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14 陰陽師
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一度、箍が外れると、見えていなかったモノが見えてくるようになる。いや、単に見ないように気を使っていた可能性も高いだろう。
倭国の中枢部の腐敗は何も、今に始まった事ではない。それをなあなあで済ませていたのは、権力を持つ者が多く、握り潰していたからに他ならない。
例え能力が高くとも、身分が低ければ上には行けない。そればかりか、無能な上司に使われ、功績の全てを奪われる始末だ。
しかしながら、今上の帝はきちんと物事の本質を見抜く能力を兼ね備えていたようだ。誤魔化そうとする臣下に、真実を白日の元に晒し、言い逃れ出来ないようにしてしまう。それは後宮とて例外ではない。
「獣王國ではあり得ない腐敗ぶりだな」
何時もの様に食堂の机と椅子を占領し、王子は送られて来る書簡に目を通し呟く。
「私もここまでとは……」
「まあ、お前の場合、中枢部から離されてただろうからな。情報網を作るにしても、母親の身分が低い第四皇子では手足になる者を見付けるのは難しいだろう」
王子の言葉は真実だ。それは皇子の態度で分かる。唇を噛み締め、耐える以外に方法がないからだ。
「左右内大臣だけではなく、皇族に連なる貴族まで。よくもまあ、ここまで放っておいたもんだ」
放っておいたのではなく、どうする事も出来なかったのだろう。今回の贄の婚姻を利用しようとしたのがいい証拠だ。
「今回は獣王國も関わっている。贄となる皇子を利用しようとし、墓穴を掘ったと見た方が分かりやすいな」
帝はとことんあぶり出す気なのだろう。贄となった皇子を利用し、国の中枢部を再編しようとしているのだ。
「貴族達が誤算だったのは帝の能力だろう。一番の被害は、おそらくだが帝の後ろ盾だ。母親の一族を排斥し、見せしめにするだろうな」
今の帝なら、王子が語るように後ろ盾である一族すら、汚職していれば切り捨てる。
「問題は排除した後、国の中枢部を担う人材を見つけられるかだ。まあ、目敏い感じがするしな。こうなる前に見繕ってる事も考えられる」
贄となる皇子は決まっていた。男に使うのはどうかと思うが、傾国の美女並みの容姿を持つ皇子だ。女だけではなく男すら、皇子を手中に収めたいと考えた可能性は否定出来ない。
政治的には力の弱い皇子だ。だが、それとは別の使い道を貴族達は考えていたに違いない。帝が皇子の能力を評価していたように、母親の身分が低い事で皇子は他の皇子達より下に見られていた。
「さて、倭国の帝は血筋ではなく、能力で人材を確保出来るかだな。それにはやはり、身分の高い貴族の味方が必要だ。本当に改革する気があるならだが」
ゆくゆくは能力主義に切り替えるにしても、今を改革するには身分が必要なのだ。役人を試験で選び出し、家族や親戚に犯罪者がいないかを調べ上げ、国の中枢部で活躍してもらう。言葉で言うのは簡単だが、それを実行するのは多くの困難が待ち受けている。
「送られてくる書簡で障害はあるが、進んでいるところを読み取ると、手を貸す者がいるんだろうな。そこそこの身分に、そこそこの能力」
王子はそう言うなり、口を噤む。多分に考えられるのは、獣王國の王も一枚噛んでいるだろう。政は役人だけでは成り立たないからだ。
「絶対に必要以上に首を突っ込んでるな」
「はい?」
王子の呟きに、皇子は首を傾げながら聞き返す。
「我が国の王はお節介が服を着て歩いてるような方だ。自国の事ではないだろうに、必要以上に手を貸し、国の重鎮達は大慌て、と言うところか」
皇子は獣王國の王を思い出していた。本来なら、本人が直々に来る必要などないのだ。それであるのに、少ない護衛のみでこの中立地帯まで足を運んで来た。護衛は当然選りすぐりの猛者だろうが、それでも考えられない行動だろう。勿論、自分の身は自分で守るを実行出来る能力があってこそだ。
