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第1章 見知らぬ村、見知らぬ人
第12話
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昨日よりも少ない量の朝食を食べる。一緒に食べる相手がいない食事は空しいものだ。レナードの両親が健在だった時は、朝と夜はほぼ必ず食卓を共にしていた。お陰で兄弟がいなくても全く気にはならない位、騒がしく楽しい毎日だった。当たり前だった日常が終わった時初めて、なくなると寂しいものだと気が付いた。
中途半端な時間だったためか、まばらにしかいない生徒の数もまた哀愁を誘った。
「もう! 何で待っててくれないかな!」
ぼんやりとパンを咥えていると、食堂の入り口からドタドタと音がした。白金に近い色の髪をはねさせた男子生徒が、持っているトレーをテーブルにダンと置く。そして物凄い勢いで口に入れ始める。慌ただしく食べているにも関わらず、食べ方には一切荒れた様子が見られず手つきがとても綺麗だ。レナードは自分の分を口に運ぶのも忘れて、ただただその食べっぷりを眺めてしまう。やがて一段落ついたらしい彼が意識を食事から外した時、ふとこちらに視線が向いた。まずい、と目を逸らそうとしたが間に合わなかった。
「何見てるんですか?」
どう見ても怪訝な顔つき。当たり前のことだ。見知らぬ人物が自身の食事風景を眺めているなど気味悪がられてもおかしくない状況だ。レナードがどう言い訳したものかと困っていると、相手はため息を一つついて、先ほどよりもゆっくりしたペースでまた料理を口に運び始めた。
「あの……特に他意はなかったんです、ごめんなさい」
見ていたのはもう完全にバレているので、レナードは素直に謝った。彼はちらりと視線をこちらにやり、小さく頷いて手招きをした。弱い立場故に従う他にない。距離感が分からずに彼の目の前の席に座る。六人用のテーブル席を独り占めにしていた彼の周りには誰もおらず、ぽつんとしていて気まずさが加速する。更に言えば彼は何も喋ろうとしない。
「ええと、本当にすみません。悪気はなかったんですけど、食べるスピードが早いのに食べ方綺麗だなって思ったら、つい眺めちゃって」
何か言った方がいいのかと、思わず考えていたことを口に出す。しかし口に出してからすぐに後悔した。褒めているとはいえ気持ちの悪い観察の仕方に変わりはない。撤回すべきかと頭を悩ませているレナードを尻目に、目の前の彼の食事は終わりようやく顔を上げた。
「初めて見る顔ですけど、もしかして貴方が噂の転入生?」
「噂のかは分からないけど、今日から転入します」
少々幼い外見に反して、彼は強い気配を漂わせている。恐らく年下だろうとは思うものの、つい敬語になる。
「普通に話してかまいませんよ。貴方の方が年上でしょう?」
「いや、謝ってるのにため口はどうかと思って。君こそ敬語なんていいから」
「僕のこれは、癖みたいなものなので気にしないで下さい」
ふいと視線を逸らされ、そこで会話が終わってしまう。彼は食事を終え、端に寄せていたティーカップを手にした。たっぷりとミルクを注いだ中身をスプーンでクルクルと回し、何か考えているように見える。螺旋を描くミルクが紅茶と完全に溶け合った頃、彼はようやく口を開いた。
「そういえば名乗ってませんでしたね。僕はヨハンと言います。貴方のことはアトラスから聞きました」
ここでようやく合点がいった。昨日会ったアトラスは既に転入生が入ることを知っていたようだし、当の本人に会ったとなれば誰かにその話くらいするだろう。
「アトラスの友達だったんだね。俺はレナード。昨日来たばかりでまだ何も分からないんだけど、これから宜しく」
アトラスの友人であればまた話す機会もあるだろう。そう考えての言葉だったが、彼の表情は晴れない。
「アトラスは、僕の幼馴染なんです。今日彼の姿を見ませんでしたか?」
「いや、今日は見てないけど……どうかしたの?」
いえ、別にと答える彼は暗い顔のまま首を振った。話題の方向性を変えた方がよさそうだ。
「この村の人は同年代と大体幼馴染って聞いたけど、やっぱり君たちも幼馴染が沢山いるの?」
