染める。
 玄咊は椅子から立ち上がり、兄玄史を優しく抱きしめた。
「兄上は母上が亡くなってから私に気を遣ってばかりです、私は大丈夫です、友と仲良く過ごして下さい」
「し…玄咊、あ…ありがとう…」
 蒼亞達三人からは、抱き返し声を震わせる玄史の背中が少しだけ、隣でしゃがむ彼と同じ大きさに見えた。玄咊は優しく微笑み、兄玄史の背中をなでる。玄史は母を亡くしてからずっと、一人で泣いていたのだろう。玄咊は気づいていたはずだ。玄咊もまた、そんな兄玄史の負担にならないよう、敢えて何も言わなかったのかもしれない。蒼亞は兄の思いに気づいた事で、二人の気持ちが理解できた気がした。
「ううっ…ひっく、うううっ…」
 幼子の様に玄史は泣きだした。
「うえっ、ひくっ、ううっ…ぐすっ、ううっ…」
 おやおや、幾ら何でも、十五でこれは泣き過ぎではないか。
「玄史、そんなに泣くなよ」
「そ、蒼亞…私では、ない…」
 玄華は涙ぐみ、モモ爺二匹と傘寿が、呆れたように送る視線の先。
「し…志ぃ兄ちゃん?」
 彼は兄妹の側で、嗚咽を吐くように号泣していた。
「玄史っ玄咊ちゃんっ」
 彼は一緒くたに二人を抱きしめ、玄史は勿論驚いて固まる。兄の前では我慢しているが、いない時は歯止めが効かないのだ。さっそく玄史は彼の洗礼を受けた。
「二人共辛かったな、ううっ…ひっく、偉いぞ、頑張ったな、ううっ…」
「…あっあの、しっ志瑞也さん?」
 玄史は動揺しながら目で蒼亞に訴えるが、引き剥がす理由がない。
「玄史も沢山泣いていいんだぞ…」
「沢山泣いているのは志瑞也さんですわ、クスッ」
「そうだな、ぐすっ、アハハハ」
 彼は再び二人を強く抱きしめる。
 玄史は戸惑いながらも、彼の優しさに微笑んだ。
 彼は立ち上がり涙を拭う。
「お母さん、今日も玄咊ちゃんお願いしていいかな?」
「ええ、もちろんよ」
「後さー」
 彼はにんまりと口元に手を翳し、玄華に小声で耳打ちする。玄華は何の話かと耳を傾け、頷きながら手を胸の前で握り表情を明るくさせた。
「私は全然構わないわ!」
「良かった、ありがとうお母さん」
 彼は玄華の肩を抱き寄せ微笑んで告げる。
「玄咊ちゃんさえ良ければ、玄華様を〝お母さん〟て呼んであげて」

「ええーっ?」

 蒼亞達四人は声を上げる。
「なっなりませんっ 玄華様をそのようなっ、私達は傍系ですっ」
「私も玄武家の傍系よ?」
「あっ…」
 玄華の返しに玄史は暫し言葉を見失う。
「しっしかし、玄華様は今や黄龍家の方ですっ」
 玄華はわざとらしく口を尖らせて言う。
「だってー、志瑞也に子は生めないわ、蒼万だって生めないでしょ?」
「お母さん、蒼万が子供生めるなら今頃俺の子供が沢山いるよアハハハハ」
「まあハハハハハ」
 彼と玄華は腹を抱えて笑う。