「貴方も似たような感じではないのですか?」
「俺がか。あそこまで破天荒じゃない」
王子の言葉はあくまで本人談だ。皇子からしてみれば大差はないような気がする。だが、それを言葉にする事はしなかった。何故なら、比べようがなく、その言葉で何かが変わるわけでもない。その一言で場の雰囲気がおかしくなる方が問題だからだ。
「贄の婚姻は実質、宙に浮いた形だろうな。まあ、俺達がここから出られないのは変わらないが」
「どう言う事です」
「情報を送って来る間は、どちらの国も落ち着いていないと言う事だ」
本来、贄となった者に、外の重要な情報を逐一、送って来たりはしない。それが、今回ばかりは事細かに報告があるのだ。つまり、この騒動が収まるまで、二人は贄の夫婦としての義務が宙に浮いた形になっている。
「何も出来ないのがもどかしいな」
王子は頬杖をつくと、ポツリと呟く。
確かに今の二人は情報があったとしても、何一つ対応が出来ない。ただ、事細かに情報を得る事が出来るだけなのだ。
「手を出さないのは、今回の騒動が理由ですか?」
王子は今回の事が起こってから、皇子に手を出していない。確かに皇子自身が不安定であった事も理由の一つだろう。
「それもあるが、お前自身が納得してないだろう」
「……」
「贄としての義務は今更変えられん。両国もそれについては変更する気も、させる気もないだろう。一度、この地に足を踏み入れた贄は出られない。それが決まりだ」
王子の言っている事は事実だ。皇子とて贄としての責務を放り出す気は更々ない。今の皇子に帰るべき実家はないのだ。母親は当の昔に没し、祖父母も同様だ。親戚がいる可能性もあるが、母親が帝の手付きになった時に絶縁したと聞いている。一族が母親を頼りにする可能性があったからだ。祖父母はそれを認める気がなかったのである。
「覚悟は決めて来ました」
「そうだろうな。俺もそうだ。だがな、こうもゴタゴタが続くと贄どころじゃない。何一つ、手を出せないにも関わらず、情報だけは事細かに伝えてくる」
「それは……」
「まあ、知らせて来なければ知らせてこないで、俺が暴れないとは言えないからな」
帝と王は二人の性格を熟知している。獣王國の王は息子に情報を隠蔽すれば、どうなるか分かっているのだ。逆に倭国の帝は皇子に対する後ろめたさだろう。母親が亡くなった時、祖父母が他界した時、帝は皇子に手を差し伸べはしなかった。それどころか、贄に選んだのだ。
「まあ、お前は俺とは違う感覚だろうな」
王子が言っている事は間違えていない。皇子は確かに倭国の第四皇子だが、他の皇子達とは立場が違う。皇子は兄弟達の中で一番、母親の身分が低い。それは、周りから何一つ、期待されていなかったと言う事だ。勿論、母親だけではなく、祖父母もその事を分っていた。そのせいなのか、皇子は幼少期から学問だけでなく、武術も叩き込まれた。身分が低い皇子が、何一つ能力がないとなれば、未来など分り切っている。最終的には幽閉されると決まっていても、その前は能力がある者と思われていなくてはならない。
「主上は能力がない者に容赦がなかった……」
「そうだろうな」
王子はそう言うと頷いた。
「知らなかったのは皇太子だけだ。母親と親族に守られ、疑いすらしていなかった」
倭国の後継は世襲制であり、男児の長子が跡目に付く。それは長い倭国の歴史の中で絶対的決まり事だった。それを今上の帝は覆そうとしているのだ。生半可な決意では成し遂げられない。
「国を動かすのは結局人だ。そして、進むも立ち止まるも、決めるのは人でしかない。それは、人と呼ばれる種族の性みたいなものだ。獣人とて例外ではない」