「アトラスはそうですね。僕はあまり。同年代の子よりも上の年代の方達といることが多かったので」
これまた地雷の香りのする話題を選んでしまったかもしれない。ひょっとすると友達が少ないのだろうかと無用な心配をしてしまう。この話を広げるべきか違う話題を改めて振るかを悩んでいると、食堂に救世主が現れた。ヨハンはその姿にすぐに気付いてはっと顔を上げ、すぐに表情を変えた。
「アトラス、遅いよ!」
「ごめんヨハン、今日は早いんだね。しかもレナードと一緒なんて驚いたな。二人ともおはよう」
爽やかな笑みを浮かべてアトラスが向かい側の席に座る。ヨハンは少し怒っているようだが、隣に座った彼を見る表情は先ほどに比べて大分明るい。レナードは気まずい雰囲気を打破するきっかけになってくれた彼に対し、心の中でお礼を言った。
「アトラスは食べないの?」
同じ席についたにも関わらず、彼はトレーさえ持ってこようとしない。紅茶のカップを傾けるヨハンをにこにこと眺めているだけだ。
「僕はもう食べてしまったんだ」
レナードの問いに、ちらちらとヨハンを見ながら答える。笑顔が曇り、きまずそうだ。そういえばヨハンは食堂に来た時誰かと待ち合わせした風だった。きっと朝食を一緒にとる約束でもしていたのだろう。
「俺、お邪魔だったかな?」
少しおどけたように聞く。二人は幼馴染というだけあって、無言でも繋がっているような気安さがあった。しかしその言葉に対する反応は真逆だ。アトラスは慌てた風にとんでもないと手を振り、ヨハンは目線をカップに落としたまま弱く否定したのみだ。そんなお互いの認識の差異に気付いているのは、どうやらヨハンだけのようだった。
「さて、俺はもう行くよ。初日だし早めに教室に行きたいから」
「それなら僕も行こうか?」
着いてきそうなアトラスを押しとどめて立ち上がる。先に行けという暗黙の圧力がヨハンから漂っている気がする。このまま教室に連れ去ってしまえばヨハンからどんな恨みを買うか分からない。睨まれたり何か言われた訳ではないが、アトラスの行動を見る目は暗く濁っている。夫婦喧嘩は犬も食わないというし、と一瞬そう思ったものの男同士の幼馴染という関係に対する表現でもないなと思いなおす。雰囲気としてはまさしく適切だったものの、ともかく口を挟める雰囲気ではない。そうして早々と食堂を退散した。
中途半端な時間だったためか、まばらにしかいない生徒の数もまた哀愁を誘った。
「もう! 何で待っててくれないかな!」
ぼんやりとパンを咥えていると、食堂の入り口からドタドタと音がした。白金に近い色の髪をはねさせた男子生徒が、持っているトレーをテーブルにダンと置く。そして物凄い勢いで口に入れ始める。慌ただしく食べているにも関わらず、食べ方には一切荒れた様子が見られず手つきがとても綺麗だ。レナードは自分の分を口に運ぶのも忘れて、ただただその食べっぷりを眺めてしまう。やがて一段落ついたらしい彼が意識を食事から外した時、ふとこちらに視線が向いた。まずい、と目を逸らそうとしたが間に合わなかった。
「何見てるんですか?」
どう見ても怪訝な顔つき。当たり前のことだ。見知らぬ人物が自身の食事風景を眺めているなど気味悪がられてもおかしくない状況だ。レナードがどう言い訳したものかと困っていると、相手はため息を一つついて、先ほどよりもゆっくりしたペースでまた料理を口に運び始めた。
「あの……特に他意はなかったんです、ごめんなさい」
見ていたのはもう完全にバレているので、レナードは素直に謝った。彼はちらりと視線をこちらにやり、小さく頷いて手招きをした。弱い立場故に従う他にない。距離感が分からずに彼の目の前の席に座る。六人用のテーブル席を独り占めにしていた彼の周りには誰もおらず、ぽつんとしていて気まずさが加速する。更に言えば彼は何も喋ろうとしない。
「ええと、本当にすみません。悪気はなかったんですけど、食べるスピードが早いのに食べ方綺麗だなって思ったら、つい眺めちゃって」
何か言った方がいいのかと、思わず考えていたことを口に出す。しかし口に出してからすぐに後悔した。褒めているとはいえ気持ちの悪い観察の仕方に変わりはない。撤回すべきかと頭を悩ませているレナードを尻目に、目の前の彼の食事は終わりようやく顔を上げた。