 …全く笑えない。

「蒼万と志瑞也なら生むのは志瑞也じゃろ、シシシッ」
「兄者それなら小僧・・は志瑞也が生んだのじゃな、シシシッ」
 笑いながら指を差され、蒼亞はじろっと見た。
「ややっやめて下さいいい、そそ蒼亞さんに睨まれますよよっ」
 あわわと二匹を鎮めながら、傘寿は怯えた目で蒼亞を見る。見慣れている壱黄は苦笑い、海虎は顔を引き攣らせた。
 蒼亞はさり気なく耳打ちする。
「海虎、今は何も言うなよ、巻き込まれるぞ」
「強烈だな…」
「何も言うなってっ」
「あ、あぁ…」
 壱黄は既に微笑んで無に徹していた。
 彼はにっこりと察して言う。
「玄史、気にするなって言っても難しいよな、立場もあるなら外では玄華様でいいからさ」
 玄咊は玄華を見る。
「…良いのですか?」
「玄咊っ…」
 彼は戸惑う玄史に目で頷いて言う。
「玄咊ちゃん、その代わり俺のお願い、聞いてくれる?」
「お願い、ですか?」
「玄咊ちゃんが婚姻して子供が生まれたら、お母さんをおばぁちゃんにしてあげてほしいんだ、俺にはできないからさ」
 ……。
 玄華が彼の手を取る。
「志瑞也…ぐすっ」
「お母さん泣かないで」
 彼は玄華の涙を拭いおまじないする。
「ありがとう、ふふふ」
「へへへ」
 二人は微笑み合う。
 一号が足の裏をポリポリ掻きながら言う。
「で、玄咊どうするのじゃ?」
「誰も損はしないわい」
 二号は言いながら、一号の頭の苔を指で掻き取り「ふっ」と吹き飛ばす。
「お前達たまにはいいこと言うなアハハハ」
「まあモモちゃん達ったら、ふふふ」
 二匹は「ふんっ」と鼻で笑い玄華に頭をなでられ、下瞼を半分閉じ気持ち良さそうな顔をする。

「…お母さん」

 玄咊はぱちぱち瞬きする。
 ……。
「きゃー可愛いっ!」
 玄華は思わず二匹の頭を鷲掴みにし、押し上がりながら席を立つ。驚いた二匹は「ふげっ」と目を瞑り短い両腕をばっと横に広げた。その拍子に一号の片腕が玄華の湯呑みにぶつかり、傘寿は慌てて手を伸ばし受け取ろうとするも、すり抜けて触れるわけがない。湯呑みは芝生に落ち割れずに済んだが、溢れたお茶を傘寿はあたふたと見つめる。二匹は真顔で沈黙し、やれやれと机の上で掃除しだした。
「玄咊ちゃんとっても可愛いよ、もう一回言って!」
 目を丸くしてきらきらと輝かせ、玄華と彼は机の惨事などお構いなしだ。

「…お母さん、クスッ」

「きゃぁ──っ!」
 ドタバタと足音と声が近付く。
 …来てしまった。
 蒼亞は眉を寄せ額に手をあてる。
「玄華様いかがされましたかっ?」
「玄華様何事ですかっ?」
 千玄ちはる玄七はるな、只今参上!
 玄華の悲鳴に駆けつけた二人は、恐らくキャラメルを作っていたのだろう。割烹着に木箆と、先程の出来事とは真逆にとても平和な姿だった。女子の危険な香りに敏感な海虎は、壱黄に見習い即座に無に徹する。
 玄華は飛び跳ねて千玄の手を取る。
「千玄っ玄七っ、しっ玄咊にっ『お母さん』て呼んでもらったのよ!」
 彼は満面の笑みで言う。
「玄咊ちゃん、二人にも聞かせてあげて」

「お母さん、クスッ」

「きゃああぁぁぁ──っ!」
「きゃああぁぁぁ──っ!」
「きゃああぁぁぁ──っ!」

 蒼亞達四人は思わず耳を塞ぐ。
「それにねっ、今日も玄咊はお泊まりなのよ!」
 千玄と玄七も目をきらきらと輝かせた。
「では今日はお祝いですね玄華様!」
「そうね!」
 千玄の案にモモ爺達がニヤける。
 玄七は木箆を翳して言う。
「玄咊様何がお好きですか?」

「…お団子」

 ……。

 きらきら四人衆はふらつく。机や椅子の背に片手を置き、額にもう一方の手をあてる。
「はぁー玄咊ちゃん、可愛い過ぎて皆失神しちゃうよアハハハ」
「クスクスッ」
 二匹は玄咊が甘い物好きと分かり喜び、千玄と玄七はご馳走の相談、玄華は娘ができ興奮状態。
「しし玄咊ちゃんん、かか可愛いですす」
 ……。
 もじもじする傘寿に、全員が暫し沈黙した。