頭を使い生活すると言う事は、より良い生活をしようとしていることに他ならない。ましてや、一国を預かり、国を任されているのだ。その過程で、臣下と言うべき人材が汚職に塗れる。国を悪いほうへと導いている輩を、放っておく事は罪である。
「帝はお前を使う事を決意した。贄の婚姻が今回、世代交代することも予測していただろう。それを考えると、お前の母親は帝に選ばれた」
「どう言うことです?」
王子は皇子の質問に小さく息を吐き出した。
「贄に求められるのは絶対的な犠牲心だ。それだけじゃない。贄はそれなりの能力を求められる。もし仮に、他の兄弟が贄として選ばれたとしよう。お前ならどう思う?」
王子の質問に、皇子は思案する。皇太子であった兄は論外だ。言い方はきついだろうが、下にいる幼い弟にも資質が劣る。皇子の上の二人の兄にしても能力がないとは言えないが、贄となるには何かが足りない。彼等に誰かの為に耐えるという考えはないだろう。あくまで皇族の皇子という立場でモノを考える。弟達にしても母親の一族が黙っていない。皇女達にしても同じだろう。汚職に塗れた朝廷はある意味、魔の巣窟だ。
そこで皇子はある事に気が付いた。帝には多くの陰陽師達がいる。中には相当な力の持ち主もいるだろう。もし仮に、帝が皇子の母親に手を出すよう進言をしたのが陰陽師達なら、ある程度の予測は立てられただろう。今上の帝の時代に贄の世代交代が起こる。今の皇族の一族にそれに耐えられる者は存在しない。身分が低くとも教養を持ち、全てに於いて優れていた皇子の母親に白羽の矢が立った。勿論、母親の両親も込みで選ばれたのだろう。自分達の立場を理解し、生まれてくる命を厳しく育て、耐えうるだけの人材に育てられると。
「……憶測ですが」
「何だ?」
「陰陽師達が動いたのかもしれません」
陰陽師は星を読み、時代の流れを読み解く。彼等の中にも貴族の汚職に手を貸していた者もいただろう。だが、絶対的に帝に忠誠を誓う者もいる。
「あの、何を考えているのか分からない連中か?」
「訳が分からないとは思わないが、帝が考え無しに母に手を出したとは考えられない」
「欲がないと?」
「欲の前に彼の方は、先を読まれる。ご自分の立場を理解されている」
帝の後宮に集められる女性は政治的に利用される駒みたいなものだ。勿論、本人達もそれを理解している。だからこそ、同時期に入内した女御は第一子をと躍起になる。つまり、帝の寵愛を受ける事が彼女達の未来に繋がるのだ。
「後宮は戦場です。女御や更衣と言う名がなくとも、後宮に伺候した時点で帝の手付きになる可能性がある」
逆に言えば後宮は絶対的な男子禁制だが、それは絶対ではない。華やかな後宮は彼女達にとって結婚相手を見付ける好機でもある。帝の側近くに仕えるのは一流の貴族だからだ。
「成る程。つまり、お前の母親は身分が低かったが、陰陽師の口添えで伺候する事になったのか」
「あくまで憶測ですが」
「いや、倭国の中がどうなってるかなど、俺では測りきれん。獣王國とて見えてない部分が多い。王は贄となる俺に敢えて、見せなかった部分もあるだろうからな」
今回の事が皇子が生まれる前から仕組まれていたなら、帝は十分、準備に時間を掛けていただろう。
「そう考えると、主上が私と極力、関わりを持たなかった意味が分かる」
「どう分かる?」
「私を敢えて泳がせた。軍に所属させたのも、私を利用しようとする貴族達の餌としてだ。ゆくゆく、贄となる事を主上が陰陽師達から進言されていたなら」
「陰陽師達は朝廷の乱れに国の行く末を案じたか?」
「おそらくは……」
国を影で支えている陰陽師は、余程でなくては政治的な事に進言はしない。つまり、星読みの過程で、このままの腐敗は国の根底そのものを揺るがすと読んだのだ。
「他の皇子達や皇女達。果てはそれに連なる一族をも、芋づる式で吊るし上げる気だな」
「考えたくはないですが……」
「そして、信用出来る臣下には国を任せられる人材を育成させる。何年計画だ?」
