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3話
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「とにかく離れて!ていうか何で勝手に部屋入ってきたんだよ」
近い距離にいるノーバートの胸を押す。
すっとノーバートが離れたせいで、勢い余って前に倒れた。
椅子から転げ落ちる前に、ノーバートに抱き留められる。
胸板厚っつ!
腕、太っっ!!
そりゃ椅子も顎も動かなくなるわけだ。
攻めに抱き締められる受けの感覚ってこんな感じかー……とか思ってる場合じゃない。
ノーバートの腕にぎゅうっと力が入る。
耳元に寄せられた口が、ふっと息を吹きかけてきた。
首筋がぞわぞわっとして、腰の辺りがきゅっとした。
「しばらく領地にいるから、また来る」
低く呟くと頬っぺたに軽くキスをして、ノーバートは離れていった。
僕は真っ赤になっているであろう熱くなった両頬を押さえて、部屋を出ていくノーバートを無言で見送った。
いや、声なんて出るわけないじゃん。
唐突に来て、唐突な行動をして、唐突に帰っていくノーバート。
「……天災かよ……」
対策を考えないと。
——そう思ったはずなのに、頭に浮かんだのは、王宮にいた頃のノーバートだった。
僕が王子の側近候補として王宮に上がったのは七歳の時だった。
何人かいる候補たちは二人一部屋で生活していて、僕はノーバートと同じ部屋になった。
二歳上のノーバートは、その時九歳だった。
まだあどけなさのある顔だっただろう。
僕が王宮を離れた時も、彼は十四歳だったし、少年らしさに溢れていたはずだ。
引いた風邪が酷くなり、肺炎にまで進んだ僕は、治りはしたものの、このまま側近候補として生活するのは難しいと判断された。
そのまま王都の邸で生活しつつ、折角入学した学院に通い続ける道もあったし、王子や父親からもそれを勧められた。
だけど高熱で浮かされる中で、前世を思い出した頭の中の混乱もあって、僕は領地に戻る事にした。
王宮を去る前、最後にノーバートを見たのは、風邪を引いた病床の中だった。
熱を出し、咳き込みながら寝込む僕を、心配そうな顔で覗き込んでいた。
水を飲ませてくれたり、ぬるくなった額の布を替えてくれたり、細やかに世話をしてくれていた。
だけど見送りには来なかった。
他の側近候補たちは、僕が風邪をこじらせたことを気にして、顔を出せなかったんじゃないかと言った。
今考えるとノーバートの責任なんて、どこにもないのにね。
あの時の僕は、自分の頭の中のことで手一杯で、そんな話を聞き流してしまった。
もう話しかけられる機会は、ほとんど無くなるというのに。
ガタガタと走り出した馬車の窓から王宮を眺めながら、この世界のことを知る術だけを考えていた。
その後は、今の通りだ。
体が良くなっても王都の学院には入らず、家庭教師に学びながら、前世で大好きだった漫画のことばかり考えていた。
正直、漫画は描くより読む方が好きだった。
あの頃みたいに、気軽に続きを追える環境があれば、それでよかった。
だけど、この世界には漫画がない。
読めないなら、描けばいい。
描く系オタクの例に漏れず、僕も作品作りに没頭した。
紙もペンも鉛筆も消しゴムまで、基本的なものは手元にあった。
ただ、質は悪かった。
前世を生きてた世界のものに比べたら、ね。
死ぬ前、オタクを拗らせた文具店員だった経験と知識を総動員して、文房具の品質改善に奔走した。
領内の工房をあたって、腕のいい職人に頼み込んで。
お金は病弱ムーブで親兄弟から引き出した。
家から出ないどころか、ほとんど部屋からも出ない生活は、本当に幸せだ。
やることやれば、あとは好きなだけ漫画と向き合える。
もちろん作品は表に出せない。
自分のために自分で描く、自家発電だ。
前世で好きだった作家さんたちの絵柄を反芻して、満足のいく作画を模索する。
それと同時に、自分の性癖が丸出しのストーリーを練る。
職人とのやりとりも、ほぼ趣味の延長だ。
出来上がったものを売った利鞘の一部を手にするのも画材を買うための小遣い稼ぎに過ぎない。
体はすっかり元気だし、残ると言われた呼吸障害や喘息症状も、そこまで酷くはなかった。
利己的な理由での半引きこもり生活は、対外的には病弱が理由になっていることも知らないまま、もう六年になる。
だから、いきなりすぎるノーバートの襲来は、正直まったく意味がわからなかった。
近い距離にいるノーバートの胸を押す。
すっとノーバートが離れたせいで、勢い余って前に倒れた。
椅子から転げ落ちる前に、ノーバートに抱き留められる。
胸板厚っつ!
