置き去りの恋

善奈美

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貴羅&響也編

10 大人と子供の境界線(響也視点)

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「ただいま」
 
 久しぶりの自宅。空気も香りも慣れ親しんだもの。そして、妙に安心出来るから不思議だ。
 
「お帰りなさい。あら、追い出されたの?」
 
 おい。仮にも親だろうが。最初に訊くこと、違うだろうが。
 
「冗談よ。そんな顔しないの。響君をお母さんは信じてるわよ」
 
 剣呑な顔を向けたら、速攻取り繕うとか、マジ勘弁だ。
 
「それで。なんで、浮かない顔してるの? 珍しいわね。大抵は自分で消化するでしょう」
 
 流石、お袋。ただ、腐ってるだけじゃねぇな。とりあえず、荷物を部屋に置いて、リビングに戻った。長椅子に座って、出されたコーヒーを一口。うん、コーヒーは断然、あっちの方が美味い。インスタントと何故か、店で出すより高級な豆のコーヒー飲んでるのが、理解出来なかったけど、落としたものの方が香りがいい。
 
 本当なら、こんな相談したくねぇんだけど。部屋を見渡すとお袋だけだ。親父はこの時間、仕事だしな。お盆休みはもう少し後だし。
 
「姉貴は?」
「学校のクラブに行ってるわよ」
 
 あの、腐ってるクラブだな。俺も対象になってたことに吃驚だったけど。
 
「あのさ。貴羅さんのことなんだけど」
「どうかしたの?」
 
 盗み聞いてしまった話と、その後の俺の感情が理解出来なかったと、素直に話した。
 
「泣いちゃったの?」
 
 お袋の言葉に、無意識に睨み付けた。仕方ないだろう! 勝手に出てきたんだから!
 
「じゃあ、どうして、此処は涙を流したの?」
 
 お袋はそう言うと、俺の心臓の上辺りを右手の人差し指で突いた。まあ、普通に考えて、心臓じゃなく心を指してんだよな?
 
「分かんねぇよ」
「そうね。お母さんがもし、その話を聞いて、好意を持っていたら泣くわね」
 
 は? どういうことだよ。
 
「貴羅君は諦めているわけよね。何に対しても。期待することを最初から諦めていて、望むことすらしたことがないんじゃないの?」
 
 そうだよ。あの兄弟の最大の共通点。期待してないんだ。でも、アカはユキを得られた。だから、変わり始めたんだ。貴羅さんはそれが分かったから、ユキの両親に弟を託したんだよ。
 
「それでね。暁君と貴羅君の決定的な違いは何だと思う?」
 
 うん。親父とお袋って、答えはくれないんだよな。疑問は投げかけてくっけど。
 
「違いったって……」
「響君は察しがいい子だけど、まだ、子供よね。暁君も子供よね。じゃあ、貴羅君は如何かしら? 今年で……、何歳なの?」
「二十九」
「そう。じゃあ、立派に大人よね。義務を果たせる年だし、お店もやっていて、弟を実質、養っているわけだし」
 
 お袋は何が言いたいんだ?
 
「大人ってね。本当に不便で面倒なのよ。得られる可能性が低かったら、下手な期待は持たないのよ。でもね、子供は未来に希望を持つわよね。まだ、小さな世界しか知らないし、未知の世界がこれから広がっているし。特に響君位の年は、将来を漠然とでも考えるわ。勿論、夢も多分に含まれているわよね」
 
 お袋は分からないことを話してるんじゃない。それでも、今の話と貴羅さんが結び付かねぇ。
 
「貴羅君の家庭の事情は知らないけれど、親は居るのよね。じゃあ、如何して弟と二人で暮らしているのか。まあ、そこのところはプライベートな部分だし、憶測で話すのは失礼だわ」
 
 お袋は息を吐き出した。
 
「暁君は完全に諦める前に、一番欲しいものを手に入れた。それが雪君よね。でも、貴羅君は諦めてしまったのよ。ある意味、全てに対して。じゃあ、響君は如何して、涙が出たのかって話よね」
 
 俺は素直に頷く。
 
「これは、多分、お母さんと空ちゃんの影響ね。本当は分かってるのに、分かろうという意識が働かない」
「どうしてだよ?」
 
 お袋と姉貴のせいって、意味が分かんないんだけど。
 
「響君流に言うと、腐った事ばかり言っていて、同性で恋愛なんて考えられないっていう事よ」
 
 俺、無茶苦茶固まったんだけど。つまり、そういう感情が俺にあるっていうのかよ!
 