王子は呆れたように息を吐き出した。
「反発している貴族もいるかと」
「そうだろうな。しかし、帝に目通りが叶った時には、私財の全てを奪われる。よく出来た絡繰りだ」
後ろめたくなければ、何もしなくていいのだ。何時もの様に政務に精を出し、帝に求められる様に日々、精進すればいい。しかし、下の者の能力に胡座をかき、良からぬ事に手を染めていた者はそうはいかない。何時、足元が掬われるか分からないのだ。疑心暗鬼になり、結託していた者同士で責任のなすり合いになる。
今の倭国は正に、醜い争いの真っ只中だ。それを帝は待っていたに違いない。何か手を打つ必要はない。勝手に今までの悪行を暴露するのだ。しかも、本人にその認識がないのである。
「利用されたとしても、国が良くなればそれで……」
「本心でなくとも、そういうしかないか?」
皇子が零した言葉に、王子がそう問い掛けた。
「貴方に何が分かりますっ!」
皇子は両手で机を叩き叫んだ。
「分からないだろうな。それに、分かった様な事を言うつもりもない」
王子は冷静に答える。その、冷静な返答に、皇子の高ぶった気持ちが冷めていく。
「獣王國は倭国の様に複雑な血族関係じゃないからな。まあ、お前はその複雑な血族の外に出た。冷静に外側から自国を見て、よく分かっただろう。異常だったとな」
王子の言葉は真実だ。倭国は外から見ると異常に映る。
「要は送られて来る書簡を読み解き、納得する事だ。此処で出来る事はそれだけだからな」
「はい……」
「さて、上手くいくといいが」
王子はそう言うと、虚空に視線を走らさせ、皇子に再び視線を向けた。陰陽師が絡んでいるとなれば、皇子として生まれて来る事も、傾国の美女ばりの容姿である事も知っていただろう。貴族達が母親の身分が低い皇子を何かに利用しようと考える事も読んでいたに違いない。
「どうなるやらだ」
王子の呟きに、皇子は頷く事しか出来なかった。
倭国の中枢部の腐敗は何も、今に始まった事ではない。それをなあなあで済ませていたのは、権力を持つ者が多く、握り潰していたからに他ならない。
例え能力が高くとも、身分が低ければ上には行けない。そればかりか、無能な上司に使われ、功績の全てを奪われる始末だ。
しかしながら、今上の帝はきちんと物事の本質を見抜く能力を兼ね備えていたようだ。誤魔化そうとする臣下に、真実を白日の元に晒し、言い逃れ出来ないようにしてしまう。それは後宮とて例外ではない。
「獣王國ではあり得ない腐敗ぶりだな」
何時もの様に食堂の机と椅子を占領し、王子は送られて来る書簡に目を通し呟く。
「私もここまでとは……」
「まあ、お前の場合、中枢部から離されてただろうからな。情報網を作るにしても、母親の身分が低い第四皇子では手足になる者を見付けるのは難しいだろう」
王子の言葉は真実だ。それは皇子の態度で分かる。唇を噛み締め、耐える以外に方法がないからだ。
「左右内大臣だけではなく、皇族に連なる貴族まで。よくもまあ、ここまで放っておいたもんだ」
放っておいたのではなく、どうする事も出来なかったのだろう。今回の贄の婚姻を利用しようとしたのがいい証拠だ。
「今回は獣王國も関わっている。贄となる皇子を利用しようとし、墓穴を掘ったと見た方が分かりやすいな」
帝はとことんあぶり出す気なのだろう。贄となった皇子を利用し、国の中枢部を再編しようとしているのだ。
「貴族達が誤算だったのは帝の能力だろう。一番の被害は、おそらくだが帝の後ろ盾だ。母親の一族を排斥し、見せしめにするだろうな」
今の帝なら、王子が語るように後ろ盾である一族すら、汚職していれば切り捨てる。
「問題は排除した後、国の中枢部を担う人材を見つけられるかだ。まあ、目敏い感じがするしな。こうなる前に見繕ってる事も考えられる」