「初めて見る顔ですけど、もしかして貴方が噂の転入生?」
「噂のかは分からないけど、今日から転入します」
少々幼い外見に反して、彼は強い気配を漂わせている。恐らく年下だろうとは思うものの、つい敬語になる。
「普通に話してかまいませんよ。貴方の方が年上でしょう?」
「いや、謝ってるのにため口はどうかと思って。君こそ敬語なんていいから」
「僕のこれは、癖みたいなものなので気にしないで下さい」
ふいと視線を逸らされ、そこで会話が終わってしまう。彼は食事を終え、端に寄せていたティーカップを手にした。たっぷりとミルクを注いだ中身をスプーンでクルクルと回し、何か考えているように見える。螺旋を描くミルクが紅茶と完全に溶け合った頃、彼はようやく口を開いた。
「そういえば名乗ってませんでしたね。僕はヨハンと言います。貴方のことはアトラスから聞きました」
ここでようやく合点がいった。昨日会ったアトラスは既に転入生が入ることを知っていたようだし、当の本人に会ったとなれば誰かにその話くらいするだろう。
「アトラスの友達だったんだね。俺はレナード。昨日来たばかりでまだ何も分からないんだけど、これから宜しく」
アトラスの友人であればまた話す機会もあるだろう。そう考えての言葉だったが、彼の表情は晴れない。
「アトラスは、僕の幼馴染なんです。今日彼の姿を見ませんでしたか?」
「いや、今日は見てないけど……どうかしたの?」
いえ、別にと答える彼は暗い顔のまま首を振った。話題の方向性を変えた方がよさそうだ。
「この村の人は同年代と大体幼馴染って聞いたけど、やっぱり君たちも幼馴染が沢山いるの?」
「アトラスはそうですね。僕はあまり。同年代の子よりも上の年代の方達といることが多かったので」
これまた地雷の香りのする話題を選んでしまったかもしれない。ひょっとすると友達が少ないのだろうかと無用な心配をしてしまう。この話を広げるべきか違う話題を改めて振るかを悩んでいると、食堂に救世主が現れた。ヨハンはその姿にすぐに気付いてはっと顔を上げ、すぐに表情を変えた。
「アトラス、遅いよ!」
「ごめんヨハン、今日は早いんだね。しかもレナードと一緒なんて驚いたな。二人ともおはよう」
爽やかな笑みを浮かべてアトラスが向かい側の席に座る。ヨハンは少し怒っているようだが、隣に座った彼を見る表情は先ほどに比べて大分明るい。レナードは気まずい雰囲気を打破するきっかけになってくれた彼に対し、心の中でお礼を言った。
「アトラスは食べないの?」
同じ席についたにも関わらず、彼はトレーさえ持ってこようとしない。紅茶のカップを傾けるヨハンをにこにこと眺めているだけだ。
「僕はもう食べてしまったんだ」
レナードの問いに、ちらちらとヨハンを見ながら答える。笑顔が曇り、きまずそうだ。そういえばヨハンは食堂に来た時誰かと待ち合わせした風だった。きっと朝食を一緒にとる約束でもしていたのだろう。
「俺、お邪魔だったかな?」
少しおどけたように聞く。二人は幼馴染というだけあって、無言でも繋がっているような気安さがあった。しかしその言葉に対する反応は真逆だ。アトラスは慌てた風にとんでもないと手を振り、ヨハンは目線をカップに落としたまま弱く否定したのみだ。そんなお互いの認識の差異に気付いているのは、どうやらヨハンだけのようだった。
「さて、俺はもう行くよ。初日だし早めに教室に行きたいから」
「それなら僕も行こうか?」
着いてきそうなアトラスを押しとどめて立ち上がる。先に行けという暗黙の圧力がヨハンから漂っている気がする。このまま教室に連れ去ってしまえばヨハンからどんな恨みを買うか分からない。睨まれたり何か言われた訳ではないが、アトラスの行動を見る目は暗く濁っている。夫婦喧嘩は犬も食わないというし、と一瞬そう思ったものの男同士の幼馴染という関係に対する表現でもないなと思いなおす。雰囲気としてはまさしく適切だったものの、ともかく口を挟める雰囲気ではない。そうして早々と食堂を退散した。
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