腕、太っっ!!
そりゃ椅子も顎も動かなくなるわけだ。
攻めに抱き締められる受けの感覚ってこんな感じかー……とか思ってる場合じゃない。
ノーバートの腕にぎゅうっと力が入る。
耳元に寄せられた口が、ふっと息を吹きかけてきた。
首筋がぞわぞわっとして、腰の辺りがきゅっとした。
「しばらく領地にいるから、また来る」
低く呟くと頬っぺたに軽くキスをして、ノーバートは離れていった。
僕は真っ赤になっているであろう熱くなった両頬を押さえて、部屋を出ていくノーバートを無言で見送った。
いや、声なんて出るわけないじゃん。
唐突に来て、唐突な行動をして、唐突に帰っていくノーバート。
「……天災かよ……」
対策を考えないと。
——そう思ったはずなのに、頭に浮かんだのは、王宮にいた頃のノーバートだった。
僕が王子の側近候補として王宮に上がったのは七歳の時だった。
何人かいる候補たちは二人一部屋で生活していて、僕はノーバートと同じ部屋になった。
二歳上のノーバートは、その時九歳だった。
まだあどけなさのある顔だっただろう。
僕が王宮を離れた時も、彼は十四歳だったし、少年らしさに溢れていたはずだ。
引いた風邪が酷くなり、肺炎にまで進んだ僕は、治りはしたものの、このまま側近候補として生活するのは難しいと判断された。
そのまま王都の邸で生活しつつ、折角入学した学院に通い続ける道もあったし、王子や父親からもそれを勧められた。
だけど高熱で浮かされる中で、前世を思い出した頭の中の混乱もあって、僕は領地に戻る事にした。
王宮を去る前、最後にノーバートを見たのは、風邪を引いた病床の中だった。
熱を出し、咳き込みながら寝込む僕を、心配そうな顔で覗き込んでいた。
水を飲ませてくれたり、ぬるくなった額の布を替えてくれたり、細やかに世話をしてくれていた。
だけど見送りには来なかった。
他の側近候補たちは、僕が風邪をこじらせたことを気にして、顔を出せなかったんじゃないかと言った。
今考えるとノーバートの責任なんて、どこにもないのにね。
あの時の僕は、自分の頭の中のことで手一杯で、そんな話を聞き流してしまった。
もう話しかけられる機会は、ほとんど無くなるというのに。
ガタガタと走り出した馬車の窓から王宮を眺めながら、この世界のことを知る術だけを考えていた。
その後は、今の通りだ。
体が良くなっても王都の学院には入らず、家庭教師に学びながら、前世で大好きだった漫画のことばかり考えていた。
正直、漫画は描くより読む方が好きだった。
あの頃みたいに、気軽に続きを追える環境があれば、それでよかった。
だけど、この世界には漫画がない。
読めないなら、描けばいい。
描く系オタクの例に漏れず、僕も作品作りに没頭した。
紙もペンも鉛筆も消しゴムまで、基本的なものは手元にあった。
ただ、質は悪かった。
前世を生きてた世界のものに比べたら、ね。
死ぬ前、オタクを拗らせた文具店員だった経験と知識を総動員して、文房具の品質改善に奔走した。
領内の工房をあたって、腕のいい職人に頼み込んで。
お金は病弱ムーブで親兄弟から引き出した。
家から出ないどころか、ほとんど部屋からも出ない生活は、本当に幸せだ。
やることやれば、あとは好きなだけ漫画と向き合える。
もちろん作品は表に出せない。
自分のために自分で描く、自家発電だ。
前世で好きだった作家さんたちの絵柄を反芻して、満足のいく作画を模索する。
それと同時に、自分の性癖が丸出しのストーリーを練る。
職人とのやりとりも、ほぼ趣味の延長だ。
出来上がったものを売った利鞘の一部を手にするのも画材を買うための小遣い稼ぎに過ぎない。
体はすっかり元気だし、残ると言われた呼吸障害や喘息症状も、そこまで酷くはなかった。
利己的な理由での半引きこもり生活は、対外的には病弱が理由になっていることも知らないまま、もう六年になる。
だから、いきなりすぎるノーバートの襲来は、正直まったく意味がわからなかった。
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