贄となる皇子は決まっていた。男に使うのはどうかと思うが、傾国の美女並みの容姿を持つ皇子だ。女だけではなく男すら、皇子を手中に収めたいと考えた可能性は否定出来ない。
政治的には力の弱い皇子だ。だが、それとは別の使い道を貴族達は考えていたに違いない。帝が皇子の能力を評価していたように、母親の身分が低い事で皇子は他の皇子達より下に見られていた。
「さて、倭国の帝は血筋ではなく、能力で人材を確保出来るかだな。それにはやはり、身分の高い貴族の味方が必要だ。本当に改革する気があるならだが」
ゆくゆくは能力主義に切り替えるにしても、今を改革するには身分が必要なのだ。役人を試験で選び出し、家族や親戚に犯罪者がいないかを調べ上げ、国の中枢部で活躍してもらう。言葉で言うのは簡単だが、それを実行するのは多くの困難が待ち受けている。
「送られてくる書簡で障害はあるが、進んでいるところを読み取ると、手を貸す者がいるんだろうな。そこそこの身分に、そこそこの能力」
王子はそう言うなり、口を噤む。多分に考えられるのは、獣王國の王も一枚噛んでいるだろう。政は役人だけでは成り立たないからだ。
「絶対に必要以上に首を突っ込んでるな」
「はい?」
王子の呟きに、皇子は首を傾げながら聞き返す。
「我が国の王はお節介が服を着て歩いてるような方だ。自国の事ではないだろうに、必要以上に手を貸し、国の重鎮達は大慌て、と言うところか」
皇子は獣王國の王を思い出していた。本来なら、本人が直々に来る必要などないのだ。それであるのに、少ない護衛のみでこの中立地帯まで足を運んで来た。護衛は当然選りすぐりの猛者だろうが、それでも考えられない行動だろう。勿論、自分の身は自分で守るを実行出来る能力があってこそだ。
「貴方も似たような感じではないのですか?」
「俺がか。あそこまで破天荒じゃない」
王子の言葉はあくまで本人談だ。皇子からしてみれば大差はないような気がする。だが、それを言葉にする事はしなかった。何故なら、比べようがなく、その言葉で何かが変わるわけでもない。その一言で場の雰囲気がおかしくなる方が問題だからだ。
「贄の婚姻は実質、宙に浮いた形だろうな。まあ、俺達がここから出られないのは変わらないが」
「どう言う事です」
「情報を送って来る間は、どちらの国も落ち着いていないと言う事だ」
本来、贄となった者に、外の重要な情報を逐一、送って来たりはしない。それが、今回ばかりは事細かに報告があるのだ。つまり、この騒動が収まるまで、二人は贄の夫婦としての義務が宙に浮いた形になっている。
「何も出来ないのがもどかしいな」
王子は頬杖をつくと、ポツリと呟く。
確かに今の二人は情報があったとしても、何一つ対応が出来ない。ただ、事細かに情報を得る事が出来るだけなのだ。
「手を出さないのは、今回の騒動が理由ですか?」
王子は今回の事が起こってから、皇子に手を出していない。確かに皇子自身が不安定であった事も理由の一つだろう。
「それもあるが、お前自身が納得してないだろう」
「……」
「贄としての義務は今更変えられん。両国もそれについては変更する気も、させる気もないだろう。一度、この地に足を踏み入れた贄は出られない。それが決まりだ」
王子の言っている事は事実だ。皇子とて贄としての責務を放り出す気は更々ない。今の皇子に帰るべき実家はないのだ。母親は当の昔に没し、祖父母も同様だ。親戚がいる可能性もあるが、母親が帝の手付きになった時に絶縁したと聞いている。一族が母親を頼りにする可能性があったからだ。祖父母はそれを認める気がなかったのである。
「覚悟は決めて来ました」
「そうだろうな。俺もそうだ。だがな、こうもゴタゴタが続くと贄どころじゃない。何一つ、手を出せないにも関わらず、情報だけは事細かに伝えてくる」
「それは……」
「まあ、知らせて来なければ知らせてこないで、俺が暴れないとは言えないからな」