 彼と蒼亞達四人は女子の巣から出て、黄怜殿へと向かって歩く。
 彼の隣に並ぶ玄史が言う。
「志瑞也さん、本当にありがとうございます」
「お礼を言うのは俺の方だよ」
「何故ですか?」
 彼は淡々と話す。
「黄怜は女だけど俺は男だ、しかも蒼万と婚姻したからお母さんに孫は見せてあげられないだろ? 神族が長生きでも、必ずしもお母さんが先に逝くとは限らないだろ?」
「志瑞也さん、それは…」
「黄怜は寿命じゃなくて、殺されたからって言いたいんだろ?」
「はい…」
 言葉を詰まらせる玄史の背中に、彼は手を置き優しく言う。
「それでも黄怜はお母さんを一人残した事をとても悔やんでいたんだ、それに俺は残される側の気持ちがよくわかる、お前もそうだろ?」
「…はい」
 玄史は伏し目がちに頷く。
「俺身体の事を知った時思ったんだ、普通の神族でも人間でもないなら、寿命は皆と違うかもしれないってさ」
「志ぃ兄ちゃん…」
「伯父上…」
「アハハ、二人共そんな顔するなよ」
 彼は立ち止まって壱黄と蒼亞の前に立ち、二人の頭をわしゃわしゃなでる。にこっと微笑んで前を向いて歩きだし、四人は彼の後ろをついて行く。
「でも蒼万は神族だろ? 蒼万が生きている限り俺も生きてる、でも俺の寿命が短ければ蒼万も一緒に連れて逝くことになる。俺達はそれでいいんだ、だけどお母さんや蒼亞や翠、壱黄や黄花は残されちゃうだろ? だから俺と蒼万は残される人達を一番に考えようって約束したんだ、もう俺達の願いは叶っているからさ」
 明るく話す彼の口調は、強がりで言っているようには聞こえない。話す彼の背中を見つめながら、四人の目には自然と涙が溢れた。
「お、丁度着いたぞ」
 彼は体ごと振り返る。
「ん、あれ? どうしたんだお前達、泣いてるのか?」
 神族でも人間でも何者でもない。だが、彼を作ったのも、追い詰めて苦しめたのも、そして、彼が愛したのも神族だ。
「皆可愛いな、俺におまじないしてほしいのか?アハハ」
「志ぃ兄ちゃん、ううっ…」
「ぐすっ、伯父上、ううっ…」
 彼は二人を抱き寄せおまじないする。
「海虎と玄史もおいで」
 彼は両手を広げ四指を動かし、いつものことのように手招きで待ち構えた。勿論、免疫のない二人は涙を拭って慌てふためく。
「わっ私は結構ですっ、ぐすっ…」
「ぐすっ、私も大丈夫ですっ」
 彼は鼻息をつき、仕方のない子達だと言わんばかりに、先に海虎を抱きしめ背中を摩る。
「お、流石逞しいな、ちゅっ」
「あっありがとうございます…」
 海虎は頬を赤らめ呆けた顔をする。玄史は構えながらも、にやつく顔を誤魔化し唇を内側に丸めた。
「ほら、玄史もおいで…お、ちょっと背が高いな」
 玄史は彼のために少し屈む。
「いい兄ちゃんだな、ちゅっ」
「…柔らかい、あっありがとうございますっ」
 玄史は深々と頭を下げて尋ねる。
「しっ志瑞也さんの生まれた所は、男にも皆普通にするのですか?」
「まさかしないよアハハ 俺がするようになったのは黄怜と記憶を共有してからだよアハハッ あ、ごめんっ、男にされて気持ち悪かったか?」
 いつもながらする前に気づかないものか、してあげたい気持ちの方が先走るのだろう。それもまた、彼らしい。
「いえっ、気持ちよかったです!」
 二人は即答する。
「良かったアハハハ」
 彼は二人の頭をわしゃわしゃなでる。
 蒼亞と壱黄は横目で見合い、二人の様子に疑念を抱く。
「よし、行くぞ!」
 彼は扉を開け中に入るも、海虎と玄史は空いた口が塞がらず、頬に手を当て立ち止まっていた。
 蒼亞は声を低くして言う。
「海虎、玄史、気をつけろよ」
「そうだよ、中には蒼万様もいるぞ」
 兄の名で二人は戻ってきた。
「あ、あぁ…志瑞也さんて、凄いな…」
「蒼亞が惹かれたのも、わかる気がするよ…」
 海虎と玄史は頷き合う。
「蒼亞、この二人大丈夫かな?」
「…わからない」
 彼からすれば、全て可愛い子達なのだろう。しかし、体格や背丈のせいか、他の男子に愛嬌を振りまいているように見えた。これでは兄が見張るのも無理はない。海虎と玄史にとっては〝おまじない〟ではなく、頬への口づけなのだ。二人が味を占めないことを、蒼亞は願った。
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