Mag Mell -喜びの国-

二見 遊

文字の大きさ
23 / 33
第2章 魂に触れる熱

第23話

しおりを挟む
保健室に着くなり、ルプスは何も言わずに壁際に背を預けて様子を見始めた。それに不思議に思う間もなく、クルスに促されてレナードが泥や血を洗い流せば、傷は浅いと確認ができた。彼の示す椅子に座るものの、消毒液の用意などはない。レナードは不思議に思って彼らに目を向けるが、何か言う前にクルスが彼の腕を取った。

 「動かないで下さいね」

よくわからないまま返事をする。すると驚いたことに、クルスの手から光が溢れだし、見る間にレナードの傷が塞がっていった。

 「すごい……」
 「私は治癒の能力を授かったんです。違和感はありませんか?」

レナードは手をにぎにぎと開閉し、腕の裏側も覗いてみる。無数にあった擦り傷は跡形もなく消え、当然ながら痛みもまるで感じなかった。

 「こんな能力もあるんですね」
 「能力は本当に千差万別ですから。普段は私よりももっと治療に特化した方がここにいらっしゃるんですが、夜勤はしていませんからね」


そんな会話をした後、三人は一段落ついた所でクルスが入れてくれたホットミルクを冷ましながら飲む。

 「一体、あの化け物は何だったんでしょう」

外に出たせいで体が冷えてしまったが、これからまた就寝するのでコーヒーでは眠れなくなるという配慮だろう。大きめのカップを両手で支え、波打つ液体の表面を見つめながらレナードはぽつりと言った。

 「さっきは怒鳴って悪かった。森に何がいるか、校内案内で詳しく説明されてはいないだろうな」
 「そうですね、野生動物がいるとは聞いていましたし、夜に近寄るべきではないと理解はできるんですが……まさかあんな風に引きずり込まれると思わなくて」

ルプスは厳しい表情で頷き、ただ一人自分用にいれたブラックコーヒーを啜る。昼間と変わらぬ恰好を見るに、夜勤中なのだろうか。先生にもそんな制度があるのだなと、レナードは妙な所で関心を覚えた。クルスは何も言わずに、こちらもまたぼんやりとカップを眺めている。

 「あそこの森にはな、お前が化け物と呼んだ蔦以外にも、わんさか異形の生物がいる。その総数は最早俺たちも把握できていない位にな」
 「動物とは違うんですよね?」

化け物蔦の存在からして異常なので、明らかに違うと分かりながらもレナードの常識は今夜の異様さを否定したがっていた。

 「そうだな。俺たちは便宜上魔物と呼んでいる。動植物との違いは、特殊な能力を有しているかどうかだ。例えばあの蔦は恐らく本来単なるモウセンゴケか何かなんだろうが、どういう訳か巨大化して蔦を自ら動かせるようになり、あろうことか虫ではなく俺たち人間を狙っているらしい」
 「おかしな話ですよね。元々は動かないはずの植物なのに。進化したってことなんですか?」
 「それにしては進化のスピードが早すぎる。魔物の出現についても文献がそう多く残っているわけではないが、100年程前かららしい。それまで大きな環境変化が起こっているわけじゃないしな」

素人目から見ても異様な生物の出現に、教師たちも困っているようだ。どうして教えてくれなかったのか。喉元まで出かかった言葉を、レナードは呑み込んだ。恐らく実際に見るまでは信じなかっただろうし、信じても今回のような油断はあったかもしれない。

 「こういうのも何ですが、よくこんな所で村を存続していますね」

住み慣れた故郷を捨てるのは大きな決断だが、命の危機にさらされるとなれば別ではないだろうか。

 「まあ、結界から出なければ問題はないからな」

ルプスは若干気まずそうに目を逸らし、それ以上答えたくないようだった。懸念はあってもすぐに重大な問題がないから動けないということなのだろうか。

 「不安に思うのも無理はありませんが、これで森に入らないよう口を酸っぱくして言っていた理由も分かってくれたと思います。今後は、なるべく夜間の外出も避けて下さい」

これにはレナードも頷くしかなかった。今回は助けが入ったからいいものの、下手をすれば帰らぬ人となっていただろう。暖かい飲み物の効果もあって、安心した途端眠気が襲ってくる。丁度飲み干したカップを置き、レナードは伸びをしてから立ち上がる。

 「それでは寮まで一緒に行きましょうか」
 「俺はまだ見廻りがあるからここで別れる。カップは片しとくから気にするな」

クルスとレナードはその言葉に素直に頷き、暗い校内を2人で並んで歩きだす。窓の外から差し込む月の光だけが彼らの足元を照らしている。

 「出来ればのお願いなんですが、今夜のことは口外しないで貰えませんか?」

寮への道すがら、クルスが廊下の先をぼんやりと見ながらぽつりと言った。

 「神域にいるものについて、実は真実を知る者は限られているんです。生徒達には余計な不安を与えたくない。今回はそのために貴方に怪我をさせてしまったのは本当に申し訳なかったのですが……」
 「いくら子供とはいえ、疑問に思う子もいるんじゃないですか?」
 「そうですね、聡い子は知っています。ただ知るのがいいことばかりではないんです。事実を知ったことで、恐怖であまり眠れなくなってしまった子や、どうにも出来ない現状に苦しさを抱えこんでいる子もいるんです」
 「本当にどうにもならないんでしょうか」

レナードの頭に疑問がよぎる。これほどの事態、国は知らないのだろうか。

 「なりません。魔物はこの村の大人たちの間では神の遣いとも呼ばれ、討伐自体も許されない存在です。ただ外部に知られれば騒ぎになりますから、どこにも情報を漏らしていないんです」
 「よく周辺の町が魔物被害にあいませんね」
 「魔物は不思議と森の外には一切出ないんです。何故かは解明されていませんがね」

そんな話が終わる頃、2人は寮の入り口に辿り着いた。もうすっかり夜も更け、温まった体が夜の風に晒され一気に体温が奪われている。同じ寮で暮らしているというクルスと一階で分かれ、レナードは三階の自室に向かう。
あれほど眠れなかったというのに、やはり一連の騒ぎで疲れていたのだろう。彼はどうにか部屋着に着替えると、限界を超えてベッドに倒れ込むようにして寝息を立て始めた。実に長い一日の終わりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...