帝と王は二人の性格を熟知している。獣王國の王は息子に情報を隠蔽すれば、どうなるか分かっているのだ。逆に倭国の帝は皇子に対する後ろめたさだろう。母親が亡くなった時、祖父母が他界した時、帝は皇子に手を差し伸べはしなかった。それどころか、贄に選んだのだ。
「まあ、お前は俺とは違う感覚だろうな」
王子が言っている事は間違えていない。皇子は確かに倭国の第四皇子だが、他の皇子達とは立場が違う。皇子は兄弟達の中で一番、母親の身分が低い。それは、周りから何一つ、期待されていなかったと言う事だ。勿論、母親だけではなく、祖父母もその事を分っていた。そのせいなのか、皇子は幼少期から学問だけでなく、武術も叩き込まれた。身分が低い皇子が、何一つ能力がないとなれば、未来など分り切っている。最終的には幽閉されると決まっていても、その前は能力がある者と思われていなくてはならない。
「主上は能力がない者に容赦がなかった……」
「そうだろうな」
王子はそう言うと頷いた。
「知らなかったのは皇太子だけだ。母親と親族に守られ、疑いすらしていなかった」
倭国の後継は世襲制であり、男児の長子が跡目に付く。それは長い倭国の歴史の中で絶対的決まり事だった。それを今上の帝は覆そうとしているのだ。生半可な決意では成し遂げられない。
「国を動かすのは結局人だ。そして、進むも立ち止まるも、決めるのは人でしかない。それは、人と呼ばれる種族の性みたいなものだ。獣人とて例外ではない」
頭を使い生活すると言う事は、より良い生活をしようとしていることに他ならない。ましてや、一国を預かり、国を任されているのだ。その過程で、臣下と言うべき人材が汚職に塗れる。国を悪いほうへと導いている輩を、放っておく事は罪である。
「帝はお前を使う事を決意した。贄の婚姻が今回、世代交代することも予測していただろう。それを考えると、お前の母親は帝に選ばれた」
「どう言うことです?」
王子は皇子の質問に小さく息を吐き出した。
「贄に求められるのは絶対的な犠牲心だ。それだけじゃない。贄はそれなりの能力を求められる。もし仮に、他の兄弟が贄として選ばれたとしよう。お前ならどう思う?」
王子の質問に、皇子は思案する。皇太子であった兄は論外だ。言い方はきついだろうが、下にいる幼い弟にも資質が劣る。皇子の上の二人の兄にしても能力がないとは言えないが、贄となるには何かが足りない。彼等に誰かの為に耐えるという考えはないだろう。あくまで皇族の皇子という立場でモノを考える。弟達にしても母親の一族が黙っていない。皇女達にしても同じだろう。汚職に塗れた朝廷はある意味、魔の巣窟だ。
そこで皇子はある事に気が付いた。帝には多くの陰陽師達がいる。中には相当な力の持ち主もいるだろう。もし仮に、帝が皇子の母親に手を出すよう進言をしたのが陰陽師達なら、ある程度の予測は立てられただろう。今上の帝の時代に贄の世代交代が起こる。今の皇族の一族にそれに耐えられる者は存在しない。身分が低くとも教養を持ち、全てに於いて優れていた皇子の母親に白羽の矢が立った。勿論、母親の両親も込みで選ばれたのだろう。自分達の立場を理解し、生まれてくる命を厳しく育て、耐えうるだけの人材に育てられると。
「……憶測ですが」
「何だ?」
「陰陽師達が動いたのかもしれません」
陰陽師は星を読み、時代の流れを読み解く。彼等の中にも貴族の汚職に手を貸していた者もいただろう。だが、絶対的に帝に忠誠を誓う者もいる。
「あの、何を考えているのか分からない連中か?」
「訳が分からないとは思わないが、帝が考え無しに母に手を出したとは考えられない」
「欲がないと?」
「欲の前に彼の方は、先を読まれる。ご自分の立場を理解されている」
帝の後宮に集められる女性は政治的に利用される駒みたいなものだ。勿論、本人達もそれを理解している。だからこそ、同時期に入内した女御は第一子をと躍起になる。つまり、帝の寵愛を受ける事が彼女達の未来に繋がるのだ。