「それでね。泣いた理由だけど、分からないかしら?」
 
 お袋が言いたいのは、否定していた部分を取っ払って考えろってことだよな。最もあり得ないと思っていた、その部分を先入観なく受け入れろって……。
 
 いきなりクリアになった意識。怖いのに気になったのも、平気になったのも、ただ、寂しさを感じたからじゃなくて、全く別の感情が存在したから。泣いたのは、一時の慰みを求めた言葉を聞いたから。頭で理解していなくても、心は分かっていて、だから、涙腺を緩めたんだ。感情の捌け口を求めて。
 
「分かったかしら?」
 
 この歳で親の前で泣くなんてありえねぇよ。でも、理解したら涙が止まらなかった。お袋の問い掛けに、頷くことしか出来なかった。
 
「少し大人になっちゃったのね。空ちゃんより先に」
 
 けどよ。自分の感情を理解出来ても、結果は見えてるじゃねぇか。貴羅さんが求めてるのは一時の安らぎだけだ。長い時を望んでるわけじゃねぇし。最終的にはアカの中に居場所が確保出来ればいいって。
 
「貴羅君は多分、大人になりきれないまま大人になっちゃたのね」
「どういうことだよ?」
「どう言ったらいいのかしら? 響君はある程度、貴羅君のことを知ってるの?」
 
 俺は前に聞いた話をお袋に話した。多分、秘密にしないといけない。でもさ、お袋なら大丈夫だって確信出来る。
 
「それを聞くと、やっぱり大人になりきれてないのよ」
「意味が分かんねぇよ」
 
 お袋は小さく息を吐き出した。
 
「響君は子供が大人との接触が少ないと人格に大きな影響が出ることは知ってるわよね?」
 
 俺は頷いた。
 
「疑問を持っても、答えてくれる大人はいない。じゃあ、その子供はどうするかしら? ない知識の中から結論を出すわね。それが、永遠に続くのよ。そうして、自分自身が大人になるの。誰にも必要とされないと思い続けたまま、自分を大切にすることも知らないまま。出した結論は期待せずに、流されるように生きること。親と同じになりたくないから、一人で生きていこうと考えるけど、根っこのところは寂しがりやなのよ」
 
 お袋の言葉は間違えてない。貴羅さんは確かに寂しいって全身で訴えてる。でも、威嚇もしていて、近付くのが怖いんだ。
 
「でも、響君ではまだ、受け止めきれない。だって、まだ大人と子供の真ん中にいて、どうしていいか分からない。感情やいろんなことを読み取れても、それに対応するだけの経験がないから。じゃあ、って煮詰まっちゃうのよ」
 
 そうだ。分かるのに、それに対してどうしていいか分かんねぇんだ。だから、戸惑うんだ。
 
「一度、離れるのも。向き合い続けるのも、決めるのは響君よ。どちらを選んでも、お母さんは受け止めるわ。貴方は彬さんの息子だもの。きちんと自分自身で決める力があるわ。そうね?」
 
 お袋はなんか、考えてる。今までいいこと言っといて、この感じは嫌な予感だ。
 
「響君が本当にその感情を持っているのか確認してみたら如何かしら?」
 
 何が言いたいんだ。
 
「一回、無理矢理キスしてみなさい」
「何言ってやがるんだ!!」
「お互いに確認は必要よ。その感情がなかったら、嫌悪感が先に立つだろうし」
 
 確かに、その感情がなかったら、鳥肌ものだろうよ。
 
「貴羅君も本当の意味で自覚しなきゃ」
 
 いや、言ってることは間違ってねぇよ。その方法に問題があるだろうが!
 
「まあ、解決するまで空ちゃんには秘密にしておいてあげるわ」
「解決したらネタにするのかよ?」
「当たり前よ。それがお母さんのストレス解消法だもの」
 
 まあ、ストレスは溜めないに限るよな。
 
「ご飯は食べていくんでしょう?」
 
 俺は頷いた。
 
「彬さんも会いたがっていたし、喜ぶわよ」
 
 お袋の言葉に、俺は珍しく涙腺が緩みっぱなしだった。
 
 
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