「後宮は戦場です。女御や更衣と言う名がなくとも、後宮に伺候した時点で帝の手付きになる可能性がある」
逆に言えば後宮は絶対的な男子禁制だが、それは絶対ではない。華やかな後宮は彼女達にとって結婚相手を見付ける好機でもある。帝の側近くに仕えるのは一流の貴族だからだ。
「成る程。つまり、お前の母親は身分が低かったが、陰陽師の口添えで伺候する事になったのか」
「あくまで憶測ですが」
「いや、倭国の中がどうなってるかなど、俺では測りきれん。獣王國とて見えてない部分が多い。王は贄となる俺に敢えて、見せなかった部分もあるだろうからな」
今回の事が皇子が生まれる前から仕組まれていたなら、帝は十分、準備に時間を掛けていただろう。
「そう考えると、主上が私と極力、関わりを持たなかった意味が分かる」
「どう分かる?」
「私を敢えて泳がせた。軍に所属させたのも、私を利用しようとする貴族達の餌としてだ。ゆくゆく、贄となる事を主上が陰陽師達から進言されていたなら」
「陰陽師達は朝廷の乱れに国の行く末を案じたか?」
「おそらくは……」
国を影で支えている陰陽師は、余程でなくては政治的な事に進言はしない。つまり、星読みの過程で、このままの腐敗は国の根底そのものを揺るがすと読んだのだ。
「他の皇子達や皇女達。果てはそれに連なる一族をも、芋づる式で吊るし上げる気だな」
「考えたくはないですが……」
「そして、信用出来る臣下には国を任せられる人材を育成させる。何年計画だ?」
王子は呆れたように息を吐き出した。
「反発している貴族もいるかと」
「そうだろうな。しかし、帝に目通りが叶った時には、私財の全てを奪われる。よく出来た絡繰りだ」
後ろめたくなければ、何もしなくていいのだ。何時もの様に政務に精を出し、帝に求められる様に日々、精進すればいい。しかし、下の者の能力に胡座をかき、良からぬ事に手を染めていた者はそうはいかない。何時、足元が掬われるか分からないのだ。疑心暗鬼になり、結託していた者同士で責任のなすり合いになる。
今の倭国は正に、醜い争いの真っ只中だ。それを帝は待っていたに違いない。何か手を打つ必要はない。勝手に今までの悪行を暴露するのだ。しかも、本人にその認識がないのである。
「利用されたとしても、国が良くなればそれで……」
「本心でなくとも、そういうしかないか?」
皇子が零した言葉に、王子がそう問い掛けた。
「貴方に何が分かりますっ!」
皇子は両手で机を叩き叫んだ。
「分からないだろうな。それに、分かった様な事を言うつもりもない」
王子は冷静に答える。その、冷静な返答に、皇子の高ぶった気持ちが冷めていく。
「獣王國は倭国の様に複雑な血族関係じゃないからな。まあ、お前はその複雑な血族の外に出た。冷静に外側から自国を見て、よく分かっただろう。異常だったとな」
王子の言葉は真実だ。倭国は外から見ると異常に映る。
「要は送られて来る書簡を読み解き、納得する事だ。此処で出来る事はそれだけだからな」
「はい……」
「さて、上手くいくといいが」
王子はそう言うと、虚空に視線を走らさせ、皇子に再び視線を向けた。陰陽師が絡んでいるとなれば、皇子として生まれて来る事も、傾国の美女ばりの容姿である事も知っていただろう。貴族達が母親の身分が低い皇子を何かに利用しようと考える事も読んでいたに違いない。
「どうなるやらだ」
王子の呟きに、皇子は頷く事しか出来なかった。
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